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106-63 本草図鑑

 そして、もうひとつ。


「えーと、あともうひとつ、お願い、と言いますか…… その、仕事とか、ないかなと思いまして」

「あー、仕事かい?」


 仕事と聞いて、クライアさんはちょっと考えるように、腕を組んで少し小難しい顔になった。


「はい…… あの、わたし、畑仕事とか、植物に関しては、ちょっと知識とか、経験があります。……このあたりの植物にその知識が通用するのかは、ちょっと自信ないんですけれど…… たぶん、覚えはいいかと思いますので……」


 今のところあまり違和感は感じていないけれど、このあたりの植生は日本とは全く違うかもしれないので、向こうの知識がそのままこちらでも通用するとは思わない。

 とは言え、全く全然勝手が違うとも思えないし、知識や経験の下地があると思えば、農村ぽいこの集落でなら、何かしら仕事はあるかな、と実はちょっと期待していたのだけれど。

 クライアさんは、唸った。


「そうさねぇ…… ぜひうちで働きな、って言いたいところなんだが、今は人手が足りてるんだよねぇ……」


 とても残念そうに、そう呟く。


「あ、あ、いえ、お気持ちだけで! 無理なことは言いません!」


 クライアさんへの恩返しもしたい、と言うのに、負担を強いてしまっては本末転倒もいいところだ。

 とは言っても。


「ただ…… その、厚かましいようで、本当に恐縮なんですけれど、このあたりのことは全く分からないので……あ、本当、もしも可能であれば、の話ですけれど、いずこかに紹介などしていただけたらな、なんて……」


 さすがに、目に付いた家々を一軒一軒、お仕事ありませんか、と聞いて回るのは骨が……いや、心が折れそうで、避けたかった。

 ……もちろん、クライアさんの負担になりそうなら、それだって辞さないけれど!


「…………不死の魔法使いさまを働かせるとなると、みんな遠慮しちまいそうだねぇ……」

「えっ、あ、あー……」


 それは、ちょっと予想していない答えだった。

 それにしても……不死の魔法使い、とはこの世界では一体どんな位置付けなんだろう。最初、クライアさんがそう言いだした時、跪きそうになったので慌てて止めたけれど、敬われるようなものなのだろうか?


 ──もしそうだとしたら、先に誤解を解いておくべきだよね……


 誤解を解けば、多少、話がスムーズに進むかな、と思ったのだ。


「あの、クライアさん。……不死の魔法使いと言いますけれど、わたし、違います。その、魔法なんて、使ったことも見たこともなくて、全然わかりませんから……」

「ん、でもサクラちゃん、不死なんだろう? 不死には、魔法使いさましかなれないと聞くから、不死なら、魔法使いさまなんだよ」


 何を言いだすんだい、とクライアさんは少し笑った。


「えぇ…… で、でも、不死っていうのも、何かの間違いかもしれませんし……」

「一週間飲まず食わずで生きてられる人間はいないよ。それで生きてるなら不死、不死なら、不死の魔法使いさまさ!」

「ええぇ……」


 当たり前のことだ、と言うようにクライアさんが、かっかと笑う。なんだかもう、そういうものだ、と言われてしまうと、こちらの世界のことを全く知らない自分では、何も言い返せない。


「あ、そうだ」


 と、突然何かを思い出したようで、クライアさんが指を立てた。


「サクラちゃん、植物には知識があるんだよね? なら、山で山菜とか、薬草を集めてみたらどうだい? あんまり儲けにはならないかも知れないが、毎週来る行商さんには売れるかも知れないよ」

「山菜とか、薬草ですか…… でも、わたし、植物に知識があるとは言いましたけれど、その、育てるとか、そっちの方向での知識だけで、役に立つ植物とかの知識はないんです……」


 確かにクライアさんの言う通り、山に分け入って有用植物を集めるというのは、儲けもあまり期待できないかもしれないし、大変だろうけれど、誰にも気兼ねしなくてもいいというのは魅力的に思えた。

 でも、何を採ればいいのか分からなければ、どうにもならない。


「ふむ…………ちょっと待ってな」


 クライアさんはまたちょっと小難しい顔をしたかと思うと、再び家の中へと入っていった。

 そして少しすると、なにやら少し大きな古びた本を一冊持ってきて、ほら、とこちらに手渡して来た。

 受け取ると、表紙には〝本草図鑑〟とあった。


「あげるよ。あたしには宝の持ち腐れだが、サクラちゃんなら、きっと役に立ててくれるだろうからね」


 本を開いてみる。

 三センチくらいの厚さの本には、ページごとに一つの植物が、精密な図とともに小さな文字で詳細に解説されていた。生育地に生育時期、効能や用途に育て方まで、事細かに記載されている。


「ありがとうございます。……でも、さすがにこれは──」


 これこそ、とても高価なものなのではないか、と言いかけたところで、クライアさんが唇に人差し指を当てた。そして、にこりと笑う。


「腐らせておくのも、忍びないと思ってたのさ。まぁ、どうしてもって言うなら、また返してくれればいいけど、それは今のサクラちゃんにこそ必要なものだろう?」


 そう言って、わたしの頭をぽんぽんと撫でた。

 わたしは、受け取った本を胸にぎゅっと抱えて、深々と、頭を下げた。


「ありがとうございます。本当に、何から何まで…… この恩は、絶対に返しますので」

「よせやい」


 照れたような声で、クライアさんはつぶやいた。

 頭を上げて、改めて胸に抱いた本を見つめる。


「これがあれば、山菜や薬草を集めるにも百人力です。本当に……あっ」


 そこで、失念していた大事なことに思い至ってしまった。


「山で植物を採るって言いますけれど、勝手に採っていいんでしょうか……? 許可とか……」


 誰のものかも分からない山で、勝手に採集なんかしていたら、あとですごく怒られるかもしれない。使用料とか、罰金とか取られてしまうかもしれないし、まぁ、ただ自分が怒られるだけならいいけれど、クライアさんにまで迷惑がかかったら、困る。


「あぁ、別に構わないよ。誰のものってはっきり決まってるわけでもないし、強いて言うならみんなのものさ。だから、常識的な範囲内でなら、何も問題はないよ」


 それを聞いて、ほっと胸を撫で下ろした。

 それなら、大丈夫そうだ。


「分かりました。では、山菜や薬草集めを頑張ってみますね。……あ、そうだ。さっき、薬草とかは行商の方になら売れるかもと仰ってましたけれど、その方は、次はいついらっしゃるんでしょう? あと、他にそう言ったものを買い取ってくれるところはないんでしょうか?」

「ふむ、そうさね、行商さんは毎週末に来るから、次は明後日ごろかね。あと、この村にはそう言うのを買ってくれるところはなかなかないねぇ。大概、必要な分は自分らで採っちまうからね」

「なるほど…… 分かりました。では…… 頑張ります! ありがとうございました!」


 勢いよく一礼すると、ああ頑張んな! とクライアさんは親指を立てた。

 これでひとまず、いくつかの懸案は片付いたと、少しは軽くなった心持ちで山道の帰路につくことができる。

 考えていたよりは、ちょっと不安定な稼ぎ口の確保しかできなかったけれど、得体の知れない、不死の魔法使いさまだの何だのと言われる心配があったことを考えると、これで良かったのだと思えた。


 ──とりあえず。


 と、この後のことを考える。

 最優先の、火種についてはなんとかなった。

 食い扶持も、自分の頑張り次第、かな。

 なら、つぎは──


「水……かなぁ」


 帰ったら、山の散策だ。



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