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Step.1 まずは相手を知れ

 夫は私を殺したいようです。



 というよりも、殺すということは既に確定事項のようです。なぜなら、他ならぬ夫本人が知らない男とそう話すのを、こっそり聞いてしまったのですから。


 夫は情報員の身を隠し、この国に入り込むために、何も知らない私と結婚しました。けれどこの度、めでたく結婚後3年を経過し、夫の滞在資格について、配偶者ビザから永住外国人ビザに切り替える手続が完了したのです。


 晴れて、私は用済みとなりました。私の代わりとしては、夫の再婚相手として、新たな女性情報員を入国させる段取りが整っているとのこと。


 永住権を獲得してすぐでは流石に怪しまれるから、期限は今日から一年半。


 万一、夫が指令を果たせなければ、夫も二歳の娘も、このままではいられない――ということでした。



――うん。なるほど!



 私は一人納得しました。


 おかしいと思っていたのです。そもそも、夫との出会いからして、かなりおかしいの一言でした。



 それは3年と少し前、すっかり日の落ちた、雨の降る寒い日のこと。

 私が仕事を終えて自宅に帰ってくると、家の門の前に、傘もささずにうずくまる一人の男がいました。


 どう見ても

 あ や し い 男でした。



――この現代に。


 なんで黒ずくめの、しかもフード付き? しかもそれ、レインコートに見えて普通のコートですよね? どこで購入したんですか。ハロウィンの仮装コーナーですか。


 というか、目の前の伊藤さん家にはひさしがあって雨宿りできるのに、なんでわざわざ、何もない我が家の前で雨に打たれながら座っているんでしょうか。



 言いたいことは色々ありましたが、口に出たのはそっけない一言でした。


「大丈夫ですか。」


 こちらを見上げた男は、見たこともないほど綺麗な外国人でした。絵に描いたような超絶美形。男は普通に健康そうに見えましたが、なぜかハアハアと大げさに息をしています。



 なるべく関わり合いになりたくない私の、取るべき行動は1つ。


「救急車呼びますね。」


 携帯を取り出しました。


 しかし、その瞬間、男は病人とは思えないほどの高速で立ち上がり、携帯をもつ私の腕をつかんで言ったのです。



「大丈夫だ。」

「……。」


 思わず私は男をガン見し、至近距離で男と目を合わせました。



――これほど動けるのなら、たしかに大丈夫ですよね。



 頷いた私は、電話を思いとどまると


「……じゃあ。」


 と言って、速やかに家に入ろうとしました。

 しかし、男は私の腕を は な さ な い。



「あの」


 私は、腕を離してほしいと身振りで促しましたが、男はハアハアと大きく息をするのみで、一向に離そうとしません。それほど苦しいのであれば。



「やっぱり救急車をー」

「必要ない」


 男は被せるようにそう言いながらも、私の腕を は な さ な い。



 結局、その日は、雨が止むまでの間、私の家の敷地内にあるビルトインガレージに置いている長椅子を、男に貸すことになりました。


 一人暮らしの屋内に知らない男性を入れるわけにはいきませんが、ガレージで少し休ませるくらいならば、大丈夫だと思ったのです。



 後日、男は、お礼をしたいということで我が家を訪れました。


 もういいと言っているのに何回も食事に誘われ、一月後にプロポーズをされたときは、もうどこからツッコミを入れたら良いか分からないほど、おかしいと思っていました。



 それというのも、彼とは、事務的な事項以外の会話をほとんどしていません。


 私自身も口下手なので、内心では男のおかしすぎる言動にツッコミの嵐でしたが、口に出るのは「はい」「そうですね」「分かりました」など、我ながら何がなんだか分からないような返事ばかり。



 食事をしていてもほぼ無言で、ひたすら気まずい沈黙に内心胃が痛くなるような思いをしているというのに、彼は平然と食事を続けていました。


 そして食事が終わるやいなや、また数日後の食事の誘いをしてくるのです。楽しくもないというのに!


 しかし私の表情筋も硬い自覚はあるので、切実に勘弁して下さいというその思いは、うまく伝わっていなかったのかもしれません。



――あれですか。外国人みたいだし、民族的な風習とか宗教かなんかで、一度恩を受けた相手には百倍返しにしなければならない決まりがあるとか?



 そう思っていた時代もありました。


 ある日、いつものように沈黙の食事を終えた後、唐突に、ニコリともしない無表情でプロポーズをされたのです。


「今日は実に有意義かつ楽しい食事だった。ついては、私と結婚してほしい。」


 指輪まで差し出されました。



――ええと、今日の食事で話したの、メインの料理を何にするかと、ドリンクのお代わりのことだけでしたよね!? それも話した相手はウエイトレスさんだし?



 意味が分かりませんが、この男がすごくおかしいことだけは分かります。

 いつの間にか左手を取られ、指輪を勝手に嵌められました。



――何でサイズがピッタリなんでしょう? しかもこの指輪、私の好みにもピッタリなんですけど。



 ちょっと引きました。けれど口下手なため、うまく気持ちを伝えることもできず、結局、なんやかんやと流されるままに結婚することになりました。



 私は既に親を亡くし天涯孤独の身でしたから、結婚式などは行いませんでした。今思えば、そのような身辺事情も全て調査の上で、私がターゲットに選ばれたのでしょう。


 結婚生活は、私が両親から相続していた自宅に、彼が引越してくる形で始まりました。


 向かいの伊藤さん家に結婚の挨拶に行ったときは、何故かとても驚いた顔をされていたので、私のような平凡な女性が、彼のような超絶美形の外国人と結婚することになったことに驚いていたのかもしれません。それとも、彼のかなり変わったファッションのせいでしょうか。



 その後は、少々変わった結婚生活だったかもしれませんが、他の人と結婚した経験があるわけではありませんから、比較の対象もありません。


 一年後には娘にも恵まれ、幸せな日々を送ってきたと思います。

 とはいえ、夫と私の関係が普通と違う自覚はありましたから、夫と知らない男の会話を聞いたときも、驚きよりも納得する気持ちの方が大きかったのです。



――さて、色々と納得はしましたが、困りました。



 私が殺されなければ、夫と娘が殺されてしまうようです。国単位の諜報組織から狙われたのであれば、一個人が逃れるということは不可能でしょう。


 娘を殺させるわけにはいきませんから、私が殺されるしかありません。



 しかしそうすれば、経済的に問題が生じます。


 我が家の家計は正社員の私が支えており、夫は非正規労働者。仮に夫が再婚しても、相手が入国したばかりの外国人ということであれば、安定した収入は望みにくいです。



 夫の祖国がどこまで経済的な保障をしてくれるのか分かりませんし、娘の面倒をしっかり見てもらえるかも分かりません。

 どうしても殺されなければならないのなら、残されるこの子が困らないよう、何としても現金を残したいところ。


 そしてこの状況で、現金を残すために考えられるとすれば、生命保険金。――これしかない!



 今から死亡保険金2億円の保険をかけ、受取人を娘にし、1年経過した後に私が亡くなれば、娘に当面困らないだけの財産を残すことができるでしょう。


 ただ、この計画には少しだけ、問題があります。


 我が国の死亡保険はどれも、死亡保険金がおりる事由が「不慮の事故」に限られているのです。殺された場合や、自殺の場合には、保険金はおりません。



 夫が下手をして殺人であることがバレたら無駄死にになってしまいますから、なんとしても確実に「不慮の事故」に見せかけつつ、夫に殺されるという、高度なワザが必要になるのです。

 しかも1年経過した後に。


――私は、1つの策を思いつきました。


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