手掛かり
「え……」
いきなりさらっと言われ、言葉を失う。
グラージオの時はルシーダ自身がばれるような言い方をしてしまったが、今の彼女は何も話していないのに。
しかも、カルラムの時と違い、言い方が断定的だ。
「あ、驚かせてしまったかな。ここにそう書いてあるから」
グラージオの表情に気付き、ジュネルはそう言いながら苦笑した。
「え……」
グラージオはまた言葉を失う。紹介状を書く、とは聞いたが、中にどんなことが書かれているかは読んでないので、ふたりにはわからない。
「あの、カルラムさんがそこに書いてるんですか?」
カルラムがくれた紹介状に書いてあるのだから、当然彼が書いたに違いない。
だが、びっくりしすぎてしまい、グラージオはわかりきったことを聞いてしまった。
「もちろん。あ、普通に読む分には、自分の知り合いだから図書館に入れてくれ、ということだけしか書いてないよ」
「普通に?」
意味が掴み切れず、グラージオは首をひねる。
「つまり、魔法で隠れてる文章があるってことね。何となく魔法の気配があったけれど、魔法使いが書いた手紙だからかしらって思ってたわ」
毒のせいで魔力のレベルが落ちているルシーダには、自分が感じ取っている気配が何なのかを確実に捉えることができなかったのだ。仕方なく、そうなんだろう、ということで自分をごまかしていた。
「そう、本来の文章の下に、実は……ってね。ただ、この紹介状がなくても、何となくルシーダの気配が違うのはわかるよ」
カルラムも同じことを言っていた。やはりレベルの高い魔法使いだと、そういうことがわかるのだ。だてに「王立」と付く施設の責任者はやっていない。
「普段なら、完全に消せるんだけどな」
竜だとわかれば、どこでドラゴンハンターに狙われるかわからない。
そういった理由もあるが、普段通りの人間と接してみたいから、ルシーダはいつもならそう簡単に竜とわからないようにしていた。
だが、魔力レベルが落ちると、そういった細かい部分のコントロールができないようだ。
「あの、どこまで事情が書かれてますか?」
「彼女が竜であることと、毒を受けていること。ドラゴンハンターの仕業らしい、ということだね」
紹介状は短時間で書かれたように思えたが、カルラムはこの件で重要な事項をしっかり書いてくれたようだ。あとの詳しいことはグラージオが説明すればいい、と考えたのだろう。
グラージオがどういう本を探したいのかを聞かず、ジュネルが最初にこの部屋へ連れて来た理由がわかってきた。
カルラムの本当の手紙を読み、ちゃんと事情を聞くためだ。ルシーダが竜であることや他の話など、廊下で立ち話できる内容ではない。
グラージオは、ルシーダと出会ってここへ来ることになったまでの事情を説明する。
この図書館でなら、ルシーダの受けた毒のことについてわかるかも知れない、とカルラムに紹介されて来た……ということを。
「今、ぼく達が知りたいのは解毒法なんです。今のルシーダは普通にすごせているように見えますけど、体力が落ちてるみたいだし、疲れやすいようで」
「ちょっ、グラージオ。あたし、一度も疲れたなんて言ってないでしょ」
ルシーダが横で反論する。
「うん。だけど、本来の体力からすれば、かなり厳しいんじゃない?」
「……」
事実なので、ルシーダは否定できない。
今日は半日しか歩いていないが、すでにちょっと疲れていた。いつもなら、絶対にこんなことはない。疲れた自分に、ルシーダはちょっとショックを受けていたのだ。ゆっくり休みたがっている自分を受け入れにくい。
「解毒法か。毒を受けてるなら、当然知りたいことだろうが……まず、どんな毒かわかってるのかい?」
「え? あ……竜に効果のある毒だろうってことくらいで」
いきなりこんな質問が来るとは、全く考えていなかった。どんな毒、と言われても、グラージオは専門家ではないので答えられない。
「それは確かめた? 人間には全く影響がない、とか」
「いえ、ルシーダを傷付けた凶器……状況から考えてたぶん矢だと思いますが、飛んで行ったから手元にはないし。確認はできてません」
こうして問われてグラージオは、それにルシーダもしっかり説明できないことに今更ながら戸惑った。ちゃんと話せたことと言えば、負傷した時の状況とその後の魔力・体力の低下くらい。
毒に中った。とにかく解毒しないと、とそればかりを考えていたのだ。
「早く解毒したい気持ちはわかるよ。だけど、解毒薬、と単純に一言では済まないんだ。間違った薬を使えば、それは毒になる。すでに弱っている者をさらに弱めたり、へたすればそのまま亡くなってしまうことだってあるんだよ」
想像もしていなかったことを言われ、グラージオだけでなく、ルシーダも絶句する。解毒するつもりが死んでしまっては、何もならない。
「もちろん、今の症状からある程度の診断はできるだろうけれど……ドラゴンハンターは竜を殺すつもりで攻撃している訳だから、どこにどんな罠があるかもわからない。まずは毒がどういうものかをちゃんと知らないとね。解毒薬だけを闇雲に探しても、余計な時間がかかるばかりになるよ」
確かに、毒を知れば解毒薬も正しいものを使える。遠回りをせずに済む。
だが、どうすればわかるのだろう。
「何か方法はありますか」
ここは図書館だ。どういう毒かを調べる方法が載っている本くらい、ありそうだ。ただ、グラージオには効率的な探し方がわからない。
「ドラゴンハンターが使いそうな、闇ルートの商品を扱う店へ行ってみよう」
「え?」
ここは図書館だ。てっきりここで毒に関連する本を探すと思っていたグラージオは、ジュネルの言葉に首を傾げる。ルシーダもきょとんとしていた。
「ドラゴンハンターについては、国でも色々と調べてはいるんだよ。だけど、なかなか捕まらないし、調査も進まない。それでも、情報屋を通じて彼らが使いそうな店はいくつか絞れているんだ。そこへ行って、どういった毒が出回っているかを調べてみよう。その中で、ルシーダに使われたかも知れない毒があるだろう。その成分がわかれば、解毒するには何が有効なのかがわかってくる」
本を読んでそれらしい毒をピックアップするより、現実に出回っている毒を知る方が早い、という訳だ。確かに、現物を見る方が解毒薬への近道になる。
「その店がどこにあるか、わかるんですか?」
「ああ。この街には、少なくとも一軒あることがわかっている。摘発しても元を完全に断てていないから、気が付くと復活しているんだ。そちらの方面の部署にいる友人が、よく嘆いていてね」
「だけど、そんな店へ行くのって危なくないの?」
闇ルートの商品を欲しがる人間に、善良な市民はまずいないだろう。血の気が多い、脛に傷を持つ、腹黒い。そんな人間が多いはずだ。
そんな所へグラージオが行くことに、ルシーダはとても賛成はできない。こうして関わってはいるが、彼はあくまでも通りすがりだ。自分のために、危険なことはさせたくなかった。
「絶対に安全とは言えないけれど、それらしい格好に変装して行けばいいよ。向こうにすれば、どんな素性の人間だろうと金さえ出せば客だからね。私達が役人でないとわかれば、店側も商売なんだから売り惜しみはしないよ」
今、少し引っ掛かる言葉を、グラージオは聞いたような気がした。
「私達って……」
戸惑う表情のグラージオを前に、ジュネルは何でもないように言う。
「きみだけでそんな所へ行かせるのは危険だからね。もちろん、私も行くよ。店までの案内だって必要だろう。地図を描いても、たぶんわかりにくいと思うしね」
今度はルシーダが、引っ掛かる言葉を聞いた気がする。
「ねぇ。きみだけって言った? グラージオだけってこと?」
「だから、私も一緒に行くよ」
「そうじゃなくて。その店へ行くメンバーに、あたしは含まれていないの?」
ジュネルの言い方だと、グラージオがその怪しげな店へ行き、案内としてジュネルも一緒に行く。
そこまではいいとして……ルシーダの問題なのに、当事者が完全に蚊帳の外だ。
「置いて行かれるのが不服で不安だろうけれど、ルシーダはそういう店へ行かない方がいいと思うんだ。きみに使われたかも知れない毒が置かれている場所だよ? ルシーダにとっては……んー、例えるなら、体力が落ちているところに、毒の沼へ行くようなものじゃないかな」
「それは……行きたくないけれど」
身体が弱っているのに、さらに弱らせる場所。そんな所へ行きたいなんて、誰も思わない。
でも、当事者だけがなぜ留守番なのだ。
「毒があっても、すぐあたしにそれが使われるって訳じゃないでしょ」
「竜とばれなければね。ばれても、さすがにその場で使われることはないだろうけれど。ただ、もしその毒が揮発性の高いものだったら、その店に成分が充満してるよ」
「……留守番するわ」
わずかに抵抗を試みたルシーダだったが、すぐにあきらめた。
申し訳ないとは思う。だが、ジュネルの言い方だと、店そのものがほぼ毒ではないか。入った途端に倒れたら、その方がずっと迷惑になる。
何より、ルシーダ自身が怖い。いくら竜でも、自分の命を脅かすものがある、とわかっている場所へなど行きたくなかった。
「ルシーダは私達が行っている間、毒の本で該当しそうなものがないか、調べておいてくれるかい。ある程度の目星を付けておけば、帰って来た時に少しでも早く解決の道が拓けるからね」
ジュネルに言われるまま、ルシーダはうなずいた。
あたし達を狙う人間もいるけど……守ろうとしてくれる人間もこんなにいるのね。
☆☆☆
グラージオはともかく、ジュネルはどこで顔を知られているかわからない。
職業をひけらかして過ごしている訳ではないが、特殊な職業ゆえに顔がわかるという場合もある。あの人、王立図書館の……となるのは、十分に考えられることだ。
それが一般人だけならいいが、そうでない人間に知られている、というのもよくある話。
なので、変装して店へ行くことになる。
こういう時、魔法使いというものは便利だ。もちろん限界はあるが、ある程度自由に姿を変えられる。
グラージオは髪を金から濃い茶色にし、同じ色の無精ひげを鼻の下や頬に生やす。グラージオの場合、顔がばれないように、と言うよりも、店を出てから「あの店にいただろう」と言われないようにだ。
ジュネルは真っ直ぐの黒髪を濃い金髪にして少しくせをつけ、グラージオより多めにひげを生やす。
背丈や瞳の色は同じだが、髪色を変えたり、ひげがあることでかなり印象が変わるものだ。服装も、ハンターが着ていそうなシャツやベストに着替え、それらしく汚しておく。
「二人とも……うさん臭いわ」
変装した二人を見て、ルシーダが正直な感想を述べた。
「はは、自分でもそう思うよ」
元の自分がわからないようになっているかを鏡で確認したが、グラージオは思わず吹き出してしまった。ひげをたくさん生やすだけで、ずいぶん怪しげな雰囲気になるものだ。
「小ぎれいな格好だと、記憶に残ってしまいそうだからね。これくらいのうさん臭さで平均的じゃないかな」
平均的なうさん臭さ、というのも妙な状態だ。
「じゃあ、行って来るよ。ルシーダ、薬や毒についての本は、扉に二番のプレートが付いている部屋にある。そこであてはまりそうな本を探しておいてくれるかい。きみだけだと大変とは思うけれど」
「そう言えば……ルシーダ、人間の文字って読める?」
ふと思い付いて、グラージオは尋ねた。
「一応ね。竜によっては、人間が使い始めた頃の言葉を知ってたりするわよ。あたしはそこまで読めないけれど、今使われてる言葉ならだいたいどこの国の言葉でもわかるわ」
「すごいな」
見た目が自分と変わらないので忘れていたが、ルシーダは自分の祖父母より長く生きている、ということをグラージオは思い出した。
学校へ行ってる訳ではないだろうが、色々と触れ合っているうちに覚えるのだろう。理解力と記憶力の高さがうらやましい。
「じゃあ、任せても問題ないね。たまに古い言語の本があったりするけれど、この図書館にあるのはほとんど現代語だから。頼んだよ」
「わかったわ。……二人とも、気を付けて」
自分が行けないことを心苦しく思いながら、ルシーダは二人を見送った。





