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Ep.1 死からの帰還

 青年がそこで見付けた時、彼は既に死んでいた。

 生きながら身を焼かれたのだろう。全身、特に下半身が酷く焼け焦げており、辛うじて人の形を留めている「それ」は酷い悪臭を周囲に漂わせていた。

 明け方の裏路地。建物が密集しているその場所は陽の光がほとんど入らず、昼間も薄暗い。賑やかな大通りから一本入っただけだと言うのに人気は無く、居るのは痩せ細った猫と、ゴミを貪るカラスだけだった。



――これで何度目だ?



 頭上でかぁかぁとカラス達が鳴く中、青年は緩く首を傾げて見せる。だが、訊ねたところで彼から答えが返って来る訳が無い。当然だ。今目の前に在るのは、無残な焼死体だ。息のない存在が、言葉を発する筈がない。

 何度目、と聞いたのは、青年が彼の死を見るのが「初めてではない」からだ。しかし、久しぶりに見た彼の姿は悍ましく、痛ましく、不気味で。青年以外の者が見れば、吐き気を催さずにはいられないだろう。

 誰かに見られる前に、彼を運ばなければ。青年は彼の傍らに屈み込むと、持って来た黒い布でその身体を包んだ。








 男が目を開くと、そこには見慣れた天井があった。

 見慣れた、と言ってもそう頻繁に見るものではない。やや低めのそれは木で出来ている。随分年季が入っており、自らが住処としている所の物とは大分違う。

 視線を少しずらし、横へ向けると、真白なシーツが視界に入った。どうやらベッドの上に寝かされているらしい。そこで初めて、自らを包む柔らかな布の感触に気付いた。

 起き上がろうと上半身に力を込めれば、鈍い痛みが走った。ずきん、ずきんと。心臓の鼓動と連動する様に痛む。動けなくはなかったが、身を持ち上げるだけでも結構な労力だ。



「やっと起きたか」



 何とか上体を起こす事に成功し、声を掛けられた。低く、淡々とした、聞き覚えのある声。首を動かし、そちらへ顔を向ければ、ベッドの傍らに修道服を纏った青年がいた。此方が目覚めるまで読書をして待っていたのだろう。古い木製の丸椅子に腰掛けている彼の膝の上には、開いた状態の分厚い本が乗っている。彼もまた、見慣れた存在だった。



「随分派手にやられたな、ニュクス」



 無表情で、抑揚のない声は、感情のない人形の様だった。本人は気遣ってくれている様だが、愛想がなさ過ぎてどうにもその様には見えず、男――ニュクスは、つい眉を顰めてしまう。



「……るせぇ、誰が助けろって言った」

「言われていないが、此方も仕事だからな。それに放置されて困るのはお前だろう?」



 彼が来てくれなければ、ニュクスは未だあの路上で無様な姿を晒していただろう。礼を言うべきなのは分かっているが、口から出たのは悪態だった。感謝はしている。けれど、素直に言う事が出来ない。子供より性質の悪い存在だと、自分でも思った。

頭を乱雑に掻きながら陽が差し込んでいる窓に視線を向けると、太陽が西方に傾きつつあるのが見えた。ここは青年が住処としている建物の一室だ。過去に何度も世話になっている為、目覚めて間もない頭でも直ぐに判別出来る。

そこでふと、目覚めて最初に把握しなければならない次第を思い出し、青年に問いを投げ掛けた。



「俺は何日眠っていた?」

「二週間程。流石に今回は時間が掛かったな。ほとんど炭状態だったぞ」



 今回は。その言葉の意味は聞かずとも分かる。また「殺された」のだ。

 意識が無くなる前の記憶は鮮明に残っていた。炎を纏った男。ニュクスの攻撃を凌ぎ、飲み込み、一方的に蹂躙して来た悪魔。視力を失う直前まで見えた不気味な笑み。屈辱としか言えぬあの光景を、どうすれば忘れられようか。



――クソが。



 その時の熱い感覚を思い出し、ぎりりと奥歯を噛み締める。ニュクスをあそこまで追い詰め、嬲る存在はそう多くない。悶え、苦しみ、悔しがる姿は、あの男にとってさぞ滑稽に見えた事だろう。

 いつか必ず報復を。己が受けた屈辱を数倍にして返してやろうと。包帯が巻かれた、未だ痛みの残る拳を強く握り締め、ニュクスは雪辱を固く誓う。



「全身重度の火傷、両足と右手は骨折、あるいは切断。片目は抉られ……無残、としか言いようがなかったな」



 だが、そんなニュクスに追い打ちを掛ける様に、受けた傷の詳細を青年は語った。常人には耐え難い、凄惨な光景だった筈なのに、彼は何も感じなかった様で。表情を崩さず他人事の様に言葉を紡ぐ姿に僅かだが苛立った。



「だが」



 開いていた本を閉じて立ち上がり、それを部屋の隅に置かれている本棚にしまいながら、青年は続ける。



「そんな状態になっても蘇生出来るのだから、お前は侮れない」



 普通の人間ならばあの状態から蘇生する事は不可能だっただろう。しかしニュクスは黄泉の世界より帰って来た。一度は無くした息を吹き返した。それを幸と呼ぶか、あるいは不幸と呼ぶか。判断出来る者は居ない。

 下半身を動かしてみた。上半身より酷く焼け焦げていた筈のそこは、やはり未だ痛みが残る。それでも、歩く位ならば何とかなりそうだ。これならば自宅まで自力で帰れるだろう。



「ああ、そうだ」



 部屋を出て行こうとすると、青年が思い出した様に声を発した。



「ジェレマイアが探していたぞ。話したい事があるから、目が覚めたら来てくれと」

「あいつが?」



 彼が挙げた名は、ニュクスが良く知る人物のものだった。決して仲の良い人物では無い。寧ろそりが合わなさ過ぎて頻繁に衝突している。関わりたくないと思っても、気が付けばいつも行動を共にしている。腐れ縁とも呼べる関係で、気付けば周囲からは相棒認定されていた。

そんな人物が、己を直接呼び付けて来るとは。余り良い予感はしない。どこにいるのか、青年は言わなかったが、その人物の居場所は大体分かっている。真っ直ぐ自宅に帰りたかったが、今いる場所からだとその場所を経由して行った方が効率が良いだろう。



「……仕方ねえな」



 面倒臭い。実に面倒臭い。だが、その儘帰宅すれば後々何を言われるか分からない。痛む体に鞭打ち、緩慢な動作でベッドから降りた。良く見ると全身至るところに包帯が巻かれている。青年が処置をしてくれたのだろう。放っておいてもすぐに治る身だが、彼にはそれが出来ないのだろう。律儀な事だと、心の中で苦笑した。



「未だこの辺りを嗅ぎ回っている輩が居ないとも限らない……気を付けろ」



 忠告をする彼に対し、片手を掲げる事によって了承の意を示すと、扉の傍に掛けられていた自身のコート――青年が新調して来てくれたのだろう――を取り上げ、部屋を後にした。

読んで下さりありがとうございます。こちらの小説はノベルアップ+様の方でも連載しております。至らぬ所は多々あるかと思われますが、どうかよろしくお願いします。

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