【第八話】攫取
「吾輩が……負けた……!?」
試合場。石の地面に、吾輩は額を擦り付けた。精神的ショックを散らすべく、うねうねと動く。
「な……なぜ……なのだ……!?」
十問中唯一正答できたのは城の住所だけであった。
しかし、不本意ではあるものの魔王とは吾輩のこと。吾輩が魔王軍知識で負けるなど起きてはならないことだ。
しかし、それは起きた。
理由は明白である。ヘックスが吾輩より詳しかったのではない。問題、そして正解がデタラメ尽くしだったからである。
例えばこうだ。
問『ガルイア王国歴四九一年に魔王軍が滅ぼした国の名は?』
答『ストレディアル王国』
問『ガルイア王国歴四二五年~四二八年に流行し、多数の死者を出した通称──裂臓病の原因は魔王軍が製造し蔓延させた菌によるもの。その菌の名は?』
答『ツィロン菌』
などなど。
……我々、そんな悪いことはしていない!
疫病に至っては発想が恐ろし過ぎるだろう。ドン引きだ。
「吾輩たち、そんなことをする集団だと思われていたのか……」
「フン。私ヘックス・パーシアスは座学においても最強……!」
胸を張る対戦相手の影が、四つん這いの吾輩に重なる。顔を上げると、彼女の向こうでショウ先生が怪訝な顔をしていた。
「調子に乗るな六問間違い。貴様らもっとちゃんと勉強するんだな」
「教科書の持ち込みさえ許可されていれば全問正解していましたよ。ええ」
「吾輩まだ入学もしてないのにどうやって勉強しろというのだ……まさか!?」
叫ぶと、背後の観戦席からひそひそと囁く声が聞こえてくる。
「おっと、あの入学希望者ようやくこの試験のクソポイントに気づいたようだぜ」
「学んでもいない教科の成績を競う試験なんて、相手がヘックスでなくとも勝ち目などないに決まっている。ショウ先生は奴を落とすつもりだ」
「ショウ先生お主、謀ったな!?」
「フム。謀るとは何のことだ?」
「酷くないか!?」と吾輩の背をさするフィリィに共感を求める。
「私は気づいてたよ……」
「なにィ!?」
「だから対策したかったのに……」
彼女は天を仰いでへたり込み、最早吾輩の敗北は確実という面持ちだ。吾輩も起き上がる元気が湧かない。年寄りにこの挫折感はなかなか効くものがある。
「ショウ先生」ヘックスがそう言い、先生に向かって首を振る。
「悪意はなさそうです。学もですが……」
悪意……。なんの話をしておるのか分からぬ。
「ああ……」合点がいった。
そうか。入学届の提出が遅れた者のための試験であると聞いていたが、それだけではないのか。
吾輩が信用可能か、勇者学校への入学を許し、他の生徒と生活させても危険でない存在か否か。それが見極められている。
……だとすれば、ここで立ち上がらねばどうする!
吾輩は名誉挽回のため、ここに来た。名誉を得、魔王軍と侮蔑されし仲間たちを争いから遠ざけるため、ここに来た。
ガルイア王国全土の信頼を手にするのだ。今、ここで目の前の教師一人の信頼を得られずして、何が名誉挽回か!
「試験はまだ始まったばかりだ。両者気を抜くな!」
ショウ先生が叫ぶ。吾輩は立ち上がった。
「項垂れるのは辞めだ。どんなにショウ先生がズルい手を使おうと、『一度でも勝てば入学』との言葉は覆らぬ。そうであろう?」
「その通りだ。次の勝負教科は貴様が決めろ」
「ハンッ」
笑止!どうやら先生は早々と勝負を決めてしまいたいようだ!
「ならば吾輩の得意分野で勝つ。入学許可は吾輩の手の中よ」
五百年前、戦乱の時代を勝ち抜いてこそ今の吾輩があるのだ。レイメルナングス城においても吾輩にできることなど戦闘程度。優秀な人材の育成、采配が済んでからはもっぱら雑用係であった。
「戦闘。結局吾輩はこれが得意だ」
お飾りの王には相応しい舞台である。
「戦闘に関する教科は複数ある。近接、遠距離、魔法……」
「ヘックス・パーシアス、お前の好きなものを選ぶがよい」
「総合戦術科。ようやく面白くなってきた」
少女はニヤリと笑う。
「オイオイオイ、死ぬわアイツ」
「ヘックスと言えばあの大剣。あんなモン軽々と振り回せる奴なんてそういないぜ」
「彼女、並の現役勇者よりずっと強いらしいぜ」
「それさっきも聞いたぜ」
晴天の青空。吾輩とヘックスは舞台場、端と端に立った。ショウ先生が場外にて口を開く。
「ルールは簡単。舞台からの落下か降参、気絶で負け・殺すな・長引かせるな。以上」
「メイト・アクザード。君、武器は?」
吾輩は拳を握り、体の前へ。
「おーけー、私は使うよ。ショウ先生、彼に怪我をさせても?」
言ってヘックスは背の大剣。その柄を掴む。振りかぶり、構えた。
「問題ない。怪我をして負けても、その怪我が響いて次の教科で負けても、それはメイト・アクザード、貴様の責任だ。総合戦術を選んだのは貴様だからな」
「いいだろう。分かった」
「分かっちゃダメだって……」と不安そうな声が右から。場外のフィリィだ。その反対側に立つショウ先生が言う。
「死にそうになれば助けてやる。安心しろ」
「それは助かるな」
「ダメだ、安心できない……こうなったら私が……!」
「試験の邪魔をすれば貴様の入学を取り消すぞ、フィリィ・サリアー」
「……ッ!」
「そうだ。邪魔をするでないフィリィ。これは吾輩が名誉を攫取するための戦いなのだ」
言うと彼女は目を伏せて引き下がる。しかし不安が消えたわけではないだろう。
心配してくれる友ができて、吾輩は運がよい。ガルイア大戦の覇者たる実力を見せ、安心させてやらねばならぬ。
吾輩とヘックス。両者構える。
ショウ先生が口を開く。
「開始」
静かに宣言された。
「……」
「……」
……なるほど。
『お手並み拝見』というわけだ。
お互い考えは同じ。ただ目を合わせ、微動だにしない。気迫の押し合いだ。
こちらを見据える少女の眼。鋼鉄のような灰色の──
「まさかあれは……!」
思考が固まる。瞬間、駆けるヘックス。距離が縮まる。大剣の切っ先をこちらへ向ける。
「視えたぞッ……君の恐怖!」
あのヘックスなる少女……そうか。
吾輩は両手を重ね、振り離す。透明なるバリア魔法『護甲透陣』を展開。
「その眼はガルイアのッ……!」
しかしヘックスはここまで辿り着かなかった。地面を弾くように、後方へと跳び退がっていく。彼女の視線はどこか別の場所に向いていた。
「どうしたのだヘック……」
言い終わる前に、甲高い奇声が響いた。人間のものではない。音の方へ目を向ける。
視界に捉えたのは大きな影。太陽を背に飛来した高速の勢いで吾輩とヘックスの間を飛び抜けた。
「ワ……ッ!」
短い悲鳴。影の前脚、爪が、桃色の髪の少女を掴んでいた。
「フィリィッ!」
吾輩が駆けるより先に、影は──前半身が鷲、後半身が馬の魔物は恐ろしく速く天高く舞い上がり、視界から消え去ってしまった。
辛うじて視界に捉えた残像の中。魔物の背には男が乗っていた。目を見開き、口の端を吊り上げていた。




