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きみが竜に戻るまで  作者: 碧衣 奈美


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6/15

手掛かり

「え……」

 いきなりさらっと言われ、言葉を失う。

 グラージオの時はルシーダ自身がばれるような言い方をしてしまったが、今の彼女は何も話していないのに。

 しかも、カルラムの時と違い、言い方が断定的だ。

「あ、驚かせてしまったかな。ここにそう書いてあるから」

 グラージオの表情に気付き、ジュネルはそう言いながら苦笑した。

「え……」

 グラージオはまた言葉を失う。紹介状を書く、とは聞いたが、中にどんなことが書かれているかは読んでないので、ふたりにはわからない。

「あの、カルラムさんがそこに書いてるんですか?」

 カルラムがくれた紹介状に書いてあるのだから、当然彼が書いたに違いない。

 だが、びっくりしすぎてしまい、グラージオはわかりきったことを聞いてしまった。

「もちろん。あ、普通に読む分には、自分の知り合いだから図書館に入れてくれ、ということだけしか書いてないよ」

「普通に?」

 意味が掴み切れず、グラージオは首をひねる。

「つまり、魔法で隠れてる文章があるってことね。何となく魔法の気配があったけれど、魔法使いが書いた手紙だからかしらって思ってたわ」

 毒のせいで魔力のレベルが落ちているルシーダには、自分が感じ取っている気配が何なのかを確実に(とら)えることができなかったのだ。仕方なく、そうなんだろう、ということで自分をごまかしていた。

「そう、本来の文章の下に、実は……ってね。ただ、この紹介状がなくても、何となくルシーダの気配が違うのはわかるよ」

 カルラムも同じことを言っていた。やはりレベルの高い魔法使いだと、そういうことがわかるのだ。だてに「王立」と付く施設の責任者はやっていない。

「普段なら、完全に消せるんだけどな」

 竜だとわかれば、どこでドラゴンハンターに狙われるかわからない。

 そういった理由もあるが、普段通りの人間と接してみたいから、ルシーダはいつもならそう簡単に竜とわからないようにしていた。

 だが、魔力レベルが落ちると、そういった細かい部分のコントロールができないようだ。

「あの、どこまで事情が書かれてますか?」

「彼女が竜であることと、毒を受けていること。ドラゴンハンターの仕業らしい、ということだね」

 紹介状は短時間で書かれたように思えたが、カルラムはこの件で重要な事項をしっかり書いてくれたようだ。あとの詳しいことはグラージオが説明すればいい、と考えたのだろう。

 グラージオがどういう本を探したいのかを聞かず、ジュネルが最初にこの部屋へ連れて来た理由がわかってきた。

 カルラムの本当の手紙を読み、ちゃんと事情を聞くためだ。ルシーダが竜であることや他の話など、廊下で立ち話できる内容ではない。

 グラージオは、ルシーダと出会ってここへ来ることになったまでの事情を説明する。

 この図書館でなら、ルシーダの受けた毒のことについてわかるかも知れない、とカルラムに紹介されて来た……ということを。

「今、ぼく達が知りたいのは解毒法なんです。今のルシーダは普通にすごせているように見えますけど、体力が落ちてるみたいだし、疲れやすいようで」

「ちょっ、グラージオ。あたし、一度も疲れたなんて言ってないでしょ」

 ルシーダが横で反論する。

「うん。だけど、本来の体力からすれば、かなり厳しいんじゃない?」

「……」

 事実なので、ルシーダは否定できない。

 今日は半日しか歩いていないが、すでにちょっと疲れていた。いつもなら、絶対にこんなことはない。疲れた自分に、ルシーダはちょっとショックを受けていたのだ。ゆっくり休みたがっている自分を受け入れにくい。

「解毒法か。毒を受けてるなら、当然知りたいことだろうが……まず、どんな毒かわかってるのかい?」

「え? あ……竜に効果のある毒だろうってことくらいで」

 いきなりこんな質問が来るとは、全く考えていなかった。どんな毒、と言われても、グラージオは専門家ではないので答えられない。

「それは確かめた? 人間には全く影響がない、とか」

「いえ、ルシーダを傷付けた凶器……状況から考えてたぶん矢だと思いますが、飛んで行ったから手元にはないし。確認はできてません」

 こうして問われてグラージオは、それにルシーダもしっかり説明できないことに今更ながら戸惑った。ちゃんと話せたことと言えば、負傷した時の状況とその後の魔力・体力の低下くらい。

 毒に(あた)った。とにかく解毒しないと、とそればかりを考えていたのだ。

「早く解毒したい気持ちはわかるよ。だけど、解毒薬、と単純に一言では済まないんだ。間違った薬を使えば、それは毒になる。すでに弱っている者をさらに弱めたり、へたすればそのまま亡くなってしまうことだってあるんだよ」

 想像もしていなかったことを言われ、グラージオだけでなく、ルシーダも絶句する。解毒するつもりが死んでしまっては、何もならない。

「もちろん、今の症状からある程度の診断はできるだろうけれど……ドラゴンハンターは竜を殺すつもりで攻撃している訳だから、どこにどんな罠があるかもわからない。まずは毒がどういうものかをちゃんと知らないとね。解毒薬だけを闇雲に探しても、余計な時間がかかるばかりになるよ」

 確かに、毒を知れば解毒薬も正しいものを使える。遠回りをせずに済む。

 だが、どうすればわかるのだろう。

「何か方法はありますか」

 ここは図書館だ。どういう毒かを調べる方法が載っている本くらい、ありそうだ。ただ、グラージオには効率的な探し方がわからない。

「ドラゴンハンターが使いそうな、闇ルートの商品を扱う店へ行ってみよう」

「え?」

 ここは図書館だ。てっきりここで毒に関連する本を探すと思っていたグラージオは、ジュネルの言葉に首を(かし)げる。ルシーダもきょとんとしていた。

「ドラゴンハンターについては、国でも色々と調べてはいるんだよ。だけど、なかなか捕まらないし、調査も進まない。それでも、情報屋を通じて彼らが使いそうな店はいくつか絞れているんだ。そこへ行って、どういった毒が出回っているかを調べてみよう。その中で、ルシーダに使われたかも知れない毒があるだろう。その成分がわかれば、解毒するには何が有効なのかがわかってくる」

 本を読んでそれらしい毒をピックアップするより、現実に出回っている毒を知る方が早い、という訳だ。確かに、現物を見る方が解毒薬への近道になる。

「その店がどこにあるか、わかるんですか?」

「ああ。この街には、少なくとも一軒あることがわかっている。摘発しても元を完全に断てていないから、気が付くと復活しているんだ。そちらの方面の部署にいる友人が、よく嘆いていてね」

「だけど、そんな店へ行くのって危なくないの?」

 闇ルートの商品を欲しがる人間に、善良な市民はまずいないだろう。血の気が多い、(すね)に傷を持つ、腹黒い。そんな人間が多いはずだ。

 そんな所へグラージオが行くことに、ルシーダはとても賛成はできない。こうして関わってはいるが、彼はあくまでも通りすがりだ。自分のために、危険なことはさせたくなかった。

「絶対に安全とは言えないけれど、それらしい格好に変装して行けばいいよ。向こうにすれば、どんな素性の人間だろうと金さえ出せば客だからね。私達が役人でないとわかれば、店側も商売なんだから売り惜しみはしないよ」

 今、少し引っ掛かる言葉を、グラージオは聞いたような気がした。

「私()って……」

 戸惑う表情のグラージオを前に、ジュネルは何でもないように言う。

「きみだけでそんな所へ行かせるのは危険だからね。もちろん、私も行くよ。店までの案内だって必要だろう。地図を描いても、たぶんわかりにくいと思うしね」

 今度はルシーダが、引っ掛かる言葉を聞いた気がする。

「ねぇ。きみだけって言った? グラージオだけってこと?」

「だから、私も一緒に行くよ」

「そうじゃなくて。その店へ行くメンバーに、あたしは含まれていないの?」

 ジュネルの言い方だと、グラージオがその怪しげな店へ行き、案内としてジュネルも一緒に行く。

 そこまではいいとして……ルシーダの問題なのに、当事者が完全に蚊帳(かや)の外だ。

「置いて行かれるのが不服で不安だろうけれど、ルシーダはそういう店へ行かない方がいいと思うんだ。きみに使われたかも知れない毒が置かれている場所だよ? ルシーダにとっては……んー、例えるなら、体力が落ちているところに、毒の沼へ行くようなものじゃないかな」

「それは……行きたくないけれど」

 身体が弱っているのに、さらに弱らせる場所。そんな所へ行きたいなんて、誰も思わない。

 でも、当事者だけがなぜ留守番なのだ。

「毒があっても、すぐあたしにそれが使われるって訳じゃないでしょ」

「竜とばれなければね。ばれても、さすがにその場で使われることはないだろうけれど。ただ、もしその毒が揮発性の高いものだったら、その店に成分が充満してるよ」

「……留守番するわ」

 わずかに抵抗を試みたルシーダだったが、すぐにあきらめた。

 申し訳ないとは思う。だが、ジュネルの言い方だと、店そのものがほぼ毒ではないか。入った途端に倒れたら、その方がずっと迷惑になる。

 何より、ルシーダ自身が怖い。いくら竜でも、自分の命を脅かすものがある、とわかっている場所へなど行きたくなかった。

「ルシーダは私達が行っている間、毒の本で該当しそうなものがないか、調べておいてくれるかい。ある程度の目星を付けておけば、帰って来た時に少しでも早く解決の道が(ひら)けるからね」

 ジュネルに言われるまま、ルシーダはうなずいた。

 あたし達を狙う人間もいるけど……守ろうとしてくれる人間もこんなにいるのね。

☆☆☆

 グラージオはともかく、ジュネルはどこで顔を知られているかわからない。

 職業をひけらかして過ごしている訳ではないが、特殊な職業ゆえに顔がわかるという場合もある。あの人、王立図書館の……となるのは、十分に考えられることだ。

 それが一般人だけならいいが、そうでない人間に知られている、というのもよくある話。

 なので、変装して店へ行くことになる。

 こういう時、魔法使いというものは便利だ。もちろん限界はあるが、ある程度自由に姿を変えられる。

 グラージオは髪を金から濃い茶色にし、同じ色の無精ひげを鼻の下や頬に生やす。グラージオの場合、顔がばれないように、と言うよりも、店を出てから「あの店にいただろう」と言われないようにだ。

 ジュネルは真っ直ぐの黒髪を濃い金髪にして少しくせをつけ、グラージオより多めにひげを生やす。

 背丈や瞳の色は同じだが、髪色を変えたり、ひげがあることでかなり印象が変わるものだ。服装も、ハンターが着ていそうなシャツやベストに着替え、それらしく汚しておく。

「二人とも……うさん臭いわ」

 変装した二人を見て、ルシーダが正直な感想を述べた。

「はは、自分でもそう思うよ」

 元の自分がわからないようになっているかを鏡で確認したが、グラージオは思わず吹き出してしまった。ひげをたくさん生やすだけで、ずいぶん怪しげな雰囲気になるものだ。

「小ぎれいな格好だと、記憶に残ってしまいそうだからね。これくらいのうさん臭さで平均的じゃないかな」

 平均的なうさん臭さ、というのも妙な状態だ。

「じゃあ、行って来るよ。ルシーダ、薬や毒についての本は、扉に二番のプレートが付いている部屋にある。そこであてはまりそうな本を探しておいてくれるかい。きみだけだと大変とは思うけれど」

「そう言えば……ルシーダ、人間の文字って読める?」

 ふと思い付いて、グラージオは尋ねた。

「一応ね。竜によっては、人間が使い始めた頃の言葉を知ってたりするわよ。あたしはそこまで読めないけれど、今使われてる言葉ならだいたいどこの国の言葉でもわかるわ」

「すごいな」

 見た目が自分と変わらないので忘れていたが、ルシーダは自分の祖父母より長く生きている、ということをグラージオは思い出した。

 学校へ行ってる訳ではないだろうが、色々と触れ合っているうちに覚えるのだろう。理解力と記憶力の高さがうらやましい。

「じゃあ、任せても問題ないね。たまに古い言語の本があったりするけれど、この図書館にあるのはほとんど現代語だから。頼んだよ」

「わかったわ。……二人とも、気を付けて」

 自分が行けないことを心苦しく思いながら、ルシーダは二人を見送った。

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