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308-72 エイラちゃんの風邪

 ゆっくり振り返ったエイラちゃんの顔は、ずいぶんと赤らんでいた。

 わたしが、あれ? と思っているとエイラちゃんが言葉を続ける。


「……あぁ、その……。……どうも《ストレングス(筋力強化)》の魔法がうまく使えなくて、ですね……」


 その言葉にはいつものハキハキとした感じはなかった。

 もしやと思って、エイラちゃんの額に手を当ててみる。


「わ、熱い! エイラちゃん、熱が出てるよ!」

「…………大したことはありません」

「ううん、無理はだめだよ! 『この身に力を』《ストレングス(筋力強化)》! ……よいしょっ」


 手早く魔法を発動させたわたしは、有無を言わせずエイラちゃんを抱え上げる。

 そしてそのまま戸惑うエイラちゃんをお姫様抱っこして家まで連れ帰り、いつも一緒に寝ているわたしの部屋の寝床までまっすぐ向かってそこで下ろしてあげた。


「寝間着を取ってきてあげるから、ちょっと待っててね」

「……いえ、そんな、わたくしは大丈夫ですので……」


 そう言って立ち上がろうとするエイラちゃんに、ずいっと顔を寄せて、阻止する。


「良くなるまでゆっくり休むこと。……ここ最近は特にいつも以上に頑張ってくれて、ありがとうね。でも、エイラちゃんは普段からもよく働いてくれてるんだから、もっと気楽にして、お休みもたくさんとってね。……無理はしちゃだめ」

「…………申し訳ありません」

「……もっと気楽に、ね?」


 エイラちゃんの頭を軽く撫でてあげて、部屋を出掛かる。


「着替えを取ってきてから、お昼ご飯も作ってあげるから、ちょっと待っててね」


 それからエイラちゃんに寝間着を渡したわたしは、お昼ご飯を作るためにまたキッチンにやってきたのだけれど……実は、この新しいキッチンを使うのは今回が初めてなのである。

 とりあえずパントリーを覗いてみるけれど、何を作ったものか迷う。

 風邪を引いた人のための食事を作りたいとは思っているのだけれど、わたしもエイラちゃんもあんまり凝った料理はしないから、そんなにレパートリーがないのだ。

 薬のことなら多少は分かるようになってきたけれど、薬はお腹いっぱい食べるものではない。

 どうしたものか、と少し悩んで……

 困ったときはクライアさん、というわけで、クライアさんに助言を貰うことにした。


 ちょうど家でお昼の休憩をしていたクライアさんを訪ねて、エイラちゃんが熱を出してしまったことを話して、そんなときに良さそうな料理について訊ねる。


「そうだね、パン粥とかどうだい?」

「パン粥?」

「鍋に水と細かくちぎったパンと適当にチーズなんかを入れて少し煮るのさ。パンがほぐれてトロッとするから食べやすいよ」

「なるほど」

「あぁ、あと風邪のときはターニップとかリーキも良いね。確かちょうどどっちも畑にあったと思うから、とりあえず持っていきな!」

「わぁ、ありがとうございます! お礼に今度またシロップ漬け持ってきますね!」

「ははは、それは嬉しいね。仕事が一段落したらあたしも見舞いに行くよ。エイラちゃんはお大事にね」


 今日ばかりは他愛のないお喋りは割愛して、とんぼ帰りするなりキッチンのかまどに火を入れ、さっそく教えてもらった通りにパン粥を作りにかかる。

 作るにあたっては難しいことは考えない。

 ターニップを小さく切り、細かくちぎったパンとチーズと一緒に少しお湯を張った鍋に放り込んで弱火で煮込むだけ。

 普通のかまどだと火力調整の手間があるけれど、薬作りのために割と最近になって覚えた火力の調整魔法があるお陰でその辺りはほとんど手間いらずなので、軽く味見をしながら塩を振って味を整えていく。

 味が落ち着いたところでお皿によそって、細かく切ったリーキを振りかけて、できあがり。

 あとはひとまず栄養補給になりそうな、調薬棟で漬け込んでいるシロップ漬けも少し持ってきておいた。

 いまいち線引きが分からないのだけれど、このシロップ漬けの製作というのは昔から薬師の領分だそうで、わたしも果物なんかを何種類か漬け込んでいるのである。

 実際ビタミンの摂取には良いだろうから、薬といえば薬なのかな。

 とりあえずそんな感じでひと通り準備して、早速エイラちゃんの元に持っていった。


「……お忙しい時期ですのに、わざわざ……、申し訳ありません……」

「ううん、気にしないで。エイラちゃんにはいつもよく頑張ってもらってるし、今日はゆっくり休むことだけ考えてね。……んぁ、と言うかエイラちゃんって、この日は丸1日休み、みたいな休み方してなかったよね……。これからは、週に1日とか2日とか、ちょくちょく休んでくれていいからね?」

「……そうは言われましても、他にやることがありません」

「え? あぁ……」


 確かに言われてみれば、時間があってもその時間を潰せるような娯楽施設なんてミフロにはないのである。せいぜい村の商店の品を見て回るくらいだろうけれど、1日もあれば見て回れてしまう。


「じゃあ、趣味、とかは……」

「……趣味? ……わたくしの好きなことを申し上げれば、サクラ様の身の回りのお世話をさせていただくことが好きなのですが」

「ん、んー……。いや、まぁ、たまには休んでね……。無理をするのは絶対になしでね」

「はい」


 暇の無理強いをするわけにもいかないので、エイラちゃんのお休みについては結局だいたい現状維持ということになってしまった。

 それはそれとして、今ばかりは風邪を治すために養生してもらわなければいけない。

 パン粥とシロップ漬けをほどよく食べてもらって、あとはエイラちゃんにはひたすらゆっくりしてもらう。

 そしてわたしは自分の仕事は適当に切り上げて、エイラちゃんに代わってわたしが家の仕事を片付けることにしたのだけれど、家事をするのが少し振りなのはともかく、家が新しくなってからあれこれやるのは初めてだったので、何をするにも案外手間取ってしまって……

 結果的には、新しい家の勝手を覚える良い機会になったかも知れない、と思う。



 翌日にはエイラちゃんの熱は引いた。

 でも振り返してはいけないので、大事をとってもう1日休んでもらった。

 不服そうではあったけれど、せめてもの暇つぶしに、と薬草や薬学の本を貸してあげて、なんとか暇つぶしをして過ごしてもらって、さらに翌日。

 熱を出してから2日だけれど、顔色もいつものような真っ白に戻ったし、もうすっかり快復したようだ。


「やっぱり風邪を引いたら早いうちに休むべきだね」

「はい」

「今後は、調子が悪く感じたらすぐに言ってね? 何度でも言うけれど、無理は禁物で」

「……はい、承知しました」


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