【第七話】最強生徒ヘックス・パーシアス
「グハハ!この山は美味いなァ!」
「ああ、この間村人ごと食ってやった鉱山と比べてもなかなかだ」
岩を噛み砕き、感嘆を口にするドラゴンの翠の鱗が、朝陽を反射する。険しく聳えたる山岳の頂上で、人の三倍はあるかという体躯の竜は三頭。自らの四足を支える地そのものを食っていた。
「しかし、眺めは……」
「気にするな。我ら神竜に手を出すつもりなら、これまでの人里が如く悉く、滅ぼすだけだ」
「まぁ、俺らと戦る度胸なんざあるわけねぇけどなァ!グハハ!」
彼らの目下。山の麓を西に数キロメートル進んだ先に、円の壁に囲まれた街があった。今は山の影に隠れ、朝を見るまで数刻かかるだろう。
「勇者の学校を気取っているが、所詮生まれの時点で我らに劣る下等種。何を学ぼうが無意味だ」
「そもそも勇者ってなんだ?イキってるザコのことか?」
「勇者とは───」
声が駆け抜ける。雰囲気を異にする柔らかい、しかし勇ましい声。
「───悪しきを滅し、世に光をもたらす者」
少女は黒の混じった赤髪を揺らし、振り返る。視線の先で、三頭のドラゴンは頭と体の離別、即ち死を体験していた。
少女が大剣を振り払い、血が地面を赤く塗った。
「そうでしょう?」
力無く倒れる“ドラゴンだった物”の奥から、帯刀した長髪の男が現れる。身丈の長いベージュの衣服は彼の故郷、龍の国の着物。正装であり、普段着であり、戦闘服だ。
「その通りだ。悪は取り除かねばならない。だが、悪人を見分けるのは簡単ではない」
「そこで私の出番というわけですね」
男は頷く。
「貴様の眼で奴を測れ」
「メイト・アクザード……ショウ先生の言う通り魔王軍の関係者であれば面白いのですが」
生真面目な男は少女の軽口に怪訝な顔をする。
「笑い事ではない。今年の入学予定者の数十名がこの街を目指したまま行方不明となっている。もし奴がそれに関わっているとしたら……」
少女は鋼の鎧を鳴らし、大剣を背負う。
「もちろん。そのときはガルイア王の末裔として、そして勇者を目指す者として、きちんと始末しますよ」
口の端を吊り上げ、彼女はドラゴンへ一瞥もくれることなく、師の方へ歩く。
「“竜搏兎”───竜は何事にも全力で臨むと聞いていたけれど、聞き間違いだったかな」
「貴様もだパーシアス」
少女の背後で、ドラゴンは口を開けていた。既に命を失った、人形とさして変わらないその頭は、最初で最後の抵抗。炎を吐き出そうとしていた。
だが……
「気を抜くな」
ショウに踏み潰された上顎。逃げ場を奪われた炎はボン!という音と共に、主人の頭部を破裂させた。
煙が鼻から吹き出し、眼球が飛び散る。
「先生が居るから気を抜けるんですよ」
「メイト・アクザードは正体不明だ。奴の前でも同じ調子では困る」
「はいはい」
微笑むヘックス・パーシアスの冷酷な意志は、灰色の瞳の奥に宿っていた。
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「吾輩、普通の人間メイト・アクザードである」
自己紹介と共に差し出した手を、背の高い少女の鋼を纏った手が握る。彼女が、これから吾輩が戦う相手である。
「よろしく。君は?」
ヘックスが桃色の髪の少女に灰色の眼を向ける。
「わ、私はフィリィ・サリアー。メイトのプロデューサーです」
「プロデュー……?ふむ。よろしく」
最強の生徒にフィリィは恐縮しているようだ。握手を求められても首を振りながら、
「そんな私なんかが!」
……と言いながらも手を差し出している。
大きな噴水。噴き出す水が太陽の光を反射しキラキラと輝く広場に吾輩たちは移動した。四月の頭。まだ暖かくなる前の涼しい風が吹き抜ける。
「それで先生、試験は今日と仰いましたが」
フィリィが切り出した。
「今からじゃないですよね……?」
「今からだ」
返答は簡潔だった。
「ちくしょ〜」
頭を抱える少女の肩を叩く。
「大丈夫だ。勝てる勝てる」
「ほう、この最強の生徒に勝てると?」
ヘックスが口の端を吊り上げる。
「吾輩にもそれなりの理由があってここに来た。負けるわけにはいかないのだ」
「理由とは?」
魔王軍と呼ばれ誤った恐怖を向けられる吾輩と従者。我がレイメルナングス城とガルイア王国の全面戦争を避ける手立て。
勇者学校に入学する理由はそれを手に入れるため───
「名誉だ!勇者となり名誉を我が物とする!」
「ありきたり。でもハッキリと口にする度胸は褒めてあげようか」
「お喋りはそこまでだ」
ショウ先生が前に出る。
「これからメイト・アクザードの入学試験を始める───」
「よし、頑張るぞ!」
吾輩は腕を突き上げた。毎年恒例の『レイメルナングス城大運動会!』のようでワクワクする。
「───場所に移動する」
「……頑張るぞ」
吾輩は腕を下ろした。
目指すのは街の中央にある白く巨大な城。即ち学校の本館だ。その南の方に近接戦術用の修練場があるらしい。
前を歩いていたショウ先生が不意に振り向く。
「貴様ら!」
怖い顔で叫んだ。吾輩にではなくその先、着いてきていた大勢の生徒たちにだった。
「貴様らを呼んだ覚えはない!各自やるべきことをやれ!」
噴水の広場にいたときから、ちらりちらりと見られていることには気づいていた。というか「ヘックス様〜!」と黄色い声が飛んできてもいたが、試験に着いてこようとするとは。
「まぁ、私最強の生徒ですから、目立つのも当然でしょう」
ヘックスが笑う。
「仕方のない……」
舌打ちして、ショウ先生が大きく息を吸う。
あっ、これは怒鳴る。吾輩は予め耳を塞いだ。しかし赤髪の少女が彼の肩に触れ、
「正式な試験ですから見せても問題ないでしょう。それに彼らの勉強になるやも」
「ヘックス貴様……ッ」
驚いたように目を見開くショウ先生。再び舌打ちし、渋々という様子で観戦を了承した。
「この先生ずっと怒ってる……怖い……」
フィリィが吾輩の背に隠れて呟いた。吾輩は頷いて同意した。
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「ここは近接戦術の修練場。その試合場だ。本日の試験はここで行う」
観戦席に囲まれた、巨大な石版のような正方形の舞台に立ち、ショウ先生は言った。
武器の倉庫や芝生の広場を抜けて我らはここへ辿り着いた。個人練習に励む生徒もちらほらと居ったが、皆他の者らと同様、試験の見物をと観戦席に着いた。
舞台に立つ吾輩を見てか、「誰だ?」「入学希望者らしいぞ」などと不思議そうに言い合っている。
……ともかく、珍しいイベントごとに彼らは目を輝かせていた。
「勇者学校ではガルイア王国に対する脅威との戦い方を学ぶ。教科、部活動は多岐に渡り……」
舞台の周りの観戦席から生徒の声がする。
「教科も部活も多すぎて全部把握してる奴はいないらしいぜ!」
「俺十教科って聞いたぜ?」
「私は七十って聞いたわよ」
「差あり過ぎだろ」
「僕は八億……一体誰の情報を信用すれば……」
「お前のだけは無い」
ショウ先生に意識を戻して、
「今回の試験では私が把握している全ての教科の成績をそこのヘックス・パーシアスと競ってもらう」
ヘックスがお辞儀して「いぇい」とピース。観戦席から歓声が上がる。先生はその一切を無視し、続けた。
「貴様メイト・アクザードが一度でも勝利すれば、本校への入学を許可するものとする。教科ごとの詳しいルールは戦闘前に説明する。なお、試験官は私、ショウが務める。異存ないな」
「はーい!はいはいはーーい!!」
隣に立つフィリィが「異存ありまーーす!」と手を挙げて飛び跳ねている。
「先生が試験官をするのはズルいと思います!」
ショウ先生は腕を組み、平然と答えた。
「先生が試験官をするのは普通のことだが?」
「いやっ……だって……あれ?確かに……?」
「心配するなフィリィ。吾輩楽しむ!」
「『楽しむ』って……それ勝つ見込みないときに使う言葉じゃん……」
勝つ見込み……というより自信は実の所あまりない。なにせ五百年も城に籠っていたのだ。才能、知識、技術共に昔と比べ上がっているに決まっている。
以前最強と謳われた吾輩の技『誘降伏魔』も今や通用するかどうか不明だ。
だが見込みも自信もなくとも、勝つ気は満々である。
「では言葉を変えよう。吾輩勝つ!」
腕を振り上げ、宣言する!
「オイオイあの生徒でもない奴、ヘックス・パーシアスに勝つ気でいるぜー?」
「ヘックス様は十八歳、身長百七十五センチメートル、趣味はサボテンバトルと演劇鑑賞、好きな演目は『終尾のパトリチェフ』。いつも修練として森や山に出かけては強力な魔物の首を持ち帰り、狩猟部に入部を懇願されるもサラリと断る爽やかな笑顔。数年前に滅ぼされた龍の国出身の実力派剣士ショウ先生を師とし、そして並の現役勇者よりずっと強いのによくあんな大口叩けますね」
「彼女の実力を知らないんだろ。カッペだよ、カッペ」
後ろの方から聞こえてきた声は吾輩の敗北を信じて疑わない様子。それはそれとして、
「カッペとはなんだ?カッパのことか?」
それなら従者にいるぞ。ちょっと生臭いんだ。
「気にしないで。気にしても仕方ないから」
とフィリィ。青い双眸に光はなく、顔も青白くなっている。
「まぁ……楽しんでね」
どうやらフィリィまでも吾輩が負けると思っているらしい。これは負けられぬ。高齢者の意地を見せねばならぬ。
などと思っていると、
「まず最初の教科は───」
ショウ先生が口を開く。
「『魔王軍対策』。魔王軍の知識を競ってもらう!」
観戦席から歓声が上がる!
「『魔王軍対策』は勇者学校でも最も重要とされる教科だぜ!」
吾輩も歓喜の雄叫びを上げる!
「やった!やったぞおおお!!!」
吾輩のホームではないか!
「この勝負……もらった!」




