村の魔法使い
グラージオとルシーダは、一緒にポプロの森を出た。
ルシーダの体調を考え、グラージオは少しゆっくりめに歩く。身体が落ち着くまで少し休んでいたおかげか、歩いていてもルシーダがふらつくことはないようだ。
彼女を襲ったドラゴンハンターが今のルシーダの姿をわかっているかは確かめようもないが、森をうろうろしていたら目を付けられてしまう。
念のため、尾行されていないかを確かめながら進んだが、それらしい人影はどの方向にもなかった。森の中で見付からなかったのなら、まくことができたと思っていいだろう。
グラージオがこの周辺のざっくりした地図を持っていたので、村があるだろうと思われる方へ歩く。
目的地がない時はこれで問題ないのだが、行きたい場所がある時は方向がわからないと大変だ。
歩いているうちに木でできた古い道標を見付け、一番近いのがシェップ村だとわかった。ひとまずの目的地が決まる。
村へ向かう間に話すことで、ルシーダの現状がはっきりしてきた。
どうやら今の彼女は、竜に戻れなくなっているらしい。魔力、体力が人間とほぼ変わらないくらいだろうか。
普段であれば、人間の姿になっても竜が持つ力はそのままだから、力の減少はやはり毒の影響が出ているのだ。
竜の姿なら、自然の中にいる方がいいだろう。だが、竜に戻れず人間の姿のままなら、人間の中にいた方が絶対に紛れ込みやすい。
幸い、ルシーダには人間に対する拒否反応みたいなものはなかった。人間の姿でいることに、これという不都合はないらしい。
ようやく着いたシェップ村は、地図で見た通りに小さな村だった。
「え、そうなんですか」
村へ入ってすぐの所にいた村人に聞くと、ここには魔法使いがいると言う。願ってもないことだ。
普通、小さな村に魔法使いがいることは少ないので、特に今の状況ではとてもありがたい。
「グラージオ、魔法使いに話を聞くのはいいけれど、どう切り出すつもり?」
村人に聞いて、魔法使いが住んでいる家へ向かっている途中、ルシーダが尋ねた。
「どうって、こういう事情でって話をするつもりだけど」
いきなり全てを明らかにするつもりらしい。それは無謀ではないだろうか。
「もしその魔法使いが、例のドラゴンハンターと組んでいたりしたらどうするのよ。ポプロの森とはそんなに離れていないし、ここの村人が実は……ってこともあるじゃない」
グラージオが魔法使いとわかっても、ルシーダは今のように疑っていた。たぶん、彼が普通の村人でも商人でも疑っていただろう。犯人がはっきりしない限り、誰が自分の敵となるか断定できないのだ。
まして、今から会いに行くのは、彼らの全く知らない魔法使い。どういう事情を抱えている人かわからないから、ルシーダが疑心暗鬼になるのも仕方がなかった。
「でもね、遠回しに話しても肝心な部分に近付けないよ。今のルシーダは力が人間と変わらないみたいだけど、この先もずっとそうだとは限らない。毒って解毒したつもりでも身体に残ることが多いし、そうなるとどこかしらに不具合が出て来るからね。早く確実に解毒する方がいいよ。もし、その魔法使いがハンターとグルだったら……」
「グルだったら?」
「とりあえず、急いでこの村を出るしかないね」
「それが対応策なの……?」
グラージオの言葉に、ルシーダはがっくりと肩を落とす。
短い時間の中で会話を交わし、どうやらグラージオはその表情や口調、雰囲気と同じく、基本的にのんびりしている性格だと知った。
たまに鋭いことを言ったりするが、やっぱり突っ込みたくなることもよく言う。まさに今のように。
「とにかく、怖がってばかりじゃ前へ進めないよ。大丈夫、ルシーダはひとりじゃないんだから」
「……」
たまにこうしてあっさりルシーダを黙らせてしまう辺り、のんびりしているようだがあなどれない部分もある。
グラージオは教えられた魔法使いの家に着くと、その扉を叩いた。中から返事があり、扉が開くと高齢の男性が現れる。
少しくせのある白い髪は肩まであり、黒い瞳は知性を感じさせた。グラージオの父よりかなり上のようだが、祖父よりは若そうだ。長身のグラージオ程ではないが、彼の年齢にしては背が高い方だろう。こちらへ向けられる視線は力強い。
「おや、珍しいお客さんだね」
村人でもなく、知り合いでもない。見知らぬ若い旅人の来訪に、家の主はわずかに首を傾げた。警戒、というところまではいかないが、いぶかしんでいる様子だ。
「突然すみません。あの、あなたがカルラムさん、ですか?」
「ああ、そうだよ」
「初めまして。ぼくは魔法使いで、グラージオと言います。彼女はルシーダ。この村に入った所で、あなたが魔法使いだとお聞きしたんですが」
「今は隠居しているがね」
グラージオが礼儀正しく話したためか、カルラムの表情が穏やかになったように見えた。
「ライズトック国王に仕えていたのだが、いい年齢になったので引退したんだ。この村は私の出身地でね」
今、彼らがいるのはライズトックの国。つまり、彼はこの国でかなり地位の高い魔法使いだった、ということだ。まさかいきなりそんな人に会えるとは思わなかった。
使う術によっては、魔法はかなり体力を要する場合がある。なので、カルラムくらいの年齢の人は後輩の指導に回ったり、魔法やそれに関連する事柄の研究をするようになることが多いようだ。
しゃんと伸びた背筋を見る限り、足腰が弱っているようには思えなかった。だが、彼はのんびり余生をすごすことを選んだらしい。現役時代が激務だと、こういう暮らしをしたくなるのだろうか。
「実は、相談にのっていただきたいことがあるんです。ご存じなら教えていただきたいことがあって」
「ほう……まぁ、立ち話も何だから、入りなさい」
招かれるまま、ふたりは中へ入る。
どうやら一人暮らしのようだが、部屋はきれいに片付けられていた。テーブルには数脚のイスがあるので、きっと来客がよくあるのだろう。国王に仕えていた人なら、知り合いも多いに違いない。
グラージオ達は勧められるまま、そのイスに座った。お茶を出され、その香りにほっとする。手際がいいのは、やはり来客が多くて慣れているのだろう。
カルラムは彼らの向かい側のイスに座ると、雑談はせずにすぐ本題へ入った。
「さて、相談と言われたが、私でわかることだといいがね。その前に……グラージオ、きみは魔法使いと言ったが、そちらのお嬢さんは? 何か少し違う空気を感じるのだが」
あっさり言われ、グラージオは驚いた。国に仕えていた、というのははったりではないようだ。
グラージオは自分の名前と魔法使いであることを告げたが、ルシーダについてはあえて名前しか言わなかった。しかし、特殊な気配をカルラムは感じ取っていたらしい。
それは、単なる魔法使いではない、と思う程度なのか、人間ではないことまでわかっているのか……。
「竜よ」
一瞬グラージオと目を合わせたルシーダだったが、自分で正体を明かした。どうせどこかで白状しなければいけないのだ。
「なるほど。道理で珍しい雰囲気を感じるはずだ」
カルラムに驚いた様子はない。
「そういうのって、雰囲気でわかるものなんですか? ぼくはルシーダに言われなかったら、ずっとわからないままだったと思いますが」
「そうだね。言ってしまえば、場数だよ。色々な魔法使いや魔獣や竜と関わっていれば、自分の感覚が研ぎ澄まされてくるものだ。その竜にもよるが、彼らは自分の気配を隠そうと思えばいくらでも隠せる。もちろん、そういった小細工のようなことはしない竜もいるが……この竜のお嬢さんはそういうのとも少し違うようだね。若いから、というだけではないようだが」
隠居しているとは言っても、やはり経験者は違うのだ。会っただけでそんなことまでわかるなら、隠す必要はない。と言うより、隠せない。
グラージオは初めから話すつもりでいたが、隠すつもりでカルラムに会いに来ていたら今頃は軽いパニックだ。
「ポプロの森でケガをして倒れていたところを、ぼくが見付けました。彼女自身もはっきり断定はできないようですが、ドラゴンハンターに狙われたみたいです」
「こんな所に……」
カルラムはあごをつかみ、考え込む。
「人間がこの世界に存在するようになった頃には、すでに竜は存在していた。そして、竜は一部の人間に魔法を教えたと言われている。人間にとって、特に魔法使いにとって竜は師であり、存在そのものが宝だ。欲に目がくらみ、追う輩がいることは嘆かわしい。自分以外の命を奪うのは、己が生きるためだけでいいはずなのに」
獣を狩るのは、その命を取り込んで自分の命を長らえるため。害をなす獣や魔物を殺すのは、自分の命を守るため。
それ以外で奪っていい命はない。
だが、私腹を肥やすことを目的にした殺しをする人間は、少なからず存在する。そして、その被害者の中には竜も含まれるのだ。
「ドラゴンハンターと呼ばれる者達は、普段は魔物退治をするなどして生計を立てていることが多いようだ。その合間に自分が手にかけられそうな竜を見付けた時、目標をそちらに変える。魔物を殺すことに関しての法律はないが、竜を殺せば厳罰だ。しかし、明らかに竜を狙った、捕まえたという証拠がなければ、役人は手を出せないのが現状。つまり、捕らえることができない。自分の仲間を殺された竜がいつか人間に仕返しをしても、我々には何もできないだろう」
正確な数字はないが、これまでに多くの竜が「人間」の手にかかっている。それは現実だ。
人間より魔力の強い竜が怒れば、人間の住むエリアなどあっという間に焦土か凍土になるだろう。むしろ、竜が何もしてこない方が不思議なくらいだ。
「見た限り、今はケガもないようだが?」
「グラージオが治してくれたわ。でも、毒に中ったみたいなの」
発見した時のルシーダがどういう状態だったか、今はどうなっているのかをグラージオは話した。
「そうか。それでそういう気配になっているのか。私もこれまでに何度か竜に会ったが、そのどれでもない気配なので妙な気がしていたが。毒のせいで力が落ちたか」
明確に「きみは竜だね」と言わなかったのは、カルラムに断定できるだけの力強さがルシーダになかったからだ。
「解毒の術は効果がないみたいなんです。ぼくの力が不足してるか、術ではなくてちゃんとした薬が必要なのか、その判断ができなくて。とにかく何か知っていそうな人を探して、ここへ来たんです」
「そうだったか」
グラージオの言葉に、カルラムは考え込む。
ドラゴンハンターと呼ばれる人間が牢屋送りになったのを、これまでに何度か見たことはある。だが、その時の被害者である竜はすでに命を落としていた。
致命傷を負わせたか、毒でじわじわと命を削ったのかはその時々で違うが、まだ助かりそうだからと処置を施されている場面を見たことはない。
よその国や地域ではそういう状況があるとしても、少なくともカルラムはしたことがないし、自分の知り合いがしたと聞いたことはなかった。
竜自身が毒だと言っているから、ほぼ間違いはないだろう。だが、それがどんな毒で、解毒薬はどうやって作ればいいのか。これまで多くの魔法を経験してきたカルラムも知らない。いわゆる専門外だ。
魔法使い同士の話で聞いたことはあるかも知れないが、記憶には残っていない。
「すまない。今ここで私が力になることは無理だ。きみ達が考えたように、恐らく竜にのみ効果のある毒だろう。だが、どういった薬が使われているかはわからない」
「そう、ですか……」
毒の中身がわからないなら、解毒薬も当然わからない。
すぐに見付かるとは思っていなかった。しかし、国王に仕えていた魔法使い、と聞いて期待してしまったのは否めない。その分、落胆してしまったことも。
「魔法書はここにいくらかあるが、そういった毒に関する本はない。……ルシーダ、今の具合はどうかな? ここへ来て多少の時間が経っているが、気分が悪くなってきたということは」
「そういうのはないわ。来た時と同じ。方法がなくて、がっかりしてるけど」
ルシーダは正直に伝えた。ここで治せない、とわかればやはり精神的に多少のダメージはある。
「そうだろうね。すまない。それなら……そうだな。体力に余裕があるなら、ミドラーの街へ行ってみるといい」
「ミドラーの街? そこって、ライズトックの中心ですよね?」
「ああ、王宮がある街だ。この周辺の村や小さな町では、恐らくここと変わらない情報しかないだろう。だが、ミドラーは大きな街だ。王立の図書館へ行けば、何か方法が見付かる可能性は高い」
国の中心なら、情報もこことは桁違いだ。
「街の中で矢を向けられることはないでしょうし、行く価値はありそうね」
たとえ隠れて狙われたとしても、そばにグラージオがいればドラゴンハンターも自分の行動を考えるだろう。
狙った矢が当たり、ルシーダが倒れたとして。グラージオや街にいる大勢の人達が行き交う所へのこのこ出て来て、彼女の身体を回収するとは思えない。知らない人が見れば、明らかに殺人だ。
街の中なら腕に覚えのある人間が周りにたくさんいるだろうし、街を警邏する兵や役人もいるはず。それらの人々を全て相手にできるだけの実力があるとは思えない。
「だけど、王立の図書館なんて、簡単に入れてもらえるんですか?」
グラージオはライズトックの国民ではない。仮に国民だとしても、一般市民が使わせてもらえる図書館だろうか。
もちろん、王立と付いても気軽に使える施設はある。だが、カルラムが言っているのは、たぶんそういう図書館ではない。
「貴重な蔵書も多いから、前もって入館許可をもらう必要がある。安心しなさい。これでも王宮務めをしていた人間だからね。さすがに引退した立場で入館許可証は出せないが、紹介状を書くくらいはできるよ。あそこの責任者とは顔馴染みでね」
「いいんですかっ」
暗くなりかけた目の前が、急に明るくなってきた。ルシーダも、意外な流れに目を丸くしている。
「少し時間をくれるかな。急いで書き上げるよ」





