【第二十三話】鮮烈なる登場
偽魔王軍対策会議を終え、吾輩は即効で勇者学校へと舞い戻った。
『初級一組』と書かれた扉を開けると、三十名ほどの生徒が視界に入った。
制服はどこで手に入るのかアレックス……いや、ホロウ先生に尋ねるのを忘れていたな。
が、そのようなことはすぐにどうでもよくなった。
なぜなら……
「キミ!ヘックスさんに期待されてるってどういうことなの!?」
「昨日事件があったって噂だけど、それと関係あるの!?」
「俺はニック!キミの名前は!?」
「スリーサイズは!?」
などと、質問攻めに遭ったからである。
「そういえば、入学式でヘックスがそんなことを言っておったな」
相当数の生徒が吾輩を囲んでおった。皆、藍のジャケットと黒のスラックス、またはスカートを纏っていた。制服である。
ざっと見たところ、クラスの半分程度か。このように連続して言葉を要求されることは城に居た頃にも頻繁にあったゆえ、処理は簡単だ。
「期待の理由は知らぬ。あちら側が勝手にするものだろう?事件との関係は、箝口令が敷かれておるとだけ。名はメイト・アクザードだ。よろしくニック」
握手しようと手を差し出すと、ニックはクラスメイトの波に攫われ、どこかに消えていた。溺死していなければよいが。
「スリーサイズは──」
「貴様ら席につけ、ホームルームを始める」
教室の奥から、たしなめるような声が小さく耳に届いた。しかし周りの生徒には聞こえていないようで、問いの豪雨は止むことを知らない。
雷が鳴り響いた。
「貴様らッッ!席につけというのが聞こえんのかッッ!!」
その殺意に満ちたような声は、生徒らの生存本能を呼び起こしたようだ。クラスは瞬きの暇もなく静寂に支配され、椅子は埋まった。フィリィの席を除いて。
「では、始める」
一転して、壇上の声は落ち着いていた。
感情に任せた怒号では決してない、生徒を制御するためだけの叫びを使いこなして見せた男は、『龍の国』の伝統的な戦闘服に身を包む者、ショウ先生。
長い黒髪は昨日と打って変わり、後ろで一つ縛りにされていた。
教室の壁は白く、床は焦げ茶の木製。廊下の反対側は一面窓で、眩しい太陽光がたっぷりと入ってきていて、子供の成育に相応しい。
「貴様らもよく知っているだろうが、勇者学校とは、このガルイア王国に対する特別の脅威と戦う者──『勇者』を養成するための施設だ」
ドキリとする。吾輩が勇者の定義を知ったのは昨日だからである。
「生徒には初級から四級の階級があり、四級まで進み、卒業すればガルイア王国公認の勇者に認定される」
再びドキリ。階級のことは知らなかった。この説明に助けられているのは吾輩のみなのだろうか。
「当然、楽な道のりではない。進級には単位が必要だ。これは授業ごとに受ける試験や部活動などで稼ぐことができる。そして──」
ショウ先生が振り返り、何やら黒板に書き始めた。彼が向き直ると、緑の背景には『百』と記されていた。
「百だ。貯めた単位を百消費することで、進級試験を受けることが可能だ。試験は何時でも申請可能だが、落ちれば単位は無駄になる」
「まじかよー、死じゃんか」
「単位の取得難易度によるが、厳しいな。これは」
……などと、ちらほら野次が上がる。
「勇者には慎重さが求められるということだ。だが、時には大胆さも必要となる。一年の間進級試験を受けなかった者は、その時点で所持している単位の半分を失うことになる。三回連続進級失敗、または三年間試験を受けなかった場合、退学だ」
「きっついなあ」
「楽はできんのか?」
「ここは勇者を養成する場だと言ったろう。適性のない者はふるい落とすのが慈悲というものだ」
「大器晩成型は要らないってのかよー」
隣に座っていた男子生徒がボヤくように呟く。
「鋭い指摘だな」
褒められたと思ったのか、男子生徒はほのかに嬉しそうな顔を見せた。が、
「だが愚かな思考だ」
ショウ先生はピシャリと言い捨てる。
「大器晩成型は、そう、不要だ。我々勇者の相手は魔王軍を代表とする巨悪。戦略部は常に多数の死者を前提に作戦を立てる。死体袋は用意されているんだ。多大なリソースを払って育成した勇者が初陣で犠牲になることなど日常茶飯事。捨て駒の値段は安い方がいい。早熟しろ」
厳しい現実を口にする彼に、クラスの空気が重くなるのを感じた。だが、それでよいと吾輩は考える。戦いに憧れを持つのは勝手だが、結局は命の奪り合いなのだ。
「それに、この学校の運営費は国民が納めた税金で賄われている。彼らは貴様らがヨチヨチ歩きでゆっくり成長するのを待ってはくれない。貴様らが無料で勇者学校に居られるのは彼らのおかげであることを忘れるな」
正論。反論しようのない正論に、野次は息に吹かれたロウソクの火のように消え去った。
すると、
「フン!最強の生徒様を大事に育ててるクセによく言うぜ」
静寂のクラスに不遜な声が響いた。
「龍の国の英雄だかなんだか知らないが、言われなくても早熟してやるさ」
振り向くと、橙色のトゲトゲしい髪の男子生徒が机に足を乗せていた。
「威勢が良いのがいるな。貴様は……リーヴェンスか。楽しみにしているぞ。貴様のようなタイプは早死にするからな」
「どうかな?おっさんよりは長生きするつもりだぜ」
ショウは「フン」と鼻を鳴らし、
「話は終わりだ。何か質問のある者は?」
「はい!」
手を挙げたのは吾輩である。
「アクザード」と、発言を促される。
「どうしてショウ先生がここにおるのだ?」
「このクラスの副担任だからだ。書類を貰っただろう?」
指で宙に長方形を描きながら、ショウ先生は言った。
「てきすと?初耳だ」
「そうなのか。担任に伝えるとしよう」
ショウ先生がチラリと扉を見、「いらしたようだ」とため息混じりに言うと、
「すいませぇ〜ん!!」
気の抜けるような叫び声が響いた。
刹那的速度で開け放たれた扉から、何者かが飛び込んでくる。その大きな体をショウ先生が避けると、その者は舞い散るようにすっ転んだ。
「い、いたた……」
床の呻き声を、ショウ先生が腕を組んで見下ろす。
「ウォーム先生。担任が年度初日早々遅刻とは、世界は平和ですな。魔王軍が滅亡したとはまだ聞いておりませんが」
「す、すみません……」
直球の皮肉に、担任の先生らしき女性は平謝りして立ち上がる。ボサボサの亜麻色の髪を整えながら、柔らかく若々しい声を発した。
「私はウール・ウォーム。皆さんの担任です。よろしくね」
鮮烈な登場を決めたウール先生に、クラスメイトは興味津々の様子。すぐに吾輩のとき同様、質問攻めの開始を告げるラッパが鳴り響いた。
遅刻は置いておいて、クラスのどんよりとした空気を彼女は入れ替えたようだった。
「担当教科は?」
「部活は?」
「年齢は?彼氏はいますか?」
「スリーサイズは?」
「あー、え〜っと……」
ウール先生はアセアセといった様子で、少し考えるように白いニットと焦げ茶のロングスカートの埃を払い、口を開いた。
「担当教科は補給で、家庭科部の顧問をやってるよ」
「へーそれじゃ、料理上手いんだ!」
「教えて欲しい」
「そ、そのうちね……!」
「年齢は?彼氏は?」
「スリーサイズは?」
「それは、秘密かな……?」
そう他人に訊くものではない問いに、ウール先生は首を傾げ、困ったように笑っていた。
このような場面ではおかしなことかもしれぬが、感慨深い気持ちが湧いてくる。思えば吾輩は、誰かとスタート地点を一緒にするのは初めてのことだ。




