46話 護衛クエスト ①
「いつから冒険者ギルドは規律を軽んじるようになったんだよ?」
キョーダイやキンクス達と早朝トレーニングを終え、ラフィ達と共にギルドに本日のクエストを選びに来ると、ギルド職員に応接室へと案内された。
意味も分からずに部屋に入ると、いつになく上機嫌なドミンゲスが俺たちを迎え入れた。嫌な予感満点の俺たちに告げられたのは、特例でのSランクパーティー昇格という聞きたくない報せだった。
余りに調子の良い提案にムカついたので、俺が露骨にギルドのやり方を非難したってワケ。
「何にだって特例は有るもんだろ?それに、『豊穣の翠』は誰がどう見たって破格の戦力を擁している。
最短でのSランク昇格は妥当じゃねえか。
ギルド長の俺がお前らを認めてんだから、何も問題はねえ」
「Sランク昇格に必要なのは戦力もさる事ながら、クエストでの信用度合いも重点が置かれる筈だろ。
俺はギルドが掲げている規律を公正且つ、非常に優良な物だと思っている。その規律で、どんなに最短でもSランへの昇格が半年と定められているんだ。
これまでの最短昇格でも、『宵闇の戦乙女』の8ヶ月と11日だったろ。
『豊穣の翠』はAランに上がって、たったの2ヶ月しか経って無い。信用なんて有ったもんじゃないし、Sランクの看板はそんなに軽いモノで良い筈がない」
俺が一番難色を示したのは、冒険者パーティーとしての信用である。
Sランクパーティーとは超一流の冒険者である証であり、難易度SSランクの依頼を高い金を払ってまで依頼してくれる人は、必ず達成してくれると信じてくれているのだ。
それを経験不十分な特例Sランクパーティーが受けて、万が一失敗でもしようものなら、パーティーのみならずギルドへの信用も失くなってしまう。
何より、そのクエストの内容次第では、依頼人が死んでしまう場合すら考えられる。そんな事は万が一にも有ってはならない。
「た、確かに規律は大事だぜ。それはギルド長である俺が一番良く理解している。
それでも、オマエら『豊穣の翠』なら問題ないと確信してるんだ。それから、ハルトん所も同様にSランクに昇格させるつもりだ」
「まぁ、『ヒャッハーズ』はAランに昇格して半年以上経ってるし、クエスト成功率もかなり高い。直近半年の受注依頼数も規定をクリアしてるだろうし、Sランクエスト成功数も規定以上だし、彼らの昇格は妥当だと思う。
だが、俺らはまだまだAランでの実績が足りない。こんな俺たちが昇格したんじゃ、Sランク冒険者の価値を下げてしまう」
「何が足りねえもんか。Sランが幾つも壊滅したイレギュラーダンジョンの調査だって、かなりの戦果を上げて無傷で帰還したじゃねえか。
何処が実績不足だっつーんだよ?」
「まさか、ギルド長ともあろう者が気付かないとはな。
『豊穣の翠』には、護衛クエストと採取クエストの実績が不足している」
「そ、それは…だが、護衛や採取なんぞお前らの実力がありゃあ、造作もねえだろうが。
それよりも難しいダンジョンのクエストを、100%成功させてるんだからよ」
俺はドミンゲスの言葉を聞いて、思わず呆れてしまった。彼だって昔は高位の冒険者だったというのに、現場を忘れてしまったのだろうか?
「護衛や採取を舐めんじゃねえよ。護衛は言わずもがな、高ランクの採取は貴重な薬の原材料になる植物採取が大半を占めているんだ。
どちらも依頼人の命がか懸かっている、最重要な依頼だろうが!」
「そ、そりゃそうだが…クソ!こんな破格の昇格話に飛びつかねえなんて、お前さんくらいのもんだぜ。
つうか、リーダーはラフレシア嬢だろうが。
ラフレシア嬢は、特例の昇格を受けたいとは思わないのか?」
「私もヨシュア様の仰る通りだと存じますわ。
私達はこれまで昇格規定に必要な数しか、護衛や採取依頼を受けておりませんでした。Aランク昇格後は一度も受けて無いのですわ。
私達は私達のペースで、地道に実績を重ねていきたいと存じますので悪しからず」
「そう言う事だ。っていうか、ドミンゲスよ。
何をそんなに焦ってるんだ?いつもは規律を重んじるアンタらしく無いぞ?」
俺は腑に落ちない事を、ドミンゲスに問いかけた。言葉の通り、彼はこれまで冒険者側の立場に立ってギルドを取り仕切っていた。
だが、ここ最近は無茶な要求や、突拍子も無い提案が多い気がする。
「くっ…痛い所に気が付きやがるぜ。
ヨシュアよ、この王国所属のSランクパーティーが何組居るか知ってるか?」
「ん?確か11組じゃなかったか?」
「いいや。ちゃんと活動しているSランパーティーは、たったの3組だ。
冒険者の聖地と言われる王国に於いて、活動しているSランクパーティーがここまで少ないのは前代未聞だ。
そのくせ、SSランクの依頼は増えて行く一方なんだぜ?この国は今、未曾有の冒険者不足に陥ってんだ」
成る程。そう言えば、エディさんも『宵闇の戦乙女』が長期休暇中だと言っていた。
あのクソビッチ共はまだゴタゴタして、活動出来てないんだろう。確かに動けるSランパーティーがたった3組なんて、今まで聞いた事の無い少なさだ。
ドミンゲスが焦る気持ちも分かる。にしても、まだ俺たちには経験不足という事に変わりは無い。
「はぁ…もう、お前らに特例を行使すんのは諦めたよ。確かにヨシュアの言う事は正論だしな。
時間を取らせた詫びと言っちゃあなんだが、とっておきの護衛依頼が来てるんだ。受ける気はねえか?」
ドミンゲスは軽く頭を下げると、懐からSランクの依頼書を取り出し、俺たちの前に広げた。
依頼主はアズベルト商会会長のショーン・アズベルト氏。『豊穣の翠』への指名依頼と記載されている。
「何が詫びだよ。俺たちへの指名依頼じゃないか。さも、良い案件を俺たちの為に取っておきましたみたいな言い方しやがって」
あんだけ私情で特例をゴリ推ししたくせに、今のような軽い悪戯めいた事をやる辺りがドミンゲスの憎めない所だ。
まぁ、人によっては鬱陶しいと思うんだろうが、俺はこの手の茶目っ気は嫌いでは無い。欲を言えば、ラフィのような美少女にやって貰いたいが。
ともあれ、護衛依頼の詳細に目を通しても、特に厄介そうな点は見当たらない。それどころか、俺たち用の魔導バギーや簡易コテージまで用意してくれるという高待遇だ。
日程としては明日から5日間。
隣国のロレン王国辺境都市のベンゲルシュトムまでの行きと帰りの護衛とある。中日の3日目はショーン会長が、ベンゲルシュトムの領主との会談や、地元の商会との商談が入っている為、俺たちは基本的にオフ日となるらしい。
注意するポイントは、王都とベンゲルシュトムの間に聳えるビッグピーチ山岳地帯だろう。ビッグピーチ山岳地帯付近には、S〜Bランクの魔物が出現する。
通常なら迂回をするのだが、それでは魔導バギーでも5日で行って帰って来る事は難しい。
相当急ぎの要件だと言う事だろう。
「ラフィ、今回の護衛ミッションで、最も優先させる事は何か分かるかい?」
俺は隣に座っているラフィに問いかけた。
「ええ。会長の身の安全を確保する事ですわ」
「そうだ。それは魔物から守るという事に限らない。
道中で盗賊団が武器を持って襲って来た場合、どうしても敵の無力化が難しい時は、何のためらいも無く盗賊どもを殺す事は出来るかい?」
俺がこのパーティーに足りないと思っている部分は、正に今質問した点だった。幾ら悪人が相手と言えども、実際に自ら手をかけるというのは中々難しい。
通常のクエスト中に盗賊に出くわした場合、自分達の身一つを守れば良いので、適当に攻撃をして追い払えば良いのだが、護衛の場合は依頼人の身と運搬中の荷物を守る事が何より優先される。
盗賊に襲われた際、敵の数が多過ぎる等、短時間で相手の無力化が難しい場合、盗賊どもを躊躇なく殺す事が必須なのだ。
「そ、それは…その時になってみないと…
ヨシュア様は人を殺めた事がお有りなのですか?」
「…有るよ?」
ラフィの問いに、俺は一瞬躊躇いながらも正直に答えた。嫌われてしまうかも知れないと思ったけど、過去に人を殺したという真実から目を背ける事は、この手で奪った命に対して不誠実だと感じたから。
「…そうなのですね…やはりそういう経験は、冒険者として当然の事なのですわね…」
「正直言ってしんどいよ?
相手は賞金首になる程の盗賊だったけど、彼の顔から生が抜けて行くようなあの光景は今でも偶に頭を過ってしまう。
分かるかい?心臓を一突きして、徐々に相手の目から光が奪われて行く感じを?
最後は烏賊のようになった不気味な黒眼が、左右に離れて行くんだ。お陰で今でも烏賊を見る度、吐き気がして来るよ。
コレは間違いなんかじゃないって、何度も自分に言い聞かせた。頭では分かってるつもりさ。あの時、もし俺が盗賊を殺さなければ、依頼人が死んでいたかも知れない。
整理はついていた筈なのに、先日の『ミッドナイト・ランブラー』を殺す事に一瞬躊躇してしまった。結果ヤツの自爆を許してしまっただろう?
アレが仮に護衛クエスト中の出来事だったら?
護衛依頼を受けておくべきなのは、何もラフィ達に経験を積ませたいというだけじゃない。俺自身の心の弱さを克服する為でも有るんだよ。」
俺が自分語りをしている間、ラフィ達は言葉を失ったかのようにただ黙して俺の話を聞いていた。
俺の話を聞いて軽蔑されたとしても仕方がない。高位の冒険者は綺麗事だけの存在では無いんだから。
「私もヨシュア様と共に、困難を乗り越えたいのですわ。私達が過去に2回受けた護衛依頼の時は、運良くそのような経験は有りませんでした。
改めてAランク冒険者には、強い覚悟が必要だと思い知ったのですわ」
「そうよね。冒険者稼業なんて、綺麗事が通用するような生易しい仕事じゃないもの。
わたしもどんな状況でも対応できる冒険者にならなきゃだね。悪党からも善良な人達を守りたいから、最悪殺さなくてはいけないっていう覚悟はしておくわ」
「エレナは悪いヤツを3人斬り殺してるから、悪い人を殺すのはもう慣れっ子なの〜!」
ラフィとシンシアは有り難い事に、俺の事情を受け入れてくれた。
それよりも、エレナから驚きの発言が飛び出した。まさか普段あんなに天真爛漫なエレナが、俺よりも多くの人を殺しているとは…
「エレナが生まれた所は、悪い人が良く攻めて来てたの。だから、村の人たちも刀で悪者を成敗してたの!」
エレナの故郷は争いの絶えない所だったのかも知れない。彼女の言葉を噛み締め、俺はこの子にはもう人を殺させてはいけないと思った。
このパーティーで汚れ役をするのは俺だけで充分だ。悪人だろうが人の命を奪うという業を背負うのは、男の俺が一手に引き受けるべきなのだ。
「まぁ、盗賊は捕まえた所で死刑になるってえのは、この国の法で決まってるんだ。
悪人の1人や2人たたっ殺した所で、そんなに気に病む必要はねえんだけどな。ヨシュアらしいっちゃらしいが」
「例え悪党だとしても、冒険者に盗賊を討伐する権限が与えられているとしても、無力化して捕縛するに越した事は無いだろう?
俺はどうしても無力化が困難な時以外は、無闇に人を殺したく無いってだけさ」
ドミンゲスは重苦しい空気を和らげようと、わざと軽いニュアンスの言い回しをしたのだろう。しかし、俺には悪人だろうが人の命を奪う事を当然だとは思いたく無い。
それでも、依頼人の為、ラフィ達の為に殺さなくてはならない場面はこの先遭遇するだろう。
俺は改めて覚悟を決めて、今回の護衛クエストを受注したのだった。




