繰り返す祈り
ゆっくり書いていきます。
カーテンの隙間から溢れる柔らかな朝の光。鳥のさえずりが今日も良い天気だと告げていた。ゆっくりと寝台から身を起こすと、ぼんやりと薄い霧のかかったような意識が少しずつはっきりとしてくる。寝起きで少し強張った身体を解しながら、枕元に置いていたソレを手に取る。
「今日も一日あなたの身が健やかでありますように」
掌の中のその感触を確かめて目を閉じれば、自然と祈りが唇からこぼれてくる。もう幾度となく繰り返したこの祈り。何度でも繰り返したところで変わらない、祈りに込めた想いをゆっくりと確かめる。
(これを私と思って肌身はなさずお持ちください)
思い切って差し出した手の中のものを、あの時そっと受け取ってくれたあの人の表情。あの人にしては珍しく照れくさそうに微笑んでいたその眼差しは、今でも瞼の奥にしっかりと焼き付いている。その光景は、その情景は、何一つままならない身である自分の、決して奪われることのない珠玉だった。
(あの人と過ごしたあのひと時があったから、いつだって顔を上げて真っ直ぐに生きていける)
お返しにとあの人が差し出してくれたものは、あの人と自分を今でもつなげる縁だ。それを掌に握りしめ、時折にでもその便りを耳にできればそれで十分、そう言い聞かせて日々を重ねてきた。あの人に毎日の祈りが届いていたと実感できるその一瞬があれば幸せだった。
(それ以上を求めてしまうのは、きっと贅沢というものなのでしょう)
近頃すこし胸のうちによぎる寂しさは、この清々しい朝には似つかわしくないものだ。頭を振ってその小さな感傷を追い出すと、寝台からおりてひんやりとした床に足をつける。窓を開ければ鳥の声が告げたとおりの青空。
(今日も良い一日になりそうですね)
王国を守護する星の神王の眷属たる亜神に祈りを捧げながら、今日一日をどう過ごそうかと思いを巡らせる。人は思い出の中だけで生きて行くことを許されない。今日を積み重ねて明日へと向かうのだ。
(そして今日を明日へ積み上げるためには、今日の問題としっかり向き合わないといけませんね)
衣装棚を開けて身支度を整えながら、今日の予定を順に思い浮かべていく。代わり映えのない日常を回すための取り立てて特別なことのない予定ばかりだけれど、少しばかりの楽しみもあるかもしれない。そういうささやかな楽しみを糧にして、今日も一日頑張って行けそうに思えてくる。
整えた身支度を最後に鏡で確認する。大丈夫、今日もつつがなく胸を張って過ごしていける。鏡にうつる自分に向かって深く頷いてみせる。
そして最後にもう一度、祈りを口ずさんだ。
「私の祈りがあなたを危難から遠ざける護りとなりますように」
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