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激アツ少女たまちゃん!

作者: 阿野ヒト

「お、大当たりですっ。よろしくお願いしますっ」


 キュインキュイン!! 辺りで飛び交う爆音と、ジャラジャラうるさいこの空間。


 時刻は、ちょうど午前12時ごろ。江戸川区にある某パチンコ店での数時間の激闘のすえ、俺、高橋八滓(ぱちかす)が大当たりをぶち当てた瞬間のできごとだ。


 払い出し口から出てきたのは、玉ではなく一人の美少女だった。


 ……いや、わかってる。自分でもどれくらいの妄言を言っているのかってことくらい理解はしている。


 でも実際に、目の前には。


「うぅ。ど、どうしました……?」


 いるねぇ。涙目でこっちを伺ってくる銀髪ロングの美少女が。上皿からはみ出すように正座しちゃってるよ、うん。


 目を擦ってみても、やっぱりいるし。これは長いこと脳みそを溶かすあの快音を聴き続けたせいかもな。相当な重症のような気がする。確変終わったら、今日は帰ろう、そうしよう。


 そう決心し、俺はハンドルを右に強く捻った。


「きゃんっ♡」

「なぜ、喘ぐの!?」

「だ、だって……あなたがソレ捻るからぁ……」

「ソレとかやめて!? ハンドルね!」

「あっ……はぁはぁ……で、でも狙ってましたよねぇ……連チャン♡」

「いちいちエロいな、おい!」


 いかん。思わず、幻覚に話しかけてしまった。完全にあっちのペースにもっていかれてる。


 それにしても軽くハンドル捻っただけで、顔紅潮させやがって……。


 と、そこで後ろからぽんぽんと肩を叩かれた。


 変な独り言を言ってしまったからだろうか。振り向けば、気まずそうな表情をした店員が立っていた。


「あの……お客様ぁ?」

「あっ。すんません、いきなり奇声あげてしまって。もうしないんで」

「えっとその……そういう問題ではないといいますか……店内でのそういうプレイはご遠慮していただきたいというか」

「ん? プレイ?」


 遊戯のことかと思って、少しの間店員と視線を交わし合う。キョロキョロと視線を逸らしたりして、落ち着きがない。


 なんとなくあたりを見回してみると、いつの間にかみんな自分の台そっちのけで、こっちを見てきていた。


 そして上皿にいる美少女は、相変わらず赤らめた顔で、おどおどと身体を震わせていた。


 ふむ、なるほど……これは。


「みんな見えてんのねぇ……」



 パチンコ店から少し離れたファミレスにて。


「改めまして……私、『たま』って言いますっ。よろしくお願いしますっ」


 机に額をごちんと当てながら、お辞儀をしてくる美少女、たま。


 なんか勢いで、このまま連れてきちゃったけど。


「なんなんだい、君は」

「……パチンコの玉です」

「パチンコの玉なら景品と交換してもらえるだろ。店出る前に一応確認したけど『当店に寝取らせようとしないでください』って、丁重にお断りされたぞ? これはどう説明するんだ」


 店側からしたら、いきなり女の子差し出して来たもんだからな……本当に思い返してみても、あれはとんだ羞恥プレイだった。


 ただ頭で理解していても、どこかで半信半疑なところがあったから確認せざるを得なかったのだ。


 すると、たまの顔が分かりやすく暗くなった。


「そうですよね……やっぱり私、玉に見えませんよね……」

「うん。著しく人間だよ、君は」

「同僚からも、よく言われてたんです。お前は玉失格だって……」

「まじか。喋ってんの、あいつら」


 ということは、たまに上皿にたまった玉の海に手を突っ込んでジャラジャラ言ってたのも、なんか言ってたってこと?


 ……キモいな。


「ごめんなさい……私が玉じゃないばっかりに、あなたに迷惑をかけてしまいました……」

「まあ迷惑っていうか、当惑だよね」

「はい。本当にごめんなさい……」


 しゅんと小さくなって、何度も謝るたま。

 うわぁ。すごく、きまずい空気だ。


「えっとその……そうだ! さっき玉が話すって言ってたけど、具体的にどんな話してるわけ?」

「……話ですかぁ?」

「そうそう。俺たちパチンカーとパチンコの玉って、言ってしまえば戦友みたいなものじゃん? 毎日のように命を託してるわけだからさ」


 運要素が強いパチンコで、玉がヘソに入る割合は数少ない指標であり、命綱だ。回らない台に座ることは、死と同義だといっても過言ではない。


 ここで玉のことを少しでも知っておけば、今後の役にも立つかも……。


 俺がそんな邪な考えを頭に過らせていることも知らずに、たまは涙を拭うと律義に俺の質問に答えた。


「ヘソ避け合戦しよ、とかですね」

「戦友がTwitter感覚で裏切ってきた!?」

「みんな風車を使って軌道を変えるのがうまいんです。中には、張り切りすぎちゃって、大当たりまだなのに右回りしちゃう大胆な子もいて……」

「大胆すぎない!?」


 玉が全く入らないあのイライラタイムとか、たまに予想以上に勢い強い玉出てくるのとか、全部パチンコ店の陰謀か何かかと思っていた。


 まさか玉本人からの攻撃だったなんて……。


「まあ、その点でも私は全然ダメダメなんですけどね……百発百中でヘソに入っちゃうんです」

「最高じゃねぇか。むしろ今の一言で、一気に親近感沸いたよ。俺は、君みたいな子がパチンコの玉の鏡であるべきだと思うね」

「八滓さんは、優しいんですね。こんな私にそんな言葉をかけてくれるなんて……」


 たまは、少しだけ口角を上げた。ただ同情のように捉えられたか、その微笑みには、どこか虚しさが残っていた。


「切実だがな、こっちは」


 そう呟くが、パチカスである俺の声なぞ、たまの耳には届いていないんだろうな。



 それからというものの、俺とたまは二人して押し黙った。その間、たまのことを何度も観察したが、オレンジジュースを飲むたまの姿は、本当に人間の女の子にしか見えなかった。それもかなり可愛い部類の。


……これからどうするつもりなんだろうな、この子。


俺がそんな疑問を抱きながら、トイレへ行こうと席を立った時だった。


「あの……八滓さん」


 さっきまで黙りこくっていたたまが真剣な眼差しをこちらに向けてきた。


 それはまるで1パチで大負けした奴がダメ押しの4パチに挑む時の目である。


「なに?」

「会ったばかりで、こんなこと言うのはおこがましいことだって分かっています。でも私、やっぱり諦め切れないから……」


 銀髪がふわりと宙で踊った。


「私の前でパチンコ打ってくれませんか!」


 たまが席を立って俺の両手を掴んできたんだと理解するのは、そのセリフが放たれてからしばらくしてからだった。



『キュインキュインキュインッ!』


 冬の寒さと、外にだだ洩れの爆音が頭に響く。

 俺とたまは、パチンコ店の前で佇んでいた。


「ここですね」

「う、うん。そうだけど……入る前にちょっといいかな」

「なんですか?」

「……本当にやるの?」


 流れでここに来てしまったが、聞いておくべきだろう。


「お願いします。パチンコのこともっと理解すれば、より良いパチンコの玉になれる気がするんです。だからいっそのこと打ち手側になって、パチンコの玉を客観的に見たくて」


 たまは眉毛をハの字にして、迫ってくる。なかなかにやる気みたいだ。


「まあ、その言い分は分かるんだがね。ただ、今日負けてるから……その金銭的余裕がぁ……」


 俺がそう言うと、たまは一変して、がくりと肩を落とした。


「あ。ご、ごめんなさい……そうですよね、私無理言っちゃって……うぅぅ……」

「ああ! 分かった。分かったからそんな顔しないでくれ。よしやろう、今すぐやろう!」


 慌てて、たまの手を引っ張って店内へと入っていく。

 パチンコ店の前で女の子を泣かせている男とか、社会的にまずいからな。


 店の中は、相変わらず騒々しく、たばこ臭い。客層的には、年配の人が多く各々が一喜一憂していた。


 とりあえず、俺は適当に空いている台に座った。


 スペックとしては、通常時の大当たり確率が199分の1のモノ。俗にいうライトミドルタイプだ。


 そして当然のごとく4パチ。


「今から始めようと思うけど……喘ぐのだけは、やめてね。また追い出されちゃうから」

「わ、わかりましたっ」


 たまに確認を取り、左側にあるサンドに万札を投入した。玉貸しボタンを押すと、払い出し口から一気に玉が吐き出された。


「うわぁ……あんなにいっぱいぃ……」


 艶のある声が後ろから聞こえてきたが、気にせずハンドルを捻った。


 ここからは、冗談抜きの真剣勝負だ。


「頼むぞぉ」


呟くと同時に第一玉目がヘソへ入り、液晶画面に映る図柄が回転し始めた。


 さあ、遊戯の開始である。



【十五分経過現在、投資二千五百円】


「す、すごい……お金が泡のように溶けていきますね」

「まあ、前半で速攻大当たりを引ける時もあるけど、そんなの稀だしな。最初はこんなもんだよ」


 言いながら、玉貸しボタンを押して玉を補給する。

 そんな俺の姿を見てか、たまは感心するように「おぉ……」と声を漏らした。


「落ち着いてるんですね?」

「いや、めちゃくちゃ動揺してるよ」

「え。で、でもそんなふうには全然見えませんけど……」


 不思議そうに、俺の顔を覗き込んでくるたま。


 うわっ、いい匂い。


 首を振って、我に返った。


「け、気取られないようにしてるからね」

「誰にですか?」


 たまは、きょろきょろと辺りを見回した。概ね、誰かがこっちを見てきているとでも思ったのだろう。


 しかしそうじゃないんだよ、たま。俺が、空いている左指でさしたのは、目の前のパチンコの台である。


 さらに首を傾げるたま。


「……意味あるんですか、それ?」

「ないよ。けど意味のないことにすら頼りたくなる。それがパチンコなんだ」


 そうでもしていないと玉が流れるだけでお金が減るなんていう意味のわからない状況を精神的に耐えられないからな。


「パチンコって奥が深いんですね……」



【三十分経過現在、投資五千円】


 ぴこんっ!


「おっ? なんか来ましたよ!」


 子供のようにはしゃぐたまが指さしたのは、画面左下に映る保留の一つだった。ズラリと同じようなマークが立ち並ぶなかで、他とは明らかに違った形の保留がそこには表示されていた。


 そのまま順繰りに保留が消化され、いざレア保留の消化へ――。


 瞬間、画面のふちが白色のエフェクトで彩られた。


「わわっ! さっきまでなんともなかったところから! これは当たりじゃないですか!?」

「……………。」

「ど、どうしたんですか、八滓さん? そんな渋い顔して。チャンスですよ? チャンス!」

「…………ぬるい」

「え?」


 俺の言葉の直後、リーチはストップして、実らなかった。結局、何事もなかったかのようにまた通常保留の消化へと入っていく。


「あうぅ、惜しかったですねぇ。もう少しだったのに」

「そうでもないよ。全然、アツさが足りない」

「寒いんですか? なら店員さんにもう少し暖房の温度上げられないか聞いてきますね!」


 そう言ってたまは、近くにいた店員に声をかけようとした。

 すかさず、止める俺。


「そうじゃないから」

「で、でも、八滓さん寒いんですよね?」

「アツさっていうのは、パチンコの話だよ。色は、俺たちパチンカーにとって魂の色なんだ」

「ふぇ?」

「パチンコの台っていうのは、色で大当たりの期待値を示唆するのがほとんどでね。細かいところは機種によって違うんだけど、この台の場合は、白・青・緑・赤・金となっている。金に近づけば近づくほど、大当たりの期待値も高まってくるわけだ。それすなわち」

「……アツさ」

「そういうこと」


 とはいえ、あくまで目安で確実性はないんだけどな。

 だがたまは、何かの秘伝技でも会得したような面持ちで「なるほど」と頷いていた。


 だんだん、たまもパチンコのことを分かりだしたみたいだ。


「ちなみにこの台。金のさらに上、虹色なんていうのもあるらしいんだけど。あれが来た暁には……」

「暁には?」

「とんでもないことが起きる」

「……ごくり」



【四十分経過現在、投資七千五百円】


 緑色エフェクトで埋め尽くされた液晶画面。


「さっきからこんなのばっかりで、なかなかアツいのが来ませんねぇ」

「ふぅ……まぁ、こんなこともあるさ」

「そうですか……まあ、そうですよね。199分の1を簡単に当てられたら苦労しないですもんね……って、ふぇ!?」


 そんな素っ頓狂な声を上げ、たまはびくりと身体を震わせた。


 ――ガンガンっ!


 そんな激しい音が聞こえてきた。音のした方を向けば、俺の三つ隣に座っている人がパチンコの液晶を叩いていた。


「くそヤロ! 機械がなめてんじゃねぇーぞ! ふんっ!」


 そいつは、拳を握りボタンを何度も何度も強打している。


 やがて、店員が近寄ってきて注意を促されると、それは静まった。


「いくら当たらないからといっても……あそこまでする必要あります?」


 さっきまでの流れを若干引いた目で見ていたたまが、耳打ちするようにつぶやいてきた。

 俺はハンドルの捻りを一度止めて、たまの方に向き直った。


「確かにやり過ぎだと思うしマナー違反だけど、分からなくもないよ」

「えぇ?」


 予想だにしない答えが返ってきたのか、かなり困惑とした顔のたま。


 とはいえ、こればっかりはやってみないと分からないからなぁ……。


 そうだ。


「試しに打ってみる?」

「い、いいんですか?」

「いいよ。さすがに4パチをやらせるのは、俺がキツイから1パチになるけど」

「やってみたいです!」


 目を輝かせながら、ぐいっと迫ってくる。


 そうと決まれば、近くにいた店員さんに休憩の旨を伝え、台を確保してもらっておいて、1パチフロアへ。


 台は、あえて、ライトミドルスペックよりもさらに上。ミドルスペックの319分の1の台に座ってもらった。


「はい、これ」


 財布から千円札を取り出し、それをたまに手渡した。


「あ、ありがとうございますっ! よおし、当てちゃいますよぉ~♪」


 上機嫌な鼻歌を鳴らしながら、俺から受け取った千円札をサンドに投入するたま。


 やっぱ見ているだけは、退屈だったんだな……。


 なにはともあれ、こうしてたまの初打ちが始まった。



【五分経過、投資二百円】


 ぴこんっ!


「およ? 幸先いいですね。なんだか来る気がしますよぉ?」


【十五分経過、投資四百円】


 しーん……。


「まあこんなもんですよ。ここからここからです!」


【三十分経過、投資六百円】


 しーん……。


「……来ないですね」


【四十分経過、投資八百円】


 しーん……。


「そろそろ来てぇ……」


【五十分経過、投資千円】


 しーん。


「……………。」


 無言のまま、座り尽くすたま。

 そこには最初のころの元気さはなかった。


「た、たまさん?」

「……なんで」


 俺言葉には、無反応。たまは、魂を抜かれたかのように力なく席を立ちあがると――、


「なんでこないのよぉ!?」


 勢いあまって液晶を叩こうとするたまを咄嗟に抑えた。


「落ち着け、たま! 正気を保て!」

「離してください八滓さん! このままじゃ収まりません、腸が。腸がぁ!!」


 俺の腕の中でぶんぶんと拳を振り回すたま。

 しばらくすると、ようやく落ち着いて、いつものたまに戻った。


「ぱ、八滓さん、私いま……」

「実験用モルモットよりも分かりやすい結果出たね」


 ああなることは、分かっていたけど。あそこまで、如実にキレるとはな。


「あうぅ……すみません」


 分かりやすく、しょぼくれた。


「まあ、これでさっきの人が台を叩いていた理由も少しはわかったんじゃないか?」

「はい。嫌なくらいに分かっちゃいました」


 げんなりとしたたまの表情は、パチンコの闇の一端に触れた人のそれだった。


 そのまま俺とたまは、4パチコースへと戻った。

 俺がさっき打っていた台に座ると、たまが「それにしても」と呟いた。


「八滓さんはよく台を叩かずにいられますよね。尊敬しちゃいます」

「台パンしたところで結果は、変わらないしな。それに不思議なことで、一回心の自制を解いてしまった人って大抵勝ちきれないんだよ」

「そ、そうなんですか?」

「なんの信憑性もない経験則だけどな。パチンコは、精神的余裕を失った奴から負けていくんだ」

「一体その先には、なにがあるんでしょうね……」



【五十分経過現在、投資九千円】


 俺の目の前にある液晶画面が真っ赤に染まっていた。


「ぱ、八滓さん! これはっ!!」

「……間違いない。激アツだ」

「激アツ!!」


 思ったより、早かったな。

 たまも自分のことのように手をあげて喜んでいる。


 しかし、喜ぶのはまだ早いのだ。


「あれれ? 八滓さん、そんな血眼になってどうしたんですか? 激アツですよ、喜びましょうよ!」

「パチンコの大当たり示唆っていうのは、何も色だけじゃないんだ。演出とか発展先によってかなり違ってくる。だから、少しでも大当たりを確信できるように、探ってるんだよ」

「な、なるほど。最後まで気が抜けないわけですねぇ」


 そうと聞くと、たまは俺の肩越しに画面に食らいついてくる。


 しかし、パッと見た感じこの演出は悪くない。発展先もまあまあだ。


 これはいけるぞ……っ!


 俺が勝ちを確信したその時だった。



「――こいつは来るねェ」



 そんな絡みつくような声が耳に入り込んできた。


 反射的に振り返ると、たまの隣にいつの間にか見知らぬおっさんが腕を組んで立っていた。


「だ、誰ですか!?」


 突然現れたおじさんに動揺するたま。

 しかし、俺はそんなことに気をやってる余裕はなかった。


「ちくしょおおおおおおおおおおおおっ!」

「ぱ、八滓さん!?」


 突然、俺が叫び出してさらに驚きを隠せていないたま。


 でもこれはぁ……こいつはぁ!!


「おっさんカットイン演出……っ!」

「ふぇ?」

「激アツの時になんの前触れもなく発生するイベントだよ。おっさん自体に意味はない。玄人ぶってるただのおっさんだ。意味はないんだが……」


 だが、こういう時は決まって……。


 俺とたまは二人して一斉に画面に向き直った。


『3・4・3』


「そ、そんなぁ……」


 無慈悲に並べられた図柄を見て、たまはその場で崩れて落ちた。


 暗くなった画面越しにおっさんと目が合う。おっさんは何も言わず、ただ気まずそうに視線を逸らすとどこかへ消えていった。


 そしてそのまま残りの千円も、五分経らず飲み込まれていった。


「ぱ、八滓さん……」


 何を言えばわからないんだろう。たまが今にでも泣き出しそうな顔でこっちを伺ってきていた。


 俺は、言葉を返さなかった。代わりにサンドへ1万を追加投入した。


「ぱ、八滓さん!?」

「いいか、たま……。パチンコはな、イケると思ったらイク。イケないと思ってもイクんだよ!」

「八方塞がりです!?」

「そうだ。台に座った瞬間、大勝か大敗かは決まってる。そして1万はまだ負けじゃない。負けじゃないっ!」

「八滓さんが壊れちゃったぁぁ!」

 


【数時間経過現在、投資三万円】


 データーランプに表示されている300回転越えの数字を見て、俺は。

 すっからかんになった財布を見て、俺は。


「あと一回転……っ! あと一回転回ればっ!!」

「八滓さんもうやめてください!」


 パチンコ台に縋り付きながら、たまに止められていた。


 だが、ここで終わらせるわけにはいかんだろ!


「こうなったらお金おろしてくる。たま、ちょっと台を確保しておいてくれ!」


 そう言い捨て、俺が外に出ようとした時だった。


 たまに手を掴まれた。


「もうやめてください……謝りますから……すみません……私が変なお願いをしたばっかりに……」

「いや、その……」


 シリアス顔で訴えてくるたまを見て、頭に籠っていた熱が一気に冷めていくのを感じた。


「た、たまのせいじゃないよ……ほら言ったろ。自制できなかった奴は、負けの一途を辿るって。全部俺の責任だ」

「でもきっかけを作ってしまったのは、私です。だから私に責任を取らせて下さい」

「せ、責任って言っても」


 もしかして身体で支払いますとか……?


 俺がそんな変な妄想を頭に過ぎらせていると、たまは真剣な眼差しでこう言ってきた。


「私を使ってください」


 そっちの意味で来ました!?


 ただ、たまは見るからにマジで言っているので……俺は、この空気感を崩さないように咳払いを打った。


「いやでもお前……いいのか?」

「いいんです。だってこう見えて私パチンコの玉ですもん」

「そうかもしれないけどさ……」


 なんだかんだ言って、たまと一緒にいる時間が楽しかったから。

 ここで別れるのは、少し寂しい。


 そんな俺の内心を見透かされたのか。たまは、わざとらしく「えへん」と胸を張った。


「それに私、ヘソ入賞百発百中なんですよ? 八滓さんに至高の一回転をプレゼントしてみせますっ」


 そう言って、たまは満面な笑みを浮かべた。


 この子の笑顔、初めて見たような気がする。

 ……可愛いな。


 そう一瞬思考して、すぐさま頭を振った。何考えてるんだ俺は。


 でも、こんな最高な表情をしている子を止めることなんて俺にはできる気がしない。


 俺は、台に座り直した。


「任せたぞ、たま」

「はいっ!」


 溌剌とした声音。たまは駆け足で寄ってきて、上皿に正座をした。


 とたん、隣で打っている人が、目を丸くした。だが、俺たちは気にしない。


 おそらく、これが最後のチャンスとなるだろう。


 だが、ただのチャンスではない。たまが身銭を切って作ってくれるチャンスだ。

 絶対にモノにしてやる。


 俺はゆっくりと、ハンドルを握った。


「――さあ、遊戯を始めよう」


 ……。

 ………………。

 ……………………。


「……あの、たまさん?」


 身体をもじもじとさせているたま。


「うぅう……」

「ん? どうした具合でも悪いの?」

「いや、そうじゃないんですけど……うぅ、どうしましょう」

「ん?」

「私、この台に対応してないみたいですぅ」

「んん?」


 ◆


 二人並んで、河川敷に佇む。

 眺めるのは、目の前をなだらかに流れる江戸川だ。


「す、すみません……まさか私、4パチの玉じゃなくて、1パチの玉だったなんて……」

「いや謝らないでくれ。普段、1パチで打ってるくせに見栄張って4パチに座った俺が悪いんだ」


 お互いにぺこりと頭を下げ合った。傍目からすれば、かなり異常な光景であることは間違いないだろう。


 それにしても、「さあ、遊戯を始めよう」だってさ。

 はぁぁぁぁ、はっっっっっず! なに言っちゃってんの俺!

 これ以上は、羞恥で頭がオーバーヒートしそうなので頭を振って忘れる。


 代わりに、


「……でも結局、お前はパチンコの玉のこと深く知ることできたのか?」

「ど、どうでしょうか。パチンコには詳しくなりましたけどね」


 ふむ。どうやら俺たちはただ単に豪遊しただけなのかもしれないな。


 隣にいるたまが、はあっとため息を漏らした。

「でも同僚の言う通り、私はパチンコの玉失格なのかもしれませんね」

「またそんなこと言ってるのか」

「だって、あの時少し安心しちゃったんですもん。これでまた八滓さんと一緒にいれるなって」


 真っ赤な顔。潤いだ瞳でじっと俺のことを見てくるたま。


「た、たま……」

「ぱ、八滓さん……」


 きゅっと、たまが手を掴んできた。

 冬の寒さで、氷ように冷たい。


 でも、俺の心はものすごくアツかった。



「いいのか、たま……?」

「は、はい……き、来て下さい、八滓さんっ」


 ベッドに寝転がるたま。毛布一枚だけになったその姿は、あまりにもか弱い。


 まさか、こんなことになるとはな……。


 いまだに現実であると信じられないが。それでも、目の前で俺のことを待ってくれているたまのために、そっと指を近づけた。


「あっ……」


 ぴとりと素肌に触れた。強い熱を持っていた。パチンコの玉が熱いのってこのためだったんじゃないだろうか。


 それから指を肌に這わせるように、下へ、下へ……。


「…………たま」

「……あんっ……な、なんですか?」

「……君は、誰がなんと言おうとパチンコの玉だよ。俺が保証する」

「八滓さん……大好きっ!」


 たまがぎゅっと俺の首に腕を回して抱きついてくる。

 俺はしばらくの間、無言でたまのそれを触りつづけていた。


 俺よりもでかいたまのイチモツを!


 ははは……確かにこれはパ()()()の玉だぁ。

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