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きみが竜に戻るまで  作者: 碧衣 奈美


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王立図書館

 お堀にかかる立派な橋を渡り、グラージオとルシーダは王宮の敷地へと続く門をくぐる。

 一応、門の両端に衛兵が立っているが、問題なく通れた。他にも出入りしている人はいるようだし、相当怪しい様子でなければ止めることはないようだ。

「わぁ……広いなぁ」

 街の中にある、王宮の敷地。王宮を中心に、色々な建物がある。今いる場所から全ては見えないが、きっとここだけで小さな村くらいはすっぽりと入ってしまいそうだ。

 門を通っただけで、敷地内を歩いている人の雰囲気もずいぶんと変わる。ほとんどの人が制服らしき格好だ。

 女性はメイド服が多いようだが、かっちりした制服も多い。騎士らしい、鎧を身に付けた人も歩いている。

 街中の人ほどではないが、比較的ラフな服の人もいる。王宮に出入りする商人などだろう。

「人間って、本当に色々な格好をするわねぇ」

 ルシーダが感心したようにつぶやく。

 人間以外の動物は、仕事や生活様式によって格好が変わる、ということはない。せいぜい、オスがメスに気に入ってもらえるよう、羽がきれいだとか角が立派である、というくらいだろう。

 竜も自然の姿の時はありのままだから、人間の姿は不思議に思えるのかも知れない。

「よくも悪くも、格好を見てある程度の判断ができるから便利だよ。どんな職業の人なのか、とかね。それを悪用したり、差別したりする人もいるけど」

 言いながら、グラージオはふと気になった。

「ルシーダの格好は、人間の誰かをまねしてるの?」

「誰って訳じゃないわ。あたしの見た目がこうだから、こんな格好が合うんじゃないかって、仲間に言われてできあがったって感じね」

 人間社会を知る仲間が、旅に出る前のルシーダにアドバイスをくれたようだ。そして、自身が人間を見て、周囲から浮かないように少しずつ学習していく。

 ただ、服以外の部分、美形である点がどうしても目立ってしまうのは仕方ない。ここでも街中にいた時のように、ルシーダをちらちら見ている人がたくさんいる。

「えっと……早いところ図書館へ向かおうか」

「そうね」

 グラージオは近くを通りかかったメイド服の女性に声をかけ、図書館の場所を尋ねる。教えられたのは、王宮のすぐ横にある小さな建物だった。

「え……あれがそう、なんだ」

 国の中心にあり、国王が住む場所なのだから、王宮が大きいのはわかる。それに比べ、どうして頭に王立と付いている図書館がこんなにこじんまりとしているのだろう。

 王宮の敷地内にある図書館だから、もっと大きくて立派だと思っていた。王宮が大きいだけに、図書館が馬小屋以下のサイズに見えてしまう。

 もちろん、これは王宮と対比してのサイズだから、実際は馬小屋より大きい。それどころか、市民の家よりずっと大きくて頑丈そうだ。

 高さは平屋と二階建ての中間くらい、といったところ。この大きさの建物で、どれだけの蔵書があるのだろう。

 ただ、王立と付くだけあって、外見は白い壁に金の装飾が施されていたりと、派手と言おうかきらびやかだ。そこは王家の見栄だろうか。

 王宮の敷地内、と言っても別(むね)なので、王宮の入口と図書館の入口は別の扉だ。

 グラージオとルシーダは、図書館の入口がある方へ向かった。

「……これって図書館なのに、王宮と変わらない扉だなぁ」

 門番らしい人間が一人、開閉するのは重くて大変だろうと思われる立派な扉の横に立っている。勝手に入ろうとしても、確実にそこで止められるだろう。グラージオが開けようとしたら、絶対に何か言われる。

「やっぱり、市民向けの図書館とは違うってことか」

 他にも、同じように門番が立っている建物があった。敷地へはこうして気軽に入れても、簡単には入らせてもらえない場所が点在しているようだ。

「ここまで大きくなかったけれど、よその街にもこういうのがあったわ。普通の人間には用のない、面倒な術が書かれている魔法書とか、国交の裏事情が書かれた本なんかがあるって聞いたわよ。見た目が立派なのは見栄を張ってる部分もあるみたいだけれど、魔法の防御も兼ね備えているみたい。おかしなことを考えている賊が侵入しないための壁を造るためなんだって」

 たまたま別の国でこういったものを見たことがあるルシーダが、自分の想像とのギャップで少し呆然となっているグラージオに説明する。

「ああ、なるほどね。どの国にも禁書の一冊や二冊はあるだろうし、そういう本はやっぱりこうした防犯設備のある場所に保管する方がいいってことか」

 そのための門番、という訳だ。王宮のすぐ横にあるということは、重要度が上、ということだろうか。

「誰も読んではいけないって言うのなら、最初から本にしなきゃいいのにね」

「はは、確かに……。行こうか」

 図書館の入口に立つには違和感のある、いかつい中年男性の方へと向かう。

 ものものしい槍や鎧はないが、自分の背丈と変わらないくらいの棒を持っていた。彼だけを見たら、絶対にここが図書館だなんて思わない。

 図書館と書かれたプレートが扉の横にあるが、その文字と彼の存在はどことなくちぐはぐだ。

「こんにちは。ぼく達、図書館の中へ入りたいんですが」

 グラージオは門番の男性に声をかけた。彼はグラージオを見て、その横にいるルシーダを素早く見る。

「入館許可証はあるかね」

「いえ、ありません」

「許可証がなければ、入館はできない。事務局で事前に申請する必要がある」

 威圧感こそないが、淡々と説明されるのもちょっと怖い。彼の見た目のせいか。

 心なしか、こちらに向けられている視線が厳しい。不審者かどうかを見極めようとされているのか。

「そのことは聞いてます。えっと」

 グラージオは荷物の中から、カルラムが書いてくれた紹介状を取り出した。

「以前、王宮に仕えていた魔法使いのカルラムさんが、紹介状を書いてくださってます。これを責任者の方に渡すように、と言われました」

「カルラム殿から?」

「はい。これです」

 グラージオは紹介状を門番の男性に渡した。

「確認して来るので、少しここで待っていなさい」

 男性は自分の後ろにある通用口の扉を開けて、中へと消えた。重そうな扉の横にある、普通サイズの扉だ。

 それを見て、ルシーダが首を(かし)げる。

「このおっきな扉は何のためにあるのよ」

「ほとんど壁の一部みたいなものかもね。もしくは、大量の本を一気に搬入する時や、王族の人達が利用する時なんかに開くんじゃないかな」

 グラージオは苦笑しながら、ありえそうなことを言っておく。身分の高い人やお金持ちの考えることはわからない。

「その責任者って人が、中にいてくれればいいけどなぁ」

 責任者でも体調不良や私用で休む時はあるだろうし、別の仕事で席を外していることもある。肩書きに「責任者」や「長」と付けば、そういうことはざらにあるだろう。

 ただ、今だけはそういったことがあってほしくない。求める本がすぐに見付かるかわからないし、図書館の開館時間によっては入ってもすぐに時間が来て出なければならなくなる。ルシーダのためにも、ここであまり待たされたくないのだ。

 だが、グラージオの心配は杞憂(きゆう)だった。

 すぐに通用門が開く。さっきの門番とは別に、もう一人の男性が一緒に出て来た。

 門番より少し若く見えるが、中年の男性だ。真っ直ぐの黒髪を一つに束ね、紫の瞳を持つ彼は、穏やかそうな雰囲気に見えた。隣にいる門番がいかついから、なおさらそう感じたのだろう。

 グラージオは彼からかすかに魔法の気配を感じたので、魔法使いと思われる。

 その手には、さっき門番の男性に渡した紹介状があった。この魔法使いの彼が図書館の最高責任者かどうかはともかく、門番が渡すくらいだから何らかの責任者には違いない。

「こちらの二名です」

 門番がグラージオ達を指し示す。

「カルラムさんの紹介で来たんだね?」

 見た目通りに、口調も穏やかだ。その言い方からして、確かにカルラムの知り合いらしい。

 紹介状を渡した後「カルラムが隠居してから責任者が替わっていたら」という可能性に思い至っていたグラージオ。交替はなかったようで、その点でもほっとする。

「はい。グラージオといいます。彼女はルシーダ。調べたいことがあって、ここの図書館へ入らせてもらいたいんです」

 お願いします、と言いながら、グラージオは頭を下げた。

「わかった。私は図書館の責任者で、ジュネルだ。この紹介状を入館許可証として、図書館の利用を許可しよう」

「よろしいのですか、ジュネル殿」

 イレギュラーなことに、門番が心配そうに尋ねる。

「ああ。何かあれば、私が責任を取るよ」

 ジュネルが、まさにこの件の「責任者」となってくれた。

「ありがとうございます」

 グラージオがもう一度深々と頭を下げる。一拍遅れて、ルシーダも軽く頭を下げた。

 これで、まずは第一関門突破だ。

 ジュネルに(うなが)され、グラージオとルシーダは図書館へ入る。

 中はグラージオが知っている図書館とは違い、本がたくさん並んだ棚が部屋中にある、という光景ではなかった。

 廊下が伸び、その両脇に扉が並んでいるのだ。この扉の、つまり部屋によって本が分類されているんだろう、とグラージオは推測した。

 今歩いている廊下に人がいないのは、本当にいないか部屋の中にいるからと思われる。特殊な場所だから、職員も限られた人数しかいないのだろう。

「カルラムさんは元気かい?」

 前を歩くジュネルが尋ねた。

「はい。お元気でした」

 初対面だったので普段との比較はできないが、昨日会った彼の様子は元気と言っても差し支えないだろう。

 とある扉を開け、ジュネルに言われてふたりはその部屋へ入ったが、そこは普通の部屋だった。

 応接セットのようなテーブルと、それを挟んで向かい合うソファがあり、奥に執務用であろう大きな机があり、その横には本が並んだ棚が三本ある。上から下まで、ほぼ隙間なく本は入っているが、まさかこれがこの図書館の本全てではないだろう。

 恐らく、ここはジュネルの仕事部屋だ。

 てっきり図書室の一室に案内されると思っていたグラージオは、驚くとともに少し警戒する。

 紹介状に何か不備があるとか、カルラムとはどういう関係なのかを細かく聞かれるのではないか、と思ったのだ。

 紹介状はカルラムが書いたものなので、その不備はグラージオにはどうしようもないが、カルラムとの関係はどう話したものだろう。

 正直に言ってしまえば、たまたま向かった村で訪ねたら親切にしてくれた初対面の魔法使い、というもの。だが、それでは「この紹介状は本当にお前達のものか」と疑われてしまわないだろうか。初対面でこんな紹介状を書くはずがない、などと言われたら……。

「どうぞ、座って」

 ソファを勧められ、グラージオはどうしたものかと思ったが、ここで拒否したらややこしくなるかも知れないと思い、素直に座った。ルシーダもそれに(なら)う。

 小さなテーブルを挟んで、ジュネルも座った。彼の表情を見ている限り、疑わしそうにしている様子はないが……こういう所の責任者なら、いちいち感情を表に出すことはしないだろう。

 決してやましいことはしていないが、色々不安なことを考えてしまうせいか、グラージオはやけに緊張してしまう。

「えーっと、それで……ルシーダが竜なんだね」

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