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エスカルゴの魔導書  作者: 相羽 笑緒
2/2

天使と悪魔

翌朝、暑さで目が覚めた俺は、一瞬、ここがどこなのかわからなかった。窓の外からほのかに射す光が大量の本を照らしている。

そうだ、ここは叔父さんの家だ。

カラダを起こして窓の外を見ると、夜の間に少し雨が降ったらしい。濡れた石畳の道路が朝陽を受けてキラキラと輝き、向かいのパン屋からフランスパンを抱えた客が出てくる。

そうだ、ここはパリなんだ!

机の上を見ると、寝る前に描いた魔法陣と天使や悪魔の絵が、そのまま置いてあった。

……夢の中の出来事じゃなかったんだ。

サタンの魔法陣だけ、その横が空白になってる。

あいつ、「大いに暴れ回ってやろう」とか言い残してったけど、何をやってんだろ。窓の外の景色は平和そのものだぞ。やっぱ、あんなちっこいんじゃ、やれることも限られてくるよな。

部屋の外から物音がする。もう誰か起きてるらしい。尿意を催して外に出ると、叔父さんがリビングのテーブルに腰かけて、熱いコーヒーを飲みながら新聞を読んでた。

「おはよう。拓真、よく眠れたか?」

「おはよう。うん。ぐっすり」

「腹減っただろ。朝食を用意してやる」

「ありがとう」

俺はトイレに行って考えた。サタンのことを叔父さんたちに話すべきか否か。普通に考えたら、頭がおかしくなったと思われるよな。サタンが消えて魔法陣だけになった紙を見せたところで、別にサタンを召喚した証拠にはならないわけだし。

とりあえず保留。様子を見て、恵真には伝えるかもしれない。っつーことにしてトイレから出ると、熱々のコーヒーと切り分けられたフランスパン、色んな種類のジャムが用意されてた。

「ありがとう、叔父さん」

「おう。今日は天気がよくてよかったな。観光日和じゃないか。日射病には気をつけろよ」

空は晴れ渡り、開けた窓から涼しい風が入り込んでくる。カラッとした空気が心地よかった。確かにこれからどんどん気温が上がりそうだけど、蒸し暑い日本よりは快適だ。

「その指、どうした?」

コーヒーをすすりながら、叔父さんはフランスパンを手にした俺の指を見つめてくる。カッターナイフの切り傷がかさぶたになってた。

「えっと……これは昨日の夜、ちょっと絵を描いてて、鉛筆を削ってる時に切っちゃたんです」

嘘はついてない。少なくともサタンを召喚した時は意図しないで指を切った。

「手描きか。俺は最近はもっぱらパソコンを使ってるから、完全に鈍っちゃってるよ。何を描いたんだ? 見せてくれよ」

叔父さんにそう言われて焦った。俺の性癖が色濃く反映されたセクシー天使を見せるわけにはいかない。しゃーない、他の絵を見せるとするか。

「ちょっと待っててください」

俺は書斎へ行き、天使を模写した絵は切り取ってバックパックの中にしまい、スケッチブックを持ってリビングに戻った。

「うん。しっかり基礎ができてんな」

俺が描いた静物画や風景画を見て、叔父さんは感心してくれた。イラストとはいえ、絵を描いて生活してるプロから褒めてもらえるのはマジでうれしい。

そんでもって、サタンのお陰で絵の腕前はさらに上がった。

……上がったんだよな? 何か急に不安になってきた。魔法陣だけが残された『証拠』があっても、まだあの不思議な体験が現実とは思えない。

「今日はルーブルとオルセーに行くのか。作品をよぉく見て、盗めるところは盗んで勉強するこったな」

そう言うと叔父さんは、

「いいんだぞ、もし気に入ったら、こっちで暮らしても」

と笑う。冗談なのか本気なのかわからないけど、このまま今の学校に無理して通い続ける必要はないと言ってくれてるようで俺はうれしかった。

叔父さん自身も大学を中退して、叔母さんを追ってパリに来てからイラストレーターになった経緯があるから、俺の悩みもわかってくれるんだと思う。

「好きな絵がいくらだって見れるし、まあ画家として食っていくのは難しいかもしれないけど、イラストの腕を磨けば仕事先は俺が紹介してやるさ」

叔父さんは割と本気でその道を考えてくれてるみたいだった。

叔父さんの家は、かつて印象派の画家が数多く住んだサン=ラザール駅周辺にある。構内の絵をモネが何枚も描いたことで有名な駅だ。

そんでもって家から少し歩けば、あの『オペラ座の怪人』で有名なオペラ座が見えてくるし、ルーブル美術館も徒歩圏内という最高の立地条件。もし住めるなら毎日、歴史的な芸術作品に触れることができる。

「実は恵真がそっちに行くかもしれない」

 突然、叔父さんはそんなことを口にした。

「え?」

「聞いてないか?」

俺は頭を振る。親父も母親もそんなことまったく知らせてくれてない。

「日本の芸能界から誘われてるんだ。元々、大学は日本に留学を考えてたから、どうせならってことで高校から向こうへ行くかもしれない」

「全然、知らなかったです」

「そうなれば恵真の部屋が空くから、拓真が来ればいいかなって思ったんだ」

娘のいないウチの両親は恵真を、息子のいない叔父さんと叔母さんは俺を、それぞれかわいがってる。俺も叔父さんたちが好きだし、パリの雰囲気も最高だ。ちょっと心が揺れ動いた。

「考えておきます」

「うん。一週間あれば随分と色々な所を回れるだろ。その間に、こっちに暮らしたらどんな感じになるかって想像してみればいい」

 叔父さんにスケッチブックを返してもらい、朝食を食べ終えると、俺は書斎に戻った。

昨夜の出来事は夢か、あるいは、ひと晩経ったことで絵の腕前が元に戻ってたりしてんじゃないかと思って、俺は試しに悪魔の模写をしてみることにした。

魔導書を手に取って、サタンの次のページを開き、まずは魔法陣を描く。

「よかった」

円形を描いた時点で安心した。フリーハンドで完璧な円が描けてる。やっぱ、昨日の出来事は現実だったんだ。

そのまま魔法陣を描き終えると、ハエのような姿をした悪魔のイラストは擬人化することにした。そうだな、悪魔らしく翳のある悪そうな男にしよう。

髪の毛の色は黒でセンター分けにして、切れ長の目。ニヒルな微笑を浮かべていて、耳と唇はチェーンタイプのピアスで繋がってる。

それからカラダは八頭身のモデル体型にして、花柄の刺繡が入った中世ヨーロッパの貴族風のタキシードを着せる。

コウモリみたいな羽と、先っぽが矢印型の尻尾はそのままにして、腰にはフェンシングで使うような細身の剣を装備させた。

「うひょっ」

思わず変な声が出るくらい快心の出来栄えだ。

SNSに画像をアップしたら大量に『いいね』がもらえそう。こうなると、最初のサタンのふざけ具合が申し訳なくなってくる。

そういや、サタンしか召喚できなかったんだよな。やっぱり、この悪魔とも血の契約はできないのかな? 

試しにやってみようとカッターナイフの刃を指に押し当てようとしたら、外からドアがノックされて、

「拓真、開けてもいい?」

恵真の声がした。

「どうぞ」

「おはよう」

恵真がチョコンと顔だけを覗かせた。髪の毛にほんのり寝癖がついてて、まだ少し眠たげな表情がかわいい。この顔が見れるのは、恋人か親族だけの特権だな。

「三十分後に出発でいい?」

「うん」

俺が返事をすると、恵真の視線は絵の方へ移った。

「それ、拓真が描いたの?」

「うん。魔導書を参考に。悪魔の絵の方はめちゃくちゃアレンジしたけど」

「上手!」

顔をパッと輝かせてエマは部屋の中に入ってくる。

そーいや、昨日の夕食の時、日本のアニメが好きだってチラッと言ってたな。

「ベルゼビュートを描いたんだ」

フランス語が読めるエマは、机の上に開いた魔導書を見てそう言った。

「ベルゼビュート?」

「この悪魔の名前。ラテン語ではベルゼブブ。サタンに次ぐ悪魔って言われてるの」

「詳しいね」

「昨日、寝る前に魔導書についてちょっと調べたから」

恵真は照れたように笑う。ああ、マジかわいい。サタンを召喚した話をしても、優しい恵真なら真面目に聞いてくれそうだ。

とはいえ、頭がおかしくなったと思われるのは嫌だから、保険をかけて夢の中の出来事として話した。

「おもしろい夢」

恵真は笑ってくれた。

「呪文は何を唱えたの?」

「日本語で『エロイムエッサイム 我は求め訴えたり』って」

そう言った瞬間、バックパックのファスナーの隙間から青い光が漏れ、

「あっ」

俺は驚いて声を出した。サタンが出現した時と同じ光だ。そんでもってバックパックの中には、セクシー天使を描いた紙が二枚入ってる。まさか、今の呪文に反応したのか? 

「どうしたの?」

恵真が不思議そうな顔をして俺を見る。

「いや、バッグが」

俺がバックパックを指差しても、

「バッグがどうかした?」

恵真はますます疑問の表情を浮かべて俺の顔を見るばかりだ。

……え、まさか俺しか見えてないの?

「恵真!」

リビングから叔母さんの呼ぶ声がして、

「はーい」

恵真は返事をすると、

「ママに呼ばれたから行くね」

部屋から出て行った。

俺はドアの鍵を閉めて、恐る恐るバックパックのファスナーを全開にして中を覗き込んだ。

昨日、ロリ巨乳の天使を描いた方の魔法陣が光ってる。

慌てて取り出して机の上に置くと、サタンが召喚された時と同じで、魔法陣から青い光が天井まで放出されて、その中からロリ巨乳の天使ちゃんが現われた。

絵の腕が上がった後に描いただけに、立体化されても細部に粗はない。ぷるんぷるんの胸やむっちむちのお尻が、今にもビキニからはみ出しそうなほどリアルに揺れている。

「エロッ」

思わず口に出した。

「ふわぁああ」

ロリ巨乳の天使は右手を突き上げて伸びをしながらあくびをすると、

「ああ、ダルッ」

 めちゃくちゃ覇気のない声を出した。おまけに、声変わり真っ只中の中学生の男の子みたいな声で違和感が半端ない。何でロリボイスじゃないんだよ!

「ん?」

顔だけロリ天使は動くたびにぷるんぷるん揺れる胸を不思議そうに見下ろして、

「はあ? 何じゃこりゃ!?」

と顔を引きつらせて、全身をくまなくチェックすると、

「てめえか、俺を召喚したのは?」

俺を睨んで指差してきた。

「そうだけど、何で昨日は出てこなかったのに、今日は出てきたんだ?」

俺が疑問を口にすると、

「この魔導書を手に入れといて、そんなことも知らねえのか?」

まるで常識知らずみたいな感じで罵られちゃった。うーん、ロリボイスだったら、こんなかわいい天使に叱られるのも悪くないんだけどな。実に惜しい。

「満月の夜に召喚できるのは一体だけ。覚えとけ小僧」

そんなワケのわからんルール知るかっつーの。こいつ、口悪すぎじゃね? 天使とは思えん。まあいいや。

「じゃあさ、今、光った時に恵真には見えなかったのは何で?」

「誰だ恵真って」

「俺のイトコだよ」

「お前は誰だ」

「お前を召喚した主だよ。名前は拓真」

「変な名前だな」

 こいつ、いちいち腹立つな。

「お前、ウチの両親に謝れ」

「俺の名はミカエル」

 ミカエルは俺の言葉を完全に無視しやがった。

「大天使ミカエル様だ。絶世の美青年だというのに、よくもこんな姿にしてくれたな」

怒りに満ちた目で睨んでくる。なるほど、さっきから機嫌が悪いのはそのせいか。

「そんなの知るか。それより俺の質問の答えは? 何で恵真には青い光が見えなかったんだよ」

「召喚の儀式や俺たちの姿は、基本的に魔導書を扱う者以外には見えない。願い事を叶え、暗躍するためにつくりだされたのだからな」

 なるほど、他のひとの目に見えたら悪だくみがバレるもんな。

「じゃあ、例外的には?」

「見えるようにお前が許可を与えた者や、同じ魔導書で血の契約を交わした者、別の魔導書を持っている者には見えるようになる」

そういうシステムなわけか。ってすげーなそれ。他人に見えたり見えなかったりが変幻自在ってことか。

とはいえ、こんなエロティックな天使、他人に見られちゃまずい。俺のエッチな趣味嗜好がモロバレじゃん。

「おい、そんなことより早く願い事を言え。ひとつだけ叶えてやる。そうしたら、お前とはおさらばできるからな」

「え、お前も願い事を叶えてくれるの?」

「当たり前だ。そのために召喚したんだろ? おかしな奴だ。あと、お前じゃなくてミカエル様と呼べ。いいな」

マジかよ、ラッキー! 今度はサタンの時みたいに、意図しない願い事を迂闊に言わないように気をつけなきゃな。

「早くしろ」

ミカエルが急かしてくる。

「うるさいな。せっかくビジュアルは最高なのに、これじゃあ台無しだ。もっとかわいらしい声してて、従順だけどちょっと小悪魔っぽさもあるキャラにならないかな」

思わず愚痴った俺に、

「おい、冗談だろ」

ミカエルは顔面蒼白。信じられないといった表情で俺の顔を見つめる。

「どうした?」

「俺のアイデンティティを奪う願い事をするなんて、お前は悪魔か」

「は?」

急に何言ってんだ、こいつ?

「とぼけるな。俺に対して『もっとかわいらしい声してて、従順だけどちょっと小悪魔っぽさもあるキャラにならないかな』。それがお前の願い事だというんだろ。天使に向かって悪魔になれとは何と残酷な願い事か。不服だが俺に拒否権はない」

「え? ち、ちが、ちょっと待て!」

おい、これじゃあサタンの時の二の舞じゃんかよ。

ミカエルは目をつぶって何か呪文らしきものをぶつぶつ呟き始める。

「おい、早まるな! 願い事は他にあるって」

ダメだ。もう聞いちゃくれない。どーしてこうなるの?

「ハッ!」

ミカエルは突然カッと目を見開いて叫んだかと思うと、両方の手のひらを自分に向けて、全身が青い光に包まれた。

その光が消えると、さっきまで勇ましく仁王立ちしてたのに、急に露骨なほど内股になって、顎に人差し指を添えながら媚びるような顔で俺を見上げてきた。ウィンクをしたり、キスでも誘うように唇をすぼめたりする。

何だよ、このかわいくてセクシーな生き物は。己のビジュアルを最大限に活かす術を熟知したあざとさ。まさに小悪魔。天使のくせに。

「ミカエル……だよな?」

「その名前、わたし嫌い。ミカって呼んで、ダー」

ミカエル改めミカは、カラダをもじもじさせながら微笑む。これが魔法か何かじゃなくて演技だったらアカデミー賞ものだ。そんくらい、さっきのミカエルとは別人……別天使になってる。

ところでさ、

「ダ、ダーって何?」

何だそれ。もしかして俺の呼び名? だとしても、本郷拓真のどこに『ダー』の要素があるんだよ。

「ダーはダーだよ。ダー」

ミカは翼をはためかせて俺の肩の上に乗り、

「ダーリンのダーだよ」

耳元で囁いてきた。何て耳心地がいいんだよ天使の囁きって。全身から漂ってくるほのかな甘い香りとの相乗効果で幸せな気分になる。

「わたしがいるんだから、もう他の天使は召喚しちゃダメだからね。浮気は禁止」

う~ん、それは約束できないな。

「返事は?」

とミカは俺の頬っぺたをつねってくる。

「イタタタタ!」

思わず叫んだ。この身長十五センチほどのミニマムボディのどこにこんな力があんだ? って思うほど、大の男につねられたような痛みを感じた。

「返事は?」

ミカはにっこり笑いながらも、手はすでにもう一度つねる準備をしている。

「はい!」

今度は素直に返事をした。また痛い思いするの嫌だもん。

……てこれ、俺の方が従順になってねーか?

ノックの音。

「拓真、何か声がしたけど、大丈夫?」

恵真の声だ。ヤバッ、ミカの存在がバレる。って一瞬焦ったけど、そうだ、こいつは恵真には見えないんだった。

「何でもない」

ドアに向かってそう返すと、

「ダー、誰?」

ミカが嫉妬に燃えた目で睨んできた。

「イトコの恵真だよ」

外に漏れないように小さく答えると、

「見て来る」

ミカはドアの方へ飛んで行く。

「見て来るってどうやって?」

覗き穴なんてねーぞ、と思って見てたら、ミカは開錠してノブを回し、自分でドアを開けやがった! マジでそのカラダのどこにそんな力があるんだよ。完全に油断してた。

外にいた恵真は、突然ドアが開いたことで驚いた表情を浮かべ、そんでもって俺が布団の上に座ってるもんだから、もう一度びっくりした。だって、俺からドアまで大股でも二歩ぐらいの距離はあるもん。

「どうやって開けたの?」

そりゃ、そう訊きたくもなるよな。空間的かつ時間的に整合性が合ってない。

「超能力、なんつって」

俺は笑ってごまかした。

「超能力?」

恵真は何か仕掛けがあるんじゃないかとドアの周りを見回す。ミカがその顔のまわりを飛んでジッと観察してから、

「ダーに全然似てなくて美形だけど、ホントに血は繋がってるの?」

疑いの目を向けてくる。悪かったな美形じゃなくて。

「そうだよ」

つい反射的にぶっきらぼうに答えちまった。

「え?」

驚いたのは恵真だ。

「あ、いや、そうだ、もうそろそろ出かける準備しなきゃだね」

俺は慌ててごまかした。

「うん」

恵真はもうすでにヘアメイクを終えていた。髪をポニーテールにしてるから首回りがすっきりしてて、端正な顔立ちが際立ってる。水色のアイシャドーは涼しげで、ピンクの口紅がキュートな魅力をアップさせてる。ミカが対抗心を燃やすのも無理ないな、こりゃ。

そのミカは両腕を組みながら不機嫌そうな顔をして俺の方へ飛んできた。

「ダー、顔がニヤケてる」

今は無視するんだ。自分にそう言い聞かせて、俺は視線を恵真に固定する。

「ねえ、この子にわたしの姿を見えるようにしてよ」

ミカは恵真を指差す。んなことできるかよ。十八禁ギリギリの格好をしたミカの姿を見せた瞬間、俺は恵真から変態の評価を受けることになっちまう。

「わたしももう着替えるだけだから」

恵真が部屋から出て行ったことで俺は安堵した。

「ダー、無視しないで」

ミカが頬っぺたをつねってきた。

「イタタタタッ! もうマジでそれなし。イッタタタ……」

あまりの痛さに涙が滲む。クソ、何だよこのバカ力は。

「ダーが無視するから悪いんだよ。ねえ、あの子にわたしの姿を見えるようにして」

「見えるようにしてどうすんだよ」

「このナイスバディを見せれば、負けを認めるでしょ」

ミカは腰に両手をあてて仁王立ちしながら、胸をぷるんぷるん揺らす。すげえエッチ。

……って見惚れてる場合か、俺!

「何だよ、負けを認めるって」

確かに恵真のスタイルは何つーか全体的にスッとしてるけど、さすがに身長十五センチの天使に対抗心を燃やすことはないだろ。

「マジで嫉妬なんてする必要はないんだから、恵真がいる時は変なことしないでくれよな」

疑わしげな目で見てくるミカを無視して、俺は着替え始めた。

窓の外は陽が強く照り始めていて、石畳はもうすっかり乾いてる。暑い一日になりそうだ。

「ダー、どこに行くの?」

ミカは机の上に寝そべり両手で頬杖をつきながら、両足を交互にゆっくり上下させる。まるで胸の谷間とお尻の肉感を俺にアピールするように。効果は抜群で目のやり場に困る。もし人間サイズになったら、同じ空間にいるのが憚られるぐらいエロいんだろうな、この小悪魔天使。

「パリの街巡り。ま、ほとんど美術館の中を見て回る感じだけど」

「ダーは芸術を愛しているんだね。絵も上手だし。こんなに魅力的に描いてくれた主、今までいなかった」

ミカは上機嫌で鼻歌をうたう。気分がコロコロ変わるんだな。

「今までの主って?」

何気なく質問したけど、魔導書の歴代の持ち主たちの名前を聞いて、

「ウソだろ!?」

耳を疑った。勉強嫌いの俺ですら聞いたことがある、歴史上の有名人の名前のオンパレードだ。しかも、独裁者として悪名を轟かせた奴らばっかり。ちょっと待って、この魔導書って、もしかして相当ヤバい代物なんじゃ……段々怖くなってきた。

「前の主のドイツ人も、若い頃に絵描きだっただけあって上手かったけど、ダーが一番上手」

そんなことを言ってミカは満足そうに微笑む。

「ちなみにそのドイツ人の願い事は?」

「世界征服」

「え?」

あれ? その願いは叶えられなかった。ミカは俺が考えてることに気づいたのか、

「他の魔導書をもつ人間が召喚した複数の天使によって邪魔された。そういう悪だくみは悪魔に頼んだ方が効果が強い。もし、あのドイツ人がサタンに同じ願いをしていたら、もしかしたら叶っていたかもしれない」

と説明した。マジかよ。あのサタン、そんなに強い力があるのかよ。つくづく損した気分になる。

ちょっと待てよ。

「他の魔導書って何冊ぐらいあるんだ?」

「いくつもある。いや、あった。今はどれぐらい残ってるのか知らない」

ってことは、叔父さんはとんでもないお宝本を持っていたことになる。それを、知らなかったとはいえ、無断でサタンとミカエルを召喚してしまったことに少し罪悪感を感じながら、俺は魔導書をパラパラとめくった。

「ここに載ってる天使と悪魔、全員が願い事を叶えてくれるの?」

魔導書には天使と悪魔がそれぞれ三体ずつ載っている。

「もちろん。三大天使と三大悪魔、それぞれが願いを叶えてくれる」

「三大天使と三大悪魔?」

「三大天使はわたしとラファエルとガブリエル。三大悪魔はサタンとベルゼビュートとアシュタロト。でも、ダーはわたしがいれば満足だから、他に召喚したりはしないだろ?」

ミカは俺の顔の真ん前まで飛んで来て圧をかけてくる。

「いや……」

「ダー、何か隠し事してないか?」

「実はもうサタンを召喚しちゃった」

「サタンを?」

と衝撃を受けた。ミカは、俺の顔を見つめたまま後ろへ飛んで行く。

「願い事は?」

「した」

「何て?」

「その、絵が上手くなりたいって」

「絵が上手く……」

ミカは呆然と自分自身のカラダを見つめる。

「そう。つまり、サタンのお陰でミカは、こんなに上手く描けたんだ」

「じゃあ、サタンなんかのお陰で、この美しさを手に入れたのか。ショックゥ……」

ミカは肩を落とす。そんなに嫌なことなのか? 何か悪いことしちゃったな。

「あのさ、天使と悪魔って、仲悪いの?」

「一緒の空間にいたくない。何で同じ魔導書の中に閉じ込められてるのかわからない」

忌々しそうな顔をしてでミカは魔導書を見る。

「普通は別々に閉じ込められてるものなの?」

「そりゃそうでしょ」

憤然とミカは答えるけど、魔導書の常識を俺が知るわけない。

「この魔導書の作者、頭おかしい」

……ん? そういえば、

「魔導書の作者って何者?」

「魔法使いに決まってるでしょ」

だからさ、一般常識みたいに言わんでくれよ。

ため息を吐くと外から、

「拓真、わたしはもう準備OKだよ」

恵真に呼びかけられた。

「わかった、すぐ行く! ってことで、もう出かけるから、くれぐれも邪魔しないでくれよな」

ミカに注意しながら俺は立ち上がる。

「約束はできない。ダーが変なことしようとしたら全力で妨害してやる」

疑わしげな目で見つめながら、ミカは俺のシャツの胸ポケットに入り込む。まったく重さは感じないから別にいいけど、恵真と一緒にいる時もこの至近距離で見つめられたら、絶対気になるよ。

「変なことって何だよ」

文句を言いながら部屋から出ると、白のタンクトップにジーンズのショートパンツを合わせた恵真が待ってた。さすがモデル。脚がめちゃ長くてスタイル抜群。正直、横に並ぶのに気後れする。

「ペチャパイ。貧相なお尻」

胸元でミカが毒づく。お前、ホントに天使か?

「拓真、あの魔導書も持って来てくれる? 時間があったら古本屋に寄るから」

「あ、うん」

部屋に引き返してバックパックに魔導書を入れながら思い出した。そうだ、この本は返却しなきゃいけないかもしれないんだ。こんなお宝本を? どうにか返却せずに済まないかな。せめて、残りの天使と悪魔を召喚して願い事を叶えてから返却したい。

俺は一応、魔導書を模写した紙も全部、スケッチブックに挟んでバックパックの中に入れた。部屋の中に置いておいて、叔父さんや叔母さんに見つかったら変態扱いされかねないもん。

「いいか、大人しくしてるんだぞ」

小声でミカに注意してから俺は部屋を後にした。


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