25話 手の平の上
「『サラマンダーの息吹』ですわ!!!」
ラフィの荒々しい声と共に、前方が一瞬にして業火に包まれた。
漆黒の狼型のAランク魔物・ヘルハウンドの群れが断末魔を上げる間も無く消し炭と化した。
「ちょ、ちょっと…ラフィ…さん。素材とかの事も考えて欲しいんですが…」
「……………『サラマンダーの息吹』ですわ!」
ラフィは冷たく俺を一瞥しただけで、俺の言葉には応じる事無く、超級精霊術の『サラマンダーの息吹』を放った。
あれから3日が経つが、ラフィはその間ずっと俺の事をガン無視している。
寝室も別…っていうか、俺はリビングのソファーで寝ている。
今日は、王都から商業都市へと続く街道沿いに現れたヘルハウンドの群れの討伐クエストに来たんだが、この通りの有り様である。
怒ってはいても、精霊術の火力が街道に及ばないように範囲が絞られているのは流石だが、今の状態は余りにも宜しく無い。
エレナもシンシアも触らぬ神に祟りなしとばかりに、それぞれ離れた場所でヘルハウンドの討伐に当たっている。
「考えたんだけどさ、俺…このパーティーを抜けるよ…」
俺はこの数日間考えての結論を口にした。
「え、ヨ、ヨシュア様…そ、それは…」
「えっ、そんなのダメだよ!ヨシュア様が居なかったら、やって行けないよ!」
「メッなの!ヨシュア様、メッなの!」
俺の言葉に、3人は一瞬で顔色を変えて反対して来た。
「俺がいる事で、あれだけ連携が取れていた皆んなの動きがバラバラになっている。
俺が抜ければ、元の連携の取れたパーティーに戻るはずだ」
「何言ってんのよ!それはヨシュア様とラフィが喧嘩してる今だけでしょ!
暫くしてほとぼりが冷めたら、また元の連携が取れるわよ!」
シンシアが真っ向から反論して来るけれど、そういう問題ではないんだ。
「シンシア、Aランククエストを舐めるな。そして、冒険者としての重責を弁えるんだ。
こんな好き勝手に動いている状態で、ヘルハウンド相手に不覚を取らないと言い切れるのか?それに、クエストにはイレギュラーが付き物だ。
急にSSランクの魔物の襲撃に遭うかも知れない。
それから、今回の討伐に失敗した場合、誰に迷惑が掛かると思う?Aランクパーティー指定をしてまで、今回のクエストを依頼してくれた商業ギルドに迷惑がかかるんだぞ?
王都民の生活にだって支障が出るかも知れない。
本来、こんな状態のパーティーが、クエストを受けるべきじゃないんだ。
俺がいるせいでパーティー間がギクシャクするなら、俺が抜けるというのは当然だろう」
俺はそう言うと、街道沿いの森林地帯から引き返そうとした。
「待って下さいまし!わ、私の態度が気に入らないのでしたら、私が抜けますから、ヨシュア様はどうかこのパーティーに…」
パシンッ!
俺は自らの脱退を口にしたラフィの頬を張った。
「どんな状況であっても、リーダーがそんな事を軽々しく口にするな。
ラフィの事を信じて、今まで必死について来たシンシアとエレナの気持ちを考えろ!
良いかい?ラフィはこのパーティーの主力でも有るし、精神的な主柱でも有るんだ。リーダーが気紛れにパーティーから出て行こうとするなんて、無責任も良いところだ」
女性に手を上げてしまったのはいけない事だが、命懸けの冒険者パーティーのリーダーとして自覚を持たせるには頬を張って冷静さを取り戻して貰うしか無い。
ラフィも分かってくれるだろう。
「……ヨ、ヨシュア様……
ぶちましたわね!嫁入り前の乙女の頬を!お父様にだってぶたれた事は有りませんわ!」
分かってくれませんでした…それどころか鬼の形相で俺の胸ぐらを掴んで来た…顔立ちが整いまくっているラフィだけに、怒りを表に出すと妙に迫力がある…
ヒィィイ、怖いよう。
「かくなる上は責任を取って私を娶って頂きますわ!」
続いてラフィから飛び出したのは、とても物騒なフレーズだった。
娶る?そこまでになるのか?頬だって強く張ったわけではなく、本当に軽くパシンとやっただけなのに?
「あ〜あ、ラフィの綺麗な身体をキズモノにしちゃった…コレはヨシュア様は責任を取らなきゃだね」
「キズモノになったら、お姉様は他の人の所にお嫁に行けないの〜!」
タイミングを見計らったかのように、シンシアとエレナは一斉に俺を責め立てて来た。
「キ、キズモノって大袈裟過ぎだろ!嫁に行けないとかは、幾ら何でも言い過ぎだ!」
「うぅぅぅ…酷いのですわ!ヨシュア様は他の殿方に裸を晒した上に、しばかれ倒した女性を娶る事が出来るのですか?」
「いや、言い方!
そんな言い方をされたら、罪悪感が半端じゃないではないか!
大体、裸だって俺が無理矢理ひん剥いた訳じゃなくて、ラフィが勝手に脱いだんじゃないか!」
マズい…売り言葉に買い言葉でムキになってしまったが、完全にラフィのペースに乗せられてしまっている…
「アラ?ヨシュア様、本当にラフィに手を出して無いって言い切れるの?
本当に?誓約書に書いて誓える?裸のラフィと毎晩ベッドを共にしましたけど、指一本触れてませんって。
言っとくけど、ラフィって箱入り娘のお嬢様よ?もし、ヨシュア様以外の男に嫁ぐとしたら、相手は相当地位の高い貴族でしょうね。
誓約書に書いて命を懸けて貰わないとならないけれど、本当にヨシュア様は疚しいことはしてないのかしら?」
うおお、シンシアの圧が凄い…
畳み掛けるような彼女の勢いに、俺は反論する事が出来ない。
だって…寝ているラフィのオッパイを…こっそり触った事は何回か有るんだから…
「い、いや…でも、娶るって言われても…そう言うのって、お互いの気持ちが大事っつーか…」
「あら、私の気持ちは既にお伝えしたのですわ。
ヨシュア様への圧倒的なラブは揺るがないのですわ」
「いや…でも、俺は…」
『うぅぅぅ…ラフィ…大好きだよぉぉぉ…うぅぅぅ…許してくれよぉぉぉ…』
俺の反論は、エレナの魔導端末から流れて来た俺の声によって遮られた。
「ソファで泣きながら寝言を言ってるヨシュア様の証拠動画なの〜!」
俺に向けられた画面には、ソファで寝泣きしている俺の恥ずかしい姿が…
「うあぁぁあ!そんな物はプライバシーとか肖像権とかそう言った類の侵害だあ!」
「へええ、ここまで証拠を突きつけられて認められないなんて、本当に漢らしいハルトさんの兄弟分なのかしら?
本当は、妹分の間違いじゃないの?
自分の気持ちすらちゃんと言えない臆病者だから、タバコを吸っても噎せるんじゃない?」
シンシアの今の煽りは、俺の漢としての矜持をスッパリと切りつけた。
「ちっくしょおおお!俺だって漢なんじゃあ!
ああ、そうさ!ラフィに一目惚れしたさ!こんな超絶美少女に惚れないヤツなんて漢じゃねえんだゼ!
毎晩惚れてる女に裸で抱きつかれて、嬉しいわムラムラするわで発狂しそうだっつーの!でも俺は童貞だから!童貞だからビビっちまうんだよ!
それに、パーティーメンバーとそういう関係になるのが怖えんだよ!
クソ、童貞の俺が悪いのか!?変な所でビビったり、冒険者として変に拗らせているクソ童貞野郎の俺が悪いのかよ!」
アカン…完全に暴走してもうた…
我に返った時には既に手遅れのようで、煽ったシンシアも、俺の寝言動画を見せて揶揄っていたエレナも、完全にヤバいヤツを見る目を俺に向けていた。
「ヨ、ヨシュア様…そのお言葉は本当ですか?」
唯一ラフィだけは、何故かウルウルした目で見つめて来て、そう問いかけて来た。
「す、すまん…俺もどうして良いのか分かんなくてさ…ラフィの事が大好きって気持ちも本当だし、一方で気持ちを伝えて振られたり幻滅されないかってビビったり、このパーティーが大事だからエレナやシンシアも大事な仲間な訳で…ラフィと距離を詰めたらマズいんじゃないかっていう気持ちも有ったり…」
今度はさっきのような逆ギレ状態では無いので、幾分かまともに自分の気持ちをラフィに伝える事が出来た。
「で、では…私を娶って頂くことは…」
「いや、いきなり何で結婚する事になるのさ。
災害指定特区へのチケットを手に入れて、災害級や厄災級の魔物を狩るまで、結婚とかは正直考えられないよ。
っていうか、ヘルハウンドを警戒しないとダメだろ!
まだ群れの一部は残っているんだし!」
そう。俺たちはクエスト中なんだ。今の気の緩みは幾ら何でも危険だ。
「ああ、それならわたしがこの間会得した『天弓』っていうスキルで殲滅しておいたから大丈夫。
ヨシュア様の索敵でも、ヘルハウンドの気配は一匹も感じ取れないでしょ?」
シンシアの言葉に一瞬言葉を失ってしまった。
『天弓』というのは弓の帝級スキルで、膨大な魔力を上空に展開して、天空から矢の雨を狙った敵に降らせるという人間離れした技だ。
まさか、シンシアがそんな最上位スキルを使いこなせていたとは…
「話を戻して宜しいでしょうか?もし、私たちがSSランクに昇格して、災害級を倒せるようになったら娶って頂けるのですね?」
ラフィの圧が凄い…いや、それより何でいきなり結婚なんだ?
恋愛経験ゼロの俺でも、段階くらいは熟知していると言うのに。
「ちょ、ちょい待ち!段階があるだろう!災害級を倒せるようになったなら、先ずは交換日記から始めるのが通例のハズだ!
それで仲良くなってから2人で一緒に帰ったりするのが…」
「厨二男子か!何よ、いい歳こいた大人が交換日記って。
全裸で抱き合って寝てるくせに、何でいきなり距離が遠くなるのよ!ハァ…ヨシュア様って本当に一般常識が無いよね…」
俺が暴走して以来、静観していたシンシアが鋭いツッコミを入れて来た。
中二男子とは酷い言われようだ。
「もう!ホントまどろっこしいわね!
お互い好き合ってんだから、今日からラフィとヨシュア様はカップルって事で決定ね。
異論は一切認めないから」
カカカカカップルだとう!?
何故いきなりそうなるんだよ!?パーティーメンバーとしての仲はどうなるんだ!?
しかし、シンシアの放つ絶対的なオーラが、俺に反論する事を躊躇わせる…
「分かったよ!でも、俺は恋人としての作法がまるで分からない。
ラフィを失望させてしまうかも知れないけど、それでも俺を捨てないで欲しい。クソビッチ共に捨てられても数時間で立ち直れたけど、ラフィに捨てられたら俺は一生立ち直れない自信がある。
廃人になる事請け合いだ」
「ヨシュア様に失望するなど、絶対に有り得ませんわ!
ああ…ヨシュア様に想って頂けて、ラフレシアは幸せでございますわ!」
「『ラフィィィ、俺を捨てないで〜』って、カッコ悪いの〜!」
「アハハハ!めちゃダサいよね!ダサい事を偉そうに言えるのがヨシュア様だから仕方ないんだけど」
ラフィは目を輝かせて喜んでくれているのに、他2人はめちゃ弄ってくる。
まぁ、紆余曲折は有ったけど、俺とラフィは恋人同士になれたのか…何だか現実味が無いな…
調子に乗ってラフィを抱き締めたり、キスしたりする度胸のない俺は、左手の小指をラフィの右手の小指に絡めた。
このちんまい距離の詰め方が、俺には精一杯のスキンシップなんだ。
照れながらラフィの方を見ると、ラフィは最上級の可愛いスマイルを俺に向けてくれた。
それだけで、心の内側が温かくなり、体中を幸せオーラが駆け巡る。
暫く幸せの余韻に浸った俺だが、不意にある事が引っかかった。
「ん?待てよ?ラフィってエレナの盗撮動画は見てたの?」
「はい。あの時私もヨシュア様の寝姿を見ていたのですわ」
「ちょっ、見てたのかよ!俺の気持ちを知ってて、何でずっと俺をシカトしてたのさ?」
「それは、ヨシュア様の口からきちんと本音を聞きたかったからですわ」
「そうそう、ヨシュア様ってキレると本音を言うタイプじゃない?まさか、キレてパーティー抜けるって言うとは思わなかったから、あの時はめちゃ焦ったけどね」
「ヨシュア様は分かりやすいの!」
どうやら、俺は女性陣の手の平の上で転がされていたらしい…
女って怖いんだなぁ…
話がひと段落した後、俺たちはさっさとシンシアが殲滅したヘルハウンドの魔石を回収して、ギルドへと討伐達成報告へと向かうのであった。




