403-34 治癒魔法とあの子
それから、エイラちゃんとロミリーと一緒に、コーレイト先生に治癒魔法について教わる毎日が始まった。
毎日の仕事の合間、お昼過ぎにコーレイト先生のところへ行く、と言うルーティーンが追加された感じになる。
これは何度となく説明されたことだけれど、治癒魔法というのは人体に直接作用させる魔法である。だから、扱い方を間違えると人の命に関わる。
そんな治癒魔法をきちんと扱うためには、まずは実際に魔法を使う技術の前に、人体についての医学的な知識とか、丁寧で確実な魔法を使うための魔法的な知識とかが必須になる。
なので最初は座学から始まって、基本的な知識を一通り身につけてから治癒魔法そのものについて学び、少しずつ人に対して治癒魔法を使えるだけの技術を身につけていく、とのことだった。
──まぁ、結果を言ってしまうと、わたしは半年くらいで治癒魔法が使えるようになった。
スタートラインは、わたしもエイラちゃんも、そしてロミリーも、治癒魔法に関しては同じだった。
ロミリーは王都の魔法学院で学んでいたけれど、魔法学院ではあくまで魔法全般のことしか教えられていなかったみたいで、魔法に覚えはあっても治癒魔法に関連した知識なんかは触りくらいしかなかったらしい。治癒魔法は半端に知っていると逆に危ないから、治癒魔道士を目指していると言っても、みんな初めはそんな感じだ、とコーレイト先生は言っていた。
そんなわけで、3人一緒に座学を始めたのだけれど──人体の構造とか、基本的な生理反応とか、わたしは前世で一応は高校までの生物はしっかり勉強していたから、案外とっつきやすかった。
コーレイト先生はそんなわたしの基礎知識の豊富さに驚いていたけれど、あまりその辺りのことは深く突っ込んできたりはしてこないでくれたので、わたしの特殊な境遇をごまかさずに済んだ。
ただ、ちょっとおかしなことになっているみたいで……と言うのも、コーレイト先生の到着に前後して届いていたマリューの手紙に、マリューがコーレイト先生に説明したと言うわたしの出自のことが書いてあって──
サクラ・ノノカは某国の貴族の箱入り娘であり、頭は良いものの世間知らずで常識に欠けるところがある。
生まれ持った魔法の才能は突出しており、若くして不死化の魔法を成功させられたほどであるが、ほぼその一点突破であり、他は生活魔法くらいしか扱えない。
しかしながらその魔法の才能と不死化に至ったことで、なんかいろいろごたごたがあり、逃げるようにしてこの東の遠つ国イデラのミフロへとやって来て、今はただ静かに暮らすことを望んでいる。
そして、このことは他言無用である……。
──とのことだった。
「なんでそんなストーリーでっち上げちゃったの!? あとなんだか部分的に雑!」
と手紙を読みながら叫んでしまって、エイラちゃんに驚かれたのは仕方ないと思う。
まぁ確かに、自分は異世界の生まれです、と言ったら変な顔されるのは間違いないと思うし、えも言われぬ表情を見るのもつらいし、詳しいことを話せない、と言う点ではマリューの作り話とおんなじような感じではあるので、あえて否定もしないけれど……。
なんとなく、楽しそうに笑うマリューの顔が思い浮かんだ。
……ところでこのストーリー、覚えておいた方がいいんだよね……? 話したときにエイラちゃんはすぐに、もう頭に入れた的なことを言っていた気がするし、基本的に言及する話ではないと思うけれど、わたしがちぐはぐなことを言っちゃうと逆に深く突っ込まれてボロが出ちゃうといけないし、やっぱり覚えるべきだよね……。
──これ、既成事実化していきそうだな……別に良いけれど……。
話が逸れちゃったけれど、そんな感じで、もともとある程度は知識があったわたしは3ヶ月も掛からず基礎知識の座学は終えてしまって、ふたりに先行して治癒魔法そのものについての座学に入った。
治癒魔法の座学は、この治癒魔法はどう言う機序で人体に作用してどのような結果が得られるか──みたいな、実践寄りの勉強である。
ここから扱いとしては治癒魔道士見習いとなって、次の段階がわたしの目指している治癒魔道士補佐となる。なんでも治癒魔道士を目指す人は実務経験を得るために必ず補佐を経験するそうなので、医学実習生みたいな立場なのかもしれない。
治癒魔道士は、治癒魔法も使える医師、という立場になる。
つまり治癒魔道士の仕事は、医師としての医学知識を前提に、さらにそこに治癒魔法を使えるだけの魔法的な知識や技術が必要になるので、医師よりも高度な職種という扱いになっているのだとか。
裏を返すと、治癒魔法があるとは言え、基本の仕事は医師と同じ。患者さんが来たら、診察して得た所見に従って治療する。
違いはあくまで治癒魔法を用いるか、否か。そしてそれは重要な違い。
コーレイト先生曰く、医師の治療が匙を用いた治療であるなら、治癒魔道士の治療は剣を用いて小さな病巣を丸ごと取り去るようなもの。
──医師の治療より劇的な改善を望めることが多いけれど、少しでも扱いを間違えれば患者さんの命に関わる、と言うことだ。
治癒魔道士見習いとなって実際に治癒魔法を使うことが現実味を帯びてくると、コーレイト先生のその言葉がちょっと重々しく感じられるようにもなってきた。
治癒魔法について教えてもらい始めてしばらく経った頃、そんなわたしのほのかな緊張感が見えてしまったのか、コーレイト先生が気を使ってくれた。
「まぁそれほど気負わないでください、ノノカさん。……治癒魔法の行使で一番危険なのは、その傷病に不適当な魔法を使ってしまって想定外の効果が出てしまうことです。つまり最初の診察により得る所見が重要なのですが、余程長く勤めてでもいないと、普通は補佐の人に診察は任せませんし、それに……」
「……ん? それに……?」
「ええ……、まぁ、かなり難しい魔法ではありますが……、ノノカさんなら検査系の魔法も使えるようになるかもしれません」
「検査系……?」
衰弱した患者さんに自然治癒力増強系の魔法だけを用いれば、さらに体力を失ってしまって危険だけれど、体温を失った患者さんに状態維持系の魔法を用いたところで何も改善しないのである。まぁ後者については場合によりけりかもしれないけれど。
「患者の状態をきちんと把握できれば、治癒魔法での失敗を起こす可能性はぐっと低くなりますからね」
「なるほど……」
そうは言われても、すっきりと不安が拭い去れないのはまだ何の経験もないからだろうか。軽く胸が痛い。
「とは言え、少しくらいなら緊張感は好ましいことです。……ロミリー。あなたは本職を目指すんですから、より緊張感をもって勉強に当たってくださいね?」
「なんですかそれー! 分かってますよぅ」
暗に緊張感がないと指摘されてむくれるロミリーの反応を見て、悪いとは思いつつついつい笑ってしまった。
そしてそんなロミリーの様子を見て思い出したけれど、やっぱりわたしは気にし始めたらいろいろとダメだ。ロミリーみたいに気負わずふんわりとしている方がわたしにあっている。
……それが初夏のこと。
順調に治癒魔法についての知識を増やしていったわたしは、いよいよ夏の半ばからはごく簡単な怪我の治療に実際に治癒魔法を使うことも出てきた。
そして秋が近づいてきた頃には、自然治癒力増強系の治癒魔法を何種類か、安定して使えるようになっていた。
ありえないとは分かっていつつ、何かのはずみで患者さんを内側から傷つけやしないかという不安はまだちょっとあるのだけれど、おっかなびっくりながら、今ならもう擦り傷や打撲くらいならすぐに治せるようになった。
ちなみに、エイラちゃんとロミリーはやっと基礎知識を学び終えたところである。
現状、ふたりの実力はほとんど同じなようで、少しばかりの対抗心もありつつ良い感じに切磋琢磨してお互いに高めあっている様子。
それにしても、魔法学院でずっと勉強していたロミリーに負けず劣らずなエイラちゃんはなかなかすごいと思う。関係ないはずだけれど、なんだか私まで鼻が高い気分だ。
「これでも、この期間でこれだけの知識を身に付けられるふたりはかなり優秀な方なんですけどね。……ひとり規格外な方がいて、感覚が麻痺してしまいそうですが」
と言うコーレイトさんの評価もあった。魔法に関してはヤヨイちゃんが何かした疑惑があるから素直に喜べないところがあるけれど、知識とか勉強に関してはたぶんわたしの地力の部分が少なくなさそうだから、なかなか嬉しい評価だ。
そして、秋の走りのその日もいつものように、コーレイト先生の監督のもと、親御さんに承諾を得て協力してもらい、道で転んで派手に腕を擦りむいた子の怪我を治療する実習をしていた。怪我人がいる日は多くはないながらに今のところは普通なら治癒魔法を用いるまでもない軽傷の治療を重ねて経験を積んでいるけれど、多分もう骨折くらいなら治せるんじゃないかな、と思う。
難なく擦り傷を治してあげて、感謝する親子を見送ったところでコーレイト先生が頷いた。
「マリューが、ノノカさんならすぐにでも治癒魔法は覚えられる、と言っていて半信半疑ではありましたが、もう完璧に使いこなしていますね。本当にすごいです」
「先生のお陰ですよ……」
なかなかくすぐったい気分になる。
「ふふふ、どういたしまして。でも、本当に習得速度が尋常ではないんですよね……。基本の詠唱と作用機序に、少しのコツを教えただけなのに、あっという間に習得してしまうだなんて……」
「いえ、でも、さすがに治癒魔法は難しいですよ……。今まで覚えたどの魔法よりも時間掛かりましたし……」
「……一週間やそこらで習得できるのがとんでもない、と言う話なんですよ?」
コーレイト先生が呆れ顔になってしまった。
「そうですよぅ。ノノカさんすごすぎますよー?」
と唇を尖らせるロミリーの隣で、エイラちゃんがちょっと自慢げな表情になっている。
「まぁ過程はともかく、ここまでの知識と技術を身につけたのなら、もう治癒魔道士補佐に任命しても大丈夫そうですね」
「……!」
「もうですか! 本当に本当に、ノノカさん凄すぎますよぅ……」
「……さすがはサクラ様です」
エイラちゃんの自慢げな表情がより強くなった。
「それは……ありがとうございます!」
「そもそもが最低限の知識に絞った集中学習だったとは言え、少し早すぎるので申請の段階では弾かれてしまうかもしれませんが、保留する意味もないですからね。……それにしても、これが若くして不死者になっただけの才能、なんでしょうかね。ただの才能には止まらない気もしますが……」
なんて不思議そうな顔はしつつも、深く詮索しようとはしないでいてくれるあたり、幾分か気は楽だ。
マリューの突拍子もないあのストーリーのお陰かと思うと少し複雑な気もするけれど。
……それにしても、この魔法の才能的なのは全部ヤヨイちゃんのおかげで間違いないんだろうか?
少なくともわたし自身がそんなに天才的な魔法の才能を持っていたとは思えないし、ヤヨイちゃんのお陰でもないと考えにくいんだけれど、よく考えたらヤヨイちゃんは前の世界にいたときに異世界に渡る魔法とか言葉を覚える魔法を準備してたはずで、わざわざ魔法の才能を増やす意味もなかったような気がするんだよね。
でも、他に心当たりなんて……はて、何かあったっけ……?
……。
まぁでも、あり得そうなのはやっぱりヤヨイちゃんだろうし、実のところ原因を探す意味もないから、気にしなくても良いか……。
そう言えば思い返してみると、ヤヨイちゃんに前の家を吹き飛ばされたあの衝撃的な再会から、何気にもう1年半近くも経っているのだ。
こちらの世界は前世に比べて1年が30日くらい短いけれど、それにしても、あっという間に時間が過ぎてしまった。
ヤヨイちゃんを王都に連れ帰ったマリューからの手紙には時々、ヤヨイちゃんも元気にしていると書かれていることもあるけれど……。
別に前世でも深い付き合いがあったわけではないし、今世では見た目も全く違ったりした上に家を吹き飛ばされたりなんかもしたけれど、同じ世界の出身だからだろうか……。
──またヤヨイちゃんに会いたいな、なんて思いながら、4年目の初秋が過ぎようとしていた。
ここで一旦区切り。また少し間をおいてから次のお話へ参りますー




