35話 追憶 ②
「ヨシュア〜。はい、あ〜ん!」
宴が始まって30分。早くも出来上がったソニアが、唐揚げをフォークに刺してヨシュアの顔の前に差し出している。
「い、いや、自分で食べれるよ」
「照れんなし!ハイ、あ〜ん!」
しつこいソニアに根負けしたヨシュアは、諦めて口を開いて唐揚げに食いつこうとするも、ソニアは直前で引っ込めて、唐揚げを自分の口の中へと入れた。
「キャハハハ!ウケふ!マビべかわみいんらけろ!」
「ちょっ、ソニア!ヨシュアを揶揄うの辞めなって!
ゴメンね、ヨシュア。代わりにアタシが口移しで食べさせてあげる」
口の中に唐揚げを入れたままで、ソニアは大はしゃぎ。
アマンダはソニアを窘め、ちゃっかり流れに便乗してヨシュアの唇を奪いに行った。
「アマンダも悪ノリが過ぎますよ!ヨシュアさんが困ってるじゃないですか!
さ、ヨシュアさん。酔っ払い2人は放っておいて、私たちはあちらで大人しく飲みましょう?」
サーシャも酒が入って積極的になっており、カウンター席を指差して2人きりの空間を作ろうとする。
「ははは。ありがとうサーシャ。でも、皆んなでこうやってワイワイ飲むの初めてで、俺もとても楽しいんだ。気を遣ってくれてありがとね」
「…そ、そんな…ヨ、ヨシュアさんが迷惑じゃないなら良いんですけど…
あ、じゃあ私が、その…唐揚げを口移しで…」
2人飲みに持ち込むのは失敗したものの、強かに第二の矢を放つサーシャ。徐に唐揚げを口に咥え、ヨシュアに顔を近づける。
「ちょっ、抜け駆けすんなし!ハイ、唐揚げボッシュー!」
サーシャの積極的な行為にいち早く気付いたソニアは、サーシャの咥えた唐揚げを素手で摘み、自分の口へと放り込んだ。
「あ〜!ズルい〜!ヨシュアさんに食べて貰いたかったのに、唐揚げもう無くなったじゃないですか〜!」
「ナイス、ソニア!サーシャってホントに油断ならないよね。
っていうか、アンタらヨシュアとの距離近過ぎ!ヨシュアはアタシが最初に声をかけたんだから、アタシ以上に仲良くするの禁止!
あと、ヨシュアと2人きりで出かけるのも禁止!」
「は!?ざけんなし!ヨシュアとは次の日曜日に、一緒に防具を見に行く約束してっから。
幾らリーダーでも横暴過ぎっしよ!?」
「わ、私もヨシュアさんと、デ、デートをしたいです!」
女同士で醜い争いが勃発した。ヨシュアは完全に置いてけぼりである。
どのように止めたものか思案するヨシュアに、ある女性冒険者がこっそり近付いた。
女はグラマラスなボディにビキニアーマーを纏っており、正にセクシーの権化といった雰囲気を放っている。
「アナタがヨシュア君ね?そんな喧しいガキ供と飲んでいてもつまらないでしょ?
お姉さんの部屋で飲まない?このオッパイでたっぷりサービスしてあげるわよ?」
この女も下衆の塊である。自慢の乳房を強調するように、少し前屈みでヨシュアに話しかけた。
「あ、いや、遠慮します。今、仲間たちと楽しく打ち上げしてるんです。ゴメンなさい」
「そうよ!ヨシュアの歓迎会なんだから、部外者は引っ込んでなさい!」
女の存在に気づいたアマンダは席を立ち、ヨシュアの側に行くと、女に見せつけるようにヨシュアの頭を抱き変えた。
女はバツの悪そうな顔をして離れ、女子トイレへと向かった。
「あ、ゴメンだけど、ちょいトイレに行ってくる」
凄い剣幕のソニアは3人に断りを入れ、女の後を追って女子トイレへ向かう。
トイレに入ったソニアは、後ろから女のウェービーな長髪を掴み、そのまま壁に女の顔面を叩きつける。
その力はとても低ランク冒険者とは思えない物で、一発で女の鼻はグシャリと潰れ、夥しい量の鼻血が噴き出した。
「ぶ、ぶべぇぇえ!ち、ちぼっど、は、はにふんのひょ!」
鼻血は口の中にも流れ込み、女は喋りづらそうにソニアに食って掛かったが…
ドギャン!ドビチャァッ!ドズン!
ソニアは御構い無しに後髪を強く握り込んで、2度3度と女の顔面を壁に叩きつける。
壁に女の顔を押し付けたまま、ソニアは左手でローブの内ポケットを弄り、解体用のナイフを取り出すと、女の首にソレを押し当てた。
「良い?今後ヨシュアに近付いたら、今度は間違いなくブッ殺す。分かった?」
「ぶぁい!ぼ、ぼうぢばでん…ゆどぅぢで…」
顔面鼻血塗れの女の返事を聞くと、ソニアはナイフを懐に仕舞い、女の後ろ髪から手を離してトイレを後にした。
女はEランク冒険者で実力もそこそだったが、『フェロモンイーター』で全てのステータスが飛躍的に上がったソニアは、Dランク上位クラスの実力を有するようになっている。
女が復讐に行った所で、ソニアに返り討ちにされるのが関の山だ。
女はソニアが出て行った後も、暫くトイレで震えるのだった。
この時以来、ヨシュアに近付く女冒険者は、ソニアがボコボコにするようになる。
◇◇◇◇◇
ヨシュアに接触しようとするのは、何も女の冒険者ばかりでは無い。
デビュー1年以内の新人冒険者への研修にて、ヨシュアが実技指導員を模擬戦で一蹴したという噂は広まっており、ヨシュアを超新星と見ている冒険者は多かった。
これまでヨシュアに接触を計ろうとしても、彼はギルドの酒場でマッタリと酒を飲む事は無く、ダンジョンから帰還すると報告と売却をして、さっさと帰ってしまっていた。
しかし、今日は飲みの場に居るのだ。上手く自分達のパーティーに引き入れようとする何人かの男の冒険者が、ヨシュア達のテーブルの様子を伺っている。
そんな周囲の様子に気付く事も無く、ヨシュア達は引き続き談笑していた。
「それにしても、ボス戦のヨシュアはヤバかったよね!?」
「マジそれ。素手でボスを動けなくするってヤバすぎっしょ?」
「私もビックリしました。ヨシュアさんのジョブって格闘家ですか?」
「いや、『魔導剣士』っていう剣士系の天職だよ。どちらかと言うとアタッカーよりも、サポート役に向いた天職なんだ。
拳闘術は知り合いにガチ目な人が居てね。7歳くらいからその人に叩き込まれて、それなりに素手でも闘えるようになったんだよね」
サーシャの質問にヨシュアは正直に答えようとしたが、父親の事を聞かれるのはマズいと思い、ガチ目な人と濁しておいた。
英雄の息子として見られたく無かった為である。
「剣士系のくせにウチより魔法の発動が早いって、マジヤバ過ぎっしょ?
てか、無詠唱で中級魔法使いまくるって何なん?ウチに無詠唱のやり方教えろし」
「もちろん良いよ。ソニアは勘が良いから、コツさえ掴めば1週間くらいで使えると思う」
「あ〜ん!マジでヨシュアいい奴過ぎ!お礼にチューするし」
嬉しそうに目を輝かせたソニアは立ち上がり、ヨシュアに抱きつこうとした。
そんな事を許す訳が無いアマンダが、咄嗟にソニアの前に立ち塞がり、ヨシュアへの接近を阻止する。
「え〜、良いなぁ。ヨシュアさん、私にも無詠唱を教えて下さい!
お礼に、、、その、、、今晩お背中をお流ししますから」
アルコールの効果以上に顔を赤らめたサーシャが、ソニア達が揉めてる間隙を突いて大胆な提案をする。
「ちょっと、サーシャまで何言ってんの?
一緒にお風呂とか有り得ないから!って言うか、アタシらの宿に風呂なんて付いて無いじゃん!」
またも女3人の小競り合いが始まった。ヨシュアは早々に止める事を諦め、用を足しにトイレへと向かった。
「やぁ、ヨシュア君。酒場に来るなんて珍しいじゃん。
どう?呑んでる?」
ヨシュアが小の方で水分を放出していると、すぐ横の便器の前に立った男が不意に声をかけた。
先程から彼をスカウトしようと様子を伺っていた冒険者の1人である。
「あ、ああ。今日は俺のパーティー加入の歓迎会なんですよ」
「やっぱ、君が『宵闇の戦乙女』に入ったっていう噂はガチだったんだ。
こんな事を言うのも何だけどさ、あんな低レベルなパーティーは、君みたいな逸材が入るべきじゃないよ」
初対面の人間に『宵闇の戦乙女』を虚仮にされ、ヨシュアは顔を顰めた。
3日間の訓練と今日の初探索で、アマンダ達の秘めた才能に気付いていたという事も有るのだが、それ以上に、自分と同じ目標を持つアマンダのパーティーを悪く言われた事が、何よりも許せない事だった。
「低レベルなんかじゃ有りません。『宵闇の戦乙女』の皆んなには、そこいらの人には及ばない程の才能が有りますから。
じゃあ、失礼」
特大のイチモツを仕舞ったヨシュアは吐き捨てるように言うと、男には目もくれず手洗い台へと移動する。
「あ、ああ。言い方が悪かったな。済まん。
だけど君のような天才は、もっと上のパーティーに入ってこそ輝くんだ。そう、例えばウチの『会心の一撃』みたいなね。
君さえ良ければ、特別にウチの副リーダーとして迎えるけど、どうだい?」
『会心の一撃』はDランクの中堅パーティーであり、通常ではデビュー3ヶ月程度の新人を入れる事など有り得ない。
それも只加入させるだけでは無く、副リーダーのポストを与えると言うのだ。この破格の待遇は、男がそれ程までヨシュアを高く買っているという事に他ならない。
しかし、ヨシュアは首を横に振った。
「気持ちは嬉しいですが、俺は彼女らと上を目指します。
アマンダ達となら、絶対に災害指定特区に行けると確信してますから」
ヨシュアには一切の迷いが無かった。加入して僅か4日だが、人一倍トレーニングに励むアマンダのストイックさに触れ、魔物と一戦して行く毎に着実に成長する3人の姿を目の当たりにした今、彼女らの可能性に対する疑いの余地が、ヨシュアには微塵も無い。
「はははは。君はまだ冒険者になって間も無いから分からないだろうけど、君が今居るパーティーは1年近くFランクで燻っている落ちこぼれ集団だ。
本当に才能が有るなら、とっくにDランクまで上がってるさ。
ヨシュア君、君の将来の為に言ってるんだ。変な意地は張らずに、ウチのパーティーに入りなよ」
「ちょっとアンタ!リーダーのアタシに断りもなく、ヨシュアに引き抜きかけないでくれる?」
男が再度誘いをかけた時、怒りの表情を浮かべたアマンダが入って来た。
「アマンダ、大丈夫。俺は『宵闇の戦乙女』を離れる気なんて無いから。
それよりここは男子便所だ。女の子がこんな所に居て変な誤解を招くといけない。
さ、一緒に皆んなの所に戻ろう?」
「話は終わってないぞ、ヨシュア君!
おいアマンダ!お前みたいな最弱のクソ雑魚が、彼のような天才に寄生して良いと思ってるのか!?」
「おい、テメエ今ウチのリーダーに何つった?」
それまで丁寧な口調だったヨシュアが一変し、男に乱暴な口調で問いかけ、襟首を掴んだ。
その凄まじい迫力と、込められた力に、男は身動きが取れなくなる程縮み上がる。
「良いか?アマンダは強えんだ!そして、これからもっともっと強くなる!
テメエみてえなシャバい中堅よりも、遥かに高みに行くんだゼ!俺とアマンダは、絶対に災害指定特区に行って見せる!
お前は指を咥えて黙って見とけ!」
ヨシュアは激しく言い放つと、男の体を小便器の方に突き飛ばした。
男は小便器の陶器部分に激しく背中を打ち付け、そのままへたり込んだ。便器の下のションベン受け部分にお座りする感じの、何とも恥ずかしい姿を晒したのだ。
「ヨシュア…その、ありがと。
す、凄く…カ、カッコ良くて…その…」
アマンダはそう言うと、腰をくねらせてモジモジした。完全にきゅんである。
「あ、ヤバ。男子便所だったね。
さ、リーダー。早く皆んなの所に戻って飲み直そう」
ヨシュアは先程までの鬼の形相は何処へやら。一変して爽やかなイケメンスマイルを浮かべ、アマンダの手を引いてトイレを後にした。
楽しい飲み会は深夜0時近くまで続き、ヨシュアは完全に酔い潰れたソニアをおんぶして酒場を出た。
「アタシはちょっとだけ用事が有るから、皆んなは先に宿屋へ戻ってて。
あ、それとサーシャ。ヨシュアに変な事したらマジで許さないから」
アマンダはそう言うと、3人を先に帰らせた。
彼女の用事と言うのは…
「ねぇ、さっきは散々舐めたクチ聞いてくれたよね?
殺される覚悟出来てる?」
アマンダは酒場から出て来た、例の引き抜き男の前に立ちはだかった。
男はあの後ヤケ酒をかっ喰らっており、足元がおぼつかない状態だ。
「んあ?何だ?ヨシュアに庇って貰えたからってチョーシこいてんじゃねえぞ?
そのか細い手足をぶった切って、犯し倒してやらぁっ!」
男は大声で怒鳴り付けると、腰のロングソードを抜いてアマンダに斬りかかった。
が、アマンダは既に男を少しだけ上回るステータスになっており、素面の状態で戦っても男の方が分が悪い。酔っ払っている今、酔いが醒めているアマンダと戦って、万に一つの勝機も無かった。
死なない程度に体のあちこちを斬りつけられ、1分と経たずに、男は地面に尻餅を着いた格好でへたり込んだ。
特に男の右腕の状態は酷く、二の腕の半分を断ち斬られている。
「今後ヨシュアに近付いたら、両足を貰うよ?分かった?」
失禁しながら震えている男に、冷たく問いかけるアマンダ。
「ひ、いぎぎぎぎ…わ、分かった!分かったからもう切らねえでくれ!」
男の返事を聞いたアマンダは、最後の脅しとばかりに男の目の前を掠めるように剣を振るい、男が失神した所で踵を返して宿へと歩き出した。
ギルドの酒場前での刃傷沙汰なので、当然事の顛末を見ていた者は何人かおり、ヨシュアに近付くとどうなるかをまざまざと見せ付けられた。
仮に男がギルドに泣き付こうとも、パーティーリーダーに無断でメンバーを引き抜く行為は禁じられており、それを咎められての果たし合いとなると、重い処分が下るのは男の方である。
男は泣き寝入りするしか選択肢は無いのだ。
この時を境に、アマンダはヨシュアを引き抜こうとする男の冒険者に暴行を加えるようになった。
こうして、ヨシュアと他の冒険者との交流は殆ど無くなったのだ。




