44話 早朝トレーニングからの…
「きょ、兄弟が押されてる…!?」
早朝のギルドの訓練場にハルトの声が響いた。
今、毎朝の習慣である早朝トレーニングを『ヒャッハーズ』と合同で行なっているのだが、ウォームアップ後の模擬戦で俺はエレナと模擬戦を行なっているのだが…エレナのヤツ、メチャメチャ強くなってる。
普段の模擬戦ではエレナががむしゃらに攻めて来るのを俺がいなし、カウンターの一太刀を狙うのだが、今日はエレナの戦法が一変。
俺の攻撃を誘うように強弱折り混ぜた読みにくい剣戟を打ち、俺が横薙ぎに強く打ち込むと…
「『淵明流剣術:涅槃ノ独楽』なの!」
俺の木剣を肘や手首を固めて受け止めたエレナが、俺の剣戟の運動エネルギーをそのままに体を高速回転させて、遠心力を乗せた重たいカウンターの一閃が襲って来る。
俺は剣を振り切っている為、防御の動作が一瞬遅れてしまう。何とかエレナのスピン剣戟をバックステップで躱すも、体勢は崩れてしまっている。
天才の前にこの状態は最悪だ。
エレナは一足跳びでバランスを崩した俺の懐に飛び込み、木剣をコンパクトなモーションで振るって来る。いつもの大振りで来てくれればまだ楽なんだが、最小限のモーションの連撃を全て捌くのは厳しいなんてモノじゃない。
「くそっ、ちょこまかと…ヌンっ!」
ついムキになって、大振りの袈裟斬りを繰り出してしまった俺。エレナは例の固い受けから俺の剣の勢いで宙返りをして、重たいカウンター剣戟を撃って来ようとする。
しかし、スピンカウンターは折り込み済み。俺は既に木剣を水平に構え、防御の準備をしている。エレナの縦回転剣戟を止め…
スカッ…
エレナは木剣を振って来なかった…普通に前宙から着地すると、すぐさま地を蹴って俺の腹に鋭い突きを放って来た。
ドズッ!!
強烈な突きが俺の腹部にヒット。
俺はそのまま後方へ吹き飛ばされた。腹部を襲う強烈な痛みと、横隔膜がせり上がって呼吸が出来ない苦しさが相まって、俺は腹を抱えて地を転がる事しか出来ない。
「やったの〜!ヨシュア様から一本勝ちしたの〜!」
やたらとはしゃいでいるエレナの声が、早朝の訓練場に響き渡る。
こっちは地獄の苦しみを味わっていると言うのに、随分と呑気なヤツだ…
「ヨシュアの兄者、悶絶している所悪いのだが、某と一手手合わせ願いたい」
いつの間にか両手にグローブを嵌めて、やる気満々の表情のキンクスが俺の近くにやって来て、模擬戦を申し出やがった。
俺の今の状況が分からないのだろうか?
「悪いな兄弟。ウチのファミリーには、負けたヤツは勝つまで模擬戦を辞められないっつー鉄の掟があんだよ。
やっぱ漢たる者、負けっぱなしで引き下がれねえだろ?」
ハルトのキョーダイは、俺に漢道を説いてくれた。確かにキョーダイの言う通り、漢たる者負けっぱなしは良くねえな。
「わ、分かってるぜ、キョーダイ。キンクス、今バンテージとグローブ付けるから待っててくれ」
俺は異空間収納からヴァンテージとテーピングを取り出して、手早く準備する。俺のやり方は、ナックルパート用に分厚く巻いたパートを別に作る手法だ。
俺は『拳神』の天職を持つ父さん程拳は強くないので、念の為に保護する必要がある。
「よぉ、兄弟。随分とバンテージの巻き方が様になってるじゃねえか。格闘技でもやってたのか?」
俺が手早くヴァンテージを巻いていると、ハルトが声をかけて来た。
「ああ。ガキの頃にちょっと拳闘を齧っててな。さて、悪いキョーダイ。グローブをはめてテーピングで固定してくんねえなかな?」
俺はキョーダイにグローブを嵌めてもらい、壁を軽く殴って感触を確かめた。
ボディのダメージも抜けて来たし、バンテージの感じもバッチリだ。キンクスとの模擬戦は初めてだが、彼は手刀、貫手、左右の蹴りを駆使する拳法家。
グローブを嵌めてのスパーリングになると、彼の戦力は半減するのだが、ナルシシズムの塊であるキンクスは剣士の俺にはあれくらいのハンデは当然とでも思っているのだろう。
俺は模擬戦用の闘技リングに登り、キンクスと対峙した。
「キンクスよ、俺を相手に手心を加える事の愚、思い知らせてやろう」
「フッ、ヨシュアの兄者が言うと、ハッタリには聞こえぬな」
お互い言葉を交わし、ファイティグポーズを取った。
キンクスは足技で攻める為なのか、左足をやや前に出し、ガードを妙に高く上げる何とも珍妙な構えだ。
重心を後ろに置いて、左足が爪先立ちになっているのは、前に出した左足で素早く蹴りを放つ為だろう。
俺は軽いフットワークから、一気にサークリングをして、キンクスの左足の外側に回り込んだ。
相手の前足の外外に回り込むのは拳闘では定石だが、愚直にジャブから入るつもりは無い。
先ずは挨拶がわりに、キンクスのガラ空きのボディへ左ボディアッパーを打ち込む。
左拳には確かな肉の手応えがある。
俺のボディを食らったキンクスは体をくの字に曲げて、両手のガードを下げた。
ガラ空きになったアゴに左アッパーを打ち込むと、キンクスはそのままキャパスに崩れ落ちた。
「ククク…キンクスよ。愚かにも、左の前蹴りから入ろうとしたな?
一般人同士の喧嘩じゃあるまいに、高ランク冒険者同士の立ち合いで片足で立つとはお粗末過ぎるぞ」
俺は四つん這いになるキンクスを見下ろして、勝ち誇るように言った。
確かに蹴りはリーチが手よりも長く、威力もパンチより上とされているが、蹴るために一瞬片足で立たなくてはならない。
片足を上げる為にバランスを取る上体の動きは大きく、強い蹴りを放つのに溜めが必要になる。一般人であれば何も一瞬の事なので問題ないが、我々冒険者はその一瞬で距離を詰める事が可能。
蹴りは至近距離に入られると非常に脆い。強打をヒットさせるには距離が必要なのだ。
「くっ、くぅ…バカな…足技の無い拳闘に初撃を許すとは…」
「スポーツ競技での話なら拳闘が不利かも知れないが、魔力で身体強化をする冒険者や騎士が相手だと、蹴り技は繰り出す時のモーションが大き過ぎる。
前蹴りも回し蹴りも、躱された時の隙がデカいしな。接近して掴み倒し、殴りつけるというのが冒険者や騎士の肉弾戦だ」
俺の言葉にがっくりと項垂れるキンクス。この敗戦を糧に、学んで欲しい物だ。
「あ、あの、ヨシュアさん!昨日は済みませんでした!
ぼ、僕…とんでもない誤解をしてました!」
俺がキョーダイにグローブを外して貰っていると、リングサイドに走って来たセレンがペコリと頭を下げて謝罪して来た。
ラフィのビンタの跡が痛々しく腫れ上がっている。
「何でえ、そのシャバ僧は?兄弟の知り合いか?」
「ああ。イレギュラーダンジョンの穴埋めとして、昨日Cランク冒険者講習の講師をしたんだが、彼は受講していたCランク冒険者のセレンだ」
俺は只管謝って来るセレンを諌めつつ、ハルトのキョーダイ達に昨日の出来事を掻い摘んで話した。キョーダイ、キンクス、エレナはセレンの異常な言動にドン引いているが、それが普通のリアクションだろう。
一応場が落ち着いた所で、俺はトラブルの核心となる質問をセレンに投げかけた。
「セレンは冒険者としての志は立派なのに、何故に女関係の事になるとそんな訳分からん状態になるのかね?」
「い、いや…女の人がどうこうじゃ無くて、リア充が嫌いというか…生まれながらに恵まれてる同性が心底憎いんです。
生まれつき顔が良い、女の人にモテる、強い、友達が多い、コミュ力が高い…僕には生まれつき劣等感しか無かったから僻みというのが強いですが、子どもの頃からリア充のヤツらに虐められていたのが一番の原因かも知れません」
「成る程ね…だが、何の努力も無しに全てを手にしている人間なんて、ほんのごく僅かだぞ?
セレンは俺をリア充だと言ったが、俺は前のパーティーではメンバーから酷い仕打ちを受けまくったし、劣等感を常に抱きまくって日々訓練に励んでる」
俺の言葉に、セレンは一瞬驚いた表情を見せたが、直ぐに納得したように頷いた。
「た、確かに僕はヨシュアさんを誤解してました。
こんなに努力をしている人だなんて、思ってもいませんでした…
今日も朝早くから走り込みや、激しい筋トレを黙々とこなしてたし、ロリっ子にぶちのめされた直後にナルシストっぽい男と戦ったり…」
「エレナはロリっ子じゃないの!淵明流始祖の剣士なの!」
「某もナルシストなどでは無い!己の美学を突き進んでいるのみ!
恰好だけの連中と一緒にする事は許さぬぞ!」
エレナとキンクスが食い気味にキレた。
確かにセレナの言い回しには悪意があるよな。
「まぁまぁ2人とも抑えろって。
で、セレンの冒険者としての目標は、ペコリンだかペロたんだかいうアイドルと付き合えるくらい有名な冒険者になるって事か?」
「ぴょこみんですよ!
そうです!僕はぴょこみんと下半身でも繋がりたいんです!
皆んなのアイドルを、僕だけのアイドルにしたいんですよ!」
「おいおい、そういうファン心理は良く分からないけど、ファンとアイドルがそういう関係になるのはご法度なんじゃないの?」
「確かに、ドルヲタとしては邪道かも知れません。
でも、アイドルがセレブ社長とか、映画スターとか、有名冒険者とかとくっ付いたニュースを見ている内に、僕は我慢ならなくなったんです!
ファンでいる内なんて、せいぜい握手会でぴょこみんに握って貰った手でムスコを握って、間接手コキをするのが関の山じゃないですか!
そんな事をしている内に、ぴょこみんはどっかのインチキ臭いセレブ社長に持って行かれるんですよ!?
そんなのは耐えられない!僕は『2次元召喚』でSSSランクにのし上がって、毎晩ぴょこみんの全身を舐め回すんだ!!!」
む、むぅ…セレンが言っている内容はヤバみんだが、凄まじい意地と覚悟を感じられる。
そして、彼の発言には途轍も無い恐怖と狂気を感じる。
俺は震えながら右腕にしがみ付いて来たエレナの頭をナデナデして、彼女を襲っている恐怖感を和らげた。
「よぉ、お前さんの言うぴょこみんっつーのは、ピョリラ二・イバチェビッチの事か?」
場を恐怖が支配している所に、それまで黙して語らなかったキョーダイが口を開いた。
どうやらキョーダイは、ぴょこみんを知っているらしい。
「な、何故ぴょこみんの本名を!一部のマニアしか知らないハズなのに!」
「そりゃあ、半年くらい前に合コンしたからなぁ」
「う、嘘だぁ!アイドルが合コンなんてする訳無い!
ぴょこみんは清純派アイドルなんです!そんなパリピみたいな真似…」
まさかのキョーダイのカミングアウトに、半狂乱になったセレン。
しかし、彼の目の前に非常な現実が突きつけられた。
ハルトがセレンの目の前に突き出した魔導端末には、上半身裸で満面の笑みを浮かべる、ぴょこみんと思しき女の子が写っている。
「あのなぁ、オメエらが勝手に妄想するのは勝手だけどよぉ、アイドルだってただの人間なんだぜぇ?
年頃なら男と酒飲んで弾けてえし、気に入った男と恋愛だってしてぇだろうさ。好きなもん食って、遊んで、クソして寝る。
俺らと何も変わらねえよ」
「う、嘘ダァ!そんな写真、コラ画像か何かに決まってる!ぴょこみんの乳頭が、そんな小豆色なワケが無い!
ぴょこみんの先っちょはキレイなピンク色だし、ウンコなんてするわけが無いんだ!」
「まぁ、信じるか信じねえかはオメエ次第だけどよぉ、クソをしねえ人間なんている訳ねえだろうが。
ピョリラニだってションベンもするし、屁もこくんだよ!」
ハルトのキョーダイの言う事は正論だ。
だが、俺にはセレンの気持ちも分かる。ラフィがウンコなんてする訳が無いと思っているからだ。
ラフィは高貴過ぎて、オナラすらもしないんじゃないかな?
「そ、そんな…そんなぁ…ぅぅぅ…ぼ、僕が今までぴょこみんに、どれだけのお金を注ぎ込んだと思ってるんだよ…」
セレンは四つん這いになって涙を流した。
「そっか。ピョリラ二との合コンをセッティングしてやろうと思ったんだが、どうやら余計なお世話だったみてぇ…」
「行かせて頂きます!兄さん、一生ついて行きますから、どうか僕にぴょこみん合コンをセッティングして下さい!」
四つん這いからすぐ様土下座の状態になったセレンは、キョーダイに対して今日イチの声でお願いをして、頭が地面にめり込む程頭を下げた。
彼の変わり身の早さにビビったが、セレンの目標が早々に達成しそうで良かった。




