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304-55 吹き飛んだ家のこと

 完全に意識を失って、息をしているのかすら怪しいくらいにピクリともしなくなってしまったヤヨイちゃんは、マリューが王都に連れて帰るらしい。

 ただマリューはこれから数日ほどミフロに滞在する予定だそうで、ヤヨイちゃんはまた後日引き取りに来るということになった。

 それまでの数日間は、何をするでもなく放置していて構わないと言われたのだけれど……せめてあとで、毛布の上に寝かせてあげるくらいはしようと思う。

 ひとまず地下での用事は済んだので、ふたりして地上に上がる。

 そのままふらりと調薬棟を出ると、いつもはその視界の正面に映るはずのものが見当たらなくて、なんだか景色が随分とすっきりしていて、違和感と一緒に家が吹き飛ばされたことを改めて強く思い知らされる。

 あるべきものがない場所では、エイラちゃんがつばのひしゃげた帽子を被って、瓦礫から何か──たぶん無事な家財なんかを拾い集めているのが見えていた。


「で、どうするの?」


 思わず言葉を失っていると、マリューからそう声を掛けられた。

 ぼんやりと返事をしながら、考える。


「……家、建て直さないと……。でも、お金……。え、お金……どうしよう……」


 改めて考えようとして、言葉が詰まってしまった。

 家は直したい……と思う。

 でも今のわたしは調薬棟を建てたり備品を揃えたりしたときに、ハルベイさんのところの商会から融資を受けて借金を抱えている。

 収入の見込みから計算した通りだと、向こう六年は返済し続ける予定だし、そもそもこの融資はほとんど無利子で受けさせていただいているので、この辺りでお金を貸してくれそうなのはハルベイさんのところの商会だけなのだけれど、ここにさらに上乗せで借金をお願いするのはさすがに厳しい……

 貯蓄のことは二の次で、返済を第一に考えていたから、今は手持ちに余裕もない。

 手元に全くお金がないというわけではないし、いっそそれを使えてしまえれば元と同じくらいの家なら建てられるかもしれないけれど、あいにくそれは納税用だから手をつけるわけにはいかない。

 つまり、家を建て直す費用は用立てられそうもない……

 途方に暮れる、とはこのことかとぼんやり思いながら、呆然と家のあった方を見ていると、いつのまにか瓦礫の中で立ち尽くしていたエイラちゃんと目があって、そのまましばらくただ見つめあっていた。

 そこにマリューから声が掛かった。


「……お金貸すよ?」

「……え?」


 目をやると、マリューが苦笑いしている。

 少し間を置いてからマリューが言ったことを理解して、わたしは首を横に振った。


「いやそんな、悪いよ。……家を建てるお金、でしょう?」


 家を建てる相場はよく分からない。でも、割合こぢんまりとした調薬棟でも銀貨百枚くらい必要だった。

 家が調薬棟と同じサイズだとさすがに手狭なので、もっと大きくしたいし、そうなると少なくとも銀貨百枚は超えてしまう、と思う。

 ……気軽に借りられる金額ではない。


「でも、寝るところもなくてどうするの?」

「それは……えっと、ほら。お金が貯まるまでは家を借りる、とか……」

「なるほど。ふむ……?」


 わたしの答えに大きく頷いたマリューだけれど、なんだか納得していないみたいで唸っている。


「……でも、お金が貯まるまでってことは、またここに家を建てたいんだよね?」

「それは、うん」


 この小山は、わたしが生まれ変わって目が覚めたところで、長く暮らしてきて他にはない愛着がある。

 調薬棟もここにあるし、お試し的ながら畑もある。

 だからいずれはここに家を建て直したい。

 それがいつになるかは分からないけれど──


「──でも、時間はあるはずだから、いいかな、と……」


 その答えを聞いたマリューは、なにやら小難しそうな顔になって唸った。

 そのまま少し悩んで、


「……じゃあ、ここに私の別荘を建てるっていうのはどうだろう?」

「……ん? えぇ?」


 そんなことを言われた。


「ミフロって良いところだから、ちょくちょく遊びに来たいとは前々から思ってたし、駄目かな? 私がいない間はサクラたちに使ってもらって──別に私が来たからって追い出す訳じゃないけど──なんならいずれサクラが買い取ってくれても良い。一括でも分割でも。……どう?」

「え、えぇ? あ、あー……」


 なんだかとんちのような話になったけれど、そんなに悪い話ではないように思えた。

 ただし、あからさまに気を使わせてしまっているので……


「悪いよ……」

「なにを言うのさ。静養に良い場所が欲しかったのは本当だし、そもそもサクラもあのヤヨイちゃんのせいで家を吹き飛ばされた完全な被害者だよ? それに、なんなら私がもう少し早くここまで来てれば、家は無事だったかもしれないし」

「……マリューはなにも悪くないよ」

「そう、それはサクラもね」


 そこでまたマリューが軽く苦笑いを見せる。


「大切な友達が家をなくしたのに、なにもせずに放置なんてできないよ。サクラだって、エイラちゃんに不自由はさせたくないでしょ?」


 マリューが向けた目線の先では、エイラちゃんが瓦礫からの拾い物を再開していた。

 わたしはほんの少しだけ悩んで、


「ん……分かった」


 と承諾を、するや否や、その言葉を聞いたマリューがにやっと笑った。


「よし! じゃあ早速どんな家にするか考えたいから、サクラも意見を頂戴ね」

「……ん?」

「あぁ、それと、この辺りで家を建てるとなると誰に相談するの? 大工? 商会?」

「えぇ!? あー、大工のフゲール親方さん、かな……?」

「よし、じゃあ案内してよ」

「えぇ、あ」

「エイラちゃーん! 新しく建てる家のことで相談に行くよー!」


 声を掛けられたエイラちゃんがこちらに振り向いて、帽子のつばでその顔が一度隠れた。

 そしてこちらに歩き出したエイラちゃんがやって来るまでに、マリューがまたこちらを見て、にこりと笑った。


「あいにくあんまり長居もできないし、今日は日の暮れるまでに方向性くらいは決めたいからね。ほら、行こうか」


 わたしは笑顔のマリューにつられるように微笑んで、でもちょっとだけ苦笑いも混じらせながら頷く。


「うん」


 そんな流れで、わたしたちは新しい家をどんな家にするか相談するために小山を降りて行った。


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