第5話 初クエスト
はい!回想終了!
あの後、ソラがポンコツでジョブ選択に失敗してしまったせいで俺達はクエストに行けず、その日は結局、何も食わずに野宿した。
街にある公園のベンチに横になって寝ようとしたのだが、昼間は適温であったものの、夜はなかなか冷え込み寒くて寝られなかった。
ソラは、「寒いよぅ、寒いよぅ……」と半ベソをかいていたが、無視した。
その次の日に、さすがにこのままでは、呪い以前の問題で死ぬと思ったので、俺は朝一からバイトを探して街を駆け回り、何とか建築現場の手伝いのバイトをさせて貰える事になった。
飯も食えず、ろくに寝てない身で、死にそうになりながらも仕事をこなした後、どうにか無理を言って今すぐ給料を貰えないか交渉するつもりだったが、この世界では報酬は基本日払いとの事で、涙が出るほど助かった。
やっとの思いで、お金を手に入れた俺は、夜を明かした公園に戻りソラを連れて街の食堂へ向かった。
ソラに今日は何をしていたのか聞いたら、公園にやってきたお爺さんがクルッポ(鳩の様な鳥)にエサをやっていたのを見て、羨ましくなって声をかけ、お爺さんと一緒にエサをやっていたそうだ。
俺は何も言わなかった。
食堂に入り、シチューを注文して食べた。
食事が美味しくない可能性はあると思っていたが、全然そんな事は無かった。
むしろ、1日半振りの食事は、涙が出るほど美味しかった。
ただお腹が空いていただけではなく、色んな事が一気に起きて、精神的にも肉体的にも疲労していたのだろう。
こんなに苦労してありつけた食事なんて、元の世界にいた時には経験した事が無かったから、本当に美味しいと心から思った。
ソラも同じ心境だったのか、嬉しそうに、美味しそうに食事をしていた。
それを見て、自分が微笑んでいた事を自覚した時には、なんだか悔しい気持ちになった。
誰のせいでこんなに苦労したと思ってるんだ……
そんな苦労も、このポンコツ姫の笑顔の前では歯が立たないのかと思うと、ズルいなと思った。
その後、食堂を出て俺達は街で安い宿屋を探し、良さそうなところを見つけ、体を休めることになった。
部屋は、余裕が無いのでもちろん一部屋しか借りられず、部屋を分けろとワガママを言われても突っぱねるつもりでいたのだが、そんな事にはならなかった。
むしろ、部屋に入った時は不覚にもこっちがドキドキしてしまったが、寝ずの1日半の疲労が溜まっていたせいで、二段ベッドの上に寝転んですぐに眠りについた。
そうして、俺は建築現場のバイトを続け、ソラはたまに公園に赴きクルッポにエサをやるという生活が3ヶ月続いた。
そして現在、借りた部屋で昼過ぎまで寝ていたポンコツを叩き起こし、今まで起きた事を思い返していたところだ。
「ハルト、明日も仕事あるのー?」
「いや、明日は休みだ。6連勤だったからな、だいぶ体に疲労が溜まっている事だろうし、明日は部屋でゆっくり休むと………って、ちがあぁぁぁぁぁぁぁぅう!!!」
「うわ!突然なに!?ビックリした……」
違う!違う!ちがぁぁう!
こんな生活を悠長に送っている場合じゃないんだよ!!
俺は、寿命3年という呪いがかけられているのに、ただバイトしてただけで12分の1の寿命が減っちゃってるじゃねぇか!!
12分の1ってまだまだ大丈夫に聞こえるかもしれないが、生きられる時間が、そんだけ減ってるってだいぶショッキングな出来事だぞ!!
まあ、これに関しては漫然と時間を過ごしてきた自分が悪いところもあるのだが……
一応、冒険者ギルドの掲示板で仲間募集の張り紙を出してもらっているから、攻撃スキルを持った仲間が集まり次第、クエストに出発するっていうのが当初の予定だったはずだ。
パーティー加入志望の人間が見つかれば、ギルドからの手紙が届いて顔合わせをし、お互いが納得すればパーティーを組むという流れなのだが……
そのギルドからの手紙が一向に来ない!!!
いや確かに?俺達はレベル1同士で二人しかいないパーティーだから、そう都合良くいい人材と巡り会えるとは思っていなかったが、同じ様な駆け出しの冒険者が一緒にクエストに行く仲間を探して俺達の張り紙に目を留める、なんて展開はあるんじゃないかと期待していたのに……
まさか、3ヶ月も何の音沙汰も無いとは想定していなかった。
異世界も甘くない……
それに、バイトで金を稼ぎながら安い宿を借り、食事にありつき、たまに街の銭湯に行って汗を流す、なんて事も出来ていたので、新鮮な異世界での生活に少し満足していたというのは否めないが……
とにかく!!このままではいけない!!
仲間が来るのを待っていても、ただ俺の寿命が減っていくだけだし、ソラが元の世界に帰るのも遅くなってしまう。
ソラ自身が、元の世界に帰る事に対してどれ程の思いを持っているのかは計りかねるが……
だってコイツ、3ヶ月、食うか、寝るか、クルッポにエサやるか、しかしてないんだぞ?
「ソラ、お前、元の世界に帰りたくないのか?」
「え?いや、帰りたいよ?」
「そうか。その割には、全然平気そうにしてるなと思ってさ。こっちの世界に飛ばされてすぐの時は泣きそうな顔してたけど、その時以外であんま辛そうにしてるのを見ないから、どうなのかと思って。」
「うーん……。まあ、今ここで暮らしててあんまり困ってる事もないしね。学校行かなくていいしね!それに、魔王を倒せたら帰してくれるって言われてるから。あんまり焦っても仕方ないよ!」
「お前は焦らなさすぎだけどな。」
肝が座ってるのか、たんにモノグサなのか、判断に困る回答をしたポンコツ姫は、俺にツッコまれて、にひひっ、と楽しそうに笑っている。
どちらにせよ、ソラには元の世界に帰りたいという思いがあるってことは、ハッキリした。
となれば、このままバイト生活を続けていくのは好ましくない。
何より、モンスターと戦ってレベルを上げない事には、何も始まらない。
かといって、俺達が抱えている状況が変わる訳でもなく、俺とソラが攻撃スキルを使えず、モンスターと戦うのが困難だという事実は歴として残っている。
だが………
このまま、時間を無為にする事は出来ない。
堂々巡りの思考に陥りそうになりながら、俺はここで覚悟を決めた。
「ソラ、明日はクエストに行くぞ。」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
次の日の朝、「明日は朝早くから出るぞ」と伝えておいたのにも関わらず、全く起きる気配の無いソラの布団を剥ぎ取り、目を覚まさせて、朝食用に用意していた硬いパンを分け合って食し、俺達は部屋を出た。
「ねぇねぇ、どうして急にクエストに行くことにしたの?仲間が来るまで待つんじゃなかったの?」
冒険者ギルドに着き、クエスト掲示板の方へ歩を進めていると、ソラがそう聞いてきた。
「これ以上は、待っていられないからな。この先も、ずっと仲間が現れない可能性だってあるんだ。このままバイト生活を続けていたら、最悪の場合、俺はバイトだけして死ぬ。」
さすがに、クソ女神の加護まで貰っておいて、そんな無様な結末はシャレにならない。
あのクソ女神は爆笑してきやがりそうだが……。
「あはー。確かにそれは、困るね。でも、私たち攻撃スキル持ってないのに、どうやってモンスターを倒すの?」
「あの時のギルドのお姉さんは、あくまで俺達二人でモンスターを倒すのは【難しい】って言ったんだ。それは、裏を返せば低レベルのモンスターになら、勝てる可能性はゼロじゃないってことだ。それに、もし勝てそうに無かったら逃げればいい。俺達と同じ位のレベルのモンスターからなら、逃げるのは難しくないはずだ。でなきゃ、例え攻撃スキルを持っていたとしても、低レベルのモンスターですら危険すぎて、誰も冒険者なんてやろうとしないだろうからな。」
「おおー、ハルト頭いいね!なに言ってるか分かんなかったけど!」
「分かれよ!このポンコツ姫が!!」
「あー!また、ポンコツ姫って言った!言った!ポンコツって言った方が、ポンコツなんだからね!」
ポンコツが伝染るといけないので、俺はポンコツを無視し、クエスト掲示板に目をやった。
さすがに最もモンスターのレベルが低いとされる最西端の街だけあって、それ程強そうだと感じるモンスターの依頼は無さそうだ。
うーん、こういうファンタジーな世界の最弱モンスターって言ったら、やっぱりスライムだよな……。
お!スライムの依頼もあったぞ!
しかも、依頼レベルは最低のFランクだ!
ちなみに、クエストのレベルはF〜Sまであり、同じく冒険者にもF〜Sまでのランクがある。
冒険者のレベルやクエストの達成状況を鑑みて、冒険者ギルドがランクを決定するそうだ。
基本的には、冒険者は自分のランク以下のクエストを受ける事が推奨されている。
もちろん俺とソラはランクFなので、一応このスライムのクエストは、俺達にとっての推奨クエストという事だ。
「よし、これにしよう!」
ソラにそう伝えて、スライムクエストの貼紙を剥がし、ギルドのカウンターへと向かう。
ジョブ選択の時に丁寧な説明をしてくれたお姉さんは、今日は見当たらなかった。
スライムクエストの貼紙をカウンターに出し、ギルドカードを提出する。これでクエストの受諾となる。
初めてのクエストという事で、モンスターを倒した際にポップする【魔石】をギルドに提出する事で、クエストが完了し報酬が支払われるとの旨を説明された。
魔石は、この世界の様々な物を動かすエネルギーとして利用されており、だからこそ冒険者がモンスターを倒し、魔石と引き換えに報酬を得るというシステムが成立するのだ。
クエストを受けずに魔石をギルドに提出するだけでも報酬は得られる。
だが、街の周辺環境の管理も冒険者ギルドの役割となっていて、駆除が必要とギルドが判断したモンスターはクエストになっており、魔石の換金に上乗せして報酬が支払われるという仕組みだ。
説明が終わり「ご武運を」と解放された俺達は、スライムが生息する、俺達が転移してきた時に遠巻きに見えていた森へと出発した。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
森の中に入って約10分、俺達はまだスライムを発見出来ずにいた。
もう少し森の奥まで入ると、遭遇する確率も上がるのだが、その分、他のモンスターと遭遇するリスクも増すので、森の浅い場所でスライムを探していた。
「うーん。なかなか、見つからないね。」
「そうだな……。だけど、俺達のレベルで森の奥に入るのは危険だから、ここら辺ではぐれたスライムが出てくるのを待とう。」
ちなみに、俺達の装備は、俺が持っている安物の剣と盾だけだ。
回復職は杖があるとヒールの効果が上がるらしいが、無くても使えるので買わなかった。
また、元々着ていた制服は早い段階で、この世界の服を購入し役割交替したが、戦闘用に作られた魔力を通しやすいという【魔法衣】なるモノは、中々に値が張るので買えなかった。
生活の為にも、ある程度のお金は残しておかなくてはならないので、準備万端にしていざクエストへ出発、という訳にもいかなかった。
世知辛い異世界だ。
「……それにしても、なかなか出てこないな。やっぱりもう少し奥まで入らないと、モンスターは出てこないのか?」
「あ!そうだ!私にまかせて!」
そう言うと、ソラは楽しそうにポケットからボールの様なモノを取り出して地面に投げ付けた。
ぐしゃっと潰れたボールの様なモノは、モクモクと煙を上げ始めた。
「ソラ。それは何なんだ?」
「えっへん!これはね!モンスターをおびき寄せる道具なの!私が冒険者だって言ったら、クルッポのお爺ちゃんがくれたんだー!」
「おい!!このポンコツ!!何の為に、浅い場所でスライム探してたと思ってんだよ!!他のモンスターも寄ってきちまうだろうが!!」
「う……私だって役に立とうと思ったんだもん!ハルトが喜ぶと思ったんだもん!怒んないでよ!そんなに怒んないでよ!………あ!!スライム来たよ!!」
「え!まじか!」
おお!ほんとにスライムが寄って…き…
え?
デカくね??
俺が想像してたスライムの30倍くらいデカいんですけど……
いやいや!オカシイだろ!!
ゼッタイ勝てる訳ないだろこんなもん!!
誰だよランクFに設定したやつ!!
頭イカれてんのか!!
「ふぇ……ふぇぇ……」
ソラが明らかに怯えている。
そりゃそうだ、初めての戦闘がこんなヤツなんて、例え実力があったとしても精神的に無理だ!!
「逃げるぞ!!ソラ!!」
「う、うん!」
俺とソラは一目散に森の出口の方へと走り出した。
幸いな事に、スライムの足はそこまで速く無かった。これなら逃げられそうだ。
「よし、ソラ!このまま森を抜けるぞ!」
そう言って、隣に視線をやるとそこにソラはいなかった。
俺の位置からだいぶ離れた後方で、ソラが息を切らせて走って(?)いた。
「ふぇぇ……待ってぇー、ハルトぉー!!」
「お前も足おっっっそいのかーーーい!!!」
仕方無く、俺はソラの方へと戻り、
「ソラ!先に行ってろ!俺はナイトのスキルで敵を引き付けられるし、ジョブの補整で防御力も上がってる!盾も持ってるし、少しの間なら持ちこたえられるはずだ!」
「……う、うん……!……分かった!」
ソラさえ先に逃してやれば、俺の足はあのスライムよりも速い!
少しの間、スライムを引き付けさえすれば、逃げられる算段はつくハズだ!
「よし、こっちだ!【プロボーグ】!!」
スライムの動きが止まり、目がどこにあるのかは分からないが、こっちの方を向いた気がした。
よし、このまま引き付けて……
その時、スライムが体から触手の様なモノを伸ばし、俺の方へとスゴイ速さで攻撃してきた。
「うおっ!?」
何とか盾で受け止めたものの、ものスゴイ力で盾を引っ張り上げられ、俺の手から離れた盾はスライムの体の中へ吸い込まれた。
そして、盾は一瞬で溶けて消失した。
背中に冷たいモノを感じた。
冷や汗がダラダラと出てくる。
ヤバイ!!こいつはヤバイ!!
命の危機を感じた俺は、とにもかくにも全速力で走り出した。
「うひぃい!うおぉう!」
スライムが伸ばして来る触手を、何とか躱しながらとにかく走り、俺はポンコツ姫に追いついた。
え、追いついた?
「お前、足遅すぎだろぉぉおお!!!」
「ふええぇぇぇぇええんん!!!」
俺は無我夢中で、ポンコツ姫を脇に抱え走った。
幸いにも、ポンコツ姫は相当軽かった事に加えて、ジョブ登録をしたせいかステータスに補整が加わり、彼女を抱えながら走る事が出来た。
「ハルトっ!ハルトっ!触手が!ふぁっ!危ない!ふぇっ!木が溶けて!ハルト走ってぇ!!速く走ってぇ!!ふえぇぇぇぇええんん!!!!」
ポンコツ姫の叫びを受けて、俺は、走り、走り、森を抜けるまで、無我夢中で走り続けた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「スライム怖い…スライム怖い…スライム怖い…」
「スライム怖い…スライム怖い…スライム怖い…」
満身創痍で何とかデカスライムから逃げ切った俺とソラは、冒険者ギルドへと舞い戻り、机に突っ伏して呪詛の様に、スライムへの恐怖を唱え立てていた。
「はぁ……とにかく……お互い無事で良かったよ。これに懲りたら、もうモンスターを集める道具なんて、勝手に使わないでくれよ?」
「うう……ハルトごめんね?」
真っ直ぐな瞳でソラが謝る。
そうだよな。
ソラも悪気があってやっている訳じゃないんだよな。
ただ単に、ポンコツなだけなんだよな……。
そんな事を考えながらも、素直に謝ってくるソラに少しだけ胸を打たれつつ、返事をする。
「もう終わったことだし、次気を付けてくれれば、それでいいよ。」
「……!……うん!!」
彼女は満面の笑みで、そう返した。
……ちくしょう……。
相変わらず、見た目は可愛いんだよなぁ……。
俺が、不覚にもそんな事を考えていた時だった。
冒険者ギルドから、街全体に轟く程の大音量で、アナウンスが入った。
『緊急報告!!緊急報告!!只今、ハロの街周辺の森の内部にて、スライムの変異種であるジャイアントスライムの発生が確認されました!!ジャイアントスライムの討伐ランクはCです!!住民の皆様およびクエスト受諾中の冒険者の皆様は、大変危険ですので、ジャイアントスライムが討伐されるまでの間、街からは外出されないよう、お願い申し上げます!!』
「なーーーーんてこっったーーーーい!!!」
俺の叫びも、街全体に大音量で轟いた。