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きみが竜に戻るまで  作者: 碧衣 奈美


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ユリル火山

 歩けば十日は軽くかかる距離だ、と言われた。だが、たとえ材料が木の枝でも、魔獣の姿ならもっと距離を稼げる。

 グラージオとルシーダを乗せた馬は、本当に元は木の枝か、と言いたくなるくらいのスピードだ。

 木の枝と同じ茶色の毛並みは本物の馬と遜色(そんしょく)なく、脚の関節も問題なく曲がって(ひづめ)が地を蹴る。目の玉だけはないので、その部分だけが作り物らしさを残していた。

 残念なところとしては、飛行可能な魔獣を作り出せない、という点。この魔法の短所である。

 空を飛べたら障害物を飛び越え、道なりに行かなくても目的地へ着くのだが……ぜいたくは言えない。文句も言わず、竜を乗せてくれるだけでもありがたいのだから。

「ルシーダ、大丈夫?」

 後ろに乗っているルシーダの方を振り返り、グラージオが尋ねた。

 スピードがどれだけであっても、動かすのが自分の足でなくても、移動するということは疲れる。

 グラージオはいくらか走ると、水辺などを見付けて休憩をとるようにしていた。

 自分だけなら、丸一日走り続けても構わない。木の馬はどれだけ走らせても疲れることはないし、スピードも落ちないのだ。しかし、今はそうもいかない。

 グラージオがあえて彼女と一緒に乗っているのは、あまり考えたくないが、万が一ルシーダが落馬してもすぐにわかるようにだ。

 竜が落馬しても、そう大したダメージではないだろう。

 そう、普段の何でもない状態の時ならば。

 しかし、体力が落ちている今、ルシーダが落馬して無傷でいられるとは限らない。

 こうしてふたりで乗っていれば、ルシーダに何かあってもグラージオがすぐに気付いて対処できるのだ。

 個々で乗れば軽くなって、今よりも速度がもっと上がるだろう。それは予測できるが、もしルシーダが……となった時のためのふたり乗りだ。

 乗るのが一人であろうとなかろうと、作り物の魔獣は重いなどと文句を言わないのでありがたい。

「グラージオ、心配しすぎよ。あたし、重病って訳じゃないんだから」

 気を遣って休憩をとるグラージオを、ルシーダが笑う。疲れやすくはなっているものの、倒れてしまいそうに苦しい訳ではないのだ。

「うん、それはわかってるよ。ただ、竜にとっての体力が落ちるってことがどんなものか、ぼくには想像もできないからね」

 自分の時はこうだったからこうしよう、と経験を踏まえた行動ができない。だから、グラージオもどこまでやればいいかわからず、困っているのだ。

 ルシーダはこうして笑っているが、無理をしているかも知れない。たぶん、本当に苦しくてどうしようもならなくなるまで、ルシーダは笑いながら平気だと言うだろう。

 ルシーダは今回のことは自分のミス、と考えている節がある。矢が届くような高さを飛んでいたから、こうなったのだ、と。

 人や獣は「ここで襲われるかも」などと考えながら行動はしない。もちろん、危険とわかっている場所なら常に警戒もするが、ルシーダが襲われたのは危険地帯ではないのだ。彼女のどこにも、責任はない。

 悪いのは、ルシーダを傷付けたドラゴンハンターだ。

 今、こうして一緒にいる状況は、グラージオ自らが首を突っ込んだ結果。つらければもっと利用してもいいのに、と思う。

 苦しい状態なのだから、もっとわがままを言ったって構わない。あまり無茶ぶりされるのは困るが、できる範囲であれば、もっと頼ってくれればいい。

 たとえグラージオがそう言っても、きっとルシーダにそうしないだろう。

 だから、グラージオはこうして実際にちゃんと休憩し、ルシーダの様子を見るしかない。今はそれしかできない。

 人間の姿とは言え、竜も身体の不調は顔色に出るのだろうか。まさかこんなに深く関わることになるとは思ってもみなかった。旅に出る前に、もっと竜のことについて勉強しておくんだった、という後悔しかない。

 魔獣が人間の足より速く移動できるとは言っても、やはり限界はある。しかも、休みながらの行程なので、さらに時間はかかってしまう。

 ジュネルに教えてもらった簡易魔獣は一日で消えるので、グラージオは日が変わる(ごと)に新しく作り出した。材料は何でもいい、というのがありがたい。

 三体目を作った日の午後に、グラージオ達はようやくユリル火山のふもとに到着した。

 黒い岩がごろごろしている地面が続く。溶岩だったものだろうか。ジュネルによると、現在は火山活動をしていないそうだ。しかし、自然のきまぐれでいつ噴火やその前触れが起きるかわからない。

 さらに言えば、火山活動とは関係なく、こういう場所には火を好む魔物がいたりするのだ。

 グラージオは自分とルシーダに結界を張り、有事に備えておいた。いきなり魔物が火を向けてきても、これならまともにダメージを受けることは免れるはずだ。

 どんな影響があるかわからない、ということで、今日の簡易魔獣は石をベースにしておいた。見た目は普通の馬でも、木の枝では進むうちに燃えるのでは、という懸念(けねん)からだ。

 そう簡単に消えてしまうことはなくても、何かあって逃げようとしているうちに、灰になって消えられては困る。石なら多少熱くなっても、燃え尽きることはない……はず。そこは襲って来る相手の力次第だ。

 気のせいか、足音が木の枝をベースにした時よりかたい。

「激しい気温上昇はないみたいだ。暑さで一気に体力が奪われることはなさそうだね」

 ルシーダを石で作った馬に乗せたまま、グラージオだけが降りる。靴の下から熱を感じる、ということもない。

「グラージオ、どうして降りるの」

 手綱を持って歩こうとするグラージオ。それを見たルシーダも馬から降りようとしたが、グラージオがそれを止めた。

「ルシーダは乗ったままでいて」

「歩くくらい、平気よ。心配しすぎだってば。そういうのって……えーと、過保護って言うんじゃないの?」

 少しでも疲れないよう、ルシーダだけが馬に乗ったままの移動。

 グラージオの気持ちはありがたいが、ルシーダとしてはそこまで気を遣われたくない。考えてもらえるのは嬉しいが、逆に重く感じてしまう。

「違うよ、ルシーダ。この山にプララ草が生えてるかも知れないってことだけど、実際にどの辺りにってことはわからないだろ? だから、ぼくは少しでも地面に近い所を見るから、ルシーダは馬に乗った状態で高い位置から遠くの方を探してほしいんだ。一緒に同じ所ばっかり見るなんて、効率が悪いからね」

「え……あ、そういうこと」

 そう言われては、ルシーダも降りられなくなった。プララ草を探すため、ということであれば、乗っていなくてはならない。

「グラージオって、見掛けによらず頭がいいのね」

「見掛けによらない……かな」

 ルシーダの言葉に、グラージオは苦笑するしかなかった。

「あたしをあっさり黙らせるんだもの。人畜無害みたいな顔なのに」

「んー、ほめ言葉として聞いておくよ」

 けなされてる訳ではない(と思いたい)ので、グラージオはいいように取っておいた。

「ルシーダ、これまで旅をしてきて、プララ草を見た覚えはある?」

「ううん、少なくともプララ草ってものは知らないわね」

 図書館で見ても、ピンとこなかった。挿絵が白黒だったので、本物とギャップがあるせいか。

「もちろん、名前を知らないだけで、見てるって可能性はあるわよ。今まで火山の上空は何度も飛んでるもの。鮮やかな色の花ならともかく……」

 何かを気にするように、ルシーダが後ろを向く。それに気付いたグラージオもつられて振り返ったが、自分達が今まで進んで来た道らしからぬ道があるだけだ。

「どうかした?」

「んー、何かに見られていたような気がするの。敵意があった訳じゃないけれど、あまり気分がよくないような……この山にいる魔物かしら」

 ルシーダは小さく溜め息をつく。

 いつもなら、もっと気配に敏感でいられるのに。目に見えなくても魔物か獣か、敵かそうじゃないのかくらいはわかる。

 それが全くできず、今の自分の状態を再認識したことで、気分が重くなった。

 本当にこの山の魔物だろうか。自分のテリトリーに誰かが入って来たので見ていた、という視線ではなかった気がする。……気がするだけ、だろうか。

「もう一度結界を張っておこうか」

 グラージオは自分達に張っていた結界を、さらに補強しておく。自然の中にいる以上、何が潜んでいるかは街の中以上にわからない。危険度も高くなる。

「ここに火の竜はいないのかな」

 ジュネルは、その点については言及していなかった。

「そういう気配はなさそう……みたい」

 はっきり「ない」と断定できないのがつらい。もどかしい。わからない、ということは、こんなにも不安になることなのか。

「もしいたとして、今のあたしが竜だってことが相手にわかるかしら」

 魔力が落ち、人間の魔法使い並。竜になってみろと言われてもなれないから、信用してもらえないかも知れない。

「わかるよ」

 ルシーダの気弱な発言に、グラージオは断言した。

「……ずいぶんはっきり言うのね、グラージオは。根拠はあるの?」

「カルラムさんやジュネルさんにも、ルシーダの気配が人間とは違うってわかったんだよ。人間にわかって、竜にわからないはずがないんじゃないかな」

 会ってすぐに言い当てられたのではないが、気配が違うということは言われた。毒に苦しんでいたって、竜であることは変わらない。

 ルシーダ自身は力が弱って数日が経ち、胸を張って竜だと言えない力の弱さ、気弱さが出ているから、わかるかしら、などという言葉が出るのだ。

 グラージオに言われ、ルシーダは少し不安が消えた。

「このまま適当に探すのはつらいな。見た限り、この辺りには雑草くらいしか生えてないみたいだし」

「どうするの?」

「火の妖精を呼んでみようか。火山活動はしてなくても、この周辺の土地が火属性なのは違いないからね。頼めば来てくれると思うよ」

 ジュネルによると、ユリル火山は百年近く噴火活動をしていないらしい。なので、普通の山ほどではないが、植物は生えている。だが、どこを見ても雑草レベルの植物しかなさそうだ。

 この周辺にプララ草がないのなら、さっさと場所を変えたい。のんびり探す時間はないのだ。

 グラージオは、妖精を呼び出す呪文を唱えた。そこに属性である火の言葉も入れておく。これで火の妖精が来てくれるのだ。

 活動していないとは言え、現在立っている場所は火山。一番近くにいる火の妖精はこの周辺に棲んでいるだろうし、呼びかけの言葉が一番よく聞こえるはずである。

 少し間があって、グラージオの前に小さな赤い光が現れた。見ている間に、羽の付いた小さな人の姿になる。

「はぁい。呼んだ?」

 赤いミニのワンピースは(すそ)が花びらを重ねたようなデザインで、それがひらひら揺れると炎を連想させる。

 衣装よりさらに真っ赤でくせのある髪をなびかせながら、グラージオの顔よりも小さな妖精が軽い口調で尋ねた。

 見た目の年頃はグラージオ達と変わらない少女だが、竜と同じで人間とは年齢が違う。ルシーダに叱られたので尋ねる気はないが、もしかしたらルシーダより年上かも知れないな、などと思うグラージオだった。

「来てくれてありがとう。ぼくはグラージオ。きみはこのユリル火山に棲んでるのかな」

「ええ。あたしはレンカ。ここ、見た目は普通の山みたいに思えるでしょうけれど、上の方には火が出てる場所もあるのよ。あたし達はその周辺にいるの」

 噴火こそしてないが、やはり火山らしい部分もあるようだ。人間が踏み込まない場所なのだろう。火が出ているとは驚いたが、それなら望みが出てきた。

「ぼく達、プララ草を探しているんだ。この山にあるかな」

「プララ草? あーあ、あれね」

 レンカの口調に、希望が生まれる。

「あるの?」

「火の花が咲く花畑のそばにね。そんなにたくさんは生えてなかったと思うけれど」

 やはりあるのだ。まずは存在を確認することができた。

「今でも生えてる? あるなら、その場所へ行きたいんだけど、そこまで案内してもらえるかな」

「それはいいけど……。そっちの女の子、大丈夫?」

 馬に乗ったままのルシーダを、レンカはちらりと見た。レンカはどこまで気付いているのだろう。普通の人間ではない、というくらいか。もしかして竜じゃないの? というところまでか。

 人間の魔法使いでも、何となくながらわかったのだ。妖精ならもっとはっきり気付いているかも知れない。

 実際がどうであれ、大丈夫、の意味を掴みかねた。

「あたしなら、全然問題ないわよ。案内してもらえるなら、お願いしたいわ」

 相手がはっきり口にしない、ちゃんと尋ねて来ない。そういうことなら、ルシーダは自分から名乗るつもりはないようだ。

 言ってしまうことで、相手の態度がどう変わるかわからないから。竜なら自分で探せば、などと言ってそっぽを向かれるのは困るのだ。

「ふぅん。じゃ、ついて来て」

 赤い髪をなびかせながら、レンカは移動を始める。グラージオは馬を引いて、その後を追った。

 レンカは飛んでいるので構わず真っ直ぐ向かえるが、こちらはそうもいかない。黒くごつごつした岩ばかりの地面、しかも山なので傾斜があって歩きにくい。レンカを見失わないよう、グラージオは懸命に足を動かす。

 ある地点まで来ると、ふっと気配が変わったように感じた。結界みたいなものがあるのだろうか。

 しかし、目にはこれといって特別なものは何も映らないし、景色も今までと代わり映えしない。

「あの……今、空気が変わったように思ったんだけど」

「ええ。普段は人間が入って来ないようにしてあるの。まさか火の山を荒らし回るようなおバカさんはいないでしょうけれどね。あたし達がくつろいでいる所へ来て、あれこれ騒がれるのはいやだもの」

 やはり薄い結界があるようだ。

 あまりしっかりしたものにしないのは、余計な力を使いたくないからと、その気配の強さでむしろ注意を引いてしまわないようするためらしい。

 たまに魔法使いでもないのに気配に敏感な人間がいるので、そういった人達が近付いて来ないようにするためだろう。

 景色はどこまで進んでも大きく変わらないが、次第に空気が熱く感じられるようになってきた。グラージオが先に張っておいた結界があることで多少の熱は防がれてると思われるが、それでも熱く感じるのだからかなり強い火が近くにありそうだ。

 そんな強い火がある所に、求めるプララ草があるのだろうか。熱に強い植物と言っても、限度がありそうな気もする。

 グラージオは少し不安になってきた。

「まぁ」

 馬に乗ってるおかげで遠くを見渡せるルシーダが、そんな声を上げた。

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