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411-15 マギスコープ

 わたしとエイラちゃんとマリューとで、お茶を飲みながらおしゃべりをする。

 久しぶりの再会で話題には尽きないけれど、ある程度大事な話は、その都度手紙でやりとりしていたから、今ここでの話題はどれも他愛のないものだ。


「──不死化の魔法に成功すると、何ヶ月か掛けて〝その人にとって一番落ち着く年格好〟に変わるって言われてるのよ。ほとんどの場合、不死化の魔法を成功させられるのは年嵩(としかさ)の行った老魔道士だから、実質的に〝若返る〟って表現されることが多いけどね」

「〝その人にとって一番落ち着く年格好〟ってことは、何歳くらいって決まってるわけじゃないんだね」

「そうね。でも大体20代か30代くらいが多いよ。あとは壮年くらいまでしか若返らない人もちょくちょくいるけど、サクラみたいに10代半ばくらいにまで若返る人はかなり少ないかな……。まぁ、ヤヨイちゃんが身体をいじる魔法も仕込んでたみたいだから、その影響がありそうだけど」

「……となるとあの人は、自ら望んであの子供の姿になった、と言うことでしょうか?」


 話の流れで、不死の魔法使いの見た目の年齢の話になって、さらにヤヨイちゃんの見た目の話に移り変わっていく。

 確かにヤヨイちゃんのあの小学校低学年くらいの見た目は気になる。


「いや、魔法の調整が雑だったから、意図せず若返りすぎたらしい」

「そうなんだ……。でも、あそこまで若返っちゃうと、ちょっと不便そうだね。また調整するのかな?」

「そうねぇ。身体の年齢をいじる魔法はあるけど、そう言うのは全部治癒魔法だからヤヨイちゃんは使っちゃ駄目だね。それにそもそも今は一部の生活魔法以外使用禁止だから、調整はできないね」

「あぁそっか。じゃあ、普通に成長するのを待つ……?」

「……ヤヨイちゃんは普通じゃないから、成長はしないんじゃないかな」


 その後も何度か話題は変わりつつ、おしゃべりに花を咲かせて、冷めたお茶を飲み干した頃になっても、まだヤヨイちゃんはお風呂から上がってきていなかった。


「遅いけれど、大丈夫かな……」

「まぁ何かあってお風呂に沈んでても、死なないから心配いらないでしょ。適切な処置をすればすぐに目を覚ますだろうし」


 何の不安もなさそうなマリュー。

 確かにそれもその通りなのかもしれないけれど……。


「でも、溺れてたなら対処も分かりやすいけれど、ただ倒れてただけだったりするとどうすれば良いのか分からないし……」


 転んで頭を打ったのか、貧血なのか、あるいは毒に(あた)ったのか、ぱっと見て原因が分かれば良いけれど、原因が分からなければ適切な処置も分からない。

 マリューが頷く。


「あぁ、そう言えば……」

「ん?」

「いやぁ、久方振りに心ゆくまで湯に浸かれたわ〜」


 マリューが何かを言いかけたところで、緩んだ顔のヤヨイちゃんが帰ってきた。


「首輪は邪魔で仕方がないが、やはり風呂はええもんじゃのう……うわっ、こら、なんじゃ!」


 マリューがヤヨイちゃんを猫のように持ち上げていた。


「ねぇ、サクラ。ちょうど良い機会だから、検査系の魔法を試してみない? ──この子で」

「んぇ?」

「は?」


 わたしとヤヨイちゃんの声が重なった。

 検査系の魔法と言うと、確かコーレイト先生が言及していたけれど、かなり難しいようなことを言っていた気がするのだけれど……。

 マリューは暖炉の前の長椅子に抱えて行って座らせていた。


「まぁ触りだけでもやってみよう。……なんか、サクラならあっさりできそうな気もするし」

「えぇ……?」

「……知っておったが、儂の意思は関係ないんじゃな。くそが……」


 連れ回されるヤヨイちゃんは、もう諦めたような雰囲気を漂わせて、されるがままになりながら小さく悪態をついていた。



 長椅子に寝かされたヤヨイちゃんの隣で、マリューから簡単に検査魔法の説明を受ける。

 ちなみに治癒魔法の使い方のレクチャーな訳だから、治癒魔法を使用できる資格を持たない人には聞かせない方がいい話なんだけれど、エイラちゃんは遠からず資格を取るだろうから、とむしろ聞くように言われているし、ヤヨイちゃんについては、もう既に似たような魔法の知識はあるだろうし、どうせ首輪があって使えないから、と言うことで放置されている。

 とりあえず、検査魔法でも基礎的なところ──人体の魔力の流れを感知する方法を教わった。


「今回は術者が被術者に魔力を流し込んで、その魔力の流れを感知する方式を試してもらいます。いい、サクラ? 流し込む魔力はほんのちょっとで良いからね? いつだったかみたいにあんまり流し込んだら、最悪ヤヨイちゃんが破裂するから本当にほんのちょっとだからね? 絶対だよ?」

「えぇ!? そ、それは……もし、流し込みすぎちゃったら、ヤヨイちゃん大丈夫……? し、死なない……?」

「もし破裂しても、首から上は首輪が保護してくれるので死にはしない」

「おい、死にやせんでもとんでもないことになるな? こら!」


 さすがにそこまで聞いて大人しくしていられることもなく、ヤヨイちゃんが起き上がった。

 それを予想していたのか、あるいは最初からそのつもりだったのか、ヤヨイちゃんがもっともな文句を言うのと並行して、聞き取れないような小さな声でマリューが何やら詠唱していて──


「《|マスキュラリラクゼーション《筋弛緩》》」

「うっ……」


 魔法を使われたヤヨイちゃんが、ゆっくり崩れるようにまた長椅子に横になってしまった。

 虚な目をして口も半開きのままだから心配になるけれど……マリューに促されるので、目を閉じて集中する……。


「んっと……『かの者に我が魔力、微かに送らん。かの者の身体に流れる魔力、夜空の星の光の如く浮かび上がらせ我の知る所とせよ』……、よし《|アクティブ・フィジカル=マギスコープ《能動的身体透視》》」


 ヤヨイちゃんの腕に触れた手から慎重に魔力を流し込む。

 そして徐々に……なんとなく、まぶたを閉じたままの視界に、人の形が浮かび上がってくるような気がした。

 ただ、視界に、とは言うけれど、目に見えている訳じゃなくて、感じる、と言うか……。水のように流動的な何か──多分魔力──の流れが感じられて、それが人の形をとっているように感じられるのだ。


「……見えそう?」

「あ、んー……。なんだか、こう、ヤヨイちゃんぽい形を感じる……」

「え? ほー……なるほど」

「……ん?」


 なんだか含みのある反応をされた気がする。

 でも雑念が混じると感覚がぶれてしまうので、その辺を追及する余裕はなかった。


「まぁ、さすがと言うか……。人の形が見えてるなら、その内側……体内の動きに注目してみようか。初めてでも分かりやすいところと言えば、心臓とか肺かな」

「ん……」


 言われた通りに、ぼんやり感じる人の形の胸の辺りの内側に意識を集中させてみる。

 これが案外難しくて、物凄くたくさんくっついて山のようになったシャボン玉の塊の、その中心の方の泡がどんな形で、どんな繋がり方をしているのかを覗き込もうとするような見通しにくさがある。

 目で見ている訳ではないので意味はない気がするのだけれど、顔を近づけたり遠ざけたり頭の角度を変えてみたり……いろいろやってみて、ようやく、一定の間隔で動く影を見つけた。

 一度見つけると結構はっきりと感じられるようになるもので、まだぼんやりとしていて形まではよく分からないけれど、心臓らしきものが定期的にぎゅっとなる様子が分かってきた。


「心臓っぽいものは分かった気がする……。ぼんやりしてるけれど、動いてるのは分かる……」

「ほほー。いやぁ、初めてで心臓の動きが分かるのはかなり優秀だよ。見え方が曖昧なのは慣れもあるし、今後もちょくちょく試していこう」

「……さすがはサクラ様です」


 マリューとエイラちゃんに嬉しそうな声で褒められて照れ臭い。

 まぁ、正しく見えているのなら、それで良いのだけれど……。


「でも、ちょっとおかしい気がして……。心臓の動きのわりには、ゆっくりすぎるような……」


 確かに一定間隔で動いているのは分かるのだけれど、その間隔が大体2、3秒開いているように見える……。心拍数にしたら、30もないような……?


「あぁ、まぁそれはね。よし、もう離れて良いよ、サクラ」

「あ、うん」


 立ち上がってマリューに場所を替わる。

 目を開けると、ぼんやり感じられていた魔力の流れは霧散してしまった。


「さてと、『かの者に施されし魔法を解く。施されしは《|マスキュラリラクゼーション《筋弛緩》》の効果』《ディスペル(解呪)》」

「……ぅぐっふ」


 よだれを垂らして虚空を見ながら脱力しきっていたヤヨイちゃんが、びくんと跳ねた。

 そしてのそりと上体を起こして、マリューの腕に掴みかかる。


「あんたな……、おいこら……、簡単に死には……せんからてな……」


 低血圧が極まったような顔色をしている。


「まあまあ。ヤヨイちゃんも疲れたでしょ? 寝室まで抱っこして行ってあげよう」

「あん……、子供扱い……ぐふぅ……」

「じゃあサクラ、とりあえず客間にヤヨイちゃん寝かせてくるね」

「あ、うん」

「……ご案内します」


 ひとまず、突発的なマリューの検査魔法講習も終えて、この場は一旦お開きになる。

 ぐでっとしてしまったヤヨイちゃんはマリューに抱えられて、エイラちゃんの先導で客間へと引き上げられていった。



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