【第十四話】妖刀使い
「グッ……アアッ……!」
抑えきれず喘ぐ。眼前にて刀を握る長髪の男に猿の魔物が殺され、そのダメージのフィードバックにヴィンセントは地に片膝をついた。
流れる血の元を辿れば、そこには異様な傷ができていた。歯型のような、抉られた痕。体の至る所に、それらはあった。
しかし弓は構えたまま、ショウとヘックスを睨みつけ、荒い息に言葉を混ぜる。
「テメェッ……何しやがった」
『テイム』とは魔物に自らの魔力、そして運命を貸し与え、その対価として主従関係を結ぶ契約。テイマーの体には魔物の負ったものと、ある程度同様の怪我が現れる。
つまり、ショウは猿の魔物を“刀で噛み砕いた”ということだ。通常有り得ない。だが魔法がある限り、魔力がある限り、有り得ないものは存在しない。そこには何らかの理屈があるはずだった。
だが問いへの回答はない。ショウは極めて淡々とした口調で、
「質問するのは私だ。何者だ、貴様」
妖刀、黒の長髪。そして身丈の長い優雅な戦闘服。
ヴィンセントは乾いた笑いを漏らす。
目の前の男が誰であるか、事前に行った勇者学校の調査においてその名を見逃すことは、故意にも難しい。
「俺はアンタを知ってるぜ、メイ・ショウ。龍の国の英雄と戦う気は起きねぇな」
二人を睨む小さな黒目がギラつく。憎悪、負傷によって分泌された麻薬じみた物質が体中を駆け巡る。彼の頭蓋の奥にまで伝達した。
「俺が何者か、ね。ヴィンセント・アリ……って言ったら、先生は知ってるのかな?」
「……ッ!」
ショウの目が見開かれる。
「そうか貴様は、級友を殺害し退学処分となった勇者学校の汚点……ヴィンセント・アリ。勇者の道から悪人の道に、完全に乗り換えたというわけか」
「あー、やっぱそっちじゃそうなってんだな」
ヴィンセントは怪訝に顔を歪める。
「言っとくがアイツを……フライを殺したのは俺じゃねぇ。それにダチでもねぇ」
「フィリィ・サリアーを攫った貴様を信用するはずがないだろう」
ため息をつく。その拍子に口に入った血と愚痴を吐き出した。
「初めて人殺したのが退学んあとって言っても信じないんだろうな」
焦げ茶の地面に赤がじわりと染み込む。
「他の入学予定者失踪も貴様が?」
「そうだよ」
「どこにやった」
「どこだろうな。多分色んなとこだろ。わざわざ分解まで依頼に入れてあったしな」
「分解……ッ!?」
それまで黙っていた赤髪の少女が前へ出る。灰色の瞳に怒りが滲む。
「殺したのか!」
大剣を掲げ、突貫しにいくヘックスの鎧の首元をショウが掴む。何故止めると振り向いた少女は師の顔を視、後輩となるはずだった者らの仇をより一層強く睨むに留めた。
「誰からの依頼だ」
ショウの声は変わらず落ち着いている。
「言えるわけないだろ。考えろよ」
まるでそんな質問をするショウの方がおかしいとでも言うようにヴィンセントは呆れ顔。彼は終始相手の感情を逆撫でする態度で接していた。
「あー」
天を仰いで、耳の縁を撫でた。弓を引き絞り直す。
「さっきのガキには言っちまったな」
「フィリィ・サリアーか?彼女はどこにいる」
「そこ」
顎で小屋を示すと、二人の足が浮く。ヴィンセントはすかさず言葉を付け加えた。
「動かない方がいいと思うぞ」
「何?」
「フィリィってガキには毒蛇をつけてる。俺の指示でガブリだ。死ぬぜ」
「勇者を志した貴様がッ!何故そのようなことをッ!」
憤りを隠すことのできないヘックスに、ヴィンセントは軽蔑するような視線を向ける。相互理解を放棄する、諦めと同じ視線だ。
「逃げの手はあれこれ作っとくのが普通だろ。考えろよ」
「貴様の依頼主が誰であろうと、貴様は人を──」
ショウの内心は表情ほど落ち着いてはいなかった。鞘に納め、瞬時に居合を放てる刃を握るその手が震えぬよう努めていた。
その理由は、
「──この学校の、私の生徒となるはずだった子供たちを殺した。逃がすわけにはいかない」
先程ヘックスが師の顔に視たもの。それは怒りだ。怒髪天を衝く、静かな怒りだ。
ショウの怒りを視るのは珍しいことだった。弟子を叱るときも、純粋な指導、または呆れであることが多い。敵との戦闘の際でさえ、ほとんどない。
そのショウ先生が、怒っている。自分のそれを容易く超える感情を見せられては、弟子は引き下がる他なかったのだ。
だが、彼と相対する男は『ガルイアの眼』を持たないためか、或いはわざとか、ショウの感情の昂りを無視する。
「ああ。逃げないよ」
ヴィンセントは半笑いで言った。
カタカタ。ショウの携える妖刀『喰』が震える。柄の先に下げられた赤紐が、引っ張られるように上を向いた。
「テメーら纏めてバラ売りしてやる」
頭上の枝葉を裂いて、黄色の嘴、真白き鷲の顔が現れる。警戒はしていた。伝説の魔物ヒッポグリフ。それを戦闘に使わないはずがない。
──とはいえ、音もなく草木の揺れもなく……。だが対応できる!
ショウは眼前に迫るそれと同じ、伝説の力を解き放とうと、右手に力を込めた。律令に基づき、命令を下す。
「喰らえ──」
しかし彼が言い終わるより先に、赤紐がその方向を変えた。前方、その奥。矢を放とうとするヴィンセントの奥から、巨大な影が猛進してくる!
「バオンッッ!!」
雄叫びを上げたそれの口は大きい。否、“大きさは重要ではない”。その影の──魔物の──巨犬の頭は──
「頭が三つッ!?」
ヘックスが困惑に叫ぶ。言下、三頭の巨犬はヒッポグリフの喉元に、三つの口で噛み付いた。
驚愕に微動だにできない三人をよそに、巨犬は巨鳥をどこかへと連れ去っていった。
蛇柄の首輪に小さく記された『レイメルナングス城』の書体は、オシャレだった。




