【第十八話】人体を効率的に破壊する神業
「美しい……」
無意識に賛辞が漏れ、ショウは慌てて口を噤んだ。彼の眼前の戦いは……否、それは深い森に呑まれ、既に誰の視界からも消失していた。
素早く、敵を奥へ奥へと追いやるように移動しながら、メイトは攻撃を繰り出す。
拳、肘、脛。硬い骨による打撃に全体重を乗せ、的確に、執拗に急所を狙う。動きに無駄はなかった。
近接戦術教師であるメイ・ショウが美しいと称した戦闘術。それは五百年にに渡る城籠りによって磨き上げられた(主に早朝の朝礼体操で磨き上げられた)。
人体を効率的に破壊する神業の名は──。
「レイメルナングス神拳ッッ!!」
その名を口にしては正体がバレてしまうのに、神拳の使い手メイト・アクザードは思いっきり叫び散らかし突き上げてしまった。
「アッ……」
しかし大丈夫なのである。
「レイメル……なんだってッッ?」
その拳を受ける男、ヴィンセントは攻撃を防ぐのがやっとであり、メイトの言葉を聞く余裕などなかったからである。
防ぐのがやっととは言うものの、実際は攻撃の一割は回避、三割は防御、四割はなんとか急所から逸らす、そして残りの二割はマトモに喰らう。といった具合だった。
しかしながら……
「恐るべき耐久力であるな!」
メイトは、接敵した瞬間から既にズタボロのヴィンセントの体を見る。
正中線を斬る胸の傷、全身を抉る噛みちぎられたような陥没。常人であれば病院のベッド直行コースだが、ヴィンセントは動く。そのたび傷が痛み、血が飛び散ろうとも、ヴィンセントは戦う。
相手が手加減をしているとはいえ、並外れた体力、そして根性である。さながら死の間際の獣のようだとメイトは思った。
「どう鍛えた」
「慣……れッ……だッッ!」
メイトの拳を抉れた腕で受け止めながら、ヴィンセントは呻くように答える。何度も死にかけるような戦いをしてきたことを言外に叫んでいた。
メイトは「昔の吾輩を思い出すようだのお」と言いながら、今の発言は老人らしさに過ぎたか……と特に反省する必要もないのに反省した。
「お主魔法は?」
「……使わねぇ、ってか使えねぇ。『テイム』以外は。才能無くてな。だから『テイム』だけで一点突破、勇者に認められようとしてたってわけだ」
「なるほどのぉ」
城から出てから二日。多くの人間に感心させられてきたメイトだったが、ここに来てまた一人、彼の心を奮わせた。
「まぁ、もう駒は切れてるんだがな」
魔城の王であるメイトと、魔物飼いのヴィンセントは、魔物を従えるという点で同じ。
だがテイムには魔物への指示の強制力や遠隔の情報共有と、利点が多い。その分、修得は困難を極める上、十分な利用価値のある魔物と契約を結ぶ厄介さ、そしてダメージフィードバック等のデメリットは、人々の『テイマー』への憧れを上回る。
親近感と敬意の両方を、魔城の王はヴィンセントに向けていた。
「しかしその身体能力があれば魔法など覚えなくとも勇者になれそうなもんだがのお。そんなに難関なのか?」
「俺は教師と仲良くなれなかったと言ったろ。授業の組手で保健室送りにしてやっただけでアイツ」
「どうしてそれで嫌われるのだ?」
「ああいう手合いは格下であるべきガキに恥かかされるのが大嫌いだからな。だが、だとしても故意の冤罪で退学させるか?」
「うはっはっははは!!そんなものか!うはは!!」
「笑い事じゃねーんだが……」
苦言を呈されようとも、メイトはその爆笑を止めようとはしなかった。とはいえやがてそれも収まる。
穏やかな眼で男を見据え、深呼吸ののちに肺に溜まった息を、背筋に響くような、冷気を孕んだ声音に変換する。
「さあそろそろ終焉だ、ヴィンセント。笑って、負けろ」
膝をみぞおちに入れれば、テイマーの男は衝撃に胃液を吐き出す。その隙だった。
メイトは男の服を掴み、力いっぱい腕を天に伸ばし、手を離す。ブチブチと繊維のちぎれる音と共に、ヴィンセントの体は宙へ飛び上がっていく。
「レイメルナングスゥ──」
高さ数十メートル。魔力が切れかけようと、国家から恐れられるその肉体に届かぬ距離ではなかった。
跳躍、体を反転。
「キィィィィィッックッッ!!」
魔城の王の足は轟音を伴って、ヴィンセントを撃ち抜いた。
「……お前、やるじゃねぇか。完敗だ」
焦げ茶の土に血が滲み、斑模様を描いた。見下ろす少年の、小さな影が重なる。
「お主もなかなか悪くなかったぞ。吾輩の知る者の中では六百位ってところかのお」
「クソが、ガキのくせに」
力無く大の字に倒れた男の両の口端は上がっていた。それを見、メイトは破顔する。
「そうだいいぞ!負けても笑え!この世に笑顔を超える表情は存在しない!」
聞いたヴィンセントは目を見開いて驚いたのち、一際大きく笑い、気を失った。
「よし、仕返し終わり!」




