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412-42 挨拶回り

 ミフロの中心部からは少し外れたところにある教会では、ちょうど村の子供たちを広間に集めて読み書きの授業をしているところだった。

 ちょっと間が悪かったかな、と思ったけれど、勉強を教えていた修道士のおじさんに迎えてもらったので、わたしたちも広間に入らせてもらう。


「こんにちはー、修道士さん」

「ご無沙汰しています、マレーソンさん」


 わたしとマリューの挨拶に続いて、ヤヨイちゃんは一歩下がったところから軽く会釈していた。


「こんにちは、ようこそいらっしゃいました。ノノカ様、トタッセン様。……そして、そちらの可愛らしいお嬢さんも」

「「「こんにちはー」」」


 授業を受けていた3人の子供たちも、大小の声で挨拶してくれる。

 その内のひとりの女の子が、椅子から降りてわたしの胸に飛び込んできた。


「ノノカ様ー」

「あはは、元気だね、メリンちゃん」


 メリンちゃんはパン屋のタグレイトさんの下の娘さんだ。大人しそうな顔をしているけれど、結構こうして活発なところがある。

 そして、メリンちゃんにつられて立ち上がったけれど、飛び込んでくるのは我慢している同い年の女の子は金物屋さんの娘さんのファリィちゃんで、もうひとり、座ったまま少し困ったように笑っている、ふたりより少し年上の男の子は農家の息子のロービくんだ。

 三者三様の反応をしつつ、飛び込んできたメリンちゃんが、わたしたちの少し後ろにいたヤヨイちゃんに気付いた。


「あの子、一緒にお勉強するの?」

「ん? あぁ、そうじゃなくてね。ねぇ、ヤヨイちゃん。……?」


 修道士さんに詳しい紹介と説明をするにあたって、ちょっと前に出てきてもらおう、と思ったのだけれど、何やらぶつぶつとつぶやいていて、目の焦点がわたしに合わない。


「(少し若いが、落ち着きのある振る舞いがこれはなかなか……)」

「はいはいヤヨイちゃん、紹介するから前に出ましょうねー」

「はっ、わっ、こら、やめんか!」


 呆れ顔のマリューがヤヨイちゃんを抱え上げて、修道士さんの近くまで運んで行く。

 わたしもひっついたメリンちゃんを引きずって行って紹介に加わろうとしたのだけれど、その前にマリューがヤヨイちゃんのことを説明し始めた。


「一見小さな子供ではありますが、実はこのヤヨイ・オータは不死の魔法使いなのです。現在、故あって魔法の制限と謹慎処分が下されておりまして、その監視者をサクラに任じることになりました。すなわち、このヤヨイはしばらくミフロに滞在することになります。しかしながら、この子自身に危険はないことは私が保証いたしますので、どうかこの子の滞在についてご理解いただきたい」


 そう言ってマリューが頭を下げた。

 ここに至るまで何度となくヤヨイちゃんのことをミフロの人たちに紹介してきたけれど、ここまで丁寧に、細かく事情まで話したのは村長さん以来だ。ハルベイさんにも多少は詳しく説明していた気はするけれど、それでもここまで丁寧ではなかった。

 わたしはいまいち理解できていないのだけれど、やっぱり教会の人は立場的に重要な人なんだなぁ、と漠然と思いながらその話を聞いていた。


「……なるほど、承知いたしました。この私といたしましては、トタッセン様がそう仰り、ノノカ様が監視されるのでしたら、拒否するところではございません。なにより、この私はそのお話を認める認めないと申し上げる立場ではございませんから。オータさん、はじめまして。この教会の管理運営を任せられております、デイス・マレーソンと申します。ようこそミフロへ。歓迎いたしますよ」

「ご理解いただき、ありがとうございます」


 朗らかに笑う修道士さんに、マリューが改めて頭を下げた。

 例によって心配していなかったわたしは、また話がうまくまとまったところでやっと状況を理解したようなものだけれど、とりあえず、綺麗に話がまとまって良かった。

 そんな風にほっとしていたら、修道士さんとマリューの話が終わったことを察したらしいメリンちゃんが、わたしから離れてヤヨイちゃんのそばへ向かった。


「ヤヨイちゃんって言うの? ミフロに住むなら、やっぱりヤヨイちゃんも一緒にお勉強するの?」

「あん? 違わい! 儂は不死の魔法使いというやつであって、こんな子供向けの──」

「ノノカ様と同じなの? じゃあ、すごい魔法使えるの?」

「…………いや、今はしょぼいのしか使えんが……」


 メリンちゃんと、迫られているヤヨイちゃんは似たような背格好なものだから、子供同士が話し込んでいるように見えてちょっと微笑ましい気もする。

 とそこへ、ここまで黙っていたファリィちゃんが会話に加わった。


「あなた不死の魔法使い様なの? 子供にしか見えないじゃない!」

「あん?」


 ファリィちゃんはいきなり喧嘩腰だった。

 修道士さんもマリューも、それぞれでやれやれと言った顔をしているけれど、わたしとしてはちょっと気に掛かる。監視者だのなんだのと今しがた説明されたところだし、なにかあればわたしが止めなければいけないのでは……?

 ちなみに、ロービくんもこの状況に気が気ではないようで、ちょっと暴走気味な年下の女の子ふたりの様子に戸惑っているみたい。


「儂は子供じゃないと言うとろうが!」


 腕を組み、歯をむき出しにして甲高く怒鳴るヤヨイちゃん。

 そんなヤヨイちゃんにファリィちゃんが修道士さんの方──その隣の、黒板のようなものを指さした。


「じゃあ、もちろん、あれも答えられるのよね!?」


 そこには『ノノカ様のお家はどこにありますか?』と書かれていて、よく見れば子供たちの机にはざら紙とペンがある。

 ファリィちゃんが、答える、と言うので、文章問題に文章で答えを書くような授業中だったのだろうか。ヤヨイちゃんには紙もペンも渡されていないけれど。

 と言うか、わたしの名前が使われていてちょっと恥ずかしい……、なんて思ってたら、なんだかヤヨイちゃんの様子がおかしい。


「む…………」


 一瞬うなっただけで、固まってしまった。

 ヤヨイちゃん……? とわたしが声を掛けるよりも先に、ファリィちゃんが指をさす。


「なによ、答えられないじゃない!」

「ち、違わい! 簡単すぎてじゃな……」

「じゃあ、早く答えなさいよ!」

「……ナ、ヤ…………」

「……ヤヨイちゃん、文字読めないの……?」


 わたしの名前すら読めていない……?

 さすがにびっくりしていたら、ヤヨイちゃんが肩を震わせる。


「……本当ならっ、魔法で習得できてたはずなんじゃ〜!!」


 半泣きで地団駄を踏む。

 わたしはどうすればいいものかと声を掛けあぐねてしまう。

 ヤヨイちゃんの様子に驚いていたファリィちゃんだったけれど、また改めて指をさした。


「やっぱり、答えられないじゃないのよ!」

「あ、あんたは答えられるんか!?」


 余裕のなくなったヤヨイちゃんが叫んだ。

 ファリィちゃんは鼻を鳴らして胸を張る。


「あたり前よ! 『ノノカ様の〝パンツ〟はどこにありますか?』だから、きっとタンスの中よ!」

「ねぇ、ファリィちゃん。〝パンツ〟じゃなくて〝お家〟だよ? お山の上じゃないかな?」


 と淡々と指摘したのはメリンちゃんである。

 みるみるファリィちゃんが耳まで赤くなっていって、ちょっと笑ってしまったロービくんに飛びかかっていた。


「ヤヨイちゃん、一緒にお勉強する?」

「うぐ」


 メリンちゃんに手を取られたヤヨイちゃんがうめく。

 その一瞬勢いを失ったところに修道士さんが声を掛ける。


「深く事情は訊ねませんが、読み書きができないのはご不便でしょう。オータ様さえよろしければ、この私がお教えいたしますよ」


 そう言って微笑んだ。

 わたしとしてはちょっと口出ししづらい話ではあったのだけれど、読み書きを教わるということ自体は良いことだと思ったので、背中を押してあげようとヤヨイちゃんの顔を覗き込んだのだけれど──結構、満更ではなさそうな表情をしていた。


「ま、マレーソンさんがそう言うなら……」

「では、お待ちしておりますね」

「やったー」


 ヤヨイちゃんが承諾して、修道士さんが微笑み、メリンちゃんが喜ぶ。

 背中を押してあげる必要もなかったし、こうしてミフロまで下りてくる機会が増えれば、ヤヨイちゃんも早い内に馴染めるだろう、とわたしは胸をなでおろした。

 なお、ヤヨイちゃんの後ろでは、ロービくんがそっぽを向いたファリィちゃんに謝っていた。



 教会での授業は月・水・金曜日にやっているから、次は来週ですね、なんて軽く確認して、わたしたちは教会をお暇した。

 今度こそめぼしいところには挨拶に回れたので、最後にコーレイト先生のところへと向かう。


「言っとくがな、問題なのは読み書きだけなんじゃ」

「別に疑ってないよ……」

「こちらの世界の文字がな……いや、単語が……言い回しとか……元からある知識とのつながりが、こう、いい加減で……」


 悔しそうに、もごもごとつぶやき続けるヤヨイちゃん。

 誰かに相槌を求めているわけではなさそうなつぶやきは、コーレイト先生の病院に着くまで続いた。


 コーレイト先生の病院に入り、まずは普通に挨拶をする。

 そして、ヤヨイちゃんのことを紹介しようと思ったのだけれど。


「ご無沙汰しております、オータさん。お元気でした?」

「ん……? ご存じだったんですか?」

「王都でな……」


 ヤヨイちゃんはかなり苦々しい顔になっていた。

 対するコーレイト先生は、あらあらと笑っている対比がすごくて、あんまり深く聞かない方が良さそうな気がする。


「首輪はちゃんと機能しているかしら?」

「問題ないよ」


 そんな感じで簡単に、マリューとコーレイト先生がやり取りをしていると、来客に気づいたからか、奥からロミリーとエイラちゃんが出てきた。


「あれ、エイラちゃんも来てたんだね」

「……はい。皆様がなかなかお戻りにならなかったので、こちらかと思い、勉強がてら待たせていただいておりました」

「あー、ごめんね、エイラちゃん……」


 そう言えば、すっかりお昼も回ってしまっていたのだった。

 エイラちゃんに謝ってから、マリュー共々ロミリーと挨拶を交わす。

 ロミリーは久々の恩師との再会で積もる話もあったのだろうけれど、それよりも、わたしたちの陰にいた見慣れないヤヨイちゃんの姿の方が気に掛かったらしく、挨拶もそこそこにヤヨイちゃんを捕まえていた。


「あら、可愛らしいお客さんですねぇ。よしよし」

「おいこら、頭を撫でるな! 子供扱いするな!」

「え、子供では?」

「あ、あのね……」


 とわたしがヤヨイちゃんのことを説明しようとしたのだけれど、それをマリューが止めて、代わって説明することになった。

 ……ほとんど説明はマリューにされてしまっている気がするけれど、まぁ、マリューの方が詳しくて間違いもないかな。


「分かりづらいとは思うけど、実はこのヤヨイは不死の魔法使いなんだよ。……そして、この話をするのは一部の限られた人にだけなんだけどね、この子はこんなだけど、とある異国の出で優秀な魔法使いなんだよ。でもって、肉体を若返らせる魔法を使ったから見た目はかなり幼いけど、実はおばあちゃんだよ。……ちなみにこの国に来てちょっとやんちゃをしたから、もろもろの容疑で魔法は封印中」


 ……わたしが異国の貴族の箱入り娘、と言う設定もマリューが作っていたし、わたしとヤヨイちゃんは同郷と言う話もあるし、案の定と言うか、そんな話になるらしい。

 いまいち覚えきれていないので、わたしは下手に口を出さないでおこう、と心に決めた。


「なんとそれは。いやぁ、ごめんねー」

「いやだから話聞いとったんか!? 頭を撫でるな! 子供扱いするな!」


 話を聞いたうえで対応を変えなかったロミリーに、またヤヨイちゃんが怒るけれど、怒られたロミリーは不思議そうな顔をする。


「子供扱いされたくないのに、なんで子供の姿になったんですか?」


 そして、わたしがなんとなく訊けていなかったことを、ずばりと訊いた。

 一瞬の沈黙。


「……別に子供になりたかった訳ではないわ! 元の術式では、もっといい年ごろになるはずだったんに、即席で再度組んだら加減に失敗したんじゃ! あんたのせい──」


 ちょっとそんな気はしていたのだけれど、やっぱりヤヨイちゃんの怒りがこちらに向かってきた。

 わたしはまた話を聞いてあげるつもりでヤヨイちゃんに向き直ったのだけれど、そのタイミングでマリューが魔法を発動させた。


「《サイレンス(沈黙)》 はい、そこまで」

「──! ──!?」


 驚いたヤヨイちゃんはマリューに掴みかかりそうな身振りで抗議しているみたいなのだけれど、声は出ていない。

 そのままひとしきり声なき抗議を続けていたのだけれど、疲れたみたいで診察用の椅子に飛び乗って肩を落としてしまった。

 ヤヨイちゃんが落ち着いたのを見計らって、マリューが訊ねる。


「それで、この村には馴染めそう?」


 しばらくじとっとした目でマリューを見つめ返してから、


「──、──……」


 得意げなのか、自嘲気味なのか、にやっとした顔でヤヨイちゃんは何かを言った。

 ……でも、まだ声が出ていなくて、途端にしかめっ面になる。

 それを見て笑ったマリューが、次にわたしの方へ向き直った。


「じゃあサクラ、改めてヤヨイちゃんのこと、よろしくお願いね」

「あ、うん。分かったよ」


 続いて、エイラちゃんに視線を移す。


「……エイラちゃん、この子のことは厳しくしつけてやってね」

「承知しました」


 力強く、エイラちゃんが即答した……。


「おい!」


 そこに、声の復活していたヤヨイちゃんの声が響く。

 なんだか、ずいぶんと賑やかな同居人を新たに迎えて、四年目の初冬が過ぎていく。



ここで一応一区切りです。

続きは、またすこし時間をおいてから再開しますね。

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