304-32 晴天の霹靂
そわそわしつつも、とりあえず調薬棟で仕事をしながら、その魔法部隊の隊長さんとやらが来るのを待って、日が傾き始めてきたころ。
ついに調薬棟の玄関がノックされて、エイラちゃんの呼び声が掛かった。
「……サクラ様、お客様がお見えです」
「は、はぁい……」
一体どんな人が来たのやら、恐る恐ると言った感じで表に出ると、そこにいたのはこんな自然が溢れる──ほとんど自然しかない小山の上にはとても似つかわしくない、真っ白で所々に黒と銀の装飾が施されたスーツに身を包んだ男性がふたりと女性がひとり……
三人ともスーツをビシッと着こなし姿勢を正していて、真ん中のひとりの男性はさらに一歩前に出ている。多分、その一歩前に出た割と若そうな髭の男性が、件の隊長さんだろう──と思った。
ごついと言うほどではないけれど、すごく体格が良くて、ただ立っているだけなのに存在感がある。
おまけに眉間にはほんのりシワが刻まれていて、合わせてなかなか近寄りづらい感じがあった。
そんな男性の雰囲気にちょっと気圧されて、外に出たはいいけれど声を掛け損ねてしまっていたのだけれど──しかし、その隊長と思しき男性は、こちらの顔を見るや破顔した。
「おぉこれは! あなたがこのミフロの不死の魔法使い様であられるノノカ様でしょうか? 小官はイデラ王国軍が魔法部隊所属、第三大隊第三中隊の隊長を任ぜられているセデーライと申します! お目にかかれて光栄です!」
「……あ、えっと、初めまして。わたしは、一応、不死の魔法使いのサクラ・ノノカと言います。よろしくお願いします……?」
軍人さんだったり、ちょっぴり強面だったりで少し身構えていたのだけれど、そのセデーライさんの挨拶はにこやかで、思っていたより大分と明るい感じだった。
さすがにちょっと軍人さんということにイメージが引っ張られ過ぎていたけれど、むしろ優しい人かも、と思い直してほっとしながら、セデーライさんの差し出した手を握って握手に応じる。
……そうしたら、腕が千切れるかと思うくらいに振り回された。
「あわわわわわわ!」
「……あぁっ、こ、これは失敬!」
そしてまた急に手を離されたものだから、危うく後ろにひっくり返る所だった。隣に控えていたエイラちゃんが支えてくれたから、そうはならなかったけれど。
「あぁいや、ついつい力がこもってしまいました…… 申し訳ありません!」
そう言ってセデーライさんが直立の姿勢で右手の拳を胸に当てる。
よく知らないけれど、それが敬礼の姿勢らしかった。
「いえ、大丈夫だったのでお気になさらず……」
とは言いつつ、軍人さんは軍人さんなんだな、とわたしはひっそり認識を改めた。
恐縮していたセデーライさんは、さらに何度か頭を下げたあと、咳払いをひとつして話を仕切り直す。
「ノノカ様のことは、こちらのミフロ村を紹介いただいたデリーナ男爵から伺っております。なんでも、ほんの二年ほど前に不死化されたばかりのお若い不死の魔法使い様であられるとか!」
「まぁ…… 一応、そうですけれど……」
「さらに、聞くところによりますれば、なんでもトタッセン先生ともご友人であられるとか」
「あ、マリューのことご存知なんですね……?」
「えぇそれはもう! トタッセン先生には、部隊への魔法の指南などで大いにお世話になっております! ご専門の医学と治療魔法は勿論のこと、先生はこのイデラでも屈指の大魔道師様であられますが故に、我ら魔法部隊の花形でもある攻撃魔法においても、何度となくご指導をいただいております!」
「へ、へぇぇ……」
お腹から出ていそうな声で、軽く捲し立てるように話をするセデーライさんに、最初とはまた少し別の意味で気圧されながら話を聞きつつ、不意に出てきたマリューのことにちょっと驚く。
なんとなく察していたと言えばそうなのかもしれないけれど、軍人さんにまで──それも普通は使用が禁止されているはずの攻撃魔法を教えているだなんて、マリューってやっぱりかなりすごい人なんだな、と思い知るようだった。
さすがは300年は生きていて魔法学院で教鞭を取っている、本物の不死の魔法使い様である。
……そんな本物の不死の魔法使いと同列視されているような気がして、なんとも言いにくい居心地の悪さを感じるのだけれど、セデーライさんたちがそんなわたしの事情に気付くことはない。
「機会がありますれば是非ノノカ様にも、我が隊の者に魔法の指南をいただければと存じます!」
それを聞いて、ちょっと顔を引きつらせてしまったかもしれない。
「い、いやぁ、教えられるほど魔法は得意ではないので…… あはは……」
「はははご謙遜を! いやしかしながら、無論、無理にとは申しません。また指南などなくとも、この逗留中に是非とも訓練を見学にいらしてください。不死の魔法使い様にご覧になっていただけるだけでも、隊員の士気は上がりましょう!」
「え、えぇ、折を見て伺いますね……」
ちょっと勢いに負けた感じもあるけれど、あれもこれも断ってしまうのは悪い気がしたので、見学の話だけでもきちんと応じようと頷いた。
でも何があってボロが出て、セデーライさんたちを幻滅させてしまうか分かったものではないから、できる限りの準備をしてからにしよう、と思う。
そんなこんなで、ちょうど話も一段落したところで、セデーライさんが居住まいを正して、背後に控えて結局一声も発することはなかった男女のお付きっぽい人たちもそれに続いた。
「それでは、お忙しい中、長々としたご挨拶にお付き合いくださり誠にありがとうございました! 我々は今日からこちらに三週間の逗留の予定であります。帰還の際には、またこうしてご挨拶に伺わせていただきたく存じます! 僅かな期間ではありますが、隊員一同、何卒よろしくお願い申し上げます!」
「「申し上げます!」」
「……はい、こちらこそ」
……セデーライさんたちを見送り、その姿が見えなくなってから、ようやくふぅと一息つくことができた。
微妙な疲労感を感じながら、隣のエイラちゃんに声を掛ける。
「ちょっと…… お茶でも飲もっか」
「……はい」
それだけ言葉を交わしてから、わたしたちは自宅に向かうのだった。
◇
「……サクラ様、お昼の食材の買い出しに行ってまいりますが、何か入用なものはございますか?」
「ん、んー…… 特には、ないかな。ありがとうね。じゃあわたしは家に戻ってお昼ご飯の準備してるね」
「ありがとうございます。……お願いいたします」
そんなやり取りの後、念のために調薬棟を施錠してから、自宅に戻ってお昼の準備をする。
──魔法部隊の人たちがミフロにやってきてから、もう一週間が経とうとしていた。
この一週間で部隊の人たちも大分とミフロに馴染んできた感じがあった。
部隊の訓練は、一応、野営の訓練も兼ねていたみたいで、ミフロの片隅の草地──どうもクライアさんの牧場の敷地らしい──で寝泊りしているのだけれど、ここ数日はミフロの真ん中あたりで見かけることが増えてきたように思う。
そしてどうやらわたしは部隊の人たちに認知されているみたいで、顔を見る度に皆々挨拶をしてくれる。
隊長であるセデーライさんもあれから二回ほど見かけていて、その度に、是非見学に、と誘われているのだけれど──まだ見学には行けていない。
と言うのも、何の準備もしないで気軽に見学に行ったところで、なにか魔法を見せて、なんて言われてしまっても、本業の魔法使いの人たちに満足してもらえるような魔法は使えないし、下手な魔法を見せて微妙な空気になってしまうのは目に見えているから…… なにか良い準備ができるか、ぎりぎりまで粘るかしてから行くつもりで保留にしている。
でも…… なんだろうか。何度か熱心に誘われて、気が急いてしまっているのか、どうもここのところ、ちょっと落ち着かない気持ちが続いている。
仕事やなんかに集中していると良いのだけれど、一息ついてゆったりしている時なんかは、なんだかそわそわしてしまうのだ。
まぁ、気にしすぎても仕方がないこととは思うのだけれど。
──お昼の準備に際して、水を汲んでくる。
鍋に水を張って火にかけつつ、テーブルに食器を並べたり、幾らかの買い置きの食材を切り分けたりと、一通りの準備をして、それが終われば、あとはお湯が沸くまでゆったりと待つだけ。
こちらに来てからおよそ二年。特にエイラちゃんと一緒に暮らすようになってからのこの一年では、よくある、いつも通りの時間。
……でも、ここ一週間ほどは、ちょっぴり違いがあった。
──……ドン。
時たま、攻撃魔法の着弾音らしき音が遠くから響いてくる。
多い時間帯でも、一発一発が数分ずつを置いた途切れ途切れのものだけれど、その空気を震わせてお腹の底をくすぐるような破裂音は、前世で何度となく見た打ち上げ花火とお祭りの光景を思い出させるものだった。
こちらでは今のところ、花火は見たことも聞いたこともない。
お祭りは、ミフロでも年に何回かあるのだけれど、お国柄というか、なんなのか、どれも静かでささやかなものばかりだから、喧騒で隣の人の声すら聞き取れない賑やかなお祭りが懐かしく思い返される。
最後にそんなお祭りに行ったのはいつだったかな。
前世の最後はまだ初夏だったから…… 打ち上げ花火もあったようなお祭りはその前の年、浴衣を着て友達と屋台を回ったっけ。
ということは、もう三年前になる。
まだ三年、でも、もう随分と昔のことのように思える。
もう二度と帰れない場所を思って、ちょっと、寂しくなるけれど…… 案外、あふれるような悲しみはなかった。
なんだか、むしろそのことが嬉しく思えてくる。
まぁ、それはそれとして、屋台で出ていたような食べ物は、こちらでも再現できるのかな、とか、いつか浴衣を作ってエイラちゃんに着せてあげたいな、なんて考えて笑っていたら。
家が爆発した。




