王子と賢者と見習いと
今回の更新で主要キャラは揃ったかなと思っています。
それと、以前投稿した話を少し変更しました。
本文に改行の調整をいれて、あとがきに用語解説を付け足した感じです。
編纂局の執務室に、3人が気づかぬうちに一人の少年が入り込んでいた。銀白色の髪を丁寧になでつけた勝ち気そうな表情の少年は、月と獅子を象る王家の紋章を織り込んだ飾り布を上等な仕立ての服の上から掛けている。その出で立ちから、この少年の出自は伺い知れる。
名をベルナルド=ウィルラント=クタール、現国王 エトレ=アルテラント=クタールを父に持つクタール王国の第一子である。
第一子それも男子であれば、むしろ王太子と言うべきだろう。事実、昨年までは王太子であったこの少年は、現在その地位を失い単に第一王子と呼ばれるに留まる。現在は2歳年下の第二王子が彼に代わって王太子と呼ばれていた。
閑職である修史院の長に押し込められている彼は、編纂局に頻繁に入り浸っていた。大賢者 ユエールは彼の教育係の一人であり、気安い関係であったというのは大きいだろう。今日も今日とて暇をつぶしにやってきたところ、ベルナルドは3人が言い争いをしている場面に出くわしてしまったのだった。
「パティが一人じゃなきゃいいんだな、ユエール? じゃあ俺が一緒に行ってやるからそれでいいだろ?」
一方的に言い放ったベルナルドは誰を憚ることなく慣れた様子で室内を進んだ。そのままパトリシアの向かいの長椅子に腰をおろすと、言い争っていた3人をゆっくりと見回す。
「パティが行くっていうんだから、行かせてやればいいだろ? それより、お茶はまだ出ないの? もういつもの休憩時間だろ?」
さっきまで行くの行かないので揉めていた空気を気遣うことなく、すっかり寛ぐ気でいるベルナルド。その様子に「なるほど」と一つ頷いて、ユエールも少し前のめり担っていた姿勢を直して長椅子の背もたれに体を預ける。
「もうそんな時間になっていたのですね。パトリシア、お茶にしましょう。殿下の分もよろしくおねがいしますね」
「まってください。 なんで急に話がまとまったみたいな雰囲気になってるんですか?」
休憩しようとばかりに気の抜けた師匠の声に、パトリシアは少しばかり険のある声で応じる。
あれほど反対されていたのに急に話がまとまってしまった。しかも急に入ってきた少年の一声で。おまけに話は終わったとばかりに、お茶の支度を申し付けられる。
彼女が不満を覚えるのも無理もなかったが、ユエールは弟子の細やかな感情に頓着する質ではない。聞き分けのない弟子に言い聞かせるように語りかける。
「何故と言いましてもね。殿下の提案ですべて丸くまとまりますからね。話はこれまでです」
「あの、私の理解が追いついてないんでしょうか? どこが丸くまとまるんですか? 私、殿下と二人で旅をするなんて、絶対に嫌なんですけど」
「何を我儘言っているんですか? 貴女のザンダに行きたいという願いに殿下が力を貸してくれるのですよ? ほら、いつもより心を込めて殿下にお茶をいれて差し上げなさい」
「今日のお茶は特別か、楽しみだ」などと呑気に笑うベルナルドに不敬極まりない一瞥をくれてから、パトリシアはテーブルに手をついて身を乗り出す。内心のいらだちを隠そうとせずに、必死に言い募った。
「一介の平民の女に護衛で付いてくる王族など聞いたことがありませんし、王都に戻ったら不敬の罪で囚われでもしたらたまりません。本当に勘弁してくださいませ」
「そういうことなら気にすんなよ。失脚した俺のことなんて王族として気にかけてるやつはいないさ。いつも世話になってるパティの力になって上げたいのに、どうして分かってくれないかな?」
「そもそも、殿下と二人というのが嫌なのです。結局あれこれとお世話しないといけなくなって、気が休まらないではありませんか」
緊迫感がまるで伝わらない様子に力を落として、パトリシアはぽふりと長椅子に腰を下ろす。ささくれだった心を癒やしたいのか、手近なクッションを抱え込んで顔をうずめてしまった。
整えられた前髪の下から送られる疎ましげな上目遣いに、ベルナルドが少し傷ついたような表情を見せた。
一人黙って面白そうに様子を伺っていたグエンが口を開いたのはそんな時だった。
「パトリシア嬢のお気持ちが問題ということであれば、大賢者様。逆から攻めてはいかがでしょうか」
「なるほど、その手で行きますか。さすがはグエン殿、交渉はお手の物ですね」
恐れ入ります、と小さく頭を下げるグエンと、にこやかに笑うユエール。この二人が言葉少なに意思を通じ合わせた時、ろくなことにならないことを知っているパトリシアの顔がひきつる。
「どういうことだ?」
そんな中で呑気な声を上げるベルナルドに、ユエールはやけに畏まった様子で答えを返した。
「殿下、ザンダでのオークションの視察においでくださるようお願いいたします。助手としてパトリシアをおつけしますので、存分にこき使ってください」
悪辣な笑みを浮かべる大賢者の顔に、クッションが投げつけられたのはそれからすぐのことだった。
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