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第7話 純白の天使




「ハルト……大丈夫?」


「ああ、ただの風邪だ。心配かけて悪かったな。」


 部屋のベッドに横たわる彼は、こんな時でも私を気遣ってくれる。


「ハルト……。」


「ん?」


「……いや……早く良くなるといいね。」


「……そうだな。バイトも急に休んじゃったし、明日には治して働かないとな。」


「だ、だめだよ!お医者さんにも、疲労が溜まり過ぎてるから、少なくとも3日は安静にしなきゃって言われてるんだから!」


「そうは言っても……貯めていたお金も、そんなに余裕ないだろ?俺が働かないと……」


「私が働くから!!」


 思わずそう言っていた。


「え……?ソラが……?ポンコツ姫のお前に、仕事なんて出来るのか……?」


「ポンコツ姫じゃないもん!」


 自分がドジで、不器用で、頭が良くないのは分かってるけど、人からそう言われるのは嫌だ。


「大丈夫だよ!私だって、やれば出来るんだから!」


 ハルトが珍妙なモノを見る目で私を見る。


 むう……。

 私だってバイトくらい出来るもん! 


 と言いたいところだけど……


 実際に私が元の世界でバイトをしていた時のお話し。


 ファミリーレストランで働いていました。

 開始早々、割った皿の枚数は数知れず。

 いい雰囲気になっていたカップルの女の子に、頭からスパゲティをぶちまけました。

 仕事中のダンディなおじ様の顔に、コーヒーをかけてヤケドを負わせました。

 この娘にホールは任せられないという事で、キッチンに回りましたが、火をかけっぱなしにして危うくお店を消失させるところでした。


 その他にもお店に数々の伝説を残した私は、その後満を持してクビになりました。


 最後の方なんて、店長は私が出勤する死神と出会ったとでも言う様な、恐怖の表情を浮かべるまでになった。


 でも……私だって好きでそんな事してないもん!


 私だって他の人に迷惑なんてかけたくないけど、どれだけ気を張っていたって、ドジは発動してしまうんだ。

 だから私にはお仕事は務まらないんだと思うようになった。


 だけど……今はそうも言っていられないから……

 今までずっとハルトは私の分まで、頑張ってくれてたから……


「ハルト、心配しないで!ハルトが休んでる間、私がちゃんとお金を稼いでくるから!」



 そう言って部屋を飛び出し、バイトを探しに出掛けた。

 しかし、街の職業案内所に話をしにいくと、身元も知れない私に仕事を探すのは難しいと言われた。


 はぁ……ハルトは凄いな。

 すぐにお仕事を見つけて、働いて、お金を稼いで。

 私はもう躓いてしまったよ……。


 でも……

 ハルトが床に伏している今、私が諦める訳にはいかないから!


 その後、雇ってくれる場所を探して街を彷徨ったのだけど、私を拾ってくれるところは見つからなかった。


 そして、そろそろ貯めていたお金が尽きそうな4日目。

 お医者さんの想定よりもハルトの体調は悪く、まだまだ辛そうにしていた。


「……よし……もう風邪は治ったな……体調も、もう大丈夫だから……今日から仕事に行ってくるよ……」


「ダメだよハルト!!全然、大丈夫そうに見えないよ!!」


「いや、ここ最近ずっと寝込んでいたからな……。起き上がるのが辛いだけで、一度活動してしまえば何てことは無いから……。」


「ダメだよ!まだ安静にしてなきゃ!……ごめんね……私が頼りないから……ハルトにばっかり迷惑かけて……」


「何言ってるんだ?ソラのせいじゃないよ。俺一人だったとしても働かなきゃ生きていけないんだ。風邪を引いたのも自分のせいだ。ソラが謝ることじゃない。今日は本当に体調が良いんだ、仕事くらい余裕でこなせるさ。」


「駄目!!ハルト……私バイト始めたから!今日の宿代だって、私が稼いだお金で払ってるの!だから……大丈夫だから……ハルトは心配しないで休んでて……?」


「本当か!?あのポンコツ姫が、本当にバイトを見つけられたのか!?」


「ポンコツ姫じゃないもん!」


「……分かったよ。そこまで言うなら、ありがたく休ませて貰うよ。…………ありがとな、ソラ。」


「……!……うん。」


 安心したハルトの笑顔を見て、チクリとした痛みを感じる。

 なぜなら、当然バイトは見つけられていなかったから……。


「じゃあ、私はお仕事に行ってくるね……。」


「おう。ソラ、気を付けてな。」


 見送るハルトの優しい顔に、胸がきゅっとした。


 なんでハルトはこんな私にいつも優しいのだろう。


 怖くて……

 こっちの世界に来て……何もかも怖くて……


 この世界で生きていく事から逃げ続けていた。


 どうして……

 見限らずにいてくれるのだろう……


 ハルトが必死に働いているというのに、私は何もしなかった。

 魔王を倒すという目標を本気で達成しようとしているハルトに対して、クエストでも足を引っ張り続けた。



 刃物を持った男が……以前、私に一目惚れしたって告白してきた男が……明らかに私を殺そうと襲い掛かってきたあの時も。



 私は怖くて何も出来なかった。

 

 なのに……

 ハルトは無関係な私を、自分を犠牲にしてまで守ってくれた……



 ハルトはどうしてそこまで、人に優しくなれるのだろう。

 


 分からない……

 私には出来ないから……



 でも、それでも、



 そんな優しいハルトが辛い思いをしてる時くらい……絶対……!私が助けてあげなきゃ……!






◇◆◇◆◇◆◇◆◇






 そうして私は冒険者ギルドにやってきた。

 昨日までと同様に、働ける場所を探し続けたとしても、見つかる可能性は低いと思ったから。


 仕事が見つけられないのなら、バイトじゃない方法でお金を手に入れるしかない。


 そう。

 入れてくれるパーティーを見つけて、クエストに行くんだ!




『レベル1だと?フザケているのならば、他を当たってくれ。』



『ん?パーティーに入れて欲しい?悪いねぇ〜〜。アタシ達も駆け出しの子を構ってやれる程、暇じゃ無いんだ。』



『あぁ?一緒にクエストに行きたいだぁ?誰がてめぇみてぇなやつ……いゃ、ちょっとまてぇ。おめぇ、今夜俺の宿に来いよぉ。そしたら、一緒にクエストにいってやっても……おぃ、待てコラァ!!』




「ふぇ……ふえぇぇぇえん!!」


 怖いよぉ……

 冒険者の人達、怖いよぉ……


 冷静になって考えると当たり前だけど、私の様な、なんの取り柄も無い駆け出しの冒険者を入れてくれるパーティーなんて、どこを探してもいないんだ。


 うぅ……ハルトのいるお部屋に帰りたい……

 でも……今日もお金を稼げなかったら、また公園で野宿しなきゃいけなくなっちゃう……!

 体調の悪いハルトを外で寝かせるなんて、絶対ダメ……!


 そんな事を考えていると、ふと視線を感じ、後ろを振り返ると、端っこの方にある、テーブルと共に置かれたイスに腰掛けている、女の子と目が合った。


 ……かわいい……お人形さんみたい……


 長い金髪の小柄な少女。

 肌は透き通る様に白く、大きな蒼い瞳は強い庇護欲をかきたてる。

 真っ白なドレスの様な服は、愛らしい彼女の姿を一層可憐に引き立てている。


 ……でも、あれは……なんなんだろう?


 そんな彼女とは似つかわしくない、左目だけを隠している黒い仮面と、右腕に巻かれた黒い包帯が異様に目立っていた。

 更に、テーブルに置かれているのは、彼女の物であろう、真っ黒な分厚い本。

 どうしても彼女の容姿とは結びつかず、不思議な印象を受けた。


 隠された左目と右腕……

 何かの病気にかかってるのかな……?


 考えていても分からないので、その思考は一旦おいておく。

 何故なのか彼女は、今も私の事をじーっと見つめているんだ。


 私より5つくらい幼く見える少女は、冒険者の子供だろうか?

 親がクエストを終えて帰ってくるのを、ここで待っているのかもしれない。


 ふふっ……可愛い子だなぁ。


 先程、怖い冒険者に脅され萎縮していた私の気持ちが、少し回復していた。


 よし……行こう……。


 私は気持ちが変わらないうちに、冒険者ギルドを出た。



 



◇◆◇◆◇◆◇◆◇






 街の外に出て10分程歩いたところだろうか。

 4日前にハルトと共に、クエストを受けた場所へと向かっていた。


 そう。

 レッサーグーパンを討伐する為に。


 街を出る前に、3000ミラで買える安物のダガーだけ購入して、ここまで歩いてきた。


 バイトが無理なら、クエストを受けるパーティーを探せば良い。

 パーティーが見つからないなら、一人でモンスターを倒せば良い。


 誰にでも分かる簡単なこと。


「あ、いた。」


 視界に本日初の、レッサーグーパンの姿を捉えた。


「よし……。」


 同じレベル1のハルトだって倒せたんだ。

 私だって頑張れば、レッサーグーパンは倒せるはず。

 それに、私はヒールも使える。

 危なくなったら、回復する事が出来るのだから、そんなに心配する事は無い。


 よし……行こう……


 覚悟が変わる前に、ダガーを抜いて走り出す。


 私に気付いたレッサーグーパンが牙を剥き出しにして威嚇して来たけど、お構いなしに突っ込んだ。


「やぁ!」


 ダガーを突き出し、レッサーグーパンの身体にヒットさせる。

 ハルトが何回も攻撃して、やっとのことで倒しているのを見てたから、予想はしていたけど、やっぱり手応えは感じない。


 即座に距離を取ろうと、後退したその時だった。


 想像していたよりも、速い身のこなしで、レッサーグーパンからグーパンが飛んできた。


「痛い!!」


 躱し切る事が出来ずに、左の頬をぶたれた私は、足を絡ませてそのまま、後ろに転んでしまった。

 

「……っつ!!」


 転んだ時に、足を捻ってしまった。


 レッサーグーパンは、そんな私を待ってくれる訳もなく、私に跨がってきた。


 だいぶしっかり挫いてしまったのか、足首は痛み、この状態で逃げるのは難しいと思った。

 それに、私のステータスでは、馬乗りになったレッサーグーパンをどかす事さえも困難だった。



 ああ……

 やっぱり、私、ダメだなぁ……



 ごめんね、ハルト……



 自分の不甲斐なさが嫌になる。

 一生懸命ハルトの為に、やってみたけれど、やっぱり私は駄目だったみたい。


 頬に雫が流れる。



 レッサーグーパンの拳が私に向かって放たれる

 瞬間──



「うおおぉぉおお!!」



 剣閃が舞い



 私からレッサーグーパンを弾き飛ばした



 え……

 なんで……どうして……



「ハルト!!」



 なんで……!なんで……!



 今にも倒れそうな表情をしたハルトが、剣を地面に突き立て支えにしながら、私を見て言う。


「……朝のお前の様子が……ハァ……おかしかったからな、もしかしてと思って、冒険者ギルドに行ったら……ハァ……お前が、一緒にクエストに行ってくれるパーティーを探して、見つけられないまま……ハァ……外に出てったって、教えてくれたヤツがいたからな……来て正解だった。」


「……!!でも!!そんな辛そうにして!!」


「これくらい、大した事、ない……。それより……ハァ……速く逃げるぞ……。今、モンスターと戦うのは、得策じゃない……。」


 そうこうしているうちに起き上がったレッサーグーパンがこちらに向かって襲い掛かってきた。

 それをハルトが盾で受け止める。


「ソラ!先に逃げろ!さすがに今の俺じゃ、お前を担いで逃げられそうにない……!」


「でも!!」


 こんなに辛そうにしているハルトを置いて、先に逃げるなんて出来ない。

 今のハルトは、レッサーグーパンに遅れを取る可能性だって、十分にあり得る状態なのに。


 ただでさえ、ハルトは私を心配して、助けに来てくれたというのに。



「嫌だよ!!ハルトを置いていけないよ!!」


 

 その時だった



「マナブラスト」



 レッサーグーパンを白い衝撃波が襲った。

 吹き飛び明らかにダメージを受けた様子だ。



「マナブラスト」



 もう一度、唱えられた衝撃波が直撃し、吹き飛ばされ転がったレッサーグーパンは魔石に変わった。



 急な展開に目を丸くして驚いていた私達に、とても可愛らしい音色に似つかわしくない口調の声が語り始めた。

 


「フフフ……これは運命の理……天界の命に誘われし魂の逢瀬。切り裂かれし糸を手繰り求める同志よ。数千年の時を経て相見えし友よ。喜べ。我は来たり。」



 声の主を見留め、私は再び驚きに目を見開いた。


 私達の後方からレッサーグーパンを屠った人物。


 そこに立っていたのは、純白の衣を纏った天使


 


 冒険者ギルドで私を見つめていた



 

 金髪碧眼の可憐な少女だったのだから





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