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411-12 始まり

 エイラちゃんと一緒に山を下りて、コーレイト先生のところへやってきた。

 挨拶を交わして、先に話題を出したのはコーレイト先生の方だった。


「昨日、マリューから手紙が届いたのですが……」

「あ、そうです。うちにも届きました」

「と言うことは、ご存知ですかね。治癒魔道士補佐の認定、おめでとうございます」

「はい、ありがとうございます!」


 わたしがコーレイト先生にその補佐の任命を受けたのは9月のことだったけれど、言うなればそれは仮免許の状態だった。

 本職の人に任命を受ければ補佐の仕事をするのに問題はないのだけれど、正式な認定には当局の審査が必要だったのだ。

 そして、その審査の結果をマリューが手紙で知らせてくれたのである。

 まぁ、補佐としての実力がある、と本職の人が認めたことの書類をきちんと作っていれば、その審査で却下されることなんてまずないらしいから、認定の報告については予定調和だった。

 とは言え、その認定にも関わってとてもお世話になっているコーレイト先生には、わたしの口からも直接認定の報告をしたかったのでこうしてやって来たのである。

 あと、こちらまで来たついでに、マリューからのもうひとつの知らせについても報告しておく。

 なんでもマリュー曰く、今年こそはミフロで冬を越すつもりだ、とのことだった。


「私の手紙には、この冬はミフロに来る予定だ、としか書いていませんでした。冬を越すとなるとかなり長く滞在するつもりのようですね……。ただ、泊めてくれなどとは一切書いていませんでしたし、とは言え長いこと教会に泊まると言うこともないでしょうから、サクラさんのところに泊まるつもりなのかしら?」

「わたしの手紙にも、どこに泊まるとは書いてませんでしたけれど、多分そうするんだと思います。……実はそもそも、権利的にはあの家はマリューのものなので、別荘で過ごすような感覚で来てもおかしくはないんですよ。ほとんどマリュー専用の客間もありますし……」


 いつかマリューから買い取ると言ったあの家だけれど、今はまだその目処は立っていない。

 調薬棟を建てたときにハルベイさんのところの商会から借りたお金は、最近になって返済のペースは上げたのだけれど、それでもまだ完済まで2年くらい掛かるから、家の買い取りとなるといつになることやら……。

 そのあたりの話も、マリューが来たらゆっくり多少は詰めておきたいな、と思う。

 ……まぁ、マリューがこちらに来るのはまだひと月以上先の予定だから、時間はたくさんある。

 調薬の仕事とコーレイト先生のお手伝いをしながら、何を話すかちょっとずつ考えていようかな。



 少し経って、12月。

 寒さも厳しくなって来て、ついにマリューがミフロに到着する頃合いになった。

 予定通りの旅程なら、今日か明日か、遅くとも明後日には着くと思われる。

 いかんせん道中が10日ほど掛かるものだから、1日2日の誤差はあってもおかしくないので、はっきりはしないけれど。

 とりあえずその日は朝のうちから食材なんかを買い込んできて、あと、お風呂もいつでも沸かせるように支度しておいた。

 学院のお風呂ほど広くはないけれど、長旅の疲れが癒されればいいな、と思う。

 他にも色々と、マリューを迎える準備は万端にしたところでお昼を回る。

 手持ち無沙汰になった午後は、仕事を再開しながら到着を待って、そしてそのまま時間は過ぎて行き──


「……『留まる光で暗室を照らせ』《ライト(照明)》」

「──エイラちゃん、ただいまー。あ、明かりありがとうね」

「……おかえりなさいませ、サクラ様」


 太陽も山の向こうに隠れてしばらく経ち、空も暗んできても、結局マリューはまだ来ていなかった。


「マリュー、今日は来ないのかもね」


 経験的に、外からミフロに来る人たちは大体夕方までに到着することが多い。ミフロは日が暮れてしまえば月と星以外の明かりは一切ない深い森に囲まれた山奥だから、それまでに間に合わなそうであれば基本的に手前の集落に泊まって日を改めるのだろう。

 ふたつある月の大きい方の一の月が満月だと、夜でも開けた道のもとなら明るいから日が暮れても森を進むこともできなくはないかもしれないけれど。でも、あいにく今の一の月は下弦の半月のころだったはずだ。


「……トタッセン様のお料理はパントリーにしまっておきますね」

「ん、手伝うよ」


 到着がいつになるか分からなかったから、エイラちゃんはマリューの分の夕食も用意してくれていた。

 でも本当は基本的に、この世界には冷蔵庫なんてないから、料理の作り置きは良くない。

 パントリーは食品なんかの保管庫だけれど、実際はキッチンの奥にあるただの小部屋だから、特別に食品の保存性を高めるようなこともないからね。

 ……でも、この時期のミフロならちょっと話は違う。

 12月のミフロの寒さは厳しい。それこそ、昼間でも日陰なら桶の水が凍るくらい寒い。

 だから、特に暖房もないパントリーは天然の冷蔵庫か、ともすれば冷凍庫になるのだ。

 ……まぁ、問答無用で何でもかんでも凍っちゃうので、不便と言えば不便なところもあるのだけれど、お陰で冬の間は食べ物を腐らせる心配がほとんどないのでありがたい。解凍と温め直しは魔法でできちゃうから、お手軽なのも嬉しい。

 ただこれは、あくまでこの時期だけの恩恵なのが、ちょっと惜しい……。


「んー、夏にもこんな風に食べ物を保存できたらなぁ……。氷室でも作ってみようかな……」

「……氷室、ですか。冬の間に氷を保存して、夏でも氷の冷気を利用できるようにする、と言う……」

「うん。そんな感じの」


 片付けを手伝いながら、そんな会話をする。

 ミフロは冬は極寒なのに、夏は普通に夏なのだ。

 さすがに前世の夏を思えば大人しいと思うし、夜も熱帯夜というような寝苦しさを覚えるようなこともないけれど、昼間は普通に暑い。

 当然、生ものの足は早くなるわけで、どうにかしたいな、とはずっと思っていた。

 食べ物を冷やすのについては、冷却系の魔法もあるにはあるのだけれど、許可が必要だったり、色々と制限があって保存とかには使いづらい。

 だから単純に冬の氷を夏まで取っておくしかないのだけれど、保温性とかを考えるとやっぱりそれ専用の地下室とかが必要だろうし、結構大掛かりになりそう。


「んー……、食べ物に限らなくても、薬とか素材の保管にも氷室は欲しいけれど、一緒の保管庫にしちゃったら監査でダメって言われそう……。となると、うちと調薬棟でふたつ作るべきかな……」


 なんて、本当に作るのかどうかはっきりさせないままに、そんなことを考えていたら……。

 コンコン。

 ノッカーが鳴らされる音が聞こえた。


「……ん? あれ、マリュー来たのかな!」


 暗んできてから小山を登ってくる人は少ない。

 一応、手持ち燭台にロウソク代わりの魔法で明かりを灯して、ぱたぱたと出迎えれば、やっぱりそこにいたのはマリューだった。


「わぁ、マリュー久しぶ……ん?」


 ただ、マリューはひとりじゃなかった。

 その隣に小さな子がひとりいる。その子の被るニット帽の隙間からのぞいている金髪と、こちらを(にら)む金茶色の瞳には、確か見覚えがあったような……って、あ。


「ヤヨイちゃん……?」


 それは太田のおばあちゃん──もとい、ヤヨイちゃんだった。

 突然わたしの目の前に現れて、前に住んでいた小屋を吹き飛ばされたりしてから、早いもので1年半以上……全く変わった様子もなく、相変わらず目つきがきつめだ。

 そして、なんだかすごくむすっとして腕を組み、こちらを見ている。

 自然な会話に繋がらなくて、なんて声をかけるべきか悩みかけていたら──エイラちゃんに後ろから引っ張られた。

 わたしと入れ替わるようにエイラちゃんが前に出て、ヤヨイちゃんをちらっと見た後、マリューの方に向く。


「……トタッセン様」

「大丈夫。噛みつかないから」

「……人を猛獣かなにかかとでも思っとるんか、あんたら……」


 なにやら、にわかに険悪っぽい雰囲気になった気がする。

 とりあえず、色々聞きたいこともあるし、立ち話もなんだとふたりを招き入れた。



島が楽しくて…

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