メリー・メアーの長い首 5
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「よくある話だ。借金苦で俺の親父が自殺して、それを発見したのが俺たちだった。盆の祭りの最中だった」
美術館のいたるところに首吊り死体がぶら下がっている。
世古田は縦親の逃げていった出口の方角へ歩き出す。
「で、死体を見たあいつは逃げちまって、警察やらなにやら俺がぜんぶやった。そん時のことが忘れられないんだろうな。今でもことある毎に思い出すらしい。で、耐えられなくなって酒を飲むわけだ」
縦親からすると、自分の家の取り立ての所為で友人の親が首を吊ったということになるわけだ。
「あいつ……ばあちゃんが亡くなった頃からかな。おばあちゃんっ子だったていったろ? 一気に気弱になって自殺未遂までやらかした」
「ええ……」と詞浪さん。
「まあ、街の嫌われ者の家に生まれて、まだ現役で金貸ししてる自分の親父への反抗心みたいなのも手伝ったのかもしれねえなあ」
「じゃあ首吊り死体なんか見たら今やばいんじゃないの? また自殺しちゃうんじゃ?」
「だから追っかけてるんだ」
「あっ。そういうことか」
詞浪さんは次のように推測した。
多分、世古田がやたらお酒を勧めたのは、友人を守るためだったのだ。酔い潰れてしまえば悪夢を見ないですむ。
美術館を出た。
我々は縦親が夜祭りの方向へ逃げたのか、それとも反対のフェリー乗り場の方角なのか迷った。
外にもやはり、首吊り死体が沢山ぶら下がっている。
そのうち一体の死体がギシギシと動いて正面の方角を指さした。夜祭りでもフェリーの方角でもない、道路をはさんだ向かい側の神社を指し示していた。
「そっちに縦親が?」
息子の問いかけに首吊り死体は応えない。当然だが、悪夢の中のモブであって群平おじさん本人ではない。世古田はこだわらず縦親を探した。
「けっこう近くにいたな馬鹿野郎」
神社までは三十メートルもない。
鳥居に縄を掛けて、一体の世古田父がぶら下がっている。
縦親はその横に控えていた。今まさに首へ縄をかけたところで、あとは足場にしている自転車が倒れてしまえば首吊りは完了という段階だった。
「ごめんなさい群平おじさん、ごめんなさい」
膝の震えもあって、自転車はぐらぐらと今にも倒れそうだ。
「今からそっちいくから動くなよ。酒もってくから」
「飲まねえよ! 飲んだら俺、気がデカくなって調子こいて死ねなくなるから……」
縦親はそういい、私は彼が酔っ払っていた理由を察した。彼が不安定になる度、世古田が酒を飲ませて、自殺願望をごまかしやってきたのだ。
彼らは説得し合ったが、その会話は口げんかと区別がつかないようなものだった。
「俺を情けねえヤツだと思ってんだろ世古田」
「すげえ思ってる」
「死んでやる!」
「いいから、そういうの」
「あっ面倒くさい顔した! やるからな。やるかなら! ね? おじさん、俺やるから。おじさんなら知ってるよね、俺マジでやるから」
「ひとの親父の死体と通じ合った感じ出すんじゃねえよ気色の悪い」
「うるせえ! 俺は毎晩、夢でおじさんと会ってんだよ。うん……そうだよ、毎晩はいい過ぎたよ。月一だよ!」
「いいから降りろ。タイミング的にもう無理だろ、見つかってんだから」
「見つかっても関係ねえよ。す、隙みて死んでやるからな! 都度都度でやるつうの」
「面倒くせえから諦めろって」
「ついに面倒くさいっていいやがったな! 悩んでんだぞ! それに……お前だって俺に死んで欲しいんだろ? ホントのこといえよ」
「いや、どっちでもいいけど」
「どっちでもいいとかいうなよ……そういうのが一番困るわ……」
「どっちでもいいんだから、とりあえず止めとけよ馬鹿。お前、ここで死なせても借金なくなるわけでもねえしよ、文字通り俺の目覚めが悪くなるだけだろうがよ。親父と一緒になって俺の夢見を悪くしたいのかよ、お前」
「俺が死んだらアホな最後だって笑ってくれ」
「無理だって。俺お前のギャグとかでも本気で笑ったこと一回もねえし」
「もう死んでやるよ! なんも良いトコねえよ俺の人生」
そのあたりになって、私たちは自分が肝心なことを言い忘れていたのに気づいた。
死ぬ死なないで揉めてるところ申し訳ないのですが。
「なんだよ?」
「なに!?」
私が切り出すと、二人は言い争いを止めてこちらを見た。隣で群平おじさんがゆらゆら揺れている。
二人が静かになったところで、私は吊っても良いのでは? といった。
「え?」と二人。
〈ホール〉では我々は基本的に死亡することはない。人間性を失ったり、行動不能に陥ることはあっても、死ぬという概念は存在しない。
だから、もし首を吊って動けなくなったとしても〈扉〉を使って現実へ帰ればそれで問題はない。夢の中で自殺したからといって、現実で死んだりしないのと、それは同じことだ。
「え? 死なないの?」
縄に手をかけたままで縦親がいった。
「西瓜人間になって脳ミソ食べられても死なない」
詞浪さんはいい、脳ミソまで黒焦げになっても死にませんと私も請け負った。
「そうなのか……」
「あそう。あっそう?」
二人の男は、お互いの顔へ向き直ると、別々の調子で頷き合った。
縦親が明るい声になる。
「じゃあ、まあね? お騒がせしました、みたいな、ね?」と足場から降りようとするのを、世古田の方が喉輪で押し返した。
「じゃあ吊れるな」と彼は笑った。




