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58話 スピード婚 ④ 〜レイの回想〜

 


 〈レイ視点〉



「オイ、今何つった!?」



 ヨシュアの拳闘の才覚に気付いて早1年が経ったが、ヨシュア拳闘世界王者への道プロジェクトは遅々として進んでいない。

 言わずもがな、アグネスのヤツが常に目を光らせているからだ。

 焦りだけが募っていた俺に、剣皇の天職を持つニナが信じられない事を言い出した。



「大きな声出さないでよ!だから、ヨったんは剣術の才能が有るって言ったのよ」


「な、な、何でそんな事が分かる!?アグネスのヤツが荒々しい事をさせないように見張ってるんだぞ?

 オモチャの剣すら持たせないハズだ!」


「お花摘みに行った時に、ヨったんがチャンバラごっこがしたいっていうから、試しに木剣を持たせて見たら凄いのなんのって。

 特に自分の間合いと相手の間合いとを、直ぐに見極めちゃうのには驚いたわ〜。その上で後の先を取ろうとするのよね。

 あの超絶可愛いルックスに、あの才能…はぁぁあん!ヨったんと結婚したぁい!」



 クソ!何て事だ!ニナのヤツ、そんな巧妙な手口でヨシュアに剣を振らせというのか!?

 だが、その手は使える。アグネスはヴィッキーの面倒に追われている時がままある。その時に俺がヨシュアをお花摘みに誘い出せば…



「ダメだ!ダメだ!剣なんぞ断じてダメだ!

 あんな物は軟弱な女子供が使うモンだろうが!」


「何!?アンタ、ウチに喧嘩売ってんの?その無駄に太い手足、斬り落としてやろうか?」


「軟弱だろうが!男は生き様を拳で語るもんよ!

 良く考えても見やがれ!テメエら剣士は刀を取り上げられたら戦えねえ!

 例えば国王に謁見している時に、曲者の襲撃に遭ったらどうする!?謁見前に武器を預けたテメエらは手も足も出ねえじゃねえか!

 だが、拳が武器の俺様は腕を落とされねえ限り、存分にブチのめせる!」


「くっ…屁理屈ばっかこいて…でも残念!ヨったんはチャンバラごっこが大好きなんです〜!

 殴り合いなんかに興味ないんです〜!」



 くそっ!この女ムカつくぜ!ぜってえヨシュアと結婚させねえ!

 ヨシュアの嫁になる女は、アグネス以上の器量良しで、アグネス以上にパイオツがデカくて、アグネスと正反対の優しくてお淑やかな女じゃないと認めん!


 俺はその後3日はニナと一言も口を利かなかった。俺は一度根に持つと、暫く相手を無視する性格だからだ。

 ともあれ、それ以降冒険者活動が休みの日は、ヨシュアをお花摘みに連れ出すチャンスを伺うようになった。


 2週間後、そのチャンスは不意に訪れた。ヨシュアとソリの合わないヴィッキーが、ヨシュアとお気に入りのぬいぐるみの取り合いをして、癇癪を起こしたのだ。

 双子だというのに2人は仲が悪く、良く喧嘩をする。この状態になると、2人を引き離して別々に相手をしなくては収拾がつかなくなるのだ。

 普段なら俺が愛娘のヴィッキーをあやすんだが、こんなチャンスは滅多にねえ。



「アグネス、ヴィッキーを任せた。ホラ、ヨシュア。パパとお花摘みに行こうか?」



 俺はアグネスにしれっと役割分担を提案して、クマさんのぬいぐるみを抱き抱えるヨシュアの手を引いた。



(ククク…そんなクソ女々しいぬいぐるみを抱いていられるのも今のうちよ。原っぱに着いたら、男の拳道を叩き込んでやるけえのう)



「……レイがお花摘みに連れて行くなんて、とても怪しいですね。

 何を考えてるの?」


「い、いや、そんなんじゃねえし。

 偶にはヨシュアの好きな事に付き合うのもパパの勤めってもんだろが。

 なぁ、ヨシュア?」


「ううん。パパあやしい。パパはぼくがお花つみすると怒るもん」



 な、何だとこのガキ〜!親父の俺を売る気か!?

 俺はまさか実の息子に裏切られるとは思っておらず、ヨシュアの言葉を受け入れる事が出来なかった。



「ヨった〜ん!ニナお姉ちゃんが来たよ〜!

 お外いいお天気だから、ニナお姉ちゃんとお花摘みに行こっか?」



 突如として家に尋ねて来たニナ。固まる俺を一瞬チラっと見て、薄く笑みを浮かべた。

 こ、こ、このアマ!暫く外から様子を伺ってやがったな!?



「あらぁ、ニナ。いつも悪いわね。ヨシュアちゃんの事、お願い出来るかしら?

 レイ、アナタはヴィッキーと遊んであげて」



 アグネスは反論を許さないという冷たい表情で、俺にヴィッキーをあやすよう指示。無論、俺に拒否する権限は無いので、仕方なく拗ねてギャン泣きするヴィッキーのご機嫌取りをした。


 またしても生き馬の目を抜くニナに、完全にしてやられた。

 その後も隙を見てはヨシュアをお花摘みに連れ出そうとしたのだが、それらは悉く失敗した。

 ヨシュアがどんどんニナに剣術を仕込まれて行く事に焦りを覚えるも、徒らに月日だけが流れ、ヨシュアが7歳になった頃、再び衝撃の事実が判明する。



「レイ、アグネス。ヨったんは直ぐにでも魔法の英才教育を受けさせるべき」



 休日に家に尋ねて来たオリビアが、真剣な表情で俺とアグネスに、ヨシュアの教育について意見をして来た。



「何故、ヨシュアに魔法の適正が有ると言い切れる?」


「だって、この間ヨったんとお花摘みに行った時に、火属性変換した魔力で、炎のお花を作って見せてくれたもの」



 俺はオリビアの言葉を聞いて、激しく落胆した。魔法こそ男が使うようなモノじゃねえからだ。

 しかも、炎のお花を作っただ?作るなら炎の拳を作れってんだ!



「お前らいい加減にしろやぁ!ヨシュアは俺の大事な息子なんじゃあ!

 女みてえなナヨナヨした大人にされてたまるか!

 ヨシュアが本当に才能が有るのは拳闘だ!アイツは拳闘世界王者になる逸材なんじゃあ!」


「レイ、何度も言ったでしょう?可愛いヨシュアちゃんに、そんな危ない事はさせないって。

 ヨシュアちゃんは将来、ママとお花屋さんをするって言ってるんだから、本人の意思を尊重するべきよ。

 だから、魔法も却下だわ」



 アグネスと来たらいつもこうだ。ちょっと渓谷の美女だからって、自分の意見が何でも通ると思ってやがる。



「花屋なんぞ、ガキの頃特有のファンタジー的とかメルヘン的とかの戯言ぞ!そんなん俺だって、ガキの頃は将来ケーキ屋さんになるって言ってたんだぜ!

 だが、どうだ?大人になった今の俺に、ケーキ屋さんの要素が有るか?俺がガキ特有のファンタジー世界を引きずってケーキ屋になってたら、俺のケーキ屋は繁盛すると思うか?

 今以上に裕福な暮らしを送れてると思うのかよ!?」


「くっ、レイの癖に正論を…確かに、レイのケーキ屋なんて、考えただけでも吐き気が止まらないわ。

 でも、だからって、ヨシュアちゃんに拳闘をやらせたら、将来幸せになれるとは限らないじゃない?」


「いいや、ヨシュアは俺を凌駕する天才じゃ!

 良いか、見とけ。刮目せよ。そして、黙って見てろ。

 お〜い!ヨシュア〜!」



 俺はここが正念場だと踏んで、ヨシュアを呼んだ。

 ヨシュアは呑気なツラをして、とてとてとリビングにやって来た。

 俺は床に両膝をついて、目線をヨシュアに合わせた。



「よし、ヨシュア。お前のメガトンパンチで、パパをやっつけてごらん。

 パパにパンチ、略してパパパンチごっこだ。

 一発でパパをダウンさせたら、明日お土産に好きなお花を買って来てやるぞ」


「わ〜い!おはなだ〜!

 じゃあ、パパ。ぼくにおもいっきりパンチをうってきて」


「ヨ、ヨシュアちゃん!そんなの危ないわ!そんな危ない事したら、ママ泣いちゃうから!」



 ヨシュアの言葉を聞いて、アグネスは大いに取り乱した。こんな事で取り乱しては、せっかくの才能を見逃してしまう。母親失格だ。



「アグネスは黙ってろ!ヨシュア、どうしてパパにパンチを打って欲しいんだ?」


「だって、パパがまもりをしたら、ぼくのパンチだとやっつけられないもん。

 パパはパンチといっしょにまもりできないでしょ?」



 コ、コイツ…天才だぜぇ!何も教えてねえのにカウンターを狙おうとしてやがる。

 そして、全力攻撃する時は誰しも無防備を晒す事も…



「……恐ろしい子!!!

 見たか?聞いたか?何も教えてねえのに、ヨシュアはカウンターで俺を倒すという。

 セリフの殆どが平仮名とカタカナのヨシュアが、だ」


「レイ、意味不明な事言わないでよ!打たれ過ぎて壊れたの?」



 アグネスはヨシュアの破格の才能を理解してないらしい。

 だが俺は、ヨシュアの才がどれ程の物か、試したくなった。ヨシュアの構えは、たどたどしいアップライトスタイル。

 しかし、両足のスタンス、重心の位置、脱力具合、どれも一流のそれだ。

 俺は左前ではあるが、ヨシュアに対してやや半身に構え、左のガードは下げた。右の拳は顎の下に来るようにすれば、俺の得意な攻防一体のスタイル・フィリーシェルの完成だ。


 膝立ちという状態なので、体勢不十分ではあるものの、ヨシュア相手には良いハンデだ。

 俺は様子見で、フリッカージャブを打った。子供が相手なので加減はしているが、直撃すれば鼻血は免れない。

 綺麗な顔をしているヨシュアには、多少顔が血だらけになるくらいが男らしさが出て良い。


 しかし、ヨシュアは軽くスウェイをしただけで、何なく俺のフリッカーを躱した。

 くっ、コイツ、俺のフリッカーを見ても涼しい顔をしてやがる…何か癪に触るぜ!


 俺はもう少しだけ本気を出して、3発のフリッカーを打ったが、ヨシュアはウィービングでヒョイヒョイと躱しやがる。



「キャアアア!ヨシュアちゃんカッコイイわよ!次の左に右を被せて!」



 くっ、気に食わねえ。アグネスは俺の女だぞ!

 俺は更に本気目にフリッカーを放つ。こうなったら、貴様の右カウンターに俺の右カウンターをぶつけてやるぜぇ!


 俺は速く打つフリッカーの中に、時折力みを入れて拳速の遅いフリッカーを混ぜた。



「ここっ!」



 俺のスローなフリッカーに対し、踏み込んでダックをするヨシュア。

 ククク…餌にかかったな。

 小僧が右拳に力を入れたのを確認し、俺は渾身の右打ち下ろしをヨシュアの美少女フェイスに叩き込み…



 ドグォォオッ!ミシッ、ミシッ!



 ひ、左ボディだとぉっ…!コ、コイツ…天才か…

 ヨシュアの左ボディフックが、容赦無く俺の肝臓を抉ったのだ。俺は床に這い蹲り、胃の内容物をド派手にぶちまけた。



「うえええっ!うぐっ、い、息が…」



 俺はテメエのゲロに塗れながら、芋虫のように床をのたうち回った。

 クソッ!このガキ、何てボディを打ちやがる…右の肋が2本もイカれたじゃねえか!



「キャアアア!ヨシュアちゃん偉いわぁ!パパをやっつけたのね?

 コレは将来ママと一緒に、悪い人を倒せるお花屋さんになるしか無いわね!」



 アグネスは興奮気味にヨシュアに駆け寄り、全力で小僧の事を抱きしめている。

 チクチョウ…ヨシュアに肋を2本持っていかれた上に、女まで持って行かれるとは…



「レイ!ちゃんと自分で出した物の後始末をしておいてね。

 ヨシュアちゃん、ママとお花を買いに行きましょうか?」


「うん…でも、ぼくはもうおはなはいいや。ぼくけんがほしい!ニナおねえちゃんとチャンバラするほうがたのしいんだ」



 ゲロの後始末をする俺の耳に、信じられない言葉が飛び込んで来た。

 俺は肋骨2本とアグネスをヨシュアに持って行かれ、そのヨシュアをニナに持って行かれてしまったのだ。


 ショックを受けたのはアグネスも同じようで、慌てて魔導端末を取り出してニナを呼び出した。

 アグネスが慌てるのも無理は無い。何せお花大好きメルヘン少年が、お花よりも剣を欲したんだから。


 結局、オリビアとニナの力説に屈したアグネスは、ヨシュアの稽古を渋々認め、俺もその流れに便乗してヨシュアに拳闘の稽古を付けれるようになった。

 ヨシュアは思った通り抜群の才能が有り、俺が教えた事をスポンジ以上に吸収した。

 魔力を応用しない完全なステゴロなら、そこらの冒険者では相手にならないだろう。

 俺は一気に逞しくなった息子を誇らしく思ったのだが、稽古を付けて2年が経った頃にある問題にぶつかった。


 何と、ヨシュアは剣術でも魔法でも、破格の才能を発揮したのだ。

 ニナとの木剣の模擬戦を観察したが、剣皇相手に見事な太刀捌きを見せ付けるヨシュアの姿に、思わず目を疑う程驚いた。

 当然ニナは魔力は使わずに相手しているのだが、9歳の小僧が振るう剣では無い。拳闘でもそうだが、ヨシュアは相手の攻撃の見切りが抜群だ。

 相手の攻撃に対してどの位置に身を置き、どう対処すれば、相手の体勢を崩す事が出来るかを常に考えてやがる。カウンターや駆け引きが凄まじく上手い。


 続いて観察したのはオリビアとの魔法の訓練。此処でもヨシュアは俺の度肝を抜いた。

 中級魔法を的に向かってバンバン放っている。しかも、魔法発動が早く、コントロールが抜群だ。


 ヨシュアは生まれながらにして、既に魔力量がかなり多かった。しかし、魔力の量と魔法適正は全く別物。

 魔力量が多いと、魔力の制御や操作がそれだけ難しくなる。

 次女のティファニーが最たる例で、ティファはヨシュアをも大きく上回る魔力量を有するが、感情を昂らせると直ぐに魔力を暴走させ、魔力爆発を起こしてしまう。

 その為、ティファには魔力を吸収するブレスレットを常に身に付けさせている。

 ティファ程では無いが、ヨシュア程の魔力を持つ子供ならば暴発させて不思議じゃない。それを連続で発動して、見事に的を打ち抜いているのだ。



「クソッ!俺は気に入らねえ!ヨシュア、魔法なんぞ女々しい事は今すぐ辞めちまえ!」



 俺は嬉々として魔法を連発する愛息に、何故か声を荒げてしまった。

 ヨシュアは驚いて、撃ちかけの魔法を小器用に抑え込み、俺の方を向いた。こういう小癪な真似をする所が、俺のナイーブな部分に触れるんだろうな。



「何ですか、レイ。ヨったんが練習をしている途中でしょうが!」


「うっせえ、うっせえわ!俺の息子を変なアダ名で呼ぶな!訴えんぞ!

 俺は広く浅くってのが一番嫌いなんじゃ!男なら一つの道を只管突き進むもんだろが!」


「何をそんなに怒っているのですか?こんな天使のようなヨったんを見て、そこまで発狂するとは……アナタはサイコパスですね?」


「だから、ヨったんて呼ぶな!そんな呼ばれ方をする為に、可愛い息子の名を付けたんじゃねえ!

 ヨシュアは俺のように、拳一つで成り上がる男になるんだぜ!」


「ああ、アナタは典型的な毒親ですね。そうやって自分の価値観に子どもを押し込めて、子どもの可能性を潰して自分の理想を押し付ける。

 はぁ…こんなダメな父親の下に生まれたヨったんが不憫でなりません…」



 オリビアは俺をディスり、大袈裟に溜息を吐いてみせた。本当に癪に触る女だぜ!

 言うに事欠いて、この俺を毒親だと!? クソ!同じパーティーメンバーだろうが関係ねえ!この場でブチのめしてやるぜ!


 俺は両の拳に有りっ丈の魔力を込めた。



「アナタ、本当に私に手を上げる気ですか?

 死ぬ程後悔しますよ?それよりも、今はヨったんが10歳になるまで、この子のあらゆる才能を伸ばす事に専念すべきです。

 確かにヨったんは拳闘も天才的です。ただ、鑑定の儀でこの子の天職やスキルを確認するまでは、他の才能も伸ばしておくべきでしょう?」



 オリビアは冷静に正論を説いてきやがった。悔しいが、コイツの言う事は正論だ。王都では10歳の誕生日に、聖ミハイロ教会大聖堂で鑑定の儀を受ける事が義務付けられている。

 何故10歳まで受けられないかと言うと、10歳未満の幼い人体に鑑定魔法を使う事が危険とされているかららしい。

 確かにオリビアの言う通り、いくら破格の才能が有ったとしても、天職がそれに伴わなくては付随したスキルが習得出来ず、早々に頭打ちになってしまう。

 合理的に考えると、今判明している拳闘、魔法、剣術、お花摘み、おままごとの5つの才能を伸ばし、天職とスキルが判明した後に1本に絞って、本格的な修業をさせるのが良いだろう。


 ムカついて気が狂いそうだが、ヨシュアの将来を考えて、俺はオリビアの提案に同意した。

 何、拳神の俺の息子だ。ヨシュアも俺と同じく拳闘鬼の天職持ちに決まっている。

 仮にアグネスの方を遺伝したとしても、『魔闘士』という超レアジョブ持ちになる。魔闘士は属性変換した魔力を全身に纏い、体術で戦う事も出来るし、周囲に属性変換した魔力を触手のように展開して、遠距離攻撃も出来る稀有な天職だ。



 どの道拳闘の修業は必須になるので、俺の勝利は確定したようなもんだ…



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