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HELL DIVER  作者: 山木 拓
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「黛主任、すみません今日の搬入なんですけど、業者連絡できてなくって…」

「え? いやそんなんすぐやれば済む話じゃん!? とりあえず各下請けに現場くる時間確認してお前のやれる範囲で調整してみな」

「すみません」


「黛、お客さんが現場進捗の視察対応ってやってくれる?」

「いつですか?」

「今日。昼の3時からなんだけど」

「あー、大丈夫です調整してやっときます」


「黛さん、申し訳ないんですけどB棟外壁の作業間に合わないかもです…」

「いやいや、そんな話されてもハイそうですかって答えられないよ」

「でも、その、鉄骨作業もなんだかんだ遅れてたし…」

「とりあえず忙しいから後で考えるわ」


 ………


「搬入の件、どうだった?」

「二つとも時間ぶつかってました」

「いや、それを調整しないといけないんじゃないの!?」

「えっと、前後に納品する現場あるからどうしても細かい調整は効かないらしくて」

「わかったよ、じゃあ朝礼やってるところと足場資材あるスペース開けてそこに荷物置こう。んでプレート関係は手で下ろせるだろ。職人さん手伝って3人でおろして、一台目のトラックはそれで終わり。二台目のはレッカーで屋上まで一気に運んでしまって終わりにしよう。そのあとプレート関係をその後移動な」


「黛、さっきのお客さんの現場視察の件なんだけど2時に着くらしいから対応しておいてもらって」

「わかりました。じゃあ所長できれば搬入手伝ってあげてもらっていいですか?」

「え、なにそれどうしたの?」

「いやちょっと荷下ろし急がなきゃいけないんで」

「まじ?」

「たのんます、頑張ってどうこうなる問題じゃないんで。人足りてないんです」

「えー、まじかぁ」


「外壁工事の件なんだけど、無理ならもう順番変えて。こっちとしてはここの外壁に配管とかダクトとかおろすし、同時進行で進めたいのよ」

「あー、でもここの外壁寸法に合わせたやつまだ準備してなくって」

「いや大丈夫でしょ。発注搬入含めても4日あれば持って来れない? A棟の時もそんなスケジュール感だったじゃん。てゆーか持って来れなくても下準備とかあるから同時進行で進めればいいじゃない」

「…わかりました」


   ………


 一日の仕事を終えて車で帰る前に駐車場で缶コーヒーを飲みながら、タバコを一本時間をかけて吸う。これが俺の至福の時。夜の静寂の中、車のエンジン音だけが鳴り響いている。誰にも邪魔されない空間は最高だ。こんなふうにダラダラ出来るのは、家族や友人のしがらみやコスパや時間のとられる趣味もなく、仕事に集中出来ている証拠。自分の人生を謳歌している感じがする。

 しかしそれにしてもこの現場、俺がいなかったらどうしてたんだ。所長はサボるし新入りは知識なさすぎるし、そもそも規模的に中堅もう一人いないと厳しくないか。いや、どのみち俺より仕事の早い奴がいない以上足手まといになるだけか。コミュニケーションとって人とやりとりして仕事を進めてるから煩わしいんだよな。全部が全部一人でやれたら楽なのに。まぁ、一人でやれない範囲があるから仕事を頼んでいるわけだから、これが仕事の難しいところなんだけども。

 そういうのを考えながら仕事していると、最近になって他人は信用しない方が効率が良いと気づいてしまった。仕事を任せても、どっかでミスを起こす前提で組み立てておく。計画通りにならないとさえ計画に組み込んでいく。この考えを持つだけで仕事でイライラする回数も減った。イライラしている時間は無駄だし、計画通り進まないのを嘆いても意味がない。こんな建設の世界で生きていくには喜怒哀楽に左右されている暇なんて無いのだから。


 タバコの火がちょうどフィルターまで来た。そろそろ帰ろうかと思ったその時、個人用の携帯電話に連絡が来た。スマホのロック画面には、「ごめん私たち別れたものだと思ってた」と表示されていた。どうやら俺は、たった今恋人と破局したらしい。しかし別にショックではない。一時の気の迷いで出来た恋人であって、正直最初から会うのも億劫だったぐらいだ、この結果は当然である。さらにもう一つ連絡が来た。「ほんと冷たい人だよね。なおさないとマジヤバいよ?」だと。冷たい人の方が冷静なのだから仕事する上では無駄がなくていい事じゃないか。


 頭を切り替えて、車を走らせようとしたその時。街灯もまばらな夜を吹き飛ばす光と、それと同時に大地が大きく揺れた。俺はそこで意識を失った。



  —————————————


 目が覚めると、そこは全く身に覚えのない部屋だった。病院に運ばれたか? いや、別に白いベッドが並んでいるわけじゃない。警察に保護されたか? いや、檻で閉ざされた空間でもない。では、誘拐でもされたか? いや、ロープで縛られているわけではないので違う。

 体を動かそうとすると、左手に痛みが走った。点滴が刺さっていたのに気がつき、躊躇いもなく抜き取ってしまった。不気味なほど静かだ、誰の気配もしない。不自然な静寂だ。部屋のドアが開いているのだが、通りかかる人も話声もない。


 ベッドから降りて周りを見渡すと、壁に顔ぐらいの大きさの丸い窓があった。窓の外には、青色が広がっていた。空の青色…ではなく、水の青色。水中ゆえの青色。窓の外には街並みはなく、樹木もなく、鳥が飛んでいるのも見当たらない。岩が転がっていて、海藻があって、魚が泳いでいる。


 いくら考えても、海の底にいるという結論以外は生まれなかった。


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