旅の仲間
今回は平和ですが、乗合馬車の旅には追いかけられて銃撃戦をやるイベントが付いてくるイメージがあります。
「この時期にザンダってことは、あれかい? 剣聖様目当てかい?」
「そうなんです! こんなチャンス絶対逃せないじゃないですか。スワロフ様にまつわる品がこんなに沢山集まるなんて、もう絶対ないですよ?!」
「おぅ、だよな! 俺もザンダのオークションなんていつもは参加しないんだけどな。今回だけは参加費払ってでも見に行こうと思ってな!」
「あのオークションは出てくるもの、お高いですものね」
ザンダに向かう乗合馬車の中、パトリシアは乗り合わせた商人風の男と意気投合して話し込んでいる。初めのうちは男に対して気を張っていたベルナルドも、今は緊張を解いている。
やたらと気安く近づいてくる男を疑ってみたものの、話している様子を見ればなんのことはない。単なる剣聖スワロフの熱烈な信奉者というだけのようだった。
「参加費もバカに出来ねーんだけどさ。品物確かめるっていう建前でじっくり見に行けるからな。嬢ちゃんたちもだろ?」
「ええ、目に焼き付けて帰ろうかと思ってます!」
パトリシアはその後もその男と剣聖の逸話を話題に話を咲かせている。楽しげな彼女の様子を優しい眼差しで見守るベルナルド。しかしその内心では、この二人の盛り上がりに驚きを覚えていた。
(剣聖 スワロフ。こんなにも民草の間で語り継がれる人物だったのだな)
街道をガタゴトと進む乗合馬車には、ベルナルド達二人の他にも乗客はいる。聞くともなしに耳に入ってくる会話は、剣聖スワロフの話ばかり。身なりの良いものそこまででもないもの、商人風から剣士風に至るまで。目を輝かせて隣の人間と話し込んでいる。
(剣聖など、味方でないのであれば厄介な存在でしか無いのだが……)
ベルナルドは一軍を預かり戦場に立つことになる身であったのだ。その立場から見る剣聖という存在は正直扱いに困るものだった。
普通に考えればどうあってもひっくり返ることの無いような戦力差、それをたった一人の剣聖の活躍によって容易に覆される。用兵という視点で考えるなら悪夢という他にない。
(特に厄介なのが、彼らは後からその存在が分かることだ)
剣聖のような存在が相手に居るならそもそも戦端を開くことはない。あるいは当方にもそれに並ぶ存在を引き入れる。その存在が分かっているなら戦力の計算で済むのだ。
しかしそうはならない。
剣聖、羅漢、賢者、聖女、そういった類の亜神一歩手前の存在たちは、あとからそこに在った事が分かるのだ。
あるいは、それに値する活躍をしてしまったからこそ、そう呼ばれると言ってもいい。
(そういう意味では、パトリシアの”大賢者の弟子”という立場は本来ありえないのだがな)
誰しもが知る偉大な功績を残して賢者と呼ばれるのだから、弟子入りしたからと言って賢者になれるわけがない。隣で楽しげに笑っている少女は、果たしてその矛盾に気がついているのだろうか? そしてユエールが半ば強引に彼女をそばに置いている、その理由も。
(まあこの分では、分かっては居なそうだな。相変わらず自分のことは鈍いのだから)
パトリシアは頭の回転が良いくせに、肝心なところで見落としをする。特に自分のこととなると点で気が回らない。その事を知っているからこそ、ベルナルドはまだこの関係が崩れることは無いだろうと思っている。
「ベルナルド様、なにか楽しいことでもありましたか? 顔がだらしなくにやけてます」
不意にかけられたパトリシアの声が、ベルナルドを思考の淵からすくい上げる。
自分は笑っていたのだろうか? 思わず頬をなでて顔を引き締め、ベルナルドは表情を取り繕った。
しかし、その真面目くさった様子がかえって面白かったのだろう。パトリシアはクスクスと笑い声を上げはじめた。
それを気恥ずかしく思ったのか、彼女のささやかなミスをベルナルドはあげつらう。
「パティ、ベルと親しみを込めて呼んでくれるっていう約束だろ?」
ベルナルドのザンダ行きは当然お忍びの旅なのだ。殿下などと呼びかけられるのは論外だし、本名を呼ぶことも本来避けるべきだった。出発前にもパトリシアとは話し合っていたはずなのだが、うっかりしていたらしい。
「いつそんな約束しましたか? 愛称で呼び合うような親密な関係では無いですよね?」
指摘されて短く息を飲む様子を見せたものの、素直に従う気はないようだった。
(そう言えば昔から愛称で呼べと言っては、命令でも無理ですと断られていたな)
ベルナルドとパトリシアの付き合いはそう短いものではない。もっと親しみを込めて呼んで欲しいベルナルドと、王族相手にそんな真似はできないと突っぱねるパトリシア。こういったやり取りはいつものことだった。
そしていつものように断られるベルナルドは、いつものようにささやかな仕返しをする。
「ひどいな、もう何年も一緒に住んだ仲じゃないか。共に眠れぬ夜を過ごして、朝は優しく起こしてくれてたじゃないか。今更そんな冷たいこと言うなよ」
「一緒って! 夜とか! 朝とか! そういう言い方しないで下さいって、お願いしてるじゃないですか! そういうの誤解されるからやめてくださいって、いつも言ってるのにっ!」
頬を赤らめたパトリシアは、小さな拳で隣の少年の肩を何度も打つ。その可愛らしい抗議をとりなすように、ベルナルドは気のない謝罪を繰り返す。
パトリシアが王宮で住み込みの侍女をやっていた頃、その仕事はベルナルドの専属の侍女だった。王宮で共に寝起きし、彼が夜ふかしをすれば寝るわけにも行かず、朝の身支度のために起こしに行くのは毎日の仕事だった。
だからベルナルドの言っていることそれ自体は間違いではない。しかし、それを深い仲だと誤解されるように公言するのは、いささかやりすぎだったようだ。
さながら若い男女の痴話喧嘩といった体で、むくれるパトリシアをベルナルドが必死になだめすかしている。
その様子が二人の気の置けない関係をかえって周囲に感じさせることに、パトリシアは気がついていないようだった。対してベルナルドはと言うと、困った素振りの中にも楽しんでいる気色が見える。
「いや、お似合いの二人だとは思っていたが、本当に仲が良いんだな……」
などと、先程の商人についには言われてしまい、もはやパトリシアは顔を伏せるしかなかった。
「まあね。こいつ、恥ずかしがり屋だから照れてるんですよ」
「あーなるほどね、まあでもそういうところがまた可愛いんだろ? 兄ちゃん」
「わかりますか!」
(もう、早くザンダに着いて欲しい……)
調子に乗るベルナルドの脇腹に肘を入れて黙らせながら、パトリシアはこの旅の先行きを危ぶんでいた。
☆やブクマで応援していただけると、元気になれます。
気に入っていただけたらよろしくおねがします。