【第十七話】精神の勇者
「メイト、キミ」
ヘックスは困惑の色でベタ塗りの顔を晒した。
「勇者学校に入りたいんだよね……?」
言葉の先には、先程「勇者になどならなくてもよいではないか!」と胸を張って言ってのけた勇者学校入学希望者メイト・アクザード。
彼は動じず、「もちろんそうだ!」と自信満々の様子を崩さない。
「はっきりと言おう。吾輩にとって勇者学校は名誉を得るための道具よ!誰もが盲目的に讃える、見せかけの箔が欲しい!」
「コイツ正気なのか……?」
テイマーの男が狂れを見るような目を向ける。
「残念ながら私の眼は彼に反応していない」
黒の混じる赤髪の少女は更に「正直なのは良いこと……なのだけど」と付け加える。
メイトは彼らの批判気な様子を無視し、ヴィンセントへ柔らかな視線を向けた。
「だがテイマーの男……えーと、お主名前は?」
「……ヴィンセント・アリ」
「ヴィンセントよ、お主は人々を護りたかったのであろう?」
少年の言葉に面食らった男だが調子を取り戻し、「そうだよ。だから勇者に──」声に圧を込める。が、
「護れ」
「……ッ!」
メイトの極短い一言に目を見開く。自分よりずっと華奢な少年に、言葉のみで押されている。
「護ればよかろう。何故護らぬ?」
「だって、俺はあの学校を退学に……」
あっという間に、再びヴィンセントから圧が失われた。
「勇者学校で得られるのは“勇者という職”であろう」
「…………」
ヴィンセントは声を発することを忘れ、無意識にメイトの言葉を傾聴していた。
「だが人々を護るのに、他人に勇者と、そう認めてもらう必要があるのか?勇者とはなんだ?」
メイトは褐色の両手を広げ、『勇者』に対する懐疑的な姿勢を表した。
「聞いたところによると『ガルイア王国への特別の脅威と戦う者』がこの国の勇者なのであろ?吾輩その話を耳にし、考えていたのだ」
メイトは「まぁ今朝聞いたばかりだからな。この考えには粗が多いではあろうが」と前置きし、
「“勇者という職”に就かずとも、勇者にはなれるはず。『勇者』とは勇気ある者。勇気とは生命が生まれながらにして持つ力の源だ。国に認められねば行使できぬ特権ではない」
断言した。
「そこら辺を探してみよ。困っておる者はいくらでも見つかる」
メイトは「残念なことにな」と小さく呟き、そして声のボリュームを元気に戻す。
「皿洗いがしたいが、手指が赤切れしていて辛い者がおる。勇気をもって、こう言え。『自分が代わりに洗う』と。さすればお主はその者の勇者である。ただ日々を生き、仕事に勤しむ。誰かの役に立ち、誰かの生活を護る。それが勇者でなくてなんなのだ?」
その言葉は超然とした口調と雰囲気を纏う少年の口から出たものとしては余りに生活に根ざし過ぎていたが、何故だかヴィンセントの胸に何らつかえることなく染み込んでゆく。
「誰でも勇者になれるのだ。お主がやっていないこと、勇気を出すこと。それさえできれば」
メイトの声は柔らかく、言葉は力強い。ヴィンセントは言いようのない納得感を得ていた。
「吾輩は名誉のため、職としての勇者になる必要がある。だがお主は違う。お主がなりたかったのは、職としての勇者か、精神の勇者か。どちらだ?」
「……精神の勇者か。いずれにせよ、俺にはなれねぇよ。何人殺したと思ってる」
納得はした。自分がなりたかったのは精神の勇者。しかし、その資格などとうに失っている。
「そこの『ガルイアの眼』を持つ嬢ちゃんに訊いてみろ。俺は悪意に満ちているそうだ」
ヘックスの眼は人の悪意や恐怖、マイナスの感情を視る。彼女はヴィンセントから、全方位に拡散する憎悪を視てとった。
「教師が冤罪でっち上げて俺を退学させたのも、大方それが理由なんじゃねえか?職だろうが精神だろうが、悪意でベトベトの俺に勇者は務まらな……」
「悪意あって善し!」
「は?」
再び、ヴィンセントは黙らされた。メイトは発言するたび想像の逆を行き、返す言葉を頭に浮かべることすら許さない凄味があった。
「この世には光があり、影がある。元来、生命とは他者を殺し他者を産むもの。二律背反、清濁混濁。生命とは善悪両方併せ呑むものだ。かのガルイア王も悪意でもって国を建て、善意でもって国を治めた」
一間空け、目を見開く。
「悪意無くして何が生命か!善意のみを求め、悪意を否定するなど烏滸がましいことこの上ない!唾棄すべき不自由なる世界である!」
今日一番の声の張り上げを見せた。
「お主の悪意否定するものあらば、特大の悪意で蹴散らしてしまえ!」
少年の赤い瞳が闇を発したように、ヴィンセントの目には映った。暗くも温かい、ぬくもりに満ちた闇だ。
「善人の勇気と悪人の勇気。それは等しく尊く価値あるものだ。今日までの善が明日からの悪でない保証はない。逆もまた然り。悪意持つ者も勇者になりうる」
吐ききった息を再び吸い、言葉を装填する。
「この国がそれを認めるかは分からぬがな」
少年の言葉は、近くに建つ小屋の中にも響いていた。その中で、フィリィは理解する。メイト・アクザードは非常識なのではない。彼は常識の外に位置しているのだ。
「それはそれとして、悪意には反発がつきものである。今日のお主にとって、吾輩が反発だ。我が友を傷つけた代償を払って貰う」
メイトは拳を突き出す。
ヴィンセントは笑う。
目の前の少年に、肉体でも言葉でも叶わぬことを悟っていた。彼の言葉、声、表情、雰囲気から愛さえ受け取ってしまっていた。
この世に生を受けて以来、自分に愛を与えた二人目の者。この世の小さな、日常の一粒を全力で肯定して見せた者。その正体が世界が恐れる魔王軍の長であることを、彼は知らない。
テイマーの人攫いは耳の縁を撫で、「いいぜ」と笑った。
「だが、反発の反発はさせてもらう」
メイトの口の端が大きく吊り上がる。
「うははっ!生意気な小僧め!フィリィの仕返しのついでだ。我が名誉の糧となってもらうぞ!」




