80話 憎しみの螺旋
「す、凄いな…」
俺は初めて見た災害指定特区の風景に、思わず息を飲んだ。
見渡す限り草木一本生えておらず、大地は所々亀裂が生じている。何より、瘴気が立ち込めているせいなのか、空気が不気味にくすんでおり、見通しが良く無い。
「あなた、あちらの方に大きな魔力の反応が有りますわ!」
ラフィは流石にリーダーの素養がある。災害指定特区のこの光景に動じず、魔王の魔力を探って居たのだ。
俺たちはラフィの指し示す方向へと駆けた。
周囲を警戒しながら10分程走っていると、薄っすらと大男の影のような物が見えて来た。
何やら身長2m程の男が、右手で誰かの首を締め上げているように見える。
「エディィイイ!」
シンシアはエディさんの名を叫ぶと共に、大男に向かってミスリルの矢を物凄い勢いでぶん投げた。
その矢は、矢筈に付与された火の魔力が爆発した事により、急加速。
今までシンシアが射出したどの矢よりも速く飛んで行き、大男が即座に展開した強固な結界をもブチ抜き、奴の野太い右腕を吹き飛ばした。
「うぁぁぁあああっ!う、腕がぁぁぁあ!」
間抜けな叫び声を上げた大男が、件の魔王だろう。
右腕を失った大男の額からは3本の大きな角が伸びており、肌は綺麗なアイスブルーである。
「ホーリースラッシュ!」
アマンダの放った最大出力の光の斬撃波が、いとも簡単に魔王と思しき男の首を刎ねた。
魔王はド派手に首から青い血を吹き出し、仰向けに倒れた。
やはり、フルパワーのアマンダの攻撃力は凄まじいな。
「ノルドゥヴァリ様ぁぁあ!うぁぁああ、ど、どうして、どうしてこんな事に!」
大男の側に居た魔族が、泣きながら魔王の遺体に駆け寄っている。
俺とティファ、エレナの3人は首を締め上げられていた、傷だらけのエディさんの元へ駆けた。
エディさんの傷は深いものの、まだ呼吸をしている。
「ラフィ、エディさんはまだ生きている!治癒精霊術を頼む!」
「はい、あなた!」
遅れて駆け寄って来たラフィが『オノドリムの癒し』を発動すると、エディさんの傷は立ち所に塞がり、乱れていた呼吸も安定した。
その様子を見て、シンシアが思わず涙を流している。
「んんっ、アレ?シアたん?お、俺は魔王と…え?魔王は?」
「エディの馬鹿ぁ!雑魚いくせに何で突っ走るの!?もう、心配したんだからぁぁ!」
目を覚ましたエディさんに、シンシアが叱り飛ばしながらも抱き着いた。
いや、エディさんを雑魚って…
「魔王なら大丈夫ですよ。シンシアとアマンダが倒しまし…え?
皆んな!魔王が生き返ってる!」
俺がエディさんに説明しながら倒れた魔王に目を向けると、何と首を切断した筈の魔王が、元の姿に戻って立ち上がろうとしているでは無いか。
「ぬんっ、『お兄ちゃんの膝枕キボンヌ』!」
「『淵明流九ノ太刀:真空斬』なの!」
即座に反応したティファの莫大な氷の魔力を纏った拳撃波が魔王の胸に大穴を開け、虚空を斬った筈のエレナの一閃が魔王の首を再び切断した。
エレナの『名刀丸』からは斬撃波が飛び出して無いと思うんだが、何で10メートル近く離れた魔王の首が飛んだんだ!?
何かがおかしい…
「ティファ!エレナ!一旦下がるんだ!!」
妙な違和感を覚えた俺は、即座に2人に退避を指示した。
にも関わらず、2人には俺の声が届いていないかのように魔王に猛攻を仕掛け続ける。
俺は妙な胸騒ぎを感じつつも、ティファとエレナを援護すべく魔力撃を連べ打ちに繰り出した。
「強き者よ…攻撃をやめてくれ…
私は徒らに人族を傷付けたく無い。私はただ、お前と話がしたいのだ」
次の瞬間、30メートル程先に居たはずのノルドゥヴァリが俺の背後に現れ、穏やかな感じで俺に語りかけて来た。
瞬間的に振り返りざま魔力撃を放とうとも思ったが、何故か迷いが生じている状態で攻撃を繰り返しても、ノルドゥヴァリには通用しないと感じてしまっている。
最初に対峙した魔族と同様に、魔亜神からも害意は感じられない。
もしも害意が有るなら、俺の背後を取った瞬間に首を落とされていた筈なんだ。
更には妙な感覚にも襲われている。俺とノルドゥヴァリの周囲が、他の場所と隔絶されているような不気味な感覚に。
俺は構えていた魔法剣を下ろし、今は魔王に攻撃しない事を態度で示した。
「…お前の話を聞く前に、幾つか質問がしたい。
今起きている現象はどういう事だ?お前の幻術か?」
「まだお前の中に、私への敵愾心が渦巻いておる故詳しくは語らぬが、今貴様らの居る空間は虚実が混在した空間だ。
私の術と受け取って貰っても構わぬ」
「そうか。お前らの話はザックリとだが、妻から聞いたよ。
昨日までの俺ならば、アンタらの立場に一定の理解を示したかも知れない」
「…何やら含みを持たせた言い方よな。
何故、今日になって理解を示せなくなったのだ?」
「アンタらは俺の大事な仲間を利用しやがった!
俺が冒険者になって初めて出来た大事な仲間を死に追いやったんだ!!」
「…憎しみの螺旋からは抜けられぬと言う事か…
今のお前に何を話しても無駄なようだな…一つだけ言っておこう。
これは、我が同胞にも明かしてはおらぬが、私は貴様らの攻撃で死ぬ事は無い。
かつてこの地に降りたダーハマとは違い、貴様らにはそれ程神の力が宿っておらぬ故な。
まぁ、ダーハマに力を与えたのは、相当歪んだ神だったが…
貴様らが如何に強大な力を宿そうとも、膨大な神の力が宿らぬ限り、亜神である私に致命傷を負わせる事は叶わぬ」
ノルドゥヴァリは俺を動揺させる為なのか、俄かには信じ難い事を言った。
本当に亜神を倒すには、神の力が宿らなくてはならないのか?
クソッ!迷いを捨てろ!それこそがヤツの狙いかも知れないんだ!
俺は自らを鼓舞して魔法剣を構えた。
臨戦態勢を取った事で、ノルドゥヴァリは一瞬で俺との距離を開ける。
どうやら周囲と隔絶する術は解かれたようだ。
俺は魔法剣を連続で振るい、火属性の魔力撃を何発も繰り出した。
バシュシュンッ!
クソッ!何を使ったのか分からないが、ヤツに当たる前に魔力撃が霧散した!
「ヨシュア、良かった。急に姿が見えなくなって心配したわ。
エリックさんとタチアナさんを拘束していた結界はラフィが解いたから、もう大丈夫!」
「そうか!2人が無事で本当に良かった!
俺がサポートに回る!アマンダは隙を見て特大攻撃をお見舞いしてくれ!」
2人の無事を教えてくれたアマンダに指示を出し、俺は陽動役としてノルドゥヴァリに魔力撃を放ちながら、サークリングするように動いた。
しかし、ノルドゥヴァリは俺の動きに惑わされる様子も無く、アマンダの強攻撃だけを警戒している。
チュドドドドド!!!
俺たちが攻めあぐねていると、ノルドゥヴァリ目掛けて超威力の矢が飛んで行き奴の防護障壁を打ち砕いた。
エディさんの手当てを終えたシンシアが合流したんだ。
少し離れた所では、2人の魔族と抗戦するラフィとエレナ、ティファの姿が。
「ボサっとしてんなよ!!」
ブシャァァアッ…
一瞬目線を切った俺は誰かに突き飛ばされた…
エリックさんが俺を庇って…ノルドゥヴァリの攻撃を…
「うあぁぁあ!エリックさん!
そんな、そんなぁぁあ!!」
俺は急いで防護結界を張って、血だらけになって倒れるエリックさんに駆け寄った。
ダメだ。傷が心臓にまで…
「グフッ!ば、バカやろ…俺の事はいい…魔王を倒せ…」
「嫌だぁぁあ!エリックさん、今エクスポーションを…」
「お、俺は助からねえ…魔王を倒すことに…グフッ…集中しろ…」
「嫌だよ、エリックさん!生きてくれよ!
えぐっ、な、なぁ!元気になって、また俺を叱ってくれよ!」
「おま…泣いてんのか?
ハハッ!…や、やっぱ俺…お前の事…嫌いだわ…」
エリックさんは笑顔を浮かべ、そのまま息を引き取った……
もう許さねえ……
俺の中の何かがキレた……




