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411-11 ある過ぎた夏の日のこと

 4年目の11月に、マリューから手紙が届いた。

 手紙が届くのはいつものことだけれど、その内容はいつもの他愛もない近況を綴ったものとはちょっと違う、事務的なことと、あと、この冬の予定の報告。

 わたしの治癒魔道士補佐の認定の話と──

 何度かそんなことを言っていながら、ついぞ実現していなかった、長い休みをミフロで過ごすと言う目標を、やっと実行に移せそうだとの報告だった。



 今朝採れたばかりの新鮮な野菜が詰め込まれたケースを荷台に乗せて、いつものようにわたしは原付を走らせる。

 7月になってまだ少し。夏の本番はこれからだと言うのに、もう暑い。

 お客さんの家の前でヘルメットを外すたびに、毎度生き返ったような気持ちになる。

 ケースはたくさん積めないから2、3件ずつ、行って戻って、行って戻って。

 順繰りに市内を巡って配達をしていって、最後の配達先は一人暮らしのおばあちゃんだ。

 その人のことは、強面で、無愛想で、偏屈者だ、と皆が言っていた。


「こんにちはー。佐倉のうさん定期便でーす」


 太田のおばあちゃんは、いつも右脚を引きずるようにして歩いているから、玄関へ出てくるまでに時間が掛かってしまう。

 いつも鍵は開けっぱなしみたいだから、こちらから持って入ってしまえば太田のおばあちゃんにも無理はさせずに済むのだけれど、勝手に開けてしまうとすごく怒らせてしまうので、じっと待つ。


「……あいよ」

「こんにちはー。はい、いつものお野菜です! いつもの所に置いといてええですか?」

「ああ」


 断ってから玄関に入らせてもらい、少し上がった所に置いてある空のケースと入れ替える。


「ありがとうございましたー、あと、これもどうぞ!」

「……あん?」


 わたしの差し出したものを怪訝な顔で見る太田のおばあちゃん。

 それは飾りの付いた小さな笹だ。


「そろそろ七夕ですから、一緒に配って回ってるんです。太田のおばあちゃんはなんか願い事はありますか? 書いてあげますよ!」


 本当は、あくまでただの飾りなので、吊られた短冊は願いごとを書くには小さすぎるのだけれど。

 太田のおばあちゃんは険しい表情のまま黙っている。

 ──太田のおばあちゃんは、元から顔が少し歪んでいた。それもあって皆太田のおばあちゃんのことを、強面だ、と言っていたのかもしれない。


「願い……儂はただ、静かに穏やかに暮らせればそれでええ。……別にそんなもん書かんでええから、はよ帰れ。そんなもんはいらん。……ほれ」


 そっけないことを言いながらも、お水のペットボトルをくれた。


「んぁ、ありがとうございます」


 皆、太田のおばあちゃんのことは、無愛想だとか、偏屈者だと言う。

 それは間違いではないのかもしれないのだけれど……優しい人でもあることを、わたしは知っている。


「じゃあ、また来週に来ますねー」

「……あいよ」


 閉じられた玄関のガラスの向こうに、太田のおばあちゃんの影がぼけて消える。

 しなびかけた笹飾りを鞄にしまってヘルメットを被り、また原付のエンジンを掛けようとして──ふと、人影が見えた。

 少し離れた道の先に、女性がひとり立っている。

 その女性のことを、わたしは知っている。

 でも、その時はまだ知らない。

 知るのはこの先のこと。見渡す限りの花畑の中で、その女性はいつもひとりでいて…………。


「ん……」


 目を開けると、広い寝床と漆喰の壁が見えた。

 上半身を持ち上げる。部屋には、わたしひとり。

 ……あぁ、エイラちゃんはもう起きていったらしい。


「夢か……」


 前世の夢を見るのは久しぶりだった。



 久しぶりに前世の夢を見た11月のある日、ほんのりもやもやしながら過ごす朝の時間。

 朝ごはんの前に、ノッカーが鳴った。

 はいはーい、と出れば、クライアさんが野菜の入った籠を小脇に抱えて立っていた。

 クライアさんはたまにこうして、採れたての野菜を持ってきてくれることがあるのだ。


「わぁ、ありがとうございます!」


 ありがたくその籠を受け取る。と、野菜の上に一通の手紙が乗せられてあることに気がついた。

 印璽(いんじ)を見るに、マリューからの手紙のようだ。


「昨夜うちに息子からの手紙を持ってきた子がサクラ宛の手紙も持ってたんだけどね、不死の魔法使い様の家に伺うのは恐れ多いとか言ってたから、あたしが預かったんだよ。遅くなって悪かったね」

「いや、そんな。夜道は危ないですから。ありがとうございます」


 月が出ていても道中の山道は鬱蒼(うっそう)としていて自分の手も見えないくらい真っ暗になるので、日が落ちたら登ってこないのは、むしろお願いしたいくらいである。

 それにしても、恐れ多いなんて言う子がまだいたとは……。とりあえず郵便受けでも作っておこうかな……? なんて思う。

 そこでまたふと、クライアさんの息子──ウェデルくんのことを思い出した。

 そう言えば、王都の魔法学院に通っているウェデルくんは今年の8月で卒業だったと思うのだけれど、今になっても姿を見ていない。


「あぁ、ウェデルのやつはちゃんと卒業したらしいんだが、まだ王都で勉強したいことがあるって言っててね。いつまでとは聞いてないが、世話になる先にも馴染んできたって書いてたし、まだしばらくは帰っては来ないだろうね」

「へぇ、そうだったんですか。……勉強、良いですねぇ」

「あぁ、そうさね。やりたいことをやれてるなら良いことだよ」


 クライアさんはそう言ってニカっと笑った。

 少しだけ立ち話をしてからクライアさんを見送って、エイラちゃんの作ってくれた朝ごはんを食べて、食後にお茶を飲みながらマリューからの手紙を開ける。

 その手紙を読んで──その日は、朝の調薬の仕事は少し保留して、まずはコーレイト先生のところへ向かうことにした。



長らくお待たせしました……。

大体3日に1投稿を目指して、区切りになるまで投稿していく予定です。

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