【第十三話】黄金の卵 割れた卵
接敵直後、一秒に満たぬ思考の中でヴィンセントは判断した。敵の──ヘックス・パーシアスの武器は大剣。対して自分はナイフ。
「近づくっきゃねぇなあ」
緑茂る森の中。彼は地を蹴る。瞬く間に間合いを詰める。しかし──
「フンッ!」
ヘックスの斬撃は突風のように、恐ろしく速かった。
ヴィンセントはナイフを頭上に掲げ、受け止めることには成功した。受け止めることには……。
「ううッ……!」
ヴィンセントの脚は土を突き抜け一気に膝下まで地面に埋まった。直後、周囲の土が吹き飛び、地面に小さなクレーターができる。
その大剣は重かった。重過ぎた。
身軽に動くヘックスに、あれは軽いと錯覚させられた。その少女は、ただ単に、常軌を逸した筋力で、常軌を逸した重量の鉄塊を振り回していただけなのだ。
「バケモンがッ……!」
見下ろすヘックスに、ヴィンセントは笑うことしかできない。が、すぐに思考を走らせ、斬撃にへし折れたナイフの先端を投擲。少女の回避に乗じて移動した。
ヴィンセントはこの森を知悉している。学生時代、この森で学びこの森を学んだ。当然、ヘックスとの戦いに役立つ地形は頭に入っていた。
陽光は完全に遮られていた。昼間にも拘わらずそこは暗闇に満ち、そして数歩歩けば壁にぶつかる。木々の密接する地帯にヴィンセントは逃れた。
枝葉に身を潜め、少女の隙を見定めた。引き絞る弓は狩猟部部長から奪ったもの。弦が立てるキリキリとした細かな音も、この場では居場所を知らせる手がかりとなりうる。
しかしその音は一瞬にして掻き消される。
ズバンッッ!!と轟音。直後にメキメキと木が折れ、バサバサと枝葉の揺れる音が鳴り響いた。
「逃亡する隙も、ヒッポグリフを呼ぶ暇も与えない!」
少女の堂々たる叫びが聞こえたかと思えば、ヴィンセントの体は宙に浮かび、落下した。
ヘックスは木を一本斬り倒したのだ。そしてそれは、ヴィンセントが潜んでいたもの。
「なんで分かりやがる!」
ヘックスは大剣を構えた。敵の着地を狙う。殺しはしない。だが致命的な一太刀を浴びせる自信がある。
「勇者の嗅覚だよ!」
ヘックスがニヤリと笑うと、ヴィンセントは突如「フーッ」と息をついた。険しかった表情も落ち着きを取り戻し、
「安心したよ。俺の勝ちだ」
唐突な勝利宣言に、ヘックスは不可解に思う。
「何……?」
「視れる悪意は人間のものだけみたいだな」
確かにヘックスは終始敵を圧倒していた。しかしながら、少女に与えられた天賦の才をヴィンセントの経験が、一手、上回った。
「うぐ……ッ!」
華麗に舞う蝶は、足元の蜘蛛の巣に気づかなかった。
ヴィンセントの狙いは逃亡でも、ヒッポグリフの不意打ちでもない。時間稼ぎだ。
待っていたのは猿魔の来襲。少女が警戒すべきは男の潜む頭上だけではなかった。男はテイマーであった。
東洋に生息する狒々にも似たその魔物は影に潜み、機を見て地上へ這い出る。瞬きする間もなく、長い手足が獲物の体に絡みついた。
このような魔物などに力負けするヘックスではない。だが、巧みに力の入りづらい箇所を抑える技術に為す術なく、彼女は全生物の弱点、頭部を晒してしまった。鏃が狙う。
「何度言わせるつもりだ」
怒りと呆れ、綯い交ぜの声が少女の背後から通り抜けた。
直後、悲鳴のようなけたたましい絶叫と共に、どす黒く荒ぶる異形の気配が、白鋼の刃から発された。背筋を怖気が走り、ヴィンセントは飛び退く。
その刀を持つは勇者学校教師、ショウであった。
刀の発する異形の妖気は彼の鞘へと納められた。ヘックスの体が軽くなる。猿の魔物は最初からこの世にいなかったかのように、姿を消していた。
「気を抜くな」




