タイム&ワールドジャンパー
……。
「こんなところに子供が倒れてるなんて!たいぶん傷ついているし…。今運んで上げますからね。」
……、だれ、だ?
「おばさん、どうしたの?」
「あらケシニアちゃん、今たまたまここを通りかかったんだけど、男の子がボロボロになって倒れてたのよ!」
……。ケシ、ニア……?
「大変!レイラおばさん、あたしが運ぶからおばさんは治癒の魔力準備して!」
「わかったわ、先に戻って準備してるから、お願いね。」
レイ、ラ……。
「まったく、あんた大丈夫?こんなところで……。見たことない顔ね、誰のとこの子かしら……?服はあたし達のと全然違うし。」
いしき、が……。
「ん……、ここ、は?」
「あら、やっとお目覚めね。あんた、草むらにぶっ倒れてたのよ。拾ってからも全然起きなかったし、死んだのかと思ったわ。」
倒れていた少年が目を覚ました場所は、石造りの簡素な部屋だった。
柔らかなベッドに寝かされていた少年の隣で、長い髪を三つ編みにして垂らしている丸めがねをかけた少女は静かに本を読んでいたが、少年がうめき声とともに目覚めると本を閉じ、少年に声をかけた。
「君、は?」
「あたしはケシニア。あんた、どこの子?名前言える?」
「俺は……、俺はディン、どこの……?」
「ディン!?あんた、それホント?」
「あ、あぁ。」
少年、ディンが名乗ると、ケシニアは目を見開き大きな声を出す。
ディンが驚いていると、木製の扉が開き金色のロングストレートの綺麗な女性が入ってきた。
「あら、おめざめなのね。ケシニアちゃん、大きな声を出したらダメよ?」
「おばちゃん!この子ディンって!」
「……?」
「ディン?あら、どうしてかしら……。お父さんは大分前に亡くなっているし、ディンの名はまだ誰も受け継いでいないはずなのだけれど?」
女性はケシニアの言葉を聞くと不思議そうに首をかしげ、うっすらと空いているディンの目を覗き込む。
「あなた、本当にディンというお名前なの?あ、私はレイラというの。」
「レイラ……、レイラ……?」
「そうよ、あなたも見たところ竜神のようだけど、ディンという名は王にのみ許された名前、どういうことなのかしら。」
ぼんやりとした意識の中で、レイラの名を聴き何かを思い出そうとするディン。
それに対し、レイラは不思議でたまらないとった表情でケシニアと顔を見合わせている。
「かあ、さん……?」
「母さん?あなたのお母さんは私と同じ名前なの?」
「ちが、う……。竜神、レイラ。俺の、母さん。」
「おばちゃん、この子意識がまだ混濁してるんじゃない?長いあいだ寝てたし。」
「そうかもしれないわね……。あなた、もう少し休んではどうかしら?」
ディンの記憶の中にある母の名前。
しかし、目の前にいるレイラはディンという名前の子供はいないという。
「俺……、デインと戦って、それで……、時空超越を使って……。」
「デイン?あなた、私の息子を知っているの!?」
「知ってるよ……。先代の守護者で、俺のおじさん……。」
体力が戻っていないのか、まだ言葉が途切れ途切れになってしまうディン。
しかし、レイラは何かを察したようだ。
驚きながら、ケシニアを慌てて部屋から追い出すとディンのとなりに座った。
「もう一度聞くわ、あなたはデインを知っているの?」
「知ってる、俺のおじさんで兄ちゃんで、先代の守護者。陰陽師の一族に封印されて、それが1000年経って解けてしまった。俺は負けて、時空超越でどこかに飛んで……。」
「デインが封印されたの900年前よ?それに、時空超越って。時空術の中で最も難しい術じゃない。」
レイラは目の前にいるディンを信じられない物を見る目で見つめながら、聞こえて来る言葉を補完しつつディンに現状を説明する。
「100年も前?そんなに飛んだのか……。ここはみんながいる世界じゃないの?」
「ここは竜神が住まう世界、竜神だけが住まう世界よ。ここに入ってこれたという事は竜神で間違いないのだけれど……。今から100年後から来たのね?デインはあなたのことをなんと?」
「我が甥子、幼き王。」
「我が甥子、幼き王……。もしかして、あなた竜神王からの手紙を読んでいない!?」
レイラは何かを理解した様子で驚き、ディンの手を握って問いかける。
少しずつ意識がしっかりとしてきたディンはその反応に驚きつつ、手紙の内容と自分の半生をかいつまんでレイラに伝えた。
「……、信じられないわ。いえ、あなたの言葉を嘘だと思っているわけではないの。ただ、本当に驚いてしまって……。」
「先代からの手紙に母の名はレイラ、父の名はディランって書いてあったから母さんだと思ったんだけど…。」
「ええ、私はレイラ。竜神の中に同じ名前の者はいないの。だから、あなたの母親で間違いないのだけれど、私の子供にディンという子はいないし……。でも、あなたが時間を逆行してきたというのなら説明がつくわね……」
一通りの話を聞いて、納得したというふうに頷くレイラ。
その様子をディンが不安げに眺めているのに気づくと、蒼く穏やかな瞳でニコりと微笑んで見せた。
「ねえディン、一つ聞いてもいいかしら?」
「え、うん。」
「今まで、辛かったかしら?」
「……?」
なんの脈絡もない質問に答えられないディン。
レイラはそんなディンの左手を優しくさすりながら、優しく微笑む。
「辛かった?」
「……、うん……。」
二度目の問いに、ディンは静かに頷く。
そして、それと同時に涙が溢れ出す。
「辛かったわよね。ごめんなさい、あなた一人に全てを背負わせてしまって。」
寝たままで涙をこぼすディンを、レイラは優しく抱きしめた。
そして、声を上げて泣き始めたディンの頭を撫でながら、ただただその涙を受けとめた。
「ごめん、泣いちゃって。」
「いいのよ。もう平気?」
「うん……。あ、俺……、いって!?」
「まだ動いてはダメよ、あなたボロボロの状態で倒れていたんだから。なんでかしらね、傷は塞いだけれど治癒しないし、その右腕も元に戻らないし…。400年も寝ていたのに、なぜかしら?良くまあ失血死しなかったものだわ。」
ディンは身体を起こそうとし、全身に電流が流れたような激痛が走り叫ぶ。
レイラに言われて改めて身体を見ると、下半身はシーツに覆われて見えていないが体中に包帯が巻いてあって、爆発で飛んだ右腕の断面や腹部からはまだ血が滲んでいた。
「あれ……、自己治癒、出来ない?それに、400年も寝てた……?」
「私の治癒術も効かなかったの。どうやら、未熟な状態で時間を逆行した事で力を失ってしまったようね。そうよ、貴方を見つけてからちょうど400年経ったわね。」
微笑みに翳りを見せつつ、しかしディンを心配させまいと振舞うレイラ。
ディンはその翳りに気づかず、400年も寝ていたという事実に驚く。
「傷が治るまではゆっくりしていきなさい、力のことについてはそのあとに考えましょう。」
「でも、それじゃあ……。」
「あなたの時代までは100年あるのでしょう?なら、十分に時間をかけて万全の備え、よ。」
「……。」
「じゃあ、私は1度表に出るわね、皆にこのことを伝えなければならないから。」
「う、うん。」
レイラはディンの頭を1度撫でると、部屋を出て行った。
「……。」
少しずつ意識がはっきりとしてくる。
それと同時に、身体中の痛みをはっきりと認識してしまう。
そういえばと感覚のあまりない左手を開くと、子供達の魂を纏めた宝玉が柔らかな光を発していた。
「みんな……。」
それをみてディンは一人涙を流す。
どれくらいの時間をかけてここに来たのかは覚えていないが、皆の最期の姿は脳裏に焼き付いていた。
もう涙を流さないと決めたはずなのに、時間を置くと凄惨な記憶が大きくのしかかってくる。
バラバラになった弟達を、瓦礫に潰された友を思い出してしまう。
「ごめん……、ごめん……。」
動かない左腕で目元を覆い、ただ泣き続ける。
罪悪感、寂しさ、悲しさ。
色々な感情がぐるぐると頭の中で沸き上がり、涙となって流れていく。
「泣いてんの?男の子なのに情けないわね。」
「は……!?」
「男の子は泣かないもんなのよ、誰かに見られるなんて恥ずかしくないの?」
「いきなり入ってきて、うっせえんだよ……。」
しばらく泣いていると、ふとケシニアの声が聞こえる。
ディンが慌てて涙をぬぐい声の方向を見ると、呆れ顔で腰に手を置きやれやれと頭を振るケシニアの姿が。
「なに?心配してきてあげたのにそんないいぐさってある!?」
「誰も心配しろなんていってねぇだろ!そもそもなにがあったのか知りもしねえのにうっせえんだよガキが!」
「ガキってなによ!あんたの方がガキじゃない!この泣き虫!」
ケシニアの言葉に思わず声を荒げるディン。
痛みを忘れてガバッと起き上がると、宝玉をベッドの上に置きすぐそばにいたケシニアの胸ぐらを掴む。
「てめえに家族もなんもかんも無くしたやつの気持ちが分かんのかよ!竜神だかなんだか偉そうなこと言いやがって!てめえらがデイン助けねえから……、俺の弟達が死んだんじゃねえか!」
ディンは一際大声で怒鳴ると、ドンとケシニアを押してから頭を抱え、俯いてしまう。
「そ、そっちこそなによ!こっちがどれだけデインのこと心配してると思ってんのよ!」
「……。」
押されてバランスを崩し尻餅をついたケシニアだったが、怒り収まらずといった様子ですぐ起き上がり、ディンに食ってかかる。
「あたしたちがどれだけ頑張ってデインを助けようとしてるかも知らないで!」
「……。じゃあ予言してやるよ、百発百中だ。てめえらはデインを助け出すことができねえ。デインは破壊者となって今から100年後に目覚める。」
「な、なによそれ!?」
「そんで復活したデインに俺は負ける、俺の大切な弟達は俺が弱かったせいで死ぬ、あたり一帯が地獄になる、俺はデインを斬って弟達の亡骸を燃やす、全部100%あたる予言だ、だって俺はその後時空超越でここに来たんだから……。」
何かを呪うように吐き出されるディンの言葉に、ケシニアは驚き怯む。
「そうさ俺が弱かったから……。俺が強ければ、覚悟してさえいれば……。デインを斬る事をためらわなければ……、完全開放を使ってれば……、あそこでみんなを避難させてれば……、デインの封印をもっと強固に出来てれば………。」
「ちょ、ちょっとあんた……。」
「そうさ俺のせいでみんなが…、あんな姿に……、悠輔だってあの時……。」
ケシニアは圧倒される。
光を守る存在であるはずの竜神に、ここまでの闇を抱える子供がいた事に。
ディンの光の中に潜む膨大な闇の存在に。
「ねえ。あんた、なにがあったのか話してみない?話したら少しだけでも楽になるかもよ?」
「……、……。」
「あんたの辛さってのはあたしにはわかんない。でも、一人で辛かったっていうのはわかる、からさ。」
そして優しく声をかける。
自分が辛い時、母やレイラがそうしてくれるように。
目の前にいる少年が哀れに見えたわけではない、慰みものにしたいと思ったわけでもない。
ただ計り知れない苦悩を抱えた少年に、少しでも楽になって欲しかった。
「……。さっきはごめん、八つ当たりしちまって。」
「いいのよ、あたしもカッとなっちゃったから。」
少し時間が経って落ち着いてきたのか、痛む身体を休めながらディンは口を開く。
「あのさ、ケシニアにとってデインってどんな人だった?」
「デインは……。実はね、10年くらいしか一緒にいなかったんだ。でも、気は小さかったけど優しい子だったよ?」
「そっか……。」
「あんたにはそういう人、いた?友達っていうか、家族みたいな人。」
ケシニアはどこか遠い所を見るように質問に答え、優しく問い返す。
ディンはその質問に一瞬辛そうな目をしたが、ゆっくりと語り出す。
「弟達がいたよ……。血は繋がってないけど、俺の自慢の弟達。それと、人間なのに俺のこと受け入れてくれた人たち……。」
「その人たち、守りたかったんだ?」
「あたり前だよ……。でも、俺は一緒に入れなくなるのが嫌で、力を使えなかった……。結果、みんなは死んだんだ。」
「そっか……。それで時空超越?を使ってここに来たってわけね。あれ、時空超越って確か竜神王にしか使えない、はずなんだけど?」
ふと疑問を口にするケシニア。
まだディンの正体や出生に関しては何も知らないからこそ出てくる疑問であり、やはりまだ自分が生まれる前だとディンは確信のような何かを得る。
「俺は……。10代目の竜神王、らしいんだ。先代って人からの手紙に、そう書いてあった。」
「10代目!?じゃあ、レイラおばさんの子ってこと??」
「らしい……。ただ、俺は生まれてすぐ魂を人間の器に移されたから、力を使うのに制限ができた、んだって。」
「……。それ、おばさんには話した?」
「ちょっとだけは。」
ケシニアはディンの言葉をなんとか飲み込もうと、うんうんと頷きながら質問を続ける。
ケシニアは王の一族と言われる家系の中でも、竜神の世界を守護する役割をもって生まれてきた。
だから、ある程度の事は母親から聞いている。
しかし、それでもディンの事を聞いた覚えはないのだろう。
「ママとおばさんからはあんたのこと聞いたことないし、多分2人も知らなかったんでしょうね……。だとすると、ちょっとまずいかも。」
「まずい?なんでだ?」
「今ね、あたし達は2つに別れちゃってんのよ。人間を守りたいってのと人間を滅ぼすべきっていう2つに。」
「人間を滅ぼす……?なんでだ?」
「魔物は人間の闇から生まれる、なら人間を滅ぼしてしまえば魔物が現れる事はなくなるし、デインみたいな犠牲が生まれることもなくなるから、って。」
ケシニアが苦々しげに伝えると、ディンの眉間に皺がよる。
人間を滅ぼされてしまったら、自分がここにいる意味がない。
そしてなにより、人間だけが魔物を生んでいるとは思えないから。
「でもほんとは違う、先代の弟であるレヴィノルおじいさんは、違う形で世界を救えば自分が王になれるって考えてる。」
「嘘、だろ?竜神って人間守るんじゃ、ないのか?」
「竜神は本当は全ての世界の全ての生き物を守る為にいるの。あんたも他の世界行ったことあるでしょ?だから、今あんたが起きたってのはちょっと言い合いじゃ済まなくなりそうだわ……。」
ケシニアの言葉に唖然とするディン。
まさか、そんなことが自分の知らないところで起きていたとは、では自分がいた世界の時は言い合いの段階で済んだのか、もしも過激派を止められなかったら。
頭の中でぐるぐると不安が湧き上がってくる。
「だめ……だ……。」
「そう、ダメなのよそんなことしちゃ。」
「ダメなんだ……。ケシニア、その過激派の連中に会えないか……?」
「気持ちはわかるけど、やめときなさい。今のあんたが言ったって状況が悪くなるだけよ。」
「それ、でも。行かなきゃ。」
ぐっと身体を起こそうとして、痛みに表情が歪む。
それでもディンは起きようとする事をやめない、痛みに呻きながらも身体を起こし、動かない足をベッドから下ろしてみせた。
「頼むケシニア、俺を連れてってくれ……。」
「ダメ!400年使っても傷治んないのに今動いたらあんた死んじゃうよ!?」
「だいじょうぶ、だから。頼む、あの子達を守るために……!」
左手を支えにして立とうとしては、力が入らず手を滑らせるディン。
ケシニアは大声を上げて止めようとするが、どこに触れて止めれば傷に触らないかがわからず、止めきれない。
「あら、どうしたの?」
「おばさん!この子、レヴィノルおじいさんの所に行くって聞かないのよ!」
「ダメよ、あなたはまだボロボロなんですもの……。」
「そんなの、関係、ない……!俺は……!」
そこに戻ってきたレイラは、穏やかながら驚いた様子で入口に立ち尽くす。
ケシニアの言葉を聞いて止めようとするが、ディンは止まる様子をまったく見せず踏ん張って立ち上がろうとする。
「……、わかったわ。ケシニアちゃん、レヴィちゃんとアリステスを呼んできて頂戴。」
「でも、おばさん!」
「はぁ、この子は止まらないわ。お父さんにソックリなんですもの、1度言いだしたらボロボロでも動こうとする所。それなら、安全に連れて行ったほうがいいわ。」
「わかった……。あんた、すぐ戻ってくるからそれまでは待ってなさいよ!」
「はぁ……、はぁ……。」
慌てて出て行くケシニアの背を見つめながら、ディンは痛みに顔を歪め息を切らす。
400年も寝ていたのだ、体力もなくなっていたって不思議ではない。
むしろ、ここまで動けた方が奇跡というべきだろう。
「レイラさん、今の、状況、教えてくれない、か?」
「聞いたらまた無理やり動こうとするんでしょう?でも、どちらにしても向かうのならば仕方がないわね。」
レイラは苦しげなディンをみてため息をつき、ゆっくりと状況を説明し始める。
現在デインの救出方法を王の一族で探しているということ、しかしその中でもレヴィノルとその息子、その他の竜神のほとんどが人間を滅ぼす意見の側についている事。
レイラとアイラでなんとかそれを抑えているものの、ディンの登場でそれが揺らいでしまうかもしれないこと。
ケシニアはレイラの姉のアイラの娘で、今呼びに行ったアリステスは王の一族ではないがこちら側、レヴィストロはレヴィノルの孫ではあるがこちら側であるということ。
レヴィノル達はディンの事を不審がっていて、目が覚めたら尋問に掛けようとしているということ。
「じゃあ……、どっちにしろ俺は対面しなきゃいけないって事か……。」
「そう、なんだけれどもね。私としてはもう少し後にしておきたかったわ。」
「どうして?」
「目覚めたばかりの子供を尋問にかけるなんて、道徳に反するでしょう?ただでさえ貴方は傷だらけだったのに、あの人達はそんなのお構いなしなのよ。きっと、自分達に都合の悪い話をしたらいたぶり始めるわ。」
「……。」
竜神もそれぞれ性質や性格が違うだろうということまでは予想していたが、まさかそこまで残酷な連中がいるとは思っていなかったディン。
デインのあの姿は、もしかしたらそういった一面が表に出てきてしまったのだろうか、と疑問を覚える。
思い返せば人間以外の闇も混じっていたような、と。
「貴方の言いたいこと、当ててみましょうか?」
「え……?」
「私の息子、デインの中の闇にはね、あの人達の闇も混じっているのよ。」
「……!?」
「最初は私も信じられなかったわ。でも、陰陽師の人々がデインを封印した場所に行くとね、なんでか私達に似た気配も混じっていたの、しかしそれはデインのものでは決してなかった。だとすれば、私達竜神の中に潜む闇だと考えるのが妥当じゃないかしら。」
物憂げな表情を見せるレイラ。
その答えにたどり着いたのはディンを見つけてからの事だった。
何かディンに関するヒントがないかとデインの封印されている石碑を調べに行った時に感じた、驚愕すべき事柄。
まだ誰にも話していない、しかし目の前の少年がデインと戦ったというのなら、答えを知っているかも知れない、と。
「じゃあ、やっぱり……。」
「魔物は人間だけが生み出しているわけではないの。力ある異種族の子達だって、私達神だって闇は抱えているもの。それを具現化しているのが人間だけだとどうして思えるのかしら?」
「じゃあ……。」
「あの人達はそれを認めようとはしないわ、だからこそ人間殲滅なんていう暴挙に出ようとしてしまっている、私達はそれを止めなければならないわ。だって、そうしてしまったら全ての世界が滅んでしまうもの。」
穏やかな声色のまま厳しい口調で淡々と語るレイラ。
ディンの言葉が真実なのであれば次の王であるディンにこのことを隠してはいけない、現状を語りその上で守らなければならない。
「じゃあ、尚更会いに行かないとだ。」
「危険なのよ?この部屋なら私が許可した者しか入ることが出来ないから安全よ?」
「俺は人間を……、大切な弟達を守らなきゃいけない。だから、安全な所で隠れてるわけにはいかないよ。」
「はぁ、貴方は本当にお父さんにそっくりね。頑固一徹といえばいいのかしら?」
危険性を伝えた上でも譲らないディンに、一つため息を吐いてから微笑んでみせるレイラ。
かつて父である先代もこうして病床から起き上がっていたなと、記憶に想いを馳せながら。
「おばさん!2人連れてきたよ!」
「君が次の王様なんだって?僕はレヴィストロ!君の再従兄弟だよ!」
「まったく、鍛錬の途中に急に呼び出されたと思えば……。次の王はこんなにも幼いというのか……?」
ケシニアの大声とともに扉がひらかれ、2人の男性が後ろから入ってくる。
一人はまだ子供といった感じで、整った金髪をぴょんぴょんと揺らしながらディンに自己紹介をし、もう一人メガネをかけた黒髪の青年は不機嫌そうに愚痴を零す。
「あらあら、相変わらず元気ねぇ。この子を集会場に連れて行って欲しいの、頼めるかしら?」
「いいけど、危ないんじゃない?この子連れて行ったらじいちゃん達大変そうだよ?」
「だから貴方達にお願いしたいの。孫であるレヴィちゃんとアリステスちゃんが隣にいれば、あの人達もそうそう手出しは出来ないでしょう?」
「なる程……。流石はレイラ様、良く考えておられる。」
「えっと……。よろしく、お願いします。」
ぴょんぴょんと跳ねながらディンの手を取るレヴィストロに若干たじろぎつつ、ディンは2人の肩を借りて立ち上がる。
先程よりも痛みは薄れており、なんとか歩けそうだ。
「じゃあ頼んだわよ、私は先に行っているから。ケシニアちゃん、いいかしら?」
「いいわよ、あの陰気ジジイ達に一泡吹かせてやるんだから!」
そう言って女性2人はさっさと部屋を出て行ってしまった。
恐らくディンが到着するまでの間に、何かをするつもりなのだろう。
「じゃあ僕達も行こうか、王様ってことは名前はディンでいいんだね?」
「お、おう……。」
「早めに行かなければならないぞレヴィ。道中で奴らに襲われてはかなわないからな。」
「だね。じゃあディン、痛かったら言ってね。」
2人が一歩先に踏み出し、ディンはそれに従って足を動かす。
痛みはあるが、我慢できないほどではない。
「所で、100年後って軸の世界はどうなってるの?」
「軸の世界……?ああ、俺のいた世界のことか……。どう言えばいいんだろうな、いろんなものの機械化が進んで、技術的に大きく発展した世界って言えばいいかな?」
「へぇー、じゃあ人間は楽して生きてるの?」
「そういう訳でもないよ、機械はあくまで補助的なもので、メインは人間がやってるんだ。」ものによっては生産ラインのほとんどが機械ってのもあるけどね。」
石造りの廊下をゆっくりと歩きながら、レヴィストロは興味津々といった風にディンに質問を投げかける。
100年後の世界というのは竜神にとっては短い時間だが、人間にとっては一生+αの年月だから、どこまで発展しているのか気になる、という様子だ。
アリステスもそこは気になっているようだったが自分から質問する気はないらしく、ディンの言葉にふむふむと頷いている。
「じゃあさじゃあさ、蒸気機関車って残ってる?」
「いや、全部電気になってるよ。SLって言って、昔のものとして残ってはいるけど。」
「へえぇ、すごいなあ人間。あっという間に発展させていくんだもん。」
「レヴィストロは人間に興味があるのか?」
「うん、人間大好きだから。デインの事は色々と思うところはあるけれど、それだって人間だけが悪いわけじゃあないんだしね。」
ニコニコと屈託なく笑うレヴィストロ。
本当に子供みたいだとディンは思うが、恐らく自分より歳は上なんだろうと黙る。
「それで、王は奴らのところに向かい何をしようというのだ?」
「うーん……。とりあえず行かなきゃって感じ。」
「そんなことでは返り討ちにされるのが関の山ではないか?」
「まあ、ね。でも、人間滅ぼされると困るから。」
「なぜだ?」
ひとしきりレヴィストロの質問攻めが終わったあと、今度は黙っていたアリステスが口を開く。
その声色は険しく、ディンは見てこそいないが眉間に皺が寄っているのが容易に想像出来た。
「まあ人間というより、俺の家族と目的がなくなっちゃうからね。」
「家族?家族はレイラ様がいるだろう?」
「あの人は生みの親、俺には育ての親と兄弟がいるから。」
「なる程……。しかし、人間にそこまでの情をかける価値があるのか……?デインの時でさえ……。」
「あのさアリステスさん、気持ちも考え方もわかるし一理あるけど、俺の弟達のこと価値がないとか言ったら、殺すよ?」
「……。」
超理論的とも言えるアリステスの思考法ではわからないディンの言葉に、ディンは本気で言い返す。
その言葉に滲む殺気は本物のようで、アリステスは余計な事を言うまいと口を閉ざしてしまった。
「さあ、ここが集会場だよ。」
「そうか……。ありがとう2人共、じゃあ行きますか。」
鉄のような素材で出来た重々しい大きな扉の前で、ディンは1度深呼吸をする。
そして2人が扉を開くと、支えられたままその部屋に入っていった。
幾らいるとも知れぬ、まだ見ぬ「敵」と向き合うために。