【第十五話】3-HEADED DOG ATTACK
「お〜よしよし、良い子だのう」
ツンと上向く耳。そして大きな頭を撫で回す。フサフサである。
照りつける陽の光を吸収し、ほとんど反射しない漆黒のレイメルナングス城。素晴らしく刺々しい城。その南、柔らかな緑の芝生広がる庭。
そこを根城とするは、体長二メートル半の黒い巨犬。ドラゴンが如き鱗纏う尻尾を振り、王を歓迎する荒い息が臭い。
「うむうむ。愛い奴め」
不思議なことに、こやつの息は臭いものの、不快感はない。寧ろ愛情を呼び覚ましてくるのが恐ろしい。もしもこやつが敵となった場合、負けるのは吾輩かもしれない。
などと考えていると、残りの二つの頭が白群のつぶらな瞳で見つめてくるではないか!
「なんと愛らしいことか!」
今は短き我が腕使って全ての頭をワシワシ撫で撫で、吾輩はこの者の名を呼ぶ。
「ケルベローよ。力を貸しておくれ」
ーーーーーーーーーーーーーーー
小屋の外からケルベローの雄叫びとヒッポグリフの鳴き声が聞こえる。上手く戦ってくれているようだ。
ケルベローはレイメルナングス城の初期メンであるケルベロコが五年前に産みし息子犬。賢く優しく愛らしく逞しい五歳の番犬である。
ただし、母と同じく頭は三つある。つまり冥府の番犬と呼ばれし伝説の魔獣ケルベロスだ。
こやつはその三つの頭で同時に思考する知性と、幻影を操る魔法で戦う強力な戦士である。
ケルベロスとしては赤子のような年齢でありながらその実力はレイメルナングス城でもトップクラスになる。
しかし今回奴に頼ったのは戦闘力の部分ではない。鼻である。
吾輩の瞬間移動魔法『刹那身』は直線移動しかできない。探し物、目的地の座標が分からねば無意味な遠出に終わる。
故に犬の鼻である。
入学試験中フィリィは吾輩の背中をさすってくれた。よく効く鼻で、その匂いを探してもらう方が手っ取り早いと考えたのだ。
しかし辿り着いてみれば既にショウ先生とヘックスが居たので、彼らについて行った方が良かったようだ。
後からならばなんとでも言えるものの、即断即決が必ずしも正解でないことを思い知りつつ、吾輩はケルベローの作ってくれた隙を突き、この小屋へと入った。
小屋の中は暗く、目が働かない。床のランプを机上に移し、火を灯す。
「な……ッ!?」
思わず声が出る。
その机上には桃色の髪の少女、フィリィが居た。否、フィリィだった物か。
腹は裂かれ、胕がいくつか抜き取られている。傍にあった籠に、彼女の肝臓と腸が収められていた。頬には赤の混じる涙の轍が残っている。
「なんと惨いことを……」
ドクン。小さく音が響いた。
「待て……!」
少女の、剥き出しの心臓が鼓動した。
光の無い青い瞳。しかしその瞳孔は、まだ開き切っていなかった。
「生きて……いるのか……!?」
反射的に、吾輩は少女に右手をかざした。反対の手で、籠の腑を彼女の腹に詰める。
「助かるのか……!?助けられるのか……!?うはははははッ!!」
驚嘆する。笑いも漏れる。
「なんと力強い生命力!この心臓は今!静かに!生きようと叫んでいる!」
吾輩は勇者を目指す身。人々の平穏を護り、そして自らの従者を争いの火種から離す。
ならばこの叫びに──
「応えねばなるまい!!」
腕を突き破り、血管のような管が飛び出る。吾輩は魔力生命体。他の生物と違い、温かな血液などは流れていない。その代わり、高濃度の純粋魔力が体中を駆け巡っている。
この言わば『魔力管』を、フィリィの全身に突き刺し、許容量を超える膨大な魔力を注ぎ込む。すると肉体は魔力の逃げ場を求め、あらゆる魔法を使い始める。
その使用を回復魔法に絞ってくれるよう、ちょびっと調整してやる。
通常、特別な才を持たぬ限り他者の回復は不可能。自身の回復でさえ、人の短い人生では修得は困難を極める。
それを我が膨大なる魔力総量と五百年の歳月によって強行突破する。
これが吾輩の回復魔法。死人には効果を発揮しえぬ──
「『恢恢烈烈』。全力全開だ!」
目の端で何かが動く。体はもう一つあった。
「誰だ?」
耳の長い金髪男。背中に深い傷がある。今にも事切れそうだ。
「エルフ……?いや、純粋なエルフではない。誰だか知らぬが、いいだろう助けてやる!」
左腕からも魔力管を伸ばす。
死体とほぼ相違ない者の回復。それが何年振りであるか、記憶にないくらいには昔のことだ。だが失敗するつもりはない。頼まれたって失敗してやらん。
今回は肉体の損傷があまりに激しい。回復の程度が大きいほど対象の負荷はかかるが、
「死ぬよかマシであろ!」
もし死にたければ、
「そのときは優しく死なせてやろう」




