304-54 地下室での尋問
「『留まる光で暗室を照らせ』《ライト》」
調薬棟の地下室に一脚だけ椅子を運び込み、未だに痺れて動けないままの太田のおばあちゃん(女の子)を座らせる。
そこでマリューがありあわせの紐を使い、なぜかやたらと慣れた手つきで太田のおばあちゃん(女の子)を椅子に縛り付けていくのを見て、わたしはちょっとまずいものを見たような気分になっていた。
今地下室にいるのは、マリューと太田のおばあちゃん(女の子)と、そしてわたしの三人。
エイラちゃんは、吹き飛んだ家の片付けをしてくれている。
「……不本意ですが、わたくしがいてもお邪魔になるだけでしょうから……」
と言ってかなり名残惜しそうにしてから片付けに行ったけれど、さすがにエイラちゃんひとりで簡単に片付く状態ではなかったから、一段落したらわたしも手伝いに行こう、と思う。
地下室は、建築の時にわたしがかなり頑張って地面を掘り抜いたので、だいたい六帖間くらいの広さがあって、調薬室の床から階段で降りてこられるようになっている。貯蔵していた物は冬の間に消費されてから、まだそれほど溜め込まれていなくて買い置きの葡萄酒の入れ物がいくつかあるくらいで、今はほとんど空き部屋のようなものだった。
そんな地下室の階段とは反対側の奥に太田のおばあちゃん(女の子)がいて、わたしが階段側から見つめている格好である。
痺れたままの太田のおばあちゃん(女の子)は椅子に縛り付けられる間も微動だにせず、表情は強張ったまま目の焦点もどこにも合っていなくて、ちょっと不気味だった。
と言うか──今ここに来てようやくわたしは落ち着いてまじまじと太田のおばあちゃん(女の子)の顔を見られているのだけれど…… 背格好からして子供とは思っていたものの、顔立ちまで含めて、見れば見るほど本当に子供そのものだった。
小学生の中頃くらいだろうか? さっきはこの子が太田のおばあちゃん本人らしい、とわたし自身で言ったのだけれど、こうして改めて見ていると、なんだかちょっと自信がなくなってくる……
容姿も金髪に金茶色の瞳で日本人らしさがないし。
それと、とりあえずずっと〝太田のおばあちゃん〟と仮称していたけれど、なんと言うか〝おばあちゃん〟呼びにものすごい違和感を感じてきた。
となると、〝太田さん〟? ……それもなんだか違和感がある。呼び方を考えるなら、マリューもそう呼んでいたけれど〝ヤヨイちゃん〟呼びがすごくしっくりくるなぁ…… などと手持ち無沙汰にしている間にそんなことを考えていたら、マリューがヤヨイちゃんを縛り終えたらしく振り返る。
「最後に、お話を訊くにあたっていくつか魔法を掛けておくんだけど、サクラが聞くとよろしくない詠唱もあるから、ちょっと耳塞いでてね」
「うん、分かった」
言われるがままに耳を塞ぐとマリューがいくつか魔法を発動させて、その度にヤヨイちゃんの身体が淡い光に包まれた。
それからマリューが指で丸を作って合図をくれたので手を離す。
「準備ができたから、今からこの子の麻痺魔法を解いてお話を訊くんだけど、サクラは基本的に立会人とか、参考人みたいな感じでいてくれるだけでいいからね。ただ、この子の言うことに何かおかしな所とかがあったら教えて欲しいんだけど、大丈夫?」
「う、うん」
「よし。……じゃあ魔法を解くね。『かの者に施されし魔法を解く。施されしは《ショックパララシス》の効果』《ディスペル》」
魔法が発動された直後、ずっと虚だったヤヨイちゃんの目に光が戻って、身体がびくりと跳ねた。
「ふっ……はっ!? おの、おのれ小娘、よくも呪いを掛けてくれたな! 解け! 縄も呪いも! そんでもってそいつを泣くまで殴らせんかー!!」
喋れるようになった途端に、ヤヨイちゃんは吠えるように全力で叫び出した。
縛られていなかった足も全力でばたつかせるものだから、椅子ががたがたと揺られて今にもひっくり返りそうで、ちょっと気が気でなくなってきて抑えに行った方がいいのか迷い始めたところで、マリューが深いため息を吐いて、ぼそりと。
「《ショック》」
「あばばばばー!!」
「ひぇー!?」
「私の質問に答えるだけでいいよ、ヤヨイちゃん」
ヤヨイちゃんが急にびくびくしながら絶叫したり、つられてわたしが軽く悲鳴をあげたりしたのをよそに、マリューは淡々とした様子で──ちょっと怖かった。この状況では、頼もしいと言えばそうなのかもしれないけれど。
「で、まず、あなたは何者? 簡潔に教えてくれる?」
「う、ぐぐ……。それはさっき、儂を地べたに這いつくばらせておった時に聞いとったと思うがな…… 儂は、こことは異なる世界から来た魔女じゃ……! この世界の言葉を知り、理想的な環境と恵まれた容姿その他諸々を得るための入念な準備を伴い、儂自身のこの叡智によって、この新たなる世界に来たりし完璧なる魔女である……はず! じゃったのに! そこにおるサクラの娘が儂の術を奪いやったがために、結局ろくな準備もできぬままあばばばー!!」
「ひぇー!?」
「簡潔に、と言ったよ」
容赦のないマリューの魔法で、ヤヨイちゃんはまた椅子の上でびくびくと痙攣している。
ちょっと焦げ臭い匂いがしてきた気もするけれど、多分それは気のせいだと思う。……多分。
「ふむ……。異世界から来たと言うけど、それはヤヨイちゃん自身の意思によるものかな? 誰かに命じられたとか、……こちらの世界から呼ばれた、とかではなく?」
「あが、ぐふ…… なに、を言うか。異世界へ渡る術は、儂が生涯を掛けて自ら編み出した秘中の秘ぞ。それに、あちらからこちらへはともかく、こちらの世界からあちらの世界には一切の干渉はできんはずじゃ。そも何もかも一方通行じゃからして、こちらから呼ぶことなんぞ敵わん」
「んぇ、そうなんだ……」
不意に出た話に、思わず声が漏れた。
なんだろう……、なんだか不思議な気分になる。
今のヤヨイちゃんの話からして、つまり、元の世界には戻れない、と言う話が出たわけなんだけれど、元よりわたしは前の世界で死んだと思っていて、帰る、という考えからしてあまりなかったから……、残念……? というのとはまた少し違う気がする。
むしろ、こちらの世界で長くはないながらも濃い二年近くを過ごして、大切な友人や家族のような人たち、そしてわたしの居場所ができて──家はさっき吹き飛んでしまったけれど──今のこの世界での生活と、失ったと思っていたあの世界での生活とを天秤にかけるようなことを心配する必要がなくなった、というある種の安堵感もあるような……?
……良いような悪いような、どちらともつかない複雑な感情がわたしの中に湧いていた。
「……サクラ、大丈夫?」
「……ん、あっうん、大丈夫だよ。……ちょっともやっとしてるだけ」
心配そうにわたしの顔を覗き込んできたマリューに軽く微笑み返した。
そう? とつぶやいたマリューはちょっとだけ困ったように眉尻を下げていたけれど、気を取り直してヤヨイちゃんへの質問を再開する。
「……細かいことはまた後日聞かせてもらうけど、今のところは最後に……なぜサクラを襲ったのか聞かせてもらえる?」
「そんなもん、術を奪われた恨みがあったからに決まっとろうが! 儂がうん十年掛けて綿密に編み上げた完璧な理想の魔術を横取りされ、忌々しいあの世界にぽつねんと残された儂は、寿命も、自由も、いつ失うとも知れぬ恐怖に晒されることになったんじゃ…… じゃから! ぶん殴って泣かせて腹いせした上で、今後は未来永劫面倒を見させでもせんと気が済まんとそいつを探し回ったんじゃ! あぁ、また腹が立ってきた! というかなんじゃこの状況は! 椅子に縛り付けられて憎き小娘とぽっと出の忌々しい小娘に、なぜにあれやこれやと儂のことを喋らにゃならんのじゃ!? さっさと離さんかいコラァ!」
「……《ショック》」
「あばばー!!」
またヤヨイちゃんが椅子の上で跳ねた。さすがに今度は予想がついたので、わたしは驚かなかったけれど。
小さくため息を吐いて首を振ったマリューが、わたしの肩に手を添えながら微笑む。
「とりあえず簡単な状況は分かったね。サクラに襲い掛かった理由も単純で、この子に仲間がいてまたサクラが襲われるなんてこともなさそうだし、この子の身柄は私が預かるから安心すると良いよ」
「ん、うん……」
「あぁ、それと……、今のうちにこの子に何か聞いておきたいことはある?」
「え? ん、あー……」
聞きたいこと、と急に言われてちょっと悩む。
ヤヨイちゃんのこと? わたしのこと? それとも、前の世界のこと……?
何か聞きたいこと、気になることと言えば……
「えっと……。あの、わたしって死んだんだよね? 前の世界で……」
「うぐふぅ…… そうさな…… 術式では前の肉体は捨てて、こちらの世界で肉体を再構築するように編んだはずじゃからな。実際、あんたの前の肉体は死体として残っとったわ」
「そっか……。じゃあ……、前の世界に残してきたお父さんとお母さんは、わたしが死んで、どうしたかな……」
「……さて、知らんな。儂はあの後必死になって抱えられるだけの魔導書や魔導具と共に燃え盛る家から逃げ出し、警察やらの目を逃れながら血眼になってあんたに奪われた魔術の再構築に奔走しておったから、周りのことなど見とる余裕は無かったわ!」
「……そっか」
もともと、ヤヨイちゃん──太田のおばあちゃん──は実家で採れた野菜を定期的に買ってくれていたお客さんのひとりでしかなかったし、特別に付き合いがあったわけでもなかったから期待はしていなかったけれど……、その答えにちょっとだけ悲しくなった。
そして会話の終わりを見計らっていたマリューが小さくつぶやく。
「……もう良いかな?」
「え? ……うん」
わたしの頭を軽く撫でてから、マリューがヤヨイちゃんに歩み寄る。
ヤヨイちゃんは接近するマリューに、あからさまに嫌そうな顔をした。
「なんじゃい。言っとくが魔法の細かいことなんぞ絶対に教えんからな! と言うかさっさとこの呪いと縄を解かんと、儂が自力でここから出た暁には──」
「《シンコピー》」
「ぴゃ!」
マリューがまたなにか魔法を発動させた途端に、声だかなんだか分からない音を発し、ヤヨイちゃんが白目を剥いて気を失った。
「まぁ〝不死の魔法使い〟になってたみたいだし、二週間くらい気絶しっぱなしでも多分大丈夫でしょ」
「えっ」
「うん? どうかした?」
「あ、いえ……」
思わず目を逸らす。
なんだかとても恐ろしいことを聞いてしまった気がするけれど、空耳だったに違いない、と目を閉じて呪文のように繰り返していたら、マリューが軽くわたしのことを抱きしめてくれた。
「この子の言葉に思うことはあったと思うけど、あまり思いつめずに、今この時から目を逸らさないようにね」
その言葉は、過去に囚われて今の大事なものを見失わないように、という気遣いなのだろうけれど、今し方空耳だと思い込もうとしたことも真っ直ぐに受け止めるように言われた気がして、なんだかちょっと笑えてきた。
「あはは。……うん、ありがとう、マリュー」
わたしはマリューを抱きしめ返した。




