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きみが竜に戻るまで  作者: 碧衣 奈美


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4/15

街へ

 カルラムが書いてくれた紹介状を受け取ると、何度も礼を言ってグラージオ達はシェップ村を出た。

 今から村を出ても、今日中にミドラーの街へ着くのは時間的に無理。

 カルラムからもそう言われたが、少しでも早く手掛かりがほしい。村でゆっくりしていられる気分ではなかったのだ。

「グラージオ、結界はできるね?」

 太陽もまだ高いので今日中に行ける所まで行く、と言った新人魔法使いに、大先輩が尋ねた。

「はい、できます。それが?」

「村や街の外を歩く時は、ルシーダにかけなさい。できるのなら、離れた場所から見ても姿がわからなくなるものがいいだろう。街の中なら安全と言えるかも知れないが、そこへ行くまでの道中は人の姿もあまりない。次に狙われれば、恐らくルシーダは歩けなくなるだろう」

 その言葉に、グラージオは緊張する。

「ドラゴンハンターという(やから)は、自分の仕事を邪魔しようとする相手には容赦ないようだ。個々の性格にもよるだろうが、魔法使いだろうと構わずに始末しようとしてくることもあると聞いた。少なくとも結界があれば、狙われても攻撃を直接受けなくて済む。他人がかけた結界を遠隔操作で解くのは、普通の魔法使いでもそうできることではない。彼らの仲間に魔法使いがいても、街へ入るまではルシーダを守れるはずだ」

 魔法で襲われても、相手が近い、もしくは相当強力な魔法でなければ、ある程度は防げるはず。矢を放たれても弾き返せるような強い結界にしておけば、ルシーダの安全は守られのだ。

 危険な道中はこれですごすように、カルラムから言われた。

「結界なら、あたしもできるわよ」

 村を出てグラージオが結界を張ろうとすると、少し不満そうにルシーダが言う。

「ルシーダは力が落ちてるって自覚があるんだろ? だったら、元に戻るまでは移動するために、魔力・体力を温存しておいた方がいいよ。王立図書館へ行っても、すぐに解毒方法がわかるとは限らないんだから」

「……いやな予想ねぇ」

 ルシーダが眉をひそめる。

「先のことはわからないんだから、備えられる時は備えておこうよ。ルシーダは自分のために、力をとっておいて」

 そう言いながらグラージオはカルラムのアドバイスに従い、中がわかりにくいようにする結界をルシーダに張った。

 グラージオにはルシーダの姿がよく見えているが、術者以外には彼女の姿はよくわからなくなる魔法だ。

 第三者が近くに来れば、グラージオの隣りに妙な浮遊体があるように見えるだろう。見えると言っても、勘の鋭い人だけだ。普通の人には、それすらもわからない。

 魔法使いならわかるが、それでも遠くからだと曇りガラスの向こうに誰か、もしくは何かがあるのかな、と思われる状態だ。

 カルラムが言ったように、これならハンターがいきなり矢を放ってくることはないだろう。見えていないのだから、余程のまぐれでもなければ当たることはない。失敗すれば、どの方向に自分がいるかが知られてしまう。

 そうなれば「獲物」に逃げられるし、下手すれば反撃される恐れだってある。未熟でも竜には人間を殺すくらいの力は十分にあるから、ハンターもそんな危険は冒さない。

 彼らは自分が安全な位置にいるから、魔力の強い獲物でも狙うのだ。

「ふぅん。グラージオって、いい腕ね」

 自分に張られた結界を見て、ルシーダがほめた。

「そう? ありがとう。竜にそう言ってもらえると嬉しいな」

 言われたグラージオの方は、素直に喜んでいる。

 周囲に怪しい人影などがないかを確認し、ふたりは街へ向かって歩き出した。

「結界だけで、腕がいいとかっていうのがわかるもの?」

 極端に下手なものや強い結界なら、たぶんグラージオにも判別できる。これまでそういう機会がなかったので、はっきりとは言えないが。

「どの魔法にしても、術者の性格や力量はだいたいわかるわよ。あたしより上の竜なら、これは自分の知り合いが使った魔法だってこともだいたいわかるしね。今のあたしはこんな状態だし、そうでなくてもそんな細かい部分は判断できないけど、いい悪いくらいは言えるわ」

 上の竜、というのはおとなの竜という意味だろう、とグラージオは考えた。

 それにしても、結界だけで腕のいい悪いが判断できるなんて不思議な気がする。自分は十人並みだとグラージオは思っているので、ほめられるとは思わなかった。

「やっぱり力があるってだけじゃないんだな。人間でも、カルラムさんくらい経験のある魔法使いならある程度のことはすぐに感じ取れるって聞くし、実際にルシーダのことも勘付いたよね。ぼくはまだまだだな」

 倒れていたルシーダを、普通の女の子と思ってしまった。ルシーダがうっかりドラゴンハンターに追われている、と言わなければ、竜だとは想像もしなかっただろう。

 せいぜい、訳ありの女の子、くらいに思うのが関の山。

「グラージオは魔法を使い始めてどれくらいなの?」

「五歳くらいからだから、だいたい十三年になるかな。さっき行ったシェップ村よりもう少し(にぎ)やかな、でも田舎の町にいたんだ。カルラムさんみたいな、現役を引退した魔法使いが近所にいてね。その人に教えてもらったんだ」

 基本的な魔法と、多少の応用を教えてもらった。特殊な職務に()かないなら、魔法使いとして仕事をするのに十分な知識と技術を習得できているはずだ。

 でも、ある程度のことができるようになると、もう少し違う世界を見てみたい、と思うようになる。師匠となる魔法使いが高齢で、もう教えることも体力もないから好きにしろ、と言われたこともあり、こうして旅に出たのだ。

 目的地や期間は決めず、あちこちを回って何かを吸収できればいいと思って歩いている。そのうちやりたいと思えることに出会えるだろう、と期待して。

「ルシーダは? 竜と人間じゃ、時間の流れ方が違うって聞いたけど、いくつなの?」

「女性に年齢を聞くのは失礼って、あなたの周りで教えてくれる人はいなかったの?」

 きれいな顔で怒られると、迫力がある。

「え……それって、竜にも当てはまる?」

 戸惑いながら、もう一度尋ねる。竜と人間では生きる年数が違うから、そんなに気にしないと思っていたのだが……。

「どんな種族であれ、女性には違いないんだから、当たり前でしょっ」

「そ、そっか。ごめん。じゃあ、竜にとっての一年って、人間にとってはどれくらい?」

「んー、そうねぇ。明確にこうだってことは言えないけれど、だいたい五年くらいかしら」

 人間が一歳になるまでに、犬やねこが何歳にもなってしまうようなものだろうか。竜が見れば、人間は何て早く年を取るのかと思われているのだろう。

「前にあった竜は、街にいそうな紳士風だったんだ。ぼくに合わせてくれたのかなって思ってたんだけどさ。竜ってみんな、人間の姿になれるもの?」

「ちゃんと聞いたことはないけど、たぶんね。魔力が強ければ、魔性だって人間の姿になれるから。竜は世界で一番魔力が強いから、生まれたてでもない限りはなれるわよ」

「人間になる時の格好って、その時によって変わったりするのかな。例えば、今のルシーダはぼくと変わらないくらいの女の子だけど、もっと小さな子になったり、おばあさんみたいになったりとか」

「なろうと思えばね。だけどそれは人間で言うところの、変装みたいなものよ。あたしの場合、人間の姿になった時はいつもこんな感じ。竜自身の精神年齢が人間になった時の姿に反映されるわ」

 つまり、今のルシーダは見た目がだいたい十六歳くらいだとして、それに五をかけた数字が竜としての年齢、ということになるようだ。

 ぼくのおじいちゃん、おばあちゃんより年上ってことか。

 素早く計算したグラージオだったが、数字については黙っておいた。

 一方のルシーダは、何ということのない質問によって自分の年齢がばれていることに気付かないでいる。

 彼女ははきはきしているし、しっかりしているように見えるが、時々こうして抜けている部分があるようだ。最初に会った時もドラゴンハンターに追われていると言いながら、竜なのかと聞いたら慌てて違うと言い直したりしていた。

 竜は色々な面で強いと言われる生物だから、人間から見てすごいと賞賛されることも多い。だが、彼女のそうした部分を見ると「かわいい」と思えるのだった。

 ……それを言ったら、ルシーダは怒るかも知れないが。

 そんなお互いのことを話しながら、ふたりは歩く。

 カルラムに言われた通り、やはり目的地であるミドラーの街には到着できなかったので野宿をした。

 眠る前、グラージオは念のため二重に結界を張っておいたが、朝起きて確認しても異常は見当たらない。人間の姿になったルシーダが竜だとハンターに気付かれていないのか、見失ってあきらめたのか。

 一番無防備とも言える就寝時に狙われなかったので、ふたりは少し気が楽になった。

 特に当事者のルシーダは、身体が疲れていたので眠ってはいたが深い眠りにならず、正直なところ、すっきりした朝にはならないでいる。

 なので、もう狙われてないかも、と思うだけでほっとした。追っ手がない、ということがこんなに楽に感じるとは。

 昼前、ライズトックの国の中心であるミドラーの街へ入る。

 首都だけあって、シェップ村とはくらべものにならない程賑やかだ。当然、人も多い。村の何倍だろう。荷物を運ぶ馬もかなりの数だ。

「こんなに人がいるのね……」

 ルシーダは目を丸くして、行き交う人々を見ている。

「もしかして、ルシーダはこういう街は初めて?」

 ルシーダの腰が引けているように見え、グラージオが尋ねてみる。

「うん……。あまり人が多いのってちょっと苦手で」

 人がいる場所へ行ったことはあった。ただ、首都となると、様々なものの規模が違う。

「怖いとかじゃないんだろ?」

 竜が人間を恐れるとは思わないが、小さな動物でも数が多すぎると気持ち悪く思える時はある。

「こういう所って、どこへ行けばいいのかわかんないわ」

 要するに、迷子になりそうなのが怖いらしい。いざとなれば、魔法でどうにかできるはずなのだが……。

 たくさんの人間と動物と建物に、自然の中に慣れている彼女は圧倒されているようだ。

「じゃあ、自分だけで来るのはやめておいた方がいいかもね」

 完全に「お上りさん」状態になってしまう。こういう所はいい人もいるが、残念ながら悪い人間もたくさんいるのだ。そう滅多なことでは「大変なこと」にならないだろうが、大騒ぎにはなるかも知れない。

「うん、そうする……」

 ルシーダはグラージオの袖を掴み、周囲を見回した。

「グラージオ、こっちを見てる人間が多いように思うの、気のせい?」

 こちらは立っているだけなのに、道行く人達がちらちらとこちらを見ている。ルシーダの気のせいではなく、しっかり立ち止まって見ている人もいた。目が合うとそらすが、たまたまこちらを見ていた、という訳ではないようだ。

 ドラゴンハンターのこともあり、今のルシーダは人間の視線が怖く感じてしまう。すぐに襲って来なくても、実は狙っているのではないか、と。

「え? ああ……たぶん、ルシーダがきれいだからだよ」

 艶のある長く真っ直ぐなプラチナブロンド。整った目鼻立ち。すらりとした体型。絵画から抜け出したような美しさ、と言われれば、誰もがうなずくだろう。

 ルシーダは至って普通の人間のように振る舞っているつもりでも、その容姿は間違いなく美人と言われるもの。

 今は隣にいるグラージオも、こうして行動を共にしていなければ「きれいな女の子だな」と目を向けてしまうはずだ。

「え、そうなの? あたし、人間の目から見てきれいなの?」

 グラージオにさらっと言われ、人間の視線に恐怖すら感じていたルシーダはきょとんとする。

「うん。だいたい竜が人間になった時の姿って、人間から見ればみんな美男美女だって聞くしね。ルシーダも例にもれずって感じだよ」

「そう……なの」

 竜だって、きれいと言われれば嬉しい。実際、ルシーダも嬉しいと感じていた。

 だが、こんなに注目されるのは……今の場合、問題ではないのか、とも思う。

「あたし、よくない目立ち方してない?」

「心配しなくても大丈夫だよ」

 自分の袖を掴んでいるルシーダの手を、安心させるように軽くぽんぽんと叩く。

 竜でも、ケガや病気のこと以外で不安になったりすることがあるんだな。

 ルシーダのその様子に、グラージオは何となく親近感を覚えた。それとも、こんな風に戸惑うのは彼女だけだろうか。

 どちらにしろ、ポプロの森であのまま放っておかなくて正解だったと思える。

「えっと、王立図書館へ向かわないとね。王宮……があっちにあるようだから、あの周辺まで行けばわかるかな」

 街の中心に王宮らしき屋根が見える。まだ街の入口付近なのに見えるのは、さすがと言うべきか。

 カルラムの話では、敷地内に王宮とは別棟(べつむね)で図書館がある、ということだった。

「ルシーダ、身体は大丈夫?」

 自分達がここまで来た目的を、改めて思い出す。

 ルシーダの身体には、まだ毒が残っているのだ。彼女(いわ)く、かすっただけなので量としては多くないものの、解毒はできていない。病気になりかけている、もしくは半分病気の人間を連れ回してるようなものかも知れないのだ。

 ルシーダがけろっとした顔をしているので、グラージオはそのことを忘れそうになる。

「ええ、普通に歩く分には問題ないわ」

 それを聞いて、グラージオはほっとする。

 だが、ルシーダが「これくらいで疲れるなんて、人間って大変なのね」とつぶやくのを聞いた。

 それは、グラージオが尋ねたことに対しての感想なのか、自分の体力が落ちたことに対しての実感なのか。

 とにかく、早く解毒方法を探さなければ、と考えるグラージオだった。

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