308-75 快復
とりあえずマリューと先生を家に入れて、サクラの様子を診てもらった。
ちなみにエイラと同じくフレット先生も不死の魔法使い様が風邪に掛かるという話は聞いたことがなかったらしい。となるとますますエイラは、今この時にマリューがやって来てくれていたことに安堵を深めるのだった。
「ふんふん、風邪だね。溜まってた疲れが一気に出ちゃった感じかな」
そう言ってマリューが苦笑する。
ふたりを連れて寝室に入った時には、サクラの表情が先生を呼びに出た時よりも寝苦しそうになっていて、かなり寝汗もかいていたものだからエイラは動揺したのだけれど、その様子を見てもなおマリューは慌てる様子もないので、問題はないのだろう、とエイラは努めて思う。
「まぁ、不死者の風邪がここまで悪化するのは、稀有といえば稀有なことだけどね」
「……それは──……」
大丈夫なのか、とエイラは訊ねかけて、それではマリューの『大丈夫』との言を信用していないようになってしまうことを思い、口を閉じた。
おそらくはそんなエイラの様子を察してか、マリューがエイラとフレット先生のふたりに向けて少し説明してくれる。
「不死者が不死者たる所以のひとつはその回復力なんですけどね、稀に身体がすぐには治癒反応を示さない状態になる不死者がいるんですよ。一説によれば、じわじわとダメージが入るような状態だと、身体が異常に気付くのに時間が掛かって反応が遅れる状態になってしまっているのではないか、なんて言われてますが、詳しいことは……。まぁ、不死者の病死だなんて確証をもって報告されたことは一度もありませんから、心配ないですよ」
そこで一度言葉を区切ってから、今度は主にエイラを見つめながらまたマリューは言葉を続ける。
「ある程度時間が経てば不死者の回復力が発揮されるので、じきに良くなります。だからこういう時は、慌てず騒がず、見守っていれば大丈夫ですよ」
マリューの説明を聞いて、フレット先生が興味深げに頷く隣で、エイラは改めて安堵していた。
寝苦しそうなサクラの表情は見ていて心苦しいものの、大事に至る心配がないと分かり、ようやく冷静さを取り戻せた心持ちである。
そうして思わず頬が緩みかけた時、マリューから声が掛かった。
「いや、それにしてもエイラちゃんはいつも冷静沈着で感心だねぇ」
「……えっ? い、いえ、そんなことは……」
エイラとしては、今日はずっと取り乱しきりだったと自覚していたので、その言葉は意外だった。
尊敬すべきマリューから褒められて、嬉しいと言えば嬉しいものの、複雑な気持ちになる。
エイラは、自分が表情に乏しいことは理解していたけれど、〝極端に〟という副詞が伴うことにはまだ気づけていなかった。
◇
ふわり、と波間に漂うような気分だった。
その心地良さにずっと身を任せていたかったのだけれど、ふと〝そこに地面があること〟を感じた。
それを認識した途端に、すっと全てが鮮明になる。
青い空の下、一面の花畑。一本の木が木陰を作っていて、大きなソファに座った古い魔法使い様が木漏れ日に当たっていた。
「……お久しぶりです」
「そうかしら、そうかもね?」
古い魔法使い様がにこりと微笑み、手で指して隣に座るように促された。
応じたわたしはその厚意に甘える。
「お疲れかしら?」
「ん、あー……。そう言えば風邪を引いたような気が……。あぁ、不死の魔法使いって、風邪は引くものなんですかね?」
「さて、たまには引くんじゃないかしら。ふふふ」
にこにこと笑う古い魔法使い様が手を伸ばす、と先ほどまではなかったテーブルがソファの前に現れていて、その上に紅茶の入ったカップがふたつとポットが並べられていた。
「いかが?」
「……あー、いえ。心配をかけてしまっているような気がするので、帰らないと……。……ん、あの、どうすれば帰れるんでしょう?」
「ふふ。……帰ろうと思えば良いのよ」
紅茶をすする古い魔法使い様の言葉に首を傾げつつも、言われた通りに、帰ろう、と思う──と、何やら流れに乗るような感覚が現れた。直感的に、これで帰れるものだと理解する。
「あっ、あの、もし良ければ、また呼んでくださいね」
光に沈むように薄らいでいく古い魔法使い様に、少し慌てて別れの言葉を送る。
「あら、私があなたを呼んだことは、一度もないわよ?」
「……え──?」
全てが白にのまれた。
◇
目が覚めて、身体中が凝っていると感じた。
伸びをすると全身ぱきぱきといってちょっと気持ちいい。
ふぅ、と一息ついて横を見ると、寝床に突っ伏すようにしてエイラが寝息を立てていた。
今の状況を思い返す。ちょっとぼけているけれど、確か風邪を引いたような気が……いや、確かに風邪を引いて、それから寝てしまったのだ、ということを思い出した。
「心配かけちゃったね、エイラちゃん。ごめんね」
起こさないように、そっと頭を撫でてあげる。
「──あ、もう加減は良さそう?」
「わっひゃ!?」
エイラちゃんしかいないと思っていたら、突然他の人の声が聞こえて寝床から跳ねるほどびっくりした。
声のした方に顔を向けると、マリューが暖炉横の椅子から立ち上がったところだった。
「え、あれ、マリュー? なんでここに?」
「それは、新しい家を見に──」
その時、エイラちゃんが飛び起きた。
「サクラ様! お加減は……熱は引いたみたいですね。顔色も……あぁ、良かった……」
飛び起きるなりわたしのおでこに手を当てて、まじまじと顔を見て、エイラちゃんは心底安心したように表情が和らいだ。
それから何かに気付き、小さく声を漏らしてマリューとわたしを交互に見る。
「も……申し訳ありません、お話を遮ってしまったでしょうか……」
マリューは笑っている。
「ううん、大丈夫だよ。……それよりも、すごく心配かけちゃったみたいで、ごめんね。看病してくれてありがとう」
「……とんでもないです。わたくしの務めですし、なにより、トタッセン様がいてくださいましたから……」
エイラちゃんの視線を受けたマリューがまた笑った。
「とりあえず、良くなって良かったよ」
その後。
新居を見に来た、と言っていた名目上の家主であり現状は実際の持ち主でもあるマリューは、数日うちでのんびりしたのち、また早々に王都へ帰ってしまった。
学校の休みに大体合わせて、本当にただ新居の様子を見に来ただけだったようで、わたしの風邪に重なったのは偶然だったらしい。
滞在中はおしゃべり──ことにマリューの愚痴を聞いたり、少し仕事を手伝ってもらって役に立つ話を聞いたりして、色々な情報交換を兼ねて楽しく過ごした。
当然、その中でヤヨイちゃんがどうしているのかについても話が出たのだけれど、絶賛教育中、といたずらっぽく笑うだけで詳しくは教えてくれなかった。
まぁ、元気だそうなので、何より、かな……?
すっかり油断していたとは言え、エイラちゃんに続いてわたしまで風邪で寝込んだわけだけれど、薬を作っている──ことに健康を保つための薬と作りたいと思っている身としては情けない限りだった。
いくら不死の魔法使いといえども──不死者だからって健康に気を使っていなかったわけではないのだけれど──風邪だって引くときは引く、と今後はわたし自身一層健康に気を付けようと思い直しながら、まずは常備薬になる薬をつくらないとな、と思った三年目の夏の終わりだった。
これにて三年目の晩夏のお話はおわり。
書き溜めなどで次回までは少し時間が空きますゆえご容赦を…




