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第1話 絶美なる姫




 俺、こと結城陽人(ゆうきはると)は見惚れていた。



 あまりにも整い過ぎた相貌から繰り出された、慈愛に満ちた笑顔は、俺の心を強く揺さぶるには十分だった。


 肩より少し長く伸ばしたストレートな黒髪は艶やかで美しく、少し赤みがかった垂れ目気味の大きな瞳は、年相応の女の子の可愛らしさをこれでもかと主張している。

 身長は平均的だがモデルの様なスレンダー体型。かといって痩せ過ぎている訳では無く、しかるべき健康的な凹凸(おうとつ)は、毒の様に男心を掴んで離さない。


 彼女が落としたプリントを拾って渡した俺に、彼女は無言で微笑んだ。


 もともと彼女、天ノ川空(あまのがわそら)が学校内で噂になっていたのは知っていた。が、それをこうして身を持って体感するまでは、自分には関係のない事として特に気には止めていなかった。



 あえて言わせて貰おう。


 めちゃめちゃ可愛い!!!



 なんだこの子、今まで俺が生きてきた中で圧倒的大優勝だぞ。

 本当に同じ人間なのか疑わしくなるレベルで魅力が溢れ出している。


「……………」


「……それじゃあ、俺はこれで」


 そして、彼女の特徴は抜群の容姿だけではない。

 彼女は【話さない】のだ。

 

 彼女の声を聞いた事のある人間は、この学校にいない。

 それが彼女が、【沈黙姫(ちんもくひめ)】と呼ばれる所以であった。



 話さない人間に人気があるのか?



 それは彼女の魅力に対する認識が甘い。

 彼女は誰に対しても無言だが、その代わり、いつも慈愛溢れる笑顔を浮かべている。

 その暴力的な魅力は、常識など簡単に吹き飛ばす程、妖艶なまでに可愛らしく、無言を貫くミステリアスな魅力と相まって、沈黙姫の人気は留まるところを知らなかった。



 彼女の対面から踵を返し、歩き出した俺の心臓は、ここ最近で間違いなく1番うるさく脈を打っていた。






◇◆◇◆◇◆◇◆◇






 あの時、彼女と初めて対面して以来、俺はたまに彼女の事を考える様になった。


 恋をしている、という訳では無いのだけど、彼女に対面する以前の様に、気に留めないというのは、あの魅惑の笑顔を見た後では到底無理な話だった。

 それ程までに彼女は魅力的だった。


 考えると言っても、一般的に男子高校生が妄想する様なエロい事は一切無い。

 むしろ、そんな考えは彼女の洗練された魅力の前では無粋だとさえ思う。


 俺がしている妄想はこんな感じ。



 ──沈黙姫と一緒にキレイな湖のほとりで隣り合って、俺が話を彼女に聞かせて、それで彼女が優しく微笑んで、話が一段落すると沈黙が流れて、ふと彼女を見ると目があって、困った様に笑う彼女が愛らしくて、どちらからともなく手が重なり合って──



 他に、一面の花畑や、夕日が沈みかけた海、夏の夜空の星を見上げて…なんてシチュエーションもチェック済だ。


 もう一度言うが恋ではない。

 綺麗なものは誰だって好きだろう?

 俺はその綺麗なものが、もっと美しく輝く所を考えるのが好きなだけなんだ。

 だから恋愛感情は無い。

 無いったら無いんだからね!


 まあ沈黙姫に対する恋心は本当に無いのだけど、俺はロマンチックな恋愛に憧れている。

 映画や小説で見るような、運命的に出会った二人が徐々に心を通わせ、美しい景色の中で想いを告げて1つになる。


 そんな王道な恋愛模様が俺は大好きだ!


 そのシチュエーションを想像する時に、美の象徴たる沈黙姫はもってこいの逸材なんだ!

 もちろん彼女とどうこうなりたいなんて自惚れた考えはもっていないけど、妄想するのは勝手だ!


 そんな益体も無い事を考えながら、高校から帰宅中帰り道である商店街を歩いていると、俺の中で時の人である彼女の姿が目に入った。


 おお!沈黙姫!

 あそこは…ああコロッケのお店か!

 そこの男爵イモコロッケ美味しいよな!

 

 と、一人でうんうんと考えていると、俺が歩いて来た道の反対方向から複数の悲鳴が連鎖的に上がった。


 商店街には似つかわしくない出来事に、少し驚きながら、声の鳴る方に目を凝らし──


 体が硬直した



 刃物を持った男が、こちらの方向に向かって走っていた。



 平時ではあり得ない状況に

 思考が完全に停止しかけた、その時──


 男の目線が彼女【沈黙姫】へと向けられている事に俺は気付いた。



 ほぼ無意識の内に俺は走り出していた。



 出店で買い物をしていた彼女が気付くのに遅れた時には、もう避けられない距離まで男が迫っていた。


「………?!」


 驚きと恐怖の表情で固まった沈黙姫を、俺はすんでのところで突き飛ばした。



 ─直後─



 腹の左よりの部分から燃えるような熱が広がった。



「ぐぁ、はぁっ!っ!」



 気付いた時には地面に転がっていた俺は、刃物を突き刺した男が逃げていく所が見えた。



 ……良かった



 腹部の熱は衰える事を知らず、滝の様に流れ出ていく血が地面に広がり頭を濡らし始めたところで、俺は死ぬんだと悟った。


 かすれゆく意識の中、沈黙姫が俺を見て泣いているのが分かった。



 こんな最期なら悪くないなと思った。



 朦朧とした意識の中、熱はいつしか感じなくなり、心地良い冷たさに身を委ねようとしていると、誰かの声が頭に響いた。



「勇敢な人。貴方の勇気に免じて、貴方をこことは別の世界に招待致します。」



 世界?招待?

 何の話をしているのだろう。



「世界を転移させるにあたって、貴方には特別に一つだけ、希望するものを持参する許可を与えます。」



 言葉の意味はもう分からなかった。



「希望するものは何でも御用意致します。圧倒的力を持つスキル。特別な効果を発揮する魔導具。自身の容姿や基礎能力。何でも構いません。貴方が望むものは何ですか?」



 意識が途切れゆく寸前

 沈黙姫の顔が瞳に映った。


 こんな時でも綺麗なんだな。



 ─もし願いが叶うのなら─



 少しだけでいいから彼女と

 同じ時間を過ごしてみたいと思った。



「承りました。」




 意識が闇に溶けて




 そんな言葉が聞こえた気がした





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