308-71 しっかりした家
ヤヨイちゃんに家を吹き飛ばされてから、およそ4ヶ月の時が経ち、マリューの別荘という名目で、新しい我が家が完成した。
なんだかんだでわたしも色々と注文をつけた新しい家は、出来てみればミフロのどの家よりも立派なものになってしまったものだから、ありがたいやら恥ずかしいやら、最初のうちはちょっと複雑な心持ちになっていたけれど、その分、住みやすさは前の家より格段に良くなった。
新しい家に少ない家財を運び込んで、新生活よろしく、これからもまた頑張って行こう、と気合を入れたころのお話。
◇
ミフロの夏の盛りを過ぎた8月、その第3週も終わろうかという頃。
最初の見積もりより、おおよそ1ヶ月を超えてついに新しい家が完成した。
3ヶ月くらいと言っていた予定を1ヶ月も過ぎたのは、別に何か問題があったとか言うわけではなくて、建てるにあたってフゲール親方さんたちがすごくこだわってくれたり、わたしもそれに乗じて少し追加のお願いをしたりして、少なからず追加の作業が出てしまったからなので、順当な結果だ。
でも、そのせいで完成が農繁期に被ってしまうことになった。
わたしは今は農家ではないのだけれど、だいたいこの時季になると薬作りに使う素材の種類、量の流通が多くなって値も下がるし、来たる9月の納税に向けての頑張りどころでもあるので、結構忙しい時期になる。
さらに今年は、去年の冬を教訓に、今のうちから冬に使うための素材の買いだめやら下拵えやらもしておきたい。
そんな感じで、結構忙しく動き回るころに差し掛かってしまっていたから、新しい家が完成した喜びをゆったり噛みしめる時間もなかなか取れていない。
一応、完成直後にはフゲール親方さんたちやハルベイさん、クライアさんなど、特に懇意にさせてもらっている人たちを呼んで簡単なお祝いの食事会くらいは開いたのだけれど、それだけと言えばそれだけ。
今ある家具や日用品の整頓をしたり、新しいものを含めてどこにどんなものを置けばいいか思いを馳せてみたり、考えたいことやらやりたいことはほとんどできていないくらいの忙しさが続いている。
さすがにちょっと余裕がなさすぎる感じがあるから、来年以降のためにも、もっとうまい立ち回りを考えないと、と思う。
ただ、そうは思っても、いかんせん今年が初めてのことだから、どこまで頑張り続ければいいのか見当がつかない。
あとで作業が爆発しててんやわんやするのは避けたいし、とりあえずは余裕のある限り頑張り続けるのだけれど、仕事に張り付いている分、手をつけられていない新しい家のことは全部エイラちゃんに任せきりになっているのだ。
お昼時になり、薬の材料の計量に目処をつけて使い終わった道具なんかを片付ける。
一息ついて調薬室の片隅に溢れた手付かずの素材を横目に見つつ、一冬を考えるならまだ買い足しておきたいな、と思う。
まだまだ家のことを手伝ってあげる余裕を作れるかは分からない。
「せめてエイラちゃんを労ってあげたいな」
思い立ってすぐできることと言えば料理を代わりに作ってあげることくらいだろうか。
ここ最近はそれすらエイラちゃんに任せきりだっただけだから、労いのうちにすら入らないかもしれないけれど……
ひと通り作業台を片付けて、わたしは調薬棟を出た。
東西に長い新しい家の東側にある通用口から家に入る。
建物の東半分は家人のプライベートスペース的な扱いで、わたしの希望により靴を脱いでスリッパで歩き回るようになっているので、調薬棟用の靴を脱ぎ揃えて廊下を歩く。
廊下を挟んで左右には、わたしの部屋とエイラちゃんの部屋、ひとつ進むと名目上の家主になるマリューの部屋(客間)と、その向かいにはなんとお風呂がある。なお、個人の家としてはミフロで初めてのお風呂らしいので、気後れして作るかどうか最初はちょっと迷ったのだけれど、結局お湯の誘惑には勝てなかった経緯があったりなかったり。
廊下を端から端まで歩いて、また靴を履く。
扉を抜けると、建物の中央にある玄関から伸びる廊下に出る。そのまま真っ直ぐ廊下を横切って、この建物で一番広いダイニングにひょいと顔を出した。
お世話になっている人たちなどを呼んで食事を振る舞えるように、と相応に広くしてもらったので、建物の西半分はこのダイニングとキッチンで占められている。
ただ、白い漆喰の壁を遮るような家具はまだほとんどなくて、室内にも暖炉とテーブルと何脚かの椅子しかなくすごく質素なので、スペースが有り余っていて現状だともの寂しさが際立ってしまっている。
普段使いとしてはリビングとしても使いたいと思っているのだけれど、このままだととても落ち着ける気がしなくて眉尻が下がってしまう。エイラちゃんもそう思ったのか、南側の窓際(ガラス窓は高価なので木の格子窓)に小さな花の鉢植えが飾ってあるのだけれど、その花も少し元気がなくてもの寂しさを助長しているように見えた。
そんなだだっ広いダイニングも横切って、奥の扉を開ける。その向こうにはキッチンとパントリーがあって、ここが新しい家の西の端になっている。
「エイラちゃーん……?」
キッチンにも人影はなかった。
首を傾げながら奥のパントリーも覗いてみたけれど、やっぱりエイラちゃんの姿はない。
小山を下りて買い物に行くときには、いつもその都度調薬棟まで声を掛けに来てくれているから、出掛けてはいないと思うのだけれど、どこに行ったのか。
通り過ぎてきたトイレや部屋の方にいたのかな、と思いつつキッチンを出ようとして、そこではたと、水桶がないことに気がついた。水甕を覗き込んでみるとほとんど空っぽだったので、エイラちゃんはどうやら水を汲みに行っているらしい。
せっかくだから、水汲みから代わってお昼ご飯を作るまでエイラちゃんには少しでも休んでもらおうと思いついて、勝手口から出て水場の方へ向かう。
西の森の方に歩いて、作ったはいいけれど結局あまり有効活用は出来なかった水浴び場の残骸を過ぎたところで、水場の存在に気がついた当初に比べて多少木が切られて見通しが良くなった水場の方に、エイラちゃんの姿を見つけられた。
そのまま歩み寄るのだけれど……──エイラちゃんはなぜか足元の泉に水桶を半分浸けて置いた状態で立ったまま、微動だにせずに正面の森の方を見つめ続けている。
「エイラちゃん、どうしたの?」
歩み寄る間、一度もこちらを振り向くことがなかったエイラちゃんの背に向かって声を掛けた。
同時にエイラちゃんの肩越しに森の方を見てみるけれど、何も変わったものは見えないし感じないので、何か気になるものがあるというわけではないと思うのだけれど……
「………………あ、サクラ様」
いつもの3倍くらい間があってから反応があった。
そしてゆっくり振り返ったエイラちゃんの顔は、ずいぶんと赤らんでいた。
前回投稿から間が開いてしまい、お待たせしてしまって申し訳ないです…
ただ、今までは大体週1更新でしたが、これ1週間も開いたら前の話忘れるな…? ということに昨年末あたりに気が付いたので、今後はある程度の塊ごとに多少書き溜めてから隔日くらいでまとめて投稿する方向で考えています。ゆえに今後は間が開く機会が増えると思われますが、なにとぞ…




