第9話 小さな恋敵
「ハルト。こんなに素敵なところに連れて来てくれて、ありがとう。私すっごく嬉しい。」
彼女は満面の笑みでそう言う。
「お前が気に入ったんなら、これから何回だって連れてきてやるよ。」
「うん。約束だよ?」
ふふっと満足気に笑いながら彼女は、木の幹を背もたれにして座っていた俺の隣へと来る。
草の上についた俺の右腕を抱きしめる様にしながら、彼女も腰を下ろした。
俺達は大きな木の下にいる。
見渡すと辺り一面は、花々で埋め尽くされた大地で、ここだけが少し盛り上がった丘になっている。
丘の中心には、一本の大きな木が花達を見守る様にそびえている。
この、ローエングランツ王国でも屈指の景色が見られるスポットだ。
「私、あなたに会えて良かった。」
幸せそうに笑みを浮かべる彼女は、もう以前の中二病の面影などは、微塵も感じさせないフローラだ。
「それにしても、変な話し方はやめたんだな?」
「だって……ハルトがどんな私でも受け容れるって、言ってくれたから……。やっぱり、子どもっぽい私は嫌い……?」
「そんな訳無いだろ。それに、お前は自分が思ってるより大人だぞ。確かに、見た目や声は実際よりだいぶ幼く見えるところはあるけど、人に対する気遣いや思い遣りは、時々すごく大人びて見える事があるよ。」
「えへへ……そう、かなぁ……?」
嬉しかったのか少し頬を赤らめて俯きがちになるフローラ。
その頭を優しく撫でてやると、彼女は俺の方へ身体を預けてきた。
頭を傾けて俺の右肩に密着させた彼女の、確かな温もりを感じる。
フローラは、元々自分が子どもっぽく見られる事を気にしていて、少しでも大人っぽく見せる為に、あの似合わない話し方をしていたらしい。
何故、彼女の中での大人っぽいに中二病が付随してきたのかは、さっぱり謎だったが……。
本来の素直な性格で接して来るようになったフローラは、控えめに言っても、とても可愛い。
しかも、彼女は俺に好意を向けてくれていて、よく甘えてくるものだから、俺もいつしかフローラの事を仲間以上の存在として見るようになっていた。
「ハルト……。」
そう言って、顔を赤くし、少しだけ目を潤ませて俺の瞳を見つめるフローラ。
彼女は、一度心を許すと意外にも積極的で、甘えん坊な女の子だった。
今の彼女は……
これはキスをして欲しいときの仕草だ……。
「……こんな外でなんて、もし誰かに見られたらどうするんだ?」
「見られてもいいよ。私はハルトの事が好きだもの……。」
自分で言って少し恥ずかしくなっているようだ。
あまり焦らすのも可哀相だな。
「ハルト。好き。」
「俺もだよ。」
肩に優しく手を置き、幸せそうな表情をした彼女の唇に、俺は────
そんな風になりそうな気配は1ミリもありません。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「さあ、今日もクエストに行くわよ。今日は、街周辺で1番強いと言われている【トロール】を討伐しに行きましょう。天に力を与えられし我が身にとって、どれ程の好敵手となるのか。フフフ……天界の意思が我が魂に命じているわ……!」
そう言って怪しげに笑う少女、フローラが仲間になって早一週間。
俺達のパーティーは今までの4ヶ月半、モンスターを倒せなくて困っていたのが嘘のように、順調にクエストをこなしていた。
これは一重に、攻撃スキルを持ったフローラがパーティーに加入してくれたおかげだ。
まだ仲間になっていなかった彼女と一緒に、初めてクエストに行ったあの日。
帰り道で彼女の年齢を悪い方に外し、めちゃくちゃ怒ったフローラに許しを請っていたら、パーティーに入れてくれなきゃ、これから俺を見つける度にファイアボールを撃ちまくると、大変危険な事を仰るので即座に彼女のパーティー加入を認めた。
というか、フローラが成人している事が分かり当初の問題が解決した以上、パーティー入りを断る理由は何も無かった。
むしろ、彼女のような優秀な魔法職はこちらとしても喉から手が出るほど欲しい存在だったので、願ったり叶ったりだったりする。
逆にどうしてフローラが、俺たちのパーティーに入りたかったのか不思議だったのだが、よく考えてみると彼女の容姿だ。
俺達のようにどのパーティーも年齢を理由に、パーティー入りを認めてくれなかったのかもしれない。
まあ単純に、俺もソラも17歳という冒険者の中でも相当若い部類のパーティーなので、フローラも気軽に声を掛けやすかったのかもしれないな。
どちらにせよ、今の俺達は魔法職という強力な武器を手に入れ、順風満帆に冒険者活動を行っているところだ。
今のパーティーのレベルは、フローラが8、ソラが7、俺が8になっていた。
元々、俺が一番レベルが低かったのだが、どうやらクソ女神の加護がちゃんと働いているらしく、気付けば一番レベルが高かったフローラと並んでいた。
この周辺では、もうこれ以上レベルを上げるのが難しくなってきたので、そろそろ次の街へ行く事を考えている。
クソ女神がくれた地図に記されたルートによれば、次の拠点は【ノーム集落】と呼ばれているところだ。
どうやら森の中を切り拓いて出来た、街というよりは、村の様なイメージの場所らしい。
そして、ノーム集落には【初心者ダンジョン】があるのだ。
このローエングランツ王国には4つのダンジョンが存在し、その中でも一番難易度が低いが故に、付けられた名前だぞうだ。
駆け出しの俺達にとっては、もってこいの場所だし、ダンジョンを初踏破すれば大きな経験値が得られるので、是非とも挑戦しようと思っている。
そんな事を考えつつ、トロールかぁ、と話を戻そうとしていると、
「お姉ちゃん!」
俺達の座っているテーブル席の方へ、声が掛けられた。
そこにいたのは、およそ冒険者ギルドには相応しく無い少年だった。
「アドル君!久しぶりだね!どうかしたの?」
そうアドルという少年に返事をしたのはソラだ。
ん?
あー、どこかで見覚えがあると思ったら、ソラがヒールを使えるようになった日に、助けてあげてた子か……。
そう言えば、ソラと一緒によく公園でクルッポにエサをあげていたお爺さんの、孫だとかって彼女が言っていたのを思い出す。
お爺さんの家に何度かお邪魔していたソラが、一緒に遊んであげていたらしい。
「あの、お姉ちゃんって冒険者なんだよね?ちょっとお願いがあって来たんだけど……。」
そう言ってから、気づいた様にアドル君が俺へと視線を向けてきた。
「ああ、俺はソラのパーティーメンバーでハルトって言うんだ。そしてこっちの金髪のちっこいのがフローラ。よろしく、アドル君。」
笑顔で挨拶をする俺にフローラが「フフ……裁かれたいのね?天縋を下されたいのね?」と不気味な声で言っていたが、中二病が伝染るといけないので無視した。
「……あんたが、ハルトってヤツか。お姉ちゃんを誑かしやがって!」
衝撃の反応に時が止まりました。
ん?
どゆこと?
俺、なんで初対面の男の子に罵倒されてるの?
「ちょ、ちょっと、アドル君!?な、なにを言ってるの!?」
「……アドル君。君は何か勘違いしているみたいだけど、俺とソラは事情があって一緒にパーティーを組んでいるだけだ。誑かした事なんて一度も無いぞ?」
「うるさい!言い訳するなよ!大人だろ!お姉ちゃんは家に来た時はいっつもおまえの話をするんだよ!おまえみたいな軟弱そうなヤツを、美人のお姉ちゃんが気にする訳が無い!何かしたんだろ!」
「ちょーっと!!アドル君、ストップ、ストォッップ!!ハルトの事はそんなに話した事無いよ!前に一度、冒険者の話になった時に言ったくらいだよ!」
そういう事らしいが……。
「何かって……。何もしてないぞ。強いて言うなら、働けないポンコツお姫様の為に、俺が代わりに生活費を稼いでいたくらいだな。」
それも最近はフローラの加入により、クエストが順調に進められる様になったので、バイトをする必要が無くなったので、今は本当にソラに対しては何もしていない。
「ふん。どうだか。……それより、お姉ちゃん。さっきも言ったけどお願いがあるんだ。今から僕の家に来てくれないかな?」
「えっと、今から?」
くるりと俺の方へ確認の視線を向けてくるソラ。
「うーん。まあ、最近は毎日クエストに行ってたからな。今日くらいは、休んでもいいんじゃないか?」
フローラの方を見ると、渋々ながら納得しているようだ。
……いや、この様子じゃ納得はしてないな。
「うん、分かった。アドル君、じゃあ、今から一緒にお家に行こっか!」
「うん!ありがとう!」
嬉しそうに返事をするアドル君。
「……それから。二人はお姉ちゃんのパーティーメンバーなんだよね……?それなら、二人にも一緒に来てほしいんだ……。」
さっきまで俺に噛み付いていた手前、お願いをするのは気が引けるのか、決まりが悪そうに言うアドル君。
でも、俺達にも来てほしいって……
なんで??
……まあ、特に予定も無いから、別に良いけど。
「分かった。俺達も一緒に行くよ。」
それに誤解とはいえ、子どもに敵意を向けられるっていうのは、結構心に来るからな。
少しでもアドル君と仲良くなって、勘違いを正したい気もする。
そうして俺達4人は冒険者ギルドを後にし、アドル君のお家へと向かった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「え、デカくね?」
アドル家……というかアドル邸は俺が想像していた家の5倍くらいはデカかった。
白い塗装は、目立った汚れなどどこにも見つけられず、広々と芝生が広がる庭の中心には噴水が置かれていた。
アドル君が玄関を開けて中に入ると、お手伝いさんのような人が出迎えて「おかえりなさいませ」とお辞儀をする。
広々とした玄関で靴を脱ぎ、来客用のスリッパに履き替えて長い廊下を進む。
廊下の壁にかけてある絵を見ながら、ふと俺は不安に思った事をソラに問う。
「ソラ……何度かこちらのお宅にお邪魔しているみたいだけど、お前、何かやらかしてないだろうな……?」
「やだなぁ、ハルト。ハルトは私の事何だと思ってるの?私だって、ちゃんとするところではちゃんと出来るんだから!ハルトが心配するような事はしてないから、安心して!」
それを聞いて、ホッと胸を撫で下ろす俺。
というのも、何故、俺達がこの家に呼ばれているのかという事を考えた時に、ソラがまたポンコツを発動して、与えた不利益の責任を取らされるんじゃないか、と思ったからだ。
でも、ここまでソラが自信を持って言うんだったら安心していい──
「あー、でも、この前遊びに来た時に、花瓶を割っちゃったかな。そうそう、この花瓶の色違いのやつ!」
そう言って、廊下の壁に沿って設置された棚の、上に置かれた花瓶を指差したソラ。
………………めちゃくちゃ高そうじゃん。
「……。」
「……。」
俺とフローラは二人で視線を合わせると、どうやらお互い同じ事を考えていたらしい。
「あれ?二人ともどうしたの?」
「ソラ、俺はこれからフローラと二人で旅をすることにした、そんじゃなっ!」
「ソラ、強く生きなさいっ!」
俺とフローラは全速力で逃げ出そうとした。
しかし、どこにそんな瞬発力が眠っていたのか、俺達はソラに腕を捕まれ引き留められた。
「ちょ、ちょっと!なんで!なんでそんな酷いこと言うの!ヤダヤダ!置いてかないでぇ!ふえぇぇえん!!」
「うるさい!お前のせいで俺達の人生まで詰むかもしれないんだぞ!分かったらこの手を離せ!」
「分かんない!分かんないよ!なんで急にそんな事言うの!」
ええい、強情なポンコツめ……!
「着いたよ。ここがお爺ちゃんの部屋だよ。」
そうこうしている内にタイムリミットが来てしまった。
背中に冷たい汗が流れる。
……覚悟を決めるしか無いか。
最も美しい土下座の事を頭で考えながら、俺達はお爺さんの居室へと入った。
「失礼します。」
「やあ、よく来てくれたね。」
そこには、老人という言葉が似合わない程に若々しい印象を持った、初老の男性がベッドに座っていた。
「お初にお目にかかります。冒険者のハルトと申します。ソラがいつもお世話になっています。そして、こちらが同じくパーティーメンバーのフローラです。」
凛とした男性に対して、自然と丁寧な物言いになってしまった。
フローラも折り目正しくお辞儀をしている。
「こちらこそ、ソラ君にはしがない老人の相手をしてもらって、それに孫にも良くして貰っているからね、感謝しているよ。」
穏やかな笑みを浮かべ、言葉を続ける初老の男性。
「ハルトくんにはいつか会ってみたいと思っていたんだ。ソラくんから、話は聞いていたからね。」
「ちょ、ちょっと、ジークさん……!」
ソラが初老の男性、ジークさんに駆け寄り、耳元で何かしら話している。
それより、あのポンコツは一体俺の何の話をしているのか……。
アドル君だけではなくジークさんまでもそう言うのなら、冗談では無いのだろう。
ソラの話が終わったのか、「そうか。悪い事をしたね。」と小さく言ったジークさんは、俺に向き直って話を続けた。
「わたしがアドルに言って、君達を連れてきてもらったのだが……。」
さあ、運命の瞬間です。
勝負は一瞬。
美しい土下座とは、タイミング、姿勢、表情に加えて、声のトーン、言葉の選び方、アクセントなどが渾然一体となって混ざり合い、一つの芸術として昇華した時に、その意味を全うする行為。
その場の空気と状況を完璧に把握し、超集中状態に入って初めて完成する究極の技。
もはや土下座はスポーツと言って過言ではないだろう。
「率直に言うが、私は病を患っている。」
「え?」
おっと……いかんいかん。
土下座に集中しすぎて、予想外の言葉に変な声が出てしまった。
「病気……ですか?」
「そうだ。私は若い時、君達と同じように冒険者をやっていてね。その際に、魔力を酷使する場面が続いた事があるんだが。それが原因となって、魔力が自分の意志とは無関係に放出される病に罹ってしまったんだ。【魔過病】というものなんだが。今まではあまり気にする程の事では無かったのだがね。最近はどうも悪化してきているみたいで、体調が優れないんだ。」
「なるほど……。」
「特効薬となる花が最近は全く流通していなくてね。この街近くの森の奥地に咲いているんだが、【グレートウルフ】というモンスターの縄張りになっているせいで、中々近づけないんだ。一応、クエストを出してはいるんだが、駆け出し冒険者の街だけあって引き受けてくれる者がいなくてね。」
ふーむ。
取り敢えず、ポンコツ姫のせいで人生詰まなくて良かった。
そして何となく、話の流れは読めたぞ。
「そこで、最近メキメキと力を付けているパーティーの話を聞いたんだ。それが君達さ。君達なら出来ると踏んで依頼したい。その花、【魔宵花】を取って来てはくれないか?」
報酬を出し惜しむつもりは無い。と付け加えるジークさん。
とは言ってもな……。
確かに俺達はフローラの加入によって、最近急激にレベルが上がっている。この街ではもう上がらないくらいには。
しかし、グレートウルフは違う。いわば、この街周辺のボスモンスターみたいなものだ。
誰もクエストを引き受けたがらないのも、危険が高いからだ。
ソラによくしてくれている人が病気だと言うことで、助けてあげたい気持ちはあるが、俺はそれ以上にソラとフローラを危険な目に遭わせたくない。
申し訳ないが、ここはお断りさせて貰おう。
「すみま……」
「お引き受けするわ。」
「おお!本当か!わたしもいい年ではあるが、もう少し孫の成長を見届けたかったのも事実。君達が引き受けてくれるのであれば、それも叶うだろう。心から感謝する。」
あれー?
もう絶対断れない雰囲気になってるぞー?
…………。
この中二病がーー!!人の気も知らずに!!
……ん?
てかコイツ、てっきりお爺さんの為を思って引き受けたんだと思ったが、違うな。
……だってほら、目が輝いてるし。
グレートウルフと戦いたくて仕方ありません。って顔に書いてあるし。
まあそうだよな……コイツ仲間になる前に、俺が魔王を倒す目的があるって事を伝えた時、「天命だわ……!」とかいって泣いて喜んでたくらいだもんな……
やっぱりコイツを仲間にしたのは早まったか?
今からでも街の児童保護施設に預けにいくか?
「それではよろしく頼んだよ。報酬は期待以上の物を用意すると約束しよう。」
そういう訳で、ハロの街のボス戦が決定しました。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
玄関で靴を履き替え外に出ると、敷地の入口の前でアドル君が待っていた。
「アドル君。お爺さんの病気に効く花を採ってくる事になったよ。そしたら、お爺さんもきっと良くなるよ。」
俺は、ジークさんの病気を心配してアドル君がここにいるのだと思ったから、安心させるようにそう口にした。
「うん知ってる。僕も一緒に行く。」
トンデモナイ事を言い出した。
「いやいや、それは無理だ。冒険者でも無い人間を危険な場所には連れていけない。」
「僕はお前が嫌いだ。」
うっ……。
子どもに嫌われるのって結構傷付く……。
というか何でだ?
俺は今日この子とあったばかりで、何も嫌われるような事はしていないぞ。
「ハッキリ言っておく。」
アドル君が続ける。
「お姉ちゃんと結婚するのは、僕だ!!」
またしてもトンデモナイ事を言い出した。
お読み頂きありがとうございます。
ここまで毎日更新して参りましたが、一旦プロットを練り直し書き溜め作業を行う為、少しの間更新が止まります。
再開後は毎日更新、今と同程度の一話分の文量で、本編200話・AfterStory100話まで描く予定です。