36話 追憶 ③
「今の一撃見た?アタシって凄くない?」
Cランクダンジョン最下層ボス・ワイルドファングの首を一太刀で刎ねたアマンダが、興奮気味にヨシュアへと抱きつく。
「ああ、流石アマンダだよ!ワイルドファングは硬質な体毛と皮膚で、生半可な攻撃なんて効かないのに、首を一刀両断だもんなぁ!」
ヨシュアは素直にアマンダを称える。
この時、ヨシュア加入から半年が経っており、『宵闇の戦乙女』は急スピードでパーティーランクを上げ、現在はDランクとなっている。
最早彼女らを嘲る冒険者は誰一人として居ない。
ヨシュアが急成長させた実力者集団として、DランクながらもBやAランクの冒険者が注目する存在となっていた。
「ウチの魔法も凄かったでしょ?」
いつの間にかヨシュアに背後から抱きついたソニアが、褒めてくれ攻撃を仕掛ける。
「ずるいですよ!私のシールド魔法はどうでしたか?」
そこにサーシャも加わり、ヨシュアは3人の処女達に密着されるという裏山な状態を味わっていた。
ヨシュアがソニアとサーシャをそれぞれ褒めちぎっていると、『フェロモンイーター』がいつもながらに良い仕事をして、股間から大量の魔力が入り込んだ3人は、何とも言えない快感に身体を震わせた。
しかし、この日はそれだけでは無い。
突如として脳内に響く無機質な声を聞いたアマンダ達は、一様に驚いたように目を見開き、それぞれ歓喜の声を上げ始める。
「きゃあああ!ねえ、今アタシ、『剣豪』から『剣聖』にクラスアップしたんだけど!」
「キター!ウチも『魔導師』から『大魔導師』になっちった!ねぇ、ヤバくない!?」
「ヨシュアさん!私も『プリースト』から、上級職の『ハイプリースト』になりました!凄いですよ!」
『フェロモンイーター』の恩恵を一定量受けた事によって齎されたクラスアップに興奮する一同。当然この場の誰一人として、『フェロモンイーター』のスキル効果とは思っていない。
「ええっ!凄いじゃないか、皆んなやっぱり天才だよ!どんなに早くても5年はかかるのに、たった1年半でクラスアップするなんて!」
「そ、そんな…アタシなんて、まだまだヨシュアには及ばないしさ。
もっと訓練を頑張らないとね」
「まぁ、ウチは天才だから?なんてね。つか、ヨシュアはクラスアップした?」
「ううん。俺はまだだよ。っていうか、俺は皆んなみたいに才能無いし、クラスアップは普通に10年以上先とかだと思う」
ヨシュアは気まずそうに答えたのだが、彼の天職『魔導剣士』は、『剣皇』、『弓皇』、『精霊導師』、『賢者』、『聖女』に並ぶ超級職であり、滅多な事ではクラスアップしない。
因みに、現在の『超魔剣皇』は、『勇者』に匹敵する伝説級職である。
「ヨシュアはまだ冒険者になって1年も経ってないんだから、気にすること無いじゃん!
クラスアップしなくたって、ヨシュアは鬼強いんだし」
「そうそう、ウチらがこんなに早くクラスアップ出来たのは、間違いなくヨシュアのおかげじゃんね!」
「そうですよ!絶対にヨシュアさんのおかげです!これからも一緒に居て下さいね!」
「うん!ありがとう!俺も皆んなに負けずに頑張るよ!これからも宜しくね!」
クラスアップした直後。メンバーは変わらずヨシュアの事を慕っていた。
しかし、この時を境にしてソニアとサーシャは、徐々にヨシュアと過ごす時間が少なくなって行く。魔導協会がソニアに、聖ミハイロ教会がサーシャに、それぞれアプローチを始めたのだ。
事実、僅か1年半で上級職にクラスアップするなど、前代未聞の事である。
大きな権力を有する様々な団体は、有望な人材を取り込む事で団体の権威を盤石な物にしようと、様々な方面へアンテナを張り巡らせている。
魔法関連の最高権威機関である魔導協会と、世界の主立った国で布教を行なっている聖ミハイロ教会が、この破格な才能を有する2人に目を付けるのは至極当然な流れと言えるだろう。
魔導協会は先ず、魔法術式研究科の特別研究員としてのポストをソニアに提示して、更に特別手当として2,000万ゲスもの大金を与えた。
彼女の活躍度合いや、更なるクラスアップによっては更に上へのポストや、特別手当ても確約した。
余りの好待遇に浮かれたソニアは、当然この条件に飛び付いた。
聖ミハイロ教会は修道女として神に仕えた経験も無いサーシャに対し、司祭としての権限を与えると提案。さらに月に2度の集会での好き勝手な説教と、月に2度の信仰者への治癒行為をするだけで、支援金1,000万ゲスを毎月支給するとした。
『ハイプリースト』は10年〜20年の修行により、『聖女』や『聖人』にクラスアップする者が殆どであり、協会としては幾ら大金を積んでも欲しい人材である。
戦闘に参加する事の少ない『プリースト』は、通常はクラスアップが困難な天職の為、クラスアップをせずに生涯を終える者が9割である。
僅か1年半で『ハイプリースト』になったサーシャは、近い将来『聖女』になる事が確定と見られたのだ。
◇◇◇◇◇
「はぁ…アイツらと来たら、今日も朝練サボって…」
時刻は早朝4時半。ギルドの訓練場で重さ50㎏の訓練用模造刀を振るうアマンダは、訓練に参加しなかったソニアとサーシャの事をボヤいた。
クラスアップから3ヶ月が経ち、ソニアは昨夜も接待を受けて帰りが夜遅くなり、サーシャも会合と称した酒池肉林の宴に参加して、朝帰りをしたのだ。
「ははは、仕方ないよ。2人とも冒険者とは別の活動も増えて、凄く忙しいみたいだし」
アマンダの隣で同様に模造刀を素振りしていたヨシュアは、困り顔でアマンダのボヤきに返したが、内心はアマンダと同様に2人に対する不満が有った。
「そうだけどさ、アタシらって冒険者よ!?皆んなの暮らしを守れるように、常日頃から鍛錬を重ねておかないと、イザと言う時に皆んなを魔物から守れないわ!」
アマンダはこの頃も傲慢さは無く、実にストイックに鍛錬を重ねていた。
当然、アマンダにも有名な剣術道場の師範や、大貴族の専属護衛といった要職への勧誘はかなり多かったのだが、災害指定特区の災害級魔物を討伐するという目標の為、全ての甘い誘いを断っていた。
「アマンダの心掛けはとても素晴らしいね。俺は君みたいな立派な志を持つ冒険者がリーダーで本当に誇らしいよ」
ヨシュアはアマンダを素直に讃え、イケメンスマイルを彼女に向けた。ヨシュアに絶賛きゅんなアマンダは、思わず正眼に構えた状態で素振りを止めてしまった。
「お、正眼の構えのままで、この重量を支えるトレーニングかい?
流石アマンダだなぁ。常に自分を追い込む訓練法に貪欲だ。俺もやってみて良い?」
「え、あ、うん!やって、やって!コレ結構キツいんだよ!」
「あ、ホントだ!このまま一時間静止すると、かなり良さそう。やっぱりアマンダとの朝練は楽しいなぁ」
ヨシュアが何の気なしに口に出す言葉には、アマンダが思わずきゅんしてしまうフレーズが多い。
きゅんするアマンダは、ヨシュアと2人きりになれるなら、2人が訓練をサボってくれた方が良いかも知れないと思うのだった。
その後は木剣を使った模擬戦を行い、それぞれの剣術に足りない部分をお互いで指摘し合い、補強する為の稽古を行なった。
訓練はかなりハードだが、アマンダにとってはヨシュアを独り占め出来る至福の時間である。
◇◇◇◇◇
「ソニア、ちゃんと集中しなさいよ!
魔法のタイミングかなりズレてるし、範囲も絞れて無いじゃん!」
この日『宵闇の戦乙女』は、王都から馬車で2日の距離にあるティッツ山で、雪晶花というレアな植物の採取依頼に来ていた。
ティッツ山にはDランクやCランクの魔物が多く、険しい山道での戦闘が主になる為、細心の注意を払って探索に当たる必要が有る。
探索を開始して1時間程でCランク魔物のスノーベアに遭遇した一同だったが、前衛の動きを注視していなかったソニアの上級魔法により、危うくヨシュアに攻撃範囲が及ぶ所だった。
これにはアマンダが黙っていられず、ソニアに激しい口調で注意をした次第である。
「わ、悪かったって。ヨシュアだったら、何か有っても対応してくれるかなって思ったじゃん?
最近寝不足でさぁ、ついウトウトしてただけだから勘弁しろし!」
「アンタねえ!後ろからどデカい魔法ぶっ放される前衛の身にもなりなさいよ!」
「まぁまぁ、ソニアも悪かったって言ってくれたんだから、もう良いじゃない?次からは本人も気をつけるさ」
ヨシュアはこれ以上雰囲気が悪くならないよう、アマンダを窘めたのだが、この対応は余りにマズかった。
ヨシュアのこうした対応の積み重ねによって、ソニアは次第に増長して行き、結果この依頼から半年後にはソニアがヨシュアを軽んじるようになってしまったのだ。
僅かに歯車が噛み合わない状態で探索は進んで行ったのだが、特にアマンダとヨシュアが奮闘した事により、道中の魔物達は討伐する事が出来た。
しかし、今度はサーシャがミスを犯す。
これまでは後方支援職のサーシャが地図を見て、メンバーを誘導していたのだが、日頃の寝不足により注意力が散漫になったサーシャは、誤ったルートを指示してしまった。
結果、予定していた14時に雪晶花の群生地に辿り着く事は出来ず、予定には無かったティッツ山中での野営を余儀なくされた。
行きと帰りで野営が必要なので、準備はしていたものの、山中での予定外というのはメンバーの精神力をも削って行く。
「ちょっと、サーシャ!誰のせいで野営になったと思ってんの!?
テントの設営をヨシュアに丸投げしてんなよ!」
「だ、だって…私は力仕事が苦手ですし、ヨシュアさんが得意だって言って手伝ってくれたので、お任せした方が良いかと…」
「ざけんなよ!だからって何サボってんのよ!?
あ〜!ムカつく!ヨシュア、テントはサーシャに任せて良いからね。
ここまで引っ切り無しに動いてたから疲れたでしょ?ゆっくり休んでて」
「ありがとうアマンダ。でも、テントはもう終わるからさ。
俺よりもアマンダの方が、ずっと気を張ってて疲れてるだろ?料理は俺に任せて、少し横になりなよ」
ここでもヨシュアは、メンバーを甘やかす事を言ってしまった。このような事が積み重なった事により、後にヨシュアはサーシャに雑用を押し付けられるようになる。
こうしたヨシュアの気遣いを、さも当然の事のように受けるソニアとサーシャ。魔導協会や聖ミハイロ教会から日々手厚い接待を受けて、他者が自分の為に気を使うのは当然だと思い始めていた。
しかし、アマンダだけはヨシュアの献身に深く感謝をし、また申し訳なく思いながらも、ヨシュアが異空間収納から出してくれたリクライニングチェアーに腰を下ろした。
「アマンダ、今日はかなり疲れただろ?このホットチョコレートを飲んで、リラックスしてくれ」
気の利くヨシュアは、金属製のカップをアマンダの手元のサイドテーブルに置いた。
「え?ヨシュアが作ってくれたの?」
「ああ。1人分しか無いから、他の2人にはナイショだぞ?」
「あ、ありがとう!その…凄く嬉しい…そっか、ヨシュアがアタシの為に…」
アマンダはまたもや、ヨシュアの優しさにきゅんとなった。
ヨシュアが調理に戻る後ろ姿を見ながら、アマンダはホットチョコレートを一口飲んだ。
それは、今まで飲んだどのホットチョコレートよりも美味しく、ピリついていたアマンダの気持ちを解してくれる至高の一杯だった。
◇◇◇◇◇
「うんまっ!何このシチュー!マジでヤバくない?
ヨシュアってこんなに料理上手いの?」
ヨシュア特製のクレイジーカウの腿肉を煮込んだシチューを一口啜ったソニアは、目を丸くして驚いた。
行きの馬車での野営は簡易的な保存食で食事を済ませていたので、ソニアとサーシャはヨシュアの手料理を食べるのはコレが初めてである。
アマンダは今まで何度かヨシュアの手料理を味わっており、このシチューの味は経験済みだ。
「本当にプロ顔負けの腕前です!ヨシュアさんはどこかでお料理を習ったんですか?」
「いや、ウチは両親とも忙しい人達でね、家にいる事が少なかったんだ。母さんは冷凍食品で済ませようとしてたけど、弟達や妹達に美味しいご飯を食べさせたくてね。
子供の頃から毎日料理をして来たから、ある程度上達したんだと思う」
「やっぱこれからの時代、男も料理くらい作れないとダメじゃんね!ってか、アマンダは何で驚いて無いワケ?」
「ん?だって、アタシはヨシュアに何回もお料理作って貰ってるから」
「うわっ、ズリィわこの女。ちゃっかり抜け駆けしてっし!つうか、ヨシュアは何でアマンダを特別扱いするワケ?」
「本当は君らにも振る舞いたかったけど、2人はここの所帰りが遅かったじゃんか。
それに、いつも皆んなの為に手続きやら、ギルドとの対応やらを頑張ってくれているアマンダには、せめて美味しくて栄養バランスの良い物を食べて貰いたいじゃない?」
ヨシュアの言葉にきゅんレーダーが敏感に反応して、速攻で頬を緩ませるアマンダ。ホットチョコレートあたりからニヤニヤが止まらない。
「ちょっ、アマンダ。ニヤニヤすんなし。
おし、ウチもヨシュアの手料理食べたいから、接待行くの減らすわ。高級料理ばっかで、最近腹の肉がブヨって来たじゃんね」
「あ、それならヨシュアの野菜スープとかオススメ。優しい味なんだけど、凄く深みが有ってめちゃ美味しいんだよね〜。何種類も野菜が入っててヘルシーだし」
「ズルいですよ!私もヨシュアさんのお料理が食べたいから、教会の会合に行くのを減らします」
美味しい夕食を食べている内に、日中のギスギスした感じは無くなり、穏やかな時間が流れた。
しかし、そんな時間も長くは続かない。
夕食の後片付けは女性陣で行ったのだが、それが終わると、ソニアとサーシャはさっさとテントに入って寝てしまったのだ。
焚き火に当たりながらも周囲の警戒を怠らないヨシュアに、アマンダが苛立ったように愚痴を零す。
「アイツらマジで何なの!?野営とか何も考えずに速攻寝るとか、あり得なくない?」
「ああ、野営なら俺がするから、アマンダもゆっくり休みなよ」
「えっ、幾ら何でもそれはダメよ。野営はただでさえキツいんだから3時間おきには交代しないと」
「大丈夫さ。俺は探索魔法が使えるし、1日や2日寝なくても探索に支障は出ないから。
アマンダはリーダーなんだから、寝不足は厳禁。
野営の事は気にせず、ゆっくり休むといい」
またしても、ヨシュアの変な気遣いが出てしまう。
このクエストは、翌朝早々に雪晶花の採取に成功したのだが、この件を境にして、ソニアとサーシャは徐々に増長して行く。
9割は増長する2人が悪いのだが、ヨシュアに全く非が無いとは言い切れないのであった。
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「あの頃くらいまでは、ソニアもヨシュアを慕ってたのに…
どこで間違えたんだろ?ソニアに魔導協会から誘いが来た時に、アタシがリーダーとして止めるべきだった?
ううん…アタシだって結局、ヨシュアに酷いことしたんだから、ソニアの事ばかり責められないよね…」
過去を振り返り、ソニアに何をすべきだったかを考えるアマンダだったが、結局彼女もヨシュアを不当に扱い、罵詈雑言を浴びせた事を思い出した。
ソニアのように増長しなかったアマンダでも、ヨシュアが加入して2年が経った頃に2度目のクラスアップをした事で、ヨシュアの事を迫害するよいになった。
ヨシュアだけがクラスアップしていない事も原因の1つだが、アマンダにとって大きかったのは、いつまでも縮まらないヨシュアとの距離感にある。
アマンダはヨシュアにほの字だったのだが、恋愛関係に疎いヨシュアはそんな事には気付かずに、変わらない態度でアマンダに接し続けた。
ヨシュア加入から2年が経ち、勇者にクラスアップした際にヨシュアへの恋慕の情に区切りを付けると、徐々に恋心に応えてくれなかったヨシュアをアマンダは忌々しく思うようになったのだ。
振られた腹いせのようなものだが、男女混合パーティーにはこの手の問題で人間関係が悪くなる事が多い。
実はソニアとシンシアがヨシュアを迫害するようになったのも、アマンダと同じく自分達の恋心に全く関心を持たなかったヨシュアへの逆恨みというのが一因なのだが、ヨシュアもアマンダも知る由は無い。
こうして『宵闇の戦乙女』内でヨシュアは不当に扱われるようになり、挙句ヨシュア追放に至ったのだ。
アマンダは病室で過去を振り返り、ソニアのヨシュアへの憎悪の念をどうにか取り除けないかを思案した。しかし、幾ら考えたところでアマンダは身動き1つ取れないのだ。
もう何もかも取り返しがつかない現実を実感し、アマンダは1人涙した。




