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そうだ旅に出よう

毎日投稿したいと思っているのに、数日置きになってしまうのですよね。

「お詫びといってはなんですが、貴方にハンカチをプレゼントしましょう」


「はい? あの、どういうことでしょうか?」


 師匠が耳元で囁いた言葉の意味を理解できず、パトリシアは思わず芸のない返事を返してしまった。目を瞬かせて小首をかしげる彼女を長椅子に座らせて、ユエールは噛んで含めるように言葉をかける。


「ですから、貴方がそれほどまでに熱中しているというのなら、その話題の品を手に入れて見ようかと。博物誌に載せる記事にまつわる資料の蒐集も編纂局の業務の一環ですからね。まあ貴方にプレゼントするのは流石に冗談ですが、それを見せてあげることは出来るでしょう」


「つまり、シアン夫人が剣聖スワロフの旅立ちを見送る際に贈ったというハンカチを、師匠は手に入れることができるとおっしゃるのですか?」


 少し眉根を寄せて「そんなこと、本当に出来るのでしょうか」と疑わしげな表情でユエールを見返す。ユエールはというと、人の悪い笑みで曖昧に頷くのみだったが、その疑問への答えは出入りの龍人商人からもたらされた。


「とあるオークションで、剣聖スワロフの縁の品が出るのですよ」


「オークション?」


 次から次へと出てくる新たな情報を前に、パトリシアは耳についた単語を聞き返すだけになってしまう。何事も卒なくこなす彼女が常には見せない姿を楽しむように、グエンとユエールは言葉を続ける。


「王都から少し離れたザンダという街があるのですが、その街では美術品から発掘品、由緒のある品などが取引されるオークションが定期的に開催されているのです。そこに剣聖スワロフ縁の品が出るという確かな情報を得ましてね。大賢者様のお耳に入れようと今日はこうして罷り越したのですよ」


「グエンには前から名のある武人にまつわる品が手に入る機会があるようなら教えてくれるように頼んでいるのですよ。我が国は隣のモルガナ神聖帝国といつ戦争になってもおかしくないですからね。名の知れた武具が手元にあればそれだけ兵部も喜ぶでしょう」


 何事もものぐさのユエールが国のために骨を折っているというのは、パトリシアにとって意外に思える。もっと言えば嘘くさく感じるのだが、こうして実際にグエンから情報がもたらされ、オークションに参加するという意思を見せるのだ。ユエールには自分の知らない隠れた一面があるのだという事を改めて認識する。


 正直すこし見直したという気持ちが心の片隅に芽生えたものの、それを素直に表にするほどパトリシアも大人ではない。まして普段のユエールもとても大人とは言い難い態度である。お互い大人になりきれない部分があって良いではないか。


 ユエールという人物について深く考えるのは今ではない。今は、剣聖にまつわる品々について考えることが先決。そう思い直してパトリシアはグエンに向き直って口を開いた。


「お話からすると今回のオークションには、例のハンカチ以外にも様々な品物が出品されるのでしょうか?」


「そうですね。私が得た情報では愛用の刀剣、具足、日用品などなど、かなりの点数が出品されるとか。これらの品々が世に出るに至った経緯については確かなことはわかりかねますが、彼の剣聖の終の棲家が見つかったのではないかでしょうか」


「オークションに参加すれば、落札できなくとも、これらの品々を見ることは出来る?」


「左様ですな」


 出入りの龍人商人はこともなげに言い切ってみせる。パトリシアはグエンという商人と込み入った事を話したことは今まで殆どなかった。そもそもユエールの弟子となってまだ日も浅いのだ。グエンが編纂局を訪ねた回数自体、片手で足りるほど。


(グエンさんは確かなことと不確かなことを不用意に混ぜてしまったり、誤って取り違えてしまったりはしない方のはず)


 それはユエールとグエンの間で交わされる会話に自席で耳を傾けて得たグエンという龍人に対するパトリシアの人物評だった。グエンがこうやって言い切るのであれば、出品される剣聖スワロフの品について、かなり正確な情報を持っているということなのだろう。パトリシアはそう結論づけて、ユエールに、自らの師匠に向き直った


「師匠、お願いがあるのです」


「駄目です」


「私、まだ何も申し上げておりませんが?」


 しかし、師匠はにべもない。そんな師匠の様子にパトリシアは不満げな様子を隠そうとしなかった。口をとがらせて頬をふくらませる仕草が愛らしい。常のユエールであれば彼女が貼り付けている淑女の仮面の綻びを、積極的に楽しげに突くところだ今回ばかりはそうしなかった。


「言わずともわかります。貴女自身がオークションに参加することは許可できません。ザンダはそれほど治安の良い街では無いのですよ。貴方のようなうら若い乙女に大金を持たせて一人で行かせることなど出来るわけがないでしょう」


「そうですな。パトリシア嬢のような人目を惹く女性の一人旅は、それだけでおすすめできないのですよ。まして此度はオークションに向けて大金を持ち歩かねばならないわけです。とてもお勧めできませぬ」


 ユエールの言葉にグエンも同調して深く頷く。お得意様の大賢者に阿っているわけではない。単純に町と町の間の移動が危険であることを知っているからだ。野党や魔物、危険な動物が襲ってくる事を知っているのだ。辺境に比べて王都の周辺は比較的安全とはいえ、無策でいられるほど安全であるとは到底言えないのだ。


 それに加えて、オークションのような大きな金が動くようなイベントがあれば街はそれだけ危険な場所となる。そこに集まる人間の懐を狙って良からぬ人間もまた集まるのだ。それを知っているからこそ、オークションに参加することを止めるユエールの判断はグエンにとっても当然と思えるのだった。


「一人が駄目だというのであれば、師匠が一緒に来てくだされば良いのでは?」


「僕は王都を離れることが出来ないのを知らないわけではないでしょうに」


「じゃあ誰がオークションに行くんですか? 私が行くしかないではないですか?!」


「そこは手前どもが代理人を紹介しますので……」


「代理人だと手数料取られるではないですか。編纂局の予算を無駄にしないためにも私が行けば!」


 どこか意地になってオークションに行くという少女を、大の大人が二人で止める。普段の穏やかで落ち着いた編纂局の雰囲気とは打って変わった様子だった。


 3人の言い争いは泥沼の様相を呈していて、いつ果てるともないと思わせるものだった。しかし、その終わりは唐突にやってきたのだった。


 くつくつと笑いを噛み殺しながら、若い男性の声が響く。


「パティが一人じゃなきゃいいんだな、ユエール? じゃあ俺が一緒に行ってやるからそれでいいだろ?」


ちょっとでも気になったかも?という方は、ぜひ気になり具合を☆でお願いします。

もし続きが気になったなら、ブクマをしてみてください。

====

◇博物誌 拾遺録・抄◇

モルガナ神聖帝国もるがなしんせいていこく


クタール王国が国境を接する国家の中で、最も新しい国家。モルガナ王国の王子であった サバストリア=ウルク=モルガナ が王位を得てから周辺の国家を糾合し、一代でその版図を広げ帝国を成した。在位数十年を経てなお衰えないサバストリア帝は、陽の亜神を母に持つ超常の存在であると噂されている。

 

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[一言]  とてもディクションが深くて読む度に「私ももっとこんな風に物語れたら」と嫉妬と憧憬を抱きます。  難しい性格の少女の少女らしさはどうしてこうも胸が高鳴るのか(ウチの主人公と正反対w)、心を…
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