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304-51 思わぬ出会い

 家が爆発した。


 でも、そのときには、なにが起こったのかなんて全く分からなかった。

 他愛もないことを考えながら、お湯が沸くか、エイラちゃんが帰ってくるのを待っていただけ。

 そんなまったりとした時間を過ごしていたときに、突然、玄関扉が勢いよく開けられたような気がして、その直後に感じたのは、強い風。

 ものすごい風でわたしは椅子ごと飛ばされて、それからなにかがたくさん、わたしの上に降ってきた。

 そして一瞬見失った上下の感覚を取り戻して、上に向かって降り積もってきていたなにかを掻き分けていったら──空が見えた。


「……ん? ……え?」


 家から外に放り出されたのかと思って辺りを見回すけれど、少し離れたところに調薬棟がある以外には建物が見当たらなくて、いま自分がどこにいるのか、分からなかった。

 混乱していた。

 だから、調薬棟以外に建物が見当たらないことの意味にも、自分に降り積もっていた木片がなんなのかにも、すぐには気づかない。

 そんなわたしに近づいてくる人影があった。

 周りの状況がさっぱり頭に入ってきていなかったわたしには、その人影が突然そう遠くないところに現れたように見えたものだから、思わず肩が跳ねた。


「…………まさか……吹き飛ぶとは思わなんだが……どうでも、ええわ…… あぁ、やっと……やっと……」


 その人影は小さくて、その声は高かった。

 顔は俯きながらも金茶色の瞳で真っ直ぐにわたしを見据えて、ロープの裾から覗く細く白い脚でゆらりゆらりと近付いてくる。

 その人影は──金髪の華奢な女の子だった。

 何事かを囁くようにつぶやきながら近づいてくるその女の子は、なぜか鬼のような形相になってわたしのことを睨みつけてくる。

 あいにく、いままでに見かけた覚えのない子だった。

 ふらふらと、ついに五メートルくらいの近くにまでやってきたその女の子は、立ち止まって、少しだけ声量を上げて、つぶやく。


「あんた……あんたは、ホノカ・サクラだな……?」

「…………え?」


 まだ混乱の最中で全然頭が回っていなくて、その女の子がわたしに何者かと訊ねたことと、そこで出てきた名前が、わたしの名前に似ているようで違う名前だったことに気づくのに、やたらと時間がかかった。


「ん、あ、わ、わたしの名前はサクラ・ノノカで……」

「…………?」


 一瞬の沈黙。

 それからすぐに、その女の子はなにかを思い直したように首を振って、今度は叫ぶような声量でこちらを指差し、問う。


「あんた、異世界人だな!?」

「……え、え!? いや、えと、なんで……?」


 思いもしていなかった言葉が出てきて、混乱が深まってしまった。

 わたしはこちらの世界で目を覚まして以来、自分が異世界にいたとか、そういう話はごく一部の人を除いて誰にも言ってこなかったのだ。そしてその一部の人というのもマリューとエイラちゃんだけで、別に積極的に口止めをしていたわけではないけれど、誰それと構わず言いふらしたりするようなふたりではない、と思う。

 なのに、なんでこの女の子はわたしのことを異世界人だなんて……と、それを深く考えている間もなく、


「そうか、そうか、そうだな…… やっと、やっと…… やっと見つけたぞ、この盗人(ぬすっと)がぁあ!!」


 声を荒げられて、わたしの思考はまた吹き飛ばされた。


「え、え!? な、なんのこと!?」

「やかましい! まずは殴らせんかぁ!」


 そして女の子が問答無用で殴りかかってきた。

 その女の子は小さいし、ローブに隠れているとはいえ線も細そうだったのだけれど、なんだかとにかく圧がすごくて、思わず身をよじって転がり逃げる。

 ──結果的には、女の子の身体全体を使ったような右ストレートは、あまりにも大振りすぎて逃げなくてもあらぬ方へ向いていたのだけれど、空を切った拳が勢い余って地面に落ちるなり、なんとその地面が爆ぜた。


「わっひゃあ!?」


 想像だにしていなかった衝撃でまた飛ばされて、うつ伏せに地面に突っ込む。

 近くにあったいろいろなものも、一緒に飛ばされて降ってきた。

 大半は木片で、たまに土塊(つちくれ)、少しだけ野菜のかけらと、鍋がひとつ……

 そこに至って初めて、周りに自宅の小屋が見当たらないことと、辺り一面に木片が散乱していることとが、わたしの中で結びついて、ようやく自宅の惨状に気がついたのである。


「え、まさか家、え、うそ!?」


 慌てて身を起こすけれど、取り乱している間もなく、また女の子が殴りかかってきた。


「こんにゃろがぁ!」


 次は多少精度の上がった右ストレートは、今度は外れることなく、そしてわたしは避ける余裕もなく、わたしの頭に当たった。


「あたっ!」


 軽い衝撃があって、ちょっとだけ痛かった。

 そんなわたしに対して──女の子の方は絶叫していた。


「あだぁぁあああ!?」


 右手を押さえて、のたうちまわっている。

 どうやらわたしの《自動防御(オートディフェンス)》がきちんと発動していたみたいで、殴られた方より殴った方にかなりのダメージが返ってしまったらしい。


「え……あ、あの大丈夫……?」


 思わず手を差し伸べたのだけれど、その手を女の子が全力で弾き飛ばして、またそのダメージで悶絶すること数秒。


「うるさい…… うるさいわ! その、そのな! そのいらぬ気遣いでなぁ! 儂は、大切なもんを…… あんたに、掠め取られたんじゃあ……!」


 今の今まで激昂していた女の子は、今度は手を押さえながら涙目になって叫んでいた。

 あいにくと、わたしにはさっぱり身に覚えがなくて…… 困った。


「ん、と…… あの、覚えてなくてごめんなさい…… でも、あなたにそんなにつらい思いをさせちゃってたなら、きちんと謝りたいから、わたしがなにをしちゃってたのか教えてほしい……」


 そもそも、こんな子と出会った覚えからしてないのだ。

 でも、問答無用で殴りかかってくるくらい怒っているのだから、わたしの気づかないところで恨みを買うようなことをしてしまったのかもしれない。

 それにしてもミフロにいる子なら、いままで一度もその姿を見ていなかったとは考えづらいので、となると、王都に行っていたときか、あるいはレド平原への道中か……

 いったいどこで、この女の子をここまで怒らせてしまったのだろう、と思い悩む。

 しかし、いまだにピンときていないわたしの様子を見たその女の子は、


「まだ思い出さんのか……」


 とつぶやいて、ふらふらと立ち上がった。

 そして、またしてもその女の子は、全く思いもよらない言葉を放った。


「【まだ思い出さへんのか、サクラんとこの娘が……!】」

「……えっ」


 その言葉を聞いた瞬間に、わたしの全身に鳥肌が立った。

 なぜならそれは、紛れもない、流暢な〝ニホンゴ〟だったのだから。

 固まってしまったわたしに構わず、その女の子は続けた。


「【いらぬ気遣いなんぞで、儂が半世紀掛けて作り上げた唯一無二の魔法陣を、あんたは…… 奪いよったじゃろうが! 儂のぉ! ……儂の、理想の、世界への片道切符を…… あんたは……!】」


 その女の子に全く面影はない、けれど、姿形が多少なりと変わっていた前例は、ここにいる。

 気遣いというのは、いまいちピンとこないところもあるけれど、ニホンゴと、儂の、と言う魔法陣。

 記憶にある限りで、思い当たることがひとつだけあった。


「まさか…… 太田のおばあちゃん……?」


 我ながら半信半疑で訊ねた。

 そうしたら、太田のおばあちゃん(仮)が吠えた。


「【せや! あんたのせいで人生めちゃくちゃにされた、ヤヨイ・オータじゃ!! あ、あ、あんたの、あんたの……! がぁ! はらわたがまた煮え返してきよった! もっぺん殴らせーや!!】」

「ん!? んん……!」


 また殴られる、と目をつぶって身構える。

 と再びの軽い衝撃を覚悟したところで、少し離れたところから聞き覚えのある声がした。


「《ショックパララシス(急性麻痺)》」

「あぎゃああああ!」


 同時に太田のおばあちゃん(女の子)が奇声を上げて、わたしのお腹に頭突きを掛けてきた。


「んげ!」


 目をつぶってしまっていたものだから結構まともに食らってしまったけれど、なんとか尻もちだけで済んだし、太田のおばあちゃん(女の子)も受け止められた。


「あばばっばばっばばばば」


 でもなんだか、めちゃくちゃ小刻みに震えて呻いてる……

 ともあれ、いったいなにが起こったのか、と顔を上げかけた瞬間に、肩を抱かれてものすごい力で一気に引っ張り上げられた。


「サクラ様! 危険ですので離れてください! だ、大丈夫ですか? どこか痛むところはありませんか!?」


 びっくりしながら振り向いたら、エイラちゃんだった。

 いつになく早口で眉間にしわを寄せた厳しい表情で、いつもは白い顔も赤く上気していた。


「う、うん。《オートディフェンス(自動防御)》がちゃんと効いてたみたいだから……」

「あぁ、良かった……」


 それでも、わたしが無事だと聞いた途端に表情は緩んで、逆に一気に泣きそうな表情になって顔を伏せてしまう。

 そこでふと、わたしを抱き支えるエイラちゃんの手が微かに震えていることに気づいた。

 わたし自身、今の状況はまだよく分からないのだから、当事者ではないエイラちゃんではさらに輪をかけて状況が分からず、すごく心配をかけてしまったのかもしれない、と思った。

 わたしは当人に抱かれながらだけれど、エイラちゃんの頭を撫でてあげた。


「ふぅ。とりあえず怪我がなさそうで良かったよ」


 そうしていたら声が掛かった。

 先ほども聞いた聞き覚えのある声の主は、やっぱりマリューだったらしい。

 でも、また──


「……どうしてここに?」

「うーん、まぁ色々あって、ひとまずこっちの様子を見に来ただけのつもりだったんだけどねぇ。……まぁ、それはそれとして、だよ」


 と言いつつ、地面に転がってビクビクしたままの太田のおばあちゃん(女の子)のところまで歩み寄ったマリューが、足元を指差しながら、


「……この子が喋ってたのって、多分ニホンゴだったよね? ヤヨイって名乗ってたかな。ちょっと、分かる範囲でいいからサクラからも事情を聞いておきたいんだけど……と」


 マリューが何かに気づいたようで、ふもとへの道の方に視線をやった。

 つられてわたしもそちらを見ると、セデーライさんと、あとその後ろに点々と魔法部隊の人たちが走ってきて、真っ先にこちらまで到着したセデーライさんが息を荒げながら辺りを見回した。


「た、隊員からの報告で、ノノカ様の小屋が、弾けたとの、報告を受け、火急に馳せ参じたのですが、まさか、トタッセン先生までいらっしゃるとは…… こ、この状況はいったい……?」


 わたしは、自分でも分からないこの状況をどう説明したものかと思い悩んで唇を噛んだ。



メインヒロイン登場なのかもしれない。

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