81話 怒りと悲しみの果て
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俺とエリックさんとの出会いは最悪なものだった。
最初にダンジョンの中で大喧嘩をして、それ以降は顔を合わせる度にやたらと因縁をふっかけられるようになったんだ。
当時、俺は『宵闇の戦乙女』の中でゴミ扱いを受け続けて心が荒んでいて、誰にも心を開いていない闇の時期だった。
そんな日々を送っていたある日、『宵闇の戦乙女』として夜行蟲という半魔物扱いの虫の生捕り依頼を指名依頼として受ける事になったんだ。
あの依頼は過去を見返してもワースト3に入るほど最悪だった。
最悪というのは依頼内容じゃない。
当時のアマンダ、ソニア、サーシャの身勝手さが最悪だったんだ。
「ウチ、虫なんてキモいから虫なんかに魔法使いたくねえし」
森林の中を進み、間も無く夜行蟲の生息域に辿り着こうかという所で、賢者のサーシャが駄々をこね出した。
夜行蟲の捕獲方法はそう難しく無い。
誰かが快眠花という花が咲く場所へと蟲を追い込み、もう1人が蟲にパラライズかスリープをかければ完了する。
夜行蟲は飛翔速度が非常に早く、普通に魔法を行使しても余裕で避けられてしまうが、快眠花の群生地に行くと動きが緩慢になるという生態を持つ。
まぁ、夜行蟲を攻撃せずに追い込むのが生捕りの難しい所だが、Sランクパーティーの俺たちならば10分もあれば依頼された10匹の生捕りは終了する。
だが、事もあろうか作戦の要であるソニアのヤツが急にゴネたのである。
怒鳴り散らしてやりたい衝動を何とか抑えた俺は、柔らかな感じでソニアを窘めた。
「い、いや。サーシャがスリープをかけてくれないと、夜行蟲の生捕りなんて無理だよ。
ここは我慢して、スリープをかけてくれないかな?」
「はっ!?ざけんなし!
キモい蟲なんかに近付きたくもねえから!
雑魚のオメエが素手で捕まえろし!」
「ふざけんな!!夜行蟲は体のあちこちから毒針を出すんだ!
毒針は厚手の革手袋を嵌めて掴んでも貫通するから、一生賢者モードに突入するだろうが!!」
そう。夜行蟲は厄介な毒を持つ害虫で、ヤツの毒針で刺された者は一生性的興奮を覚えない体質になってしまうのだ。
今回の依頼主は高名な教授らしく、夜行蟲の毒を研究するんだとか。毒の反作用成分を作りだして、元気の無い男性をギンギンにさせる薬を発表するらしい。
そんな大偉業のお手伝いが出来れば、将来元気が無くなった時に教授のコネで薬を回して貰えるかも知れない。
男として、絶対にしくじる事の出来ないミッションなんだ。
「アンタらいつまで待たせんだよ!
蟲の10匹ごとき、適当にぶっ飛ばせや!!」
ズゴーーーーン…
「うぎゃあああっ!夜行蟲が!夜行蟲がぁぁあ!!」
俺はその後もソニアと言い争ったが、森に入ったまま1時間経っても戻らない俺たちに待ち疲れたアマンダが苛立ち紛れにやって来て、夜行蟲の生息域を『ホーリースラッシュ』で吹き飛ばしやがった。
夜行蟲は光や聖属性の攻撃に恐ろしく脆い。だからこそ、聖属性適性のアマンダとサーシャに平原で待っているように言ったのに…。
「何泣いてんのよ?
へたり込んでないで、さっさと10匹分の蟲の死骸集めろよ」
「馬鹿か!?夜行蟲は聖属性に弱いっつったろうが!!
『ホーリースラッシュ』なんぞ放ったら、死骸すら残らずに消し飛ぶわ!!
大体、依頼は生捕りだ!死骸じゃ意味ねえんだよ!!
ああ…また指名クエスト失敗かよ…これじゃいつまでもSSに上がれないじゃんよ…」
この頃の『宵闇の戦乙女』はSランク昇格して3ヶ月が経った頃で、アマンダ達の暴走により度々クエストに失敗していた。
それまでは下手に出ていた俺だったが、この日は二度続けての指名依頼失敗という事で怒りが凄まじく、帰りの道中はアマンダ達と一言も口を利かなかった。
ギルドに到着すると、アマンダは指名をくれた教授に謝罪に行く事になり、俺はギルド長のドミンゲスに依頼の失敗を報告をする事に。
本当は流石に反省したっぽいアマンダはギルド長への説明にはソニアが行くように言ったんだが、責任を問われたくないソニアは何時もの如く俺に押し付けて飲みに行ったのだ。
「ああっ!クソ!マジでムカつくわ、あのクソビッチ賢者が!!
何が虫に魔法を使いたくねえだ!テメエはいつもGを平気で踏み殺してるだろうが!!!
クソが!!誰でも良いからブッ殺してやりてえ!!」
あれからドミンゲスにしっぽり2時間絞られた俺は、イライラマックスで1人で喚き散らしながらパーティーハウスに向かっていた。
そんなフラストレーションマックスな中、背後からエリックさんの怒声が響いた。
「お!テメエ、カス野郎じゃねえか!!
いい加減、俺様と決闘しやが…お前…」
前に回り込んで来たエリックさんは怒りの表情から一変、困惑した表情になった。
ちょうど良かった。俺も誰かをブッ殺して仕方がなかったんだ。
例えクソビッチでも、ソニアは一応生物学的には女に分類されるし、同じパーティーだから殺すのはマズい。
だけど、いつも俺にふっかけて来るコイツなら、ブッ殺した所でどうという事も無いだろう。
当時情緒が不安定過ぎた俺は、矢鱈と絡んで来ていたエリックさんにガチで殺意を抱いてしまったんだ。
「……衆目の中で、Sラン冒険者がんな顔すんじゃねえよ。
場所変えんぞ。ついて来な」
初めて殺しの覚悟を決めた俺に、エリックさんは場所の移動を提案して来た。
あの頃の俺は、人通りの少ない所で殺し合いをするんだろうなんて考えていたんだけど、エリックさんはそのまま繁華街の方向へ進んで行く。
その事にイラついた俺は、エリックさんを怒鳴り付けた。
「オイ、テメエ!!やり合う気あんのか…」
そんな俺に、エリックさんは振り返って手鏡を向けて来たんだ。
そこには、暗黒の感情に囚われてギンギンに目を見開いた俺の顔が映っていた。
殺しに取り憑かれた自分の貌を見た俺は、自分の悍ましい一面を目の当たりにして固まってしまった。
「どうだ?冷静になったか?
俺たちゃ冒険者として一流と呼ばれる立場にある。
Bラン以下の雑魚冒険者なら何も言わねえが、俺やお前の様に名の通った冒険者は民間人の前で殺意を撒き散らしちゃならねえんだ」
エリックさんの言う通りだった。
あの時の俺は醜い感情に囚われ過ぎて、高位の冒険者としての自覚を失っていたんだ。
深い後悔に襲われる俺の襟首を掴んだエリックさんは、そのままお高そうなサレオツなバーに俺を引っ張り込んだ。
そこはエリックさんの馴染みの店らしく、店員はエリックさんを見るなり二階の個室へと案内した。
「あ、あの…俺、無駄遣いとか出来ないから、こんな高そうな店で酒なんて飲めないっすよ」
真っ先に金の心配をする俺に、エリックさんはニヒルな笑みを浮かべる。
「ハッ、金の心配なんぞすんな。俺の奢りだ。
あ、勘違いすんじゃねえぞ?テメエを許した訳じゃねえんだ」
今なら分かる。エリックさんは言葉遣いは悪過ぎるが、ダンジョンでの喧嘩以来、俺の事を気にかけてくれていたんだって。
その日も夜遅くまで俺の愚痴を聞いてくれて、要所で俺をボロクソに貶しながらも、最後はアドバイスをくれて励ましてくれたんだ…。
俺が『宵闇の戦乙女』でどんなに酷い扱いを受けても暴力行為に走らなかったのは、闇落ちする度に俺に声をかけてくれたエリックさんのお陰だったんだ…。
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根っこの部分では誰より優しかったエリックさんの思い出が蘇り、そんな恩人の死を目の当たりにした俺の中で、怒りと悲しみが一気に膨れ上がって爆発した。
理性を繋ぎ止める糸が…完全に…キレた…。
「あ"あ"あ"あ"!!!
コロスコロスコロスコロス!!!
テメェええええ"!!!」
・・・・・・・・・
どれくらいの時間が経ったのか分からない…。
俺は腹部に焼ける様な痛みと、全身の力が抜けるような感覚に陥って正気に返った。
「いやぁぁあ!!あなたぁぁぁあ!!!」
「ヨシュア!!いやぁぁあ!!!」
ラフィとアマンダの叫び声が聞こえる…。
俺は激しく痛む腹部に目を落とした……腹に大きな穴が……開いている……
い、意識が…掠れて……
『フェロモンイーター』をお読み頂き、ありがとうございます。
長期休載してしまって申し訳ありません。
話的にはこの話の先の部分まで執筆は済んでいて、かなり先の展開まで決めていたのですが、コメディタッチの作品をモットーにしていたにも関わらず、余りに暗い展開になってしまったので、色々と修正を加えたりして遅くなりました。
もう一つの連載作品『どスケベ中年ニート』もお読み頂いている方は『黄金世代』のエリックが死ぬという路線はご存知かと思いますが、ソニアに続いてエリックも殺されるという展開にして良いのか悩みました。
でも、エリックを殺さないと『どスケベ中年ニート』と齟齬が出てしまうので、結局殺しました。
という事で、本作にもユーヤ・ファン・グレイシスが登場予定です。
因みに、『どスケベ中年ニート』にも勇者ダーハマが登場しましたが、本作の勇者ダーハマはコーイチロー・ハマダで、『どスケベ中年ニート』のダーハマはケンジロー・ハマダという名前です。
『どスケベ中年ニート』の幕間として投稿した勇者ダーハマ物語に書いておりますが、コーイチローとケンジローは実の兄弟です。
兄貴のコーイチローは温厚なケンジローとは正反対の性格で、ヨシュアの世界で悪虐の限りを尽くした残忍な男となっております。
元々本作を投稿した始めの頃に二つの作品をクロスオーバーさせる展開を考えてまして、一時期は両作品を同時進行で投稿していたのですが、一人称視点で物語を書くのが苦手な事もあって、両作品にかなりの開きが出てしまいました…。
少しのネタバレと『どスケベ中年ニート』の宣伝のようになった後書きになりましたが、今後も鬱過ぎる部分を修正出来次第投稿して参ります。
雷乙




