【第二十一話】入学おめでとう!!
「不味い!不味いぞッ!」
白い石造りの廊下に足音が響く。吾輩は早歩きしていた。
突っ走りたい気持ちを抑えるのは、さっき、校内を巡回する警備勇者に怒られたからだ。
「すまぬ」の一言と早歩きへの転換ではその者の怒りを鎮めるには足りなかったらしく、説教された。それなりの時間拘束され、遅れが激しさを増す焦燥感に、視界がチカチカ閃光した。くそう。
「まさか、入学式が今日だとは!」
昨日、三頭犬のケルベローを城に帰し、勇者学校区に瞬間移動。すぐ戻った。
フィリィを探して警備勇者を訪ねたものの、その日は関係者しか会えぬらしく、適当な宿に案内された。一応、関係者なのだが……。
朝になり街に出てみると、正に今日が入学式だと聞いた!なぜ誰も前日までに教えてくれなかったのだ!?!?
吾輩はなるべく急いで入学式場に突入した!
大きな扉を開けると、神殿のような広間が視界に飛び込む。陽光はステンドグラス越しに、その姿を色とりどりに変え、神殿を踊っていた。
他の入学生は既に揃っているようだ。列に並べられた大量の椅子に、大量の新入生と思われる者らが座っていた。
「も、もう始まっておるう〜……」
皆の視線が集まる。若々しい瞳の羅列が吾輩を不審な人物と判定している。軽く絶望した。
皆、街にて見かける生徒と同様の服を纏っている。制服というやつか。
藍色地のジャケットは左胸の金ボタンで止められ、首を一周する襟には勲章のような、植物の芽を象ったバッジ。センタープレスの黒スラックスが、全体をシックに纏めている。
右胸には真っ赤な花。そこから垂れ下がる『入学おめでとう!!』の文字が、彼らの門出を祝う。
よく観察して見るのは初めてだが、なかなか悪くない。吾輩も着たいぞ。
そんな吾輩はといえば、昨日と変わらぬ、城から着てきた地味な半袖シャツと半ズボン。パーフェクトに場違いである。
「早速の遅刻者ですね」
どこからか声が響き、会場に笑いが起こる。音増幅魔法を介したもの特有の、ザリザリとした雑音混じりの声の主はこの空間の最奥、その壇上に立っていた。
「メイト・アクザード君。きみには期待しています」
笑いの渦がピタリと止む。次の瞬間、それはザワザワとした囁き声の集合となった。
吾輩のすぐ傍に居た生徒のヒソヒソ声が耳に入る。
「え……最強生徒のヘックス様に期待されてるって……!?」
「あの遅刻者何者だ……!?」
それでようやく気づく。壇上に居たのはヘックスであったのだ。昨日とは違い、制服を纏っていたので分からなかった。
「おおヘックス……!入学試験、まだ間に合うよのお!間に合うと言ってくれ!」
手を振って懇願すると、彼女は手を振り返して、
「試験?そんなものはありませんよ」
「え」
「ほら、どこでもよいので早く席についてください。きみは今日からこの栄光の勇者学校の生徒なのですからね」
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「護送車が全滅か」
暗い司令勇者室。低く乾いた声は怪訝を帯びている。
「今朝、瀕死の警備勇者が区に辿り着いたため発覚しました。恐らくはヴィンセント・アリの依頼主による口止めでしょう」
ショウは眼前に座る男に報告する。
男は眉間の皺を深くし、目を合わせない。
後方に流した灰がかりの群青の髪は、一房、広い額に垂れている。老けた印象のある顔とは対照的に、黒服を纏った体は大きく、筋肉質だった。
彼は元近接戦術教師のロヴァート・ラァリース。現在は勇者学校内の捜査機構『塔』の司令勇者を務める。
つまりは現近接戦術教師であり、『塔』の捜査勇者も兼任するショウの前任で、上司である。
「その警備勇者はどこに?」
「亡くなりました」
「そうか」
部下の死に対する態度としては素っ気ないが、多くの悲劇と戦う者としてはこれくらいでよい。
だが頭の中に浮かぶ、遺族への対応は、お悔やみの手紙を部下に書かせ、署名さえも部下にやらせればよいという考えは誠実さを欠いている。
「彼は幾つかの情報を残しました。それを元に護送車の襲撃犯を捜査、確保します。よろしいですね?」
ショウの言葉に有無を言わせぬ圧が篭もるのは、護送車の全滅はヴィンセントの護送を焦った彼の責任であると思うからだ。
奴からはもっと情報を得るべきであったし、護送するにしてももっと多くの護衛を付けるべきだった。
なぜ彼がそのような雑な仕事をしたのか、ショウには不思議を通り越して不気味ですらあった。
ショウの意図を分かってか分からずか司令官は、傲岸な態度を崩さない。
「その依頼主というのは分かっているのか?」
イエスかノーで答えられる質問に、別の質問を投げた。
「ええ。昨日救助したフィリィ・サリアーに聞き取りをしたところ──」
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「魔王軍……!?」
言葉を失った。気づけば立ち上がっている。
入学式を終えた吾輩は、その足で城一階にある保健室に来ていた。窓から差し込む日光が、桃色の髪の少女フィリィの座る白く清潔なベッドの傍らに置かれた花瓶の影を作っていた。
「そう。よりによって、私の両親を殺した奴ら」
吾輩はもう一度、言葉を失うことになった。
「待てフィリィ。お主の両親を魔王軍が……!?そんな馬鹿な!」
なぜ我々がそんなことをするのだ。いや、“したことになっている”のだ。
生きるための殺生は禁じていないが、人は城にやって来ないし、外に出る従者は十分に気をつけているはずだ。
食べ物としても、人間は非効率である。味も悪いし。
「よくあることだよ。だから私は勇者になる。勇者になって魔王軍を滅ぼしたい」
「……そうか、そうか」
足から力が抜け、吾輩は椅子に座り込んだ。
やはり、名誉が必要だ。我らが魔王軍などと侮蔑される謂れはないことを、証明せねばならぬ。或いは……。
扉が二度叩かれ、人が入ってくる。
白髪を後ろで縛った白衣と眼鏡の女性。盆に水の入ったカップと薬包紙に包まれた粉を乗せている。
「サリアーさん。これ、飲んでおいてくださいね。体力の回復を助けますから」
フィリィが頷く。
カップと薬を取ってやろうと吾輩が腰を上げると、女性と目が合う。見知らぬ者だ。吾輩の疑問を察したのか、
「私はホロウ。勇者学校の薬学教師です。君はメイト・アクザードくんですね。少しいいですか?」
そう微笑んだ。
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メイトがホロウに連れられ、出ていったあとの部屋には、独りの少女しかいなかった。
フィリィは顔を覆う。視界が暗闇に包まれると、いつも、脳裏にはあの光景が浮かぶ。幼き日、幼き青の瞳に、痛みと熱とを伴って焼印された、あの光景。
眼帯と白衣の魔王軍の男。その足元に横たわる、愛する者の骸。
「……滅ぼしたいって……思ってたんだけどな」
震えを抑えようとして、声がしゃくり上がる。
「……私じゃ無理だ、弱過ぎる」
彼女が編み出した魔法、『赤花』。それはしかし、ヴィンセントには悲しいほど通用しなかった。
憎悪に身を任せ、苦しくとも、精神がやせ細ろうと構わないと努力したあの時間はなんだったのだと、心を虚無感が襲う。
「でも……メイトなら……!」
フィリィは魔王軍の被害者として、傲慢になるつもりはない。自分と同じような境遇の者はこの国、否、この世界にいくらでもいる。
多くの者が、魔王軍を滅ぼそうと身を粉にしているのだ。自分自身が唯一、手を下せる存在であろうと思うほど、フィリィは驕ってはいない。
奴らが滅ぶのなら、誰の手によってであっても、なんでもいいのだ。
でも──
「私は……」
メイトの論理で言えば、フィリィは職としての勇者になりたい。ヴィンセントのように、精神のヒーローを目指しているわけではないのだ。
『魔王軍を滅ぼしたい』
その一心で、この勇者学校まで来たのだ。自らの手を諦めるなど、そうできるものではなかった。
窓の外の景色を見、フィリィの鋭敏な感性は苦衷を嘲笑われたかと錯覚する。大粒の涙に歪む空は、今期の入学者を祝うかのように晴れ渡っていた。




